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少女との出会い

魔王登壇の報を、森で果実を噛りながら聞いた。


また出たか。討伐まで今回はどれくらいかかるだろう。

口の中で果実がシャリシャリと音をたてる。


そよそよと心地よい風が木々を揺らし、リスやウサギの姿が見られるこの平和な森にも、徐々に魔物が出始めるだろう。


魔王が打ち倒されるまでには、毎度長い期間を要する。

各国、各地域、各村の正義感の強い腕に自信のある者たちが、ある者はパーティーを組み、ある者は単独で、魔王のいる地へと赴くのだ。

長い歴史の中で幾度となく人間は魔王を倒してきたが、幾度繰り返しても、魔王への有効な対策はわからないままだった。


あるときは火を吹くドラゴンのような魔王。

あるときは物理攻撃の効かない軟体の魔王。

あるときは人心を操る悪魔のような魔王。


同じ特徴を持った魔王は一度としてなかったと言ってもよい。


始めは魔王に関する録な情報もなく闇雲に力押し。

何百人、何千人と討伐に向かう者の中から魔王に関する情報を持ち帰る者が現れ、いずれ結集した情報が実を結び魔王討伐へと相成る。

そうして平和な日常を取り戻すのが繰り返されてきたパターンだ。


かつては私も「そちら側」だったが…



今はもう関係のないことだ。



腰を降ろしていた切り株から立ち上がる。

これから出始めるであろう魔物をいちいち相手にするのは面倒だ。

遭遇しないように、根城に閉じ籠る準備をしなくてはならない。

まずは落ち葉を集めようか。


因果関係はまだ解明されていないが、魔物が現れ始めると土の質が悪くなる。

育てている作物の実りが悪くなるどころか、対策を講じなければ枯れてしまうこともままある。

肥料にするための落ち葉が大量に必要だ。

暖炉にくべる薪だって必要だし、余裕があるなら狩猟や採集をして食べ物を蓄えたい。


あれこれ考えていたら、がさがさとこちらに向かってくる足音がする。

ひょこりと、少女が顔を出した。


「聞いた?新しい魔王が出たってね」


眉をひそめながら少女を見た。


「…ああ」

なんだってこいつは私につきまとうのだろう。


「お兄さんは行かないの?」

腰まで届きそうな長い髪の毛を揺らして、少女ノーラは頭を傾ける。


いつだったか彼女に聞いた年は、確か九つぐらいだったか。

これぐらいの年頃なら魔王の報を聞いて怖がるものではないのか。

恐怖など微塵も感じない、その大きな目に見えるのは純粋なる疑問のみ。


「魔王を倒しに行かないの?」


栗を拾おうと持ってきていたトングを使ってざかざかと落ち葉をかき集める。


「私が行ったところで何もできやしない」

「嘘だあ。お兄さん、かなり高度な魔法技能を持ってるじゃないか」


間髪入れずに否定された。


こいつの前で魔法を使った方ことはあっただろうか。

私の表情を見て疑問の答えを口にする少女。


「半年前、森で倒れた私に治療してくれたでしょう。意識は朦朧としてたけど、ちゃんと見てたよ」


手伝いのつもりなのか、小さな手で落ち葉をかき集めようとする姿を見ながら、私は思い出していた。

あれは、珍しくこの森に魔物が出たときだった。


夕飯用にと河へ魚釣り出掛けてうつ伏せに倒れている少女を見つけた。

魔物の毒に侵されて瀕死状態。

顔は血の気が失せて真っ青、なのに手足は血管が破裂でもしたかのように赤く膨れていた。

医術で治療してももう間に合わない。


その場を通り過ぎようとして、ふと周りを見回す。

何の気配も感じない。

この辺りにいる人間は私と少女だけのようだ。

少女の方へ向きを変える。


通りかかったのが私で命拾いしたな、小娘。


少女のそばに膝をつき、爪の隙間から今にも流血しそうな指を手に取る。

人間ではないかのような、ぶよぶよとした感触。

力なく垂れて熱を帯びている。

全身に回っている毒素を取り除かなければならない。


少女の手を取った右手に力を込める。

魔力に反応してぼわあっと右手が発光し、それと同時に手の甲から肘に向けて掘った紋が浮かび上がる。

毒素を吸い出す度に肌が痺れるような不快感。

左手を地面に当てて、吸い出したものをすぐに大地へと逃がす。


「ぅ……っ」


毒素が薄れて楽になったのか、少女がうめき声をあげた。

顔色にも赤みが戻ってきている。


もういいか。

命の危機は脱しただろうし、人目につきやすいところに放って魚釣りに行こう。


そうやって、中途半端に治癒を施した少女を放って私は河へと向かったのだった。

人懐こい鹿に近くの村民を呼んでくるよう伝えたので何とかなるはず。

あの瀕死状態では、何があって命が助かったのか、少女は全く状況認識できていないだろう。

そう思っていた。


まさか「私が魔法で治癒した」という事実をきちんと認識できているとは。

思えば、確かにあの助けた数日後から、少女が付きまとってくるようになったのだった。


「お兄さんが握ってくれた手から体が楽になってくのがわかったよ。言えてなかったけど、助けてくれてありがとう」


両手いっぱいに落ち葉を抱えて、にっこり笑い少女は言った。

こいつ、9つの小娘にしては何か妙だな。


「…聞いてなかったが、お前はどうして魔物に襲われたんだ」


あの種類は、魔物の中では臆病なはずだ。

たとえかち合ったとしても、刺激を与えなければ安全に逃げられる。

この少女が、魔物に対して何かしたのだ。


「…何もしてないよ。逃げるときにうっかり転んで、それが刺激になったみたい」

「そうかい」


明らかな嘘だった。

逃げる姿勢の奴にわざわざ襲いかかるタイプではない。

むしろ転んだことに驚いて逃げ出すだろう。



…まあいい。深入りするつもりはない。



少女が抱えている落ち葉をぶんどり言い放つ。


「お前に構っている暇はない。帰れ」


こいつを探しに親が来たら面倒だ。

突き放した言い方に怯むかと思ったが、

「お前じゃなくてノーラだよ。冬支度ならぬ魔物支度するんでしょう。手伝うよ。役に立つよ」

ずっと年上の相手に対して、物怖じもせずにそう言う。


こいつ…。

イラッとして背を向けた。


「結構だ。帰れ」

「どうして?一人より二人の方が絶対はかどるよ。私がんばるよ」


私の顔を覗きこもうと、周りをちょろちょろと駆ける。


「邪魔になる。帰れ」


持ってきていた袋に落ち葉を掻き入れる。

肥料にするにはまだまだ足りない。


「じゃあせめて名前教えてよ。私ノーラ。あなたの名前は?」


しつこい小娘だ。助けたのは間違いだったか。


「名乗る必要はない。帰れ」

「私からちゃんと名乗ったのに。名乗られたら名乗り返すのが礼儀じゃないの?」


小さい子がさらに小さい子に年上ぶって言うかのような口ぶり。

こいつは私をいくつだと思っているんだ。


「いい大人なんだからそういうことはちゃんと」


「礼儀なんぞ知るか」

少女の言葉を遮り、言い終わるか否かというタイミングで根城へと魔法で転移した。


恥知らずの多いこの世界で、礼儀も恩も大義も何も、大事にする必要なんかない。





すべて、何もかも、もううんざりだ。




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