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セフィロトの魔法使い  作者: 黒木オレオ
第3章 結婚狂想曲
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第27話 見え隠れする思惑



 ミリア達が魔道巨樹(ソーサリートレント)を倒してから10分程経った頃、ライエルとシルヴィア。そして魔道騎士団(オリジンナイツ)第3軍の面々が戻ってきた。見たところ特に大きな怪我をしている様子もなく、むしろ大暴れしてスッキリした顔をしている。揃いも揃って脳筋揃いだとミリアは思った。無論、ミリア本人も似たようなものだと言う事は本人のあずかり知らぬ事である。


「みんな、大丈夫だったか?」


 一番清々しい表情でライエルがそう言う。


「見ての通りだよ。むしろ兄さんの方が大丈夫だったのか?」

「まあな。数にすれば大型中型小型含め100匹くらいはいたかな」


 あの凶暴な人工合成魔獣(バイオキメラ)が100匹。ゾッとするような状況である。


「シルヴィアさんの魔法の援護が無かったらキツかったかもなぁ」

「いや、マジで凄かったです!」

「姐さんと呼ばせてください!」


 第3軍のむさ苦しい野郎どもがシルヴィアに集っている。対してシルヴィアは「あらあら、子持ちの人妻ですよ」と困ったように笑っていた。


「でも、半分ほど倒したところで統率を失ったようにバラバラに逃げ去って行ったんですよね」


 ワイワイ騒いでいる男共を尻目に副官のマリエッタがそう言う。

 普通の合成魔獣(キメラ)とは違い、人工合成魔獣(バイオキメラ)は凶暴性があって見境なく襲ってくるが、それでも生存本能は存在する。感覚的に勝てないと感じれば一目散に逃げ去る事もある。まあそれでも狂気にかられて再び暴れ始める事になるのだが。


「多分、その時にあの指揮官の人工合成魔獣(バイオキメラ)がカイトに倒されたのよね」

「ほう、カイトがやったのか」


 面白そうにライエルが弟に目を向ける。


「う、何か嫌な予感が」


 思わず逃げようとするカイトだったが、その前にライエルの太い腕が逃がさんとばかりに肩口から首に巻きついた。


「そう逃げなくても良いじゃないか。ちょっと俺と手合わせするだけなんだからな」

「嫌だ! 普段からデニス先生にボコボコにされてるのになんで授業や訓練でもないのにボコボコにされないといけないんだ!」

「はっはっは! 面白い事を言っているな、カイト。お前も腕を上げたんだ。ボコボコにされるとは限らないんじゃないか?」

「確かに、カイトもかなり強くなってるんだから、もっと自信を持つべきかもね」


 と、幼馴染(シルカ)の言。


「し、シルカ?」

「それに強い相手と戦ってこそ腕は磨かれるって言うじゃない?」

「そうだぜ、カイト!

