9.色付く恋の空模様
わたしは変わりたくて、何かを求めたくて大学に入った。そのはずなのに、何も変えようとしないまま無駄な3年を過ごした。それも誰一人として友達付き合いをしないまま。
変えようのない自分を誰かの力で、変えてくれると勝手に思って過ごしていた。それがダメな始まりで終わりの心。3年になり、就活とは無関係な自分を装いながら学校に通っていただけの人間。それがわたしだ。
気付けば未だに友達もいなくて、声を掛けて来る人もいなくて何の目標も達成できないまま、学校を終える。そんなのが嫌だから、唯一出来そうなサークルに入ってみた。
活動という活動なんて実のところはなかったけれど、わたしの歓迎記念で行った展望台から、わたしの中の何かが色を付き始めたような、そんな気がしていた。その色を少しずつ、付けてくれていたのが草凪よしのくんだった。
初めて出会ったその日から、何故かわたしに頻繁に声を掛けてくるようになった。嫌な感じは無くて、むしろ不思議に感じていた。わたしのなにに興味を持って話をしてくるのかなと。
そして、今まさにわたしは自分を変えることが出来るような気がしてきている。サークル活動として初めてまともに来れた異文化交流イベント。言葉の壁はあっても、気持ちさえあれば伝わるってことを今さっき、教えてもらえた。好意かどうかそんなのは分からない。だけど、この気持ちの変化を確かめてみたい。
それはさっきまで一緒にいてくれた透馬くんにではなく、わたしがサークルに入った初めから積極的に声をかけてくれたよしのくんと一緒に確かめてもらいたい。そう思えた。
彼、男の子を自主的に探すわたしというのも、初めてのことかもしれない。会って話がしたい、して確かめたい。そう思ったのはこれが正真正銘の初めてな想い。
互いに探し続けていたのか、簡単には出会えずにいたけれど、ナツが手を振ってくれたその場所に彼は立っていた。今まで誰かに再会した時、顔が笑顔になることもなかったわたし。それが、どうしてか笑顔を見せられた。会いたいと願った人が、わたしを待っていた。これはどういう想いなのかなんて知る由も無いけれど、彼の姿は何かのきっかけとなる気がしていた。
「みずほ、もう一度展望台に登っていかないか?」
求めていた言葉が彼から投げられた。そこに行って何かが変わるかもしれないし、そうでないかもしれないけれど、彼の言葉に素直に頷いた。
夏の陽射しが照り付ける中、わたしとよしのくんはふたりだけで展望台に来た。彼はわたしの分の入場チケットを手にしていた。
「俺から誘ったから。だから」
「ありがと」
何かを確かめるために高い所に登る。ありふれた展開が、わたしを待ち受けているような気がするけれど、自分を変えられるきっかけがもしそこに在ると言うのなら、それが何なのかを確かめたい、そう思った。
「久しぶりに来たけど、やはり屋上がいいよな?」
「そうだね、そうしようか」
最上階の更に上には、直に空を眺めることの出来る屋上デッキがあって、ビルから見える景色が一望出来た。人気のある屋上には、当たり前のことかもしれないけれど昼間でも、大勢の見物客や恋人と思われる人たちでいっぱいになっていた。
「今回の色は?」
よしのくんの言う色は、空の色のことを指している。単純に、空を自分の目で見ていれば分かることだけれど、その色にはもう一つの意味と答えを求められていて、わたしはどう答えるべきなのか迷っている。
青々しい空はその名の通り、天気が良くて快晴という意味。それだけではなくて、わたしから見たわたし自身の色のことも彼は聞いて来ている。
「曇りの取れた青っぽい空……」
「心は?」
「同様の色」
「それは期待していい色ってことで合ってる?」
「ちょっとまだ何とも言えない」
空の色を恋にたとえるなら、すごくあやふやなままでまだ、自分の中でどんな答えを出してどんな言葉を返せばいいのかをずっと、もがき続けているそんな感じだった。
誰かに好意を寄せられる。それはとてもいいことで、嬉しい事なのは何となく理解しているし、分かろうともしているけれど、そうだからと言って彼のことが好き、ということにはならなくて言葉が詰まった。
「期待してもいいかな? 俺は学年違くて、みずほが先に学校を卒業ってことになるけど、卒業しても会いたいって思ってる。俺、たぶん恋してるんだと思う。好きってことじゃなくて、みずほを想ってる。上手い事言えてないけど、そういう意味だから。みずほの答えはどうなのか、聞かせてくれないか?」
あぁ、そっか。これは彼の告白なんだ。それでもきっと、気を遣って妥協してくれての告白になったけど、想っているなんてことを聞くのは初めてかもしれない。
高校卒業の時に聞かされた告白なんて、言葉が通り過ぎただけに過ぎなかった。だからなのかもしれないけれど、心が揺れ動くことにはならなかった。でも、今、目の前にいる彼の言葉は、それとは全然違うものだってことくらいは理解出来た。
好きも嫌いも恋も、それは一体どんなものなのかなんてずっと分からずに、分かろうともしないままで時間を過ごしてきた。けれど、わたしは変わりたい。変われるかもしれない。ずっと心の奥で燻っていた想いというものが、ようやくわたし自身の言葉となって彼に届けられるような気がした。
「わたしのどこを思って、想っているか聞いていい?」
「や、みずほはどんな思いで大学入ってきたかとか、聞いてるけど俺の勝手な見方になるけど、儚く見えた。伝えたい気がするのにそれを知らずに過ごしている。それが見えた気がした。だから、気になり出した。これはまだ恋とは呼べないかもしれない。だけど俺は、何となく放っておけない。そう思えた」
「変わりたくて大学に入ったんだ。社会人なんて言ってるけど、一年でやめてるし、半端なんだよ。高卒で会社に入ったのも、何も目的も目標も無かったからだし。こんなわたしがいいの? 何もいいところないのに」
「大して歳は違わないのに、そういうことが言えるじゃんか。それに、自分のことをそんな風に言うなよ。俺も自分のことなんて分からない。けど、無かったら作ればいい。そう思わないか?」
「思う……思えるようになるにはどうすればいいのか、教えてもらっていい?」
「なら、俺もみずほも、次にまたここの屋上に登った時に、見える空の色に模様を描けるようにしてみないか? 俺はずっと想ってる。みずほはそれを探してる。それでもいいけど、いつか分かった時には空の色をそれ以上にしながら自分が思い描く模様を教えてほしい。その時にはもう一度、言いたい」
「ん、分かった。わたしは今はまだ、よしのくんにどうこう言える言葉を持っていないけれど、気付いたその時には、必ず色のついた模様をあなたに伝えるから。だから、それまで待ってもらっていい?」
言葉を知らないわたし。伝え方も想いも心の動かし方も、未だに分かっていない。それでも、彼の真っ直ぐな言葉で、わたしの中の何かが少しずつ鼓動を早めたような、そんな気がした。
ただこれだけのために、彼はわたしをこの場所へ連れて来てくれた。わたし自身を変えさせるために。
「じゃあ、戻ろうか。風強いから気を付けて」
「うん、あっ……」
たった今、注意を言われたばかりなのに、強風にあおられて思わずよろけそうになってしまった。これはさすがに呆れているよね。
「ほら、手、貸すから」
「あ、うん。ありがと」
何てことの無い行動と、優しさが何となく、温かかった。こんな些細なきっかけでも、変わっていけるのなら、変わりたい。そしていつか、同じ空を眺めた時に隣にいる彼への想いに応えたい。
色鮮やかなに色付けされた恋模様の空色を眺める為に。