 魔道騎士団(オリジンナイツ)軍団長の1人に手合わせしてもらえるなんて光栄じゃねーか。てか嫌なら俺に代われ!」


 などとアザークラスの脳筋トップ2人(ミリアとレイダー)が煽ってくる。確実に逃げ道が塞がれていくのをカイトは感じていた。

 助けを求めるように縋るような目を向けたその人からとどめの一言。


「ま、若い内は色々と経験するものよ、カイト君」


 シルカの母シルヴィアからダメ押しの一言を賜り、ガックリと肩を落とす。


「分かったよ。でもヴァナディール王国に戻ってからだよ」

「俺だって第3軍を率いる団長だからな。公私混同は弁えてるさ」


 はっはっは、と豪快に笑うライエル。そんなライエルに副官マリエッタの一言。


「言っておくけど、今回の護衛の一件もある意味公私混同だからね」


 確かにシグノア王子からミリア達に協力する指令を受けているものの、団長自ら行けとは言われていない。


「きっと王都ではベグニール卿がお怒りよ。2時間くらいのお説教は覚悟する事ね」

「うえ〜、あのおっさんの説教は長いんだよなぁ。2時間で済めば短い方だ。

 なあ、マリエッタ。逃げていいか?」


 そんなライエルに、マリエッタの返答は。


「若い内は色々と経験するものよ、ライエル団長」


 先程のシルヴィアの言葉。聞いたライエルもガックリと肩を落とす。それが驚くほどカイトそっくりだった。やっぱり兄弟なんだなぁ、と改めて実感したミリアだった。



 そんなやり取りをしているミリア達から少し離れた林の木陰。息をひそめる人影が1つ。


「……魔蟲を操る力、か。まさかあれほどとはな。この目で見るまでは半信半疑だったが。

 くくく、あの方に良い報告ができそうだ」


 その人影は口元をニヤリと歪めると、そのまま夜の闇へと消えて行った。






 人工合成魔獣(バイオキメラ)の襲撃から30分ほど経ったころ、宿場町の町長の使いだと言う男がやって来た。なにやら話を聞きたいのだと言う。

 あまり大人数で押しかけても仕方がないので、ここは一同を代表してミリアとライエル、シルカ、シルヴィアの4人で町長の元へと向かう事にした。

 ちなみにシュトラウスを始めとする傭兵団や冒険者達はここにはいない。あの人工合成魔獣(バイオキメラ)の襲撃で壊滅的な打撃を受けたのだ。殿(しんがり)を引き受けた傭兵団シュトラウスなど、当初30人近くいたのに生き残りは僅かに5名。しかも内数人は傭兵として再起不能なほどの深手を負っていた。

 そのため、冒険者ギルドの方で今回の依頼料を受け取った後、今後の身の振り方を考えるとの事だった。常に危険と隣り合わせ。それが傭兵や冒険者の職業なのだ。



 そんな訳で、町長の元を訪れたミリア達。会うなり町長は深々と頭を下げて来た。


「皆さん、町長のゼキルです。この度は町を救って頂きありがとうございました」

「私達だけの手柄ではありませんよ。共に戦った傭兵団や冒険者達には生きて戻って来れなかった人達もいます。その労いの言葉はむしろその人達に向けてあげてください」

「それはもちろんです。それよりも、あの、皆さんに対する報酬なのですが。見ての通りさほど大きくもない町でして……」


 見ていて気の毒になる程恐縮そうにしている町長のゼキル。どうやらミリア達に対する報酬の額の話をしているらしい。


「ゼキルさん。我々は確かに傭兵団ですが、すでにヴァナディール王国のサージリア家と契約しております。それはこちらのミリア嬢達も同様。報酬に関しては気にしなくても結構ですよ」


 ライエルの言葉にゼキルは顔を上げた。どことなく表情が輝いているように見える。そんなに予算が厳しかったのだろうか。


「この町から報酬を頂いてしまっては二重契約になってしまいますからね。我々はサージリア家の方々を守る為に戦った。今回はそれで良しとしましょう」

「あの、その事はサージリア家の方々とは?」

「大丈夫ですよ、ゼキルさん。それは私が保証します」


 シルヴィアがニコニコしながらそう告げた。ゼキルは怪訝そうな顔を向け、


「あの、あなたは?」

「シルヴィア・アルラーク・サージリア。サージリア辺境伯の奥方様だ」


 ライエルが紹介すると、ゼキルは大きく目を見開いた。どうやら彼女を辺境伯夫人と認識していなかったらしい。まあ、現在は見た目魔道士の装束でお供もつけずに屈強な傭兵達と行動を共にしているのだ。気付かなくても無理はない。

 無礼を働いた事を地面に額を擦り付けるような勢いで這い蹲って謝罪するゼキルをシルヴィアが宥め、ようやく落ち着いたようだ。

 良い機会なのでミリアも聞きたい事を聞いておくことにする。


「あの、ゼキルさん。ちょっと良いですか?」

「何でしょうか?」

「先ほど襲って来た魔獣なのですが、全部複数の魔獣を掛け合わされて生まれた合成魔獣(キメラ)でした。これまでにあんな魔獣が襲って来た事ってあるのですか?」


 ミリアの質問に、ゼキルは「滅相もない」と首を振る。


「あんな魔獣が何度も襲って来たら宿場町としてやっていけませんよ。まあ、群れからはぐれた獣などは何度か来た事はありますが、あんな集団で襲って来るなんて初めての事です」


 それを聞いてミリアは考える。

 魔獣達が集団で町を襲うなど本来ならあり得ない。そもそも魔獣達はテリトリー意識が強いため、基本的に自分の領域からは出てこない。それは合成魔獣(キメラ)とて同じ事だ。

 だが、人工合成魔獣(バイオキメラ)にはその常識は通じない。奴らには他の魔獣にはない狂気がある。その為、固定のテリトリーを持たず、狂気に煽られるまま暴走を続けるのが人工合成魔獣(バイオキメラ)の特徴だ。

 しかし、今回の襲撃ではその人工合成魔獣(バイオキメラ)がまるで軍隊のような統率を見せていた。そしてその指揮官は人間の魔道士の人工合成魔獣(バイオキメラ)。そして、ミリア達がこの町に着くのを見はからうようなタイミングでの夜襲。明らかに何者かの意思が働いている。

 その目的はミリア達の命か。それとも――


「シルカの魔蟲奏者を見せたのは失敗だったかもしれないわね」


 誰にともなくミリアはそう呟いた。





 その後は特に目立った事件もなく、ミリア達は予定より2日ほど遅れてヴァナディール王国サージリア領の領都サルベリンへと帰還した。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「そうか。では例の話は誇張ではなく話通りというわけなのだな」


 報告に来た密偵に背を向け、窓の外に広がる闇に目を向ける。


「は。本来なら人には決して慣れぬはずの魔蟲達がまるで軍隊のように。それも討伐ランクAクラス以上の魔蟲までもが、まるで自らの守護する王とでも言うかのように従っておりました」

「Aクラス以上か。1つ聞くが、その魔蟲の中に百足龍虫(ドラゴンセンチピード)はいなかったか?」

「おりました。あれほどの巨体。見間違えるはずがありません」

「そうか」


 男は目線を外に向けたまま、手に持ったグラスの中身をクイッと飲み干す。そして小さく呟いた。


「ふ、あのパーティの騒ぎはシルカ嬢の差し金と言うわけか。ほとほと弟も嫌われたものだな」

「あの、何か?」

「そなたには関係のない事だ」


 男はグラスをテーブルの上に置くと、改めて密偵に向き直る。


「さて、ご苦労だった。実に有意義な報告だったぞ。では何か褒美を出さねばな」

「褒美だなんて、へへへ。まあ、くれるものであれば頂きますが」

「そうだな。ではこう言うのはどうだ?」


 男が不敵に笑う。その次の瞬間、密偵の腹部に鈍い衝撃が貫いた。


「え?」


 見れば自分の腹部から短刀の柄のような物が飛び出していた。


「な……なん……で……」


 密偵はそのまま崩れ落ちるように倒れピクピク痙攣していたが、やがて動かぬ骸へと姿を変えた。


「あらあら、随分と酷い事をするじゃない」


 言葉とは裏腹に楽しそうな声が男の耳に届く。

 見れば、窓際にいつの間に現れたのか、1人の女魔道士の姿があった。波打つ長い銀髪を背にまで流し、その容姿は見た目妖艶な遊女のよう。身に纏う漆黒の外套の下には、同じく黒いドレスがはち切れんばかりの肢体を包んでいる。

 だが、そんな女が深夜に自分1人しかいない部屋に目の前に現れたと言うのに、男は不快そうに顔をしかめる。


「ゼルビアか。何をしに来た?」

「ふふふ、ご挨拶ですわね、ザッカート。用事がなければ来てはいけませんの?」


 掴み所のないゼルビアにザッカートと呼ばれた男は肩をすくめる。


「全く、相変わらずのようだな。

 それより、聞いているぞ。ヴァナディール王国で失態を犯したらしいな」


 ザッカートと呼ばれた男のその言葉にゼルビアは少し眉をひそめた。


「私とて万能ではありませんのよ。それに、灼眼の雷帝(クリムゾンアイズ)が自ら乗り出して来たのですから、無事に逃げ(おお)せただけでも上出来と褒めて頂きたいくらいですわね」


 それに、と薄っすらと笑みを浮かべ、


「目的の物は入手済み。計画は滞りなく進んでいますわ」

「そうか、なら良い。こちらの方はそろそろ引き払い時だな。どうにも周りがうるさくなってきた。それもこれもあの男が余計な欲を出すからだ」


 ザッカートは吐き捨てるように言う。その声には明らかに侮蔑の色が感じられた。


「それよりもシルカ嬢だ。彼女の魔蟲奏者の力は是が非でも欲しい。どうにかできないものか」

「無理だと思いますけどね。あの子は見た目より自我が強い。一体どうやったのか知りませんけど、今ではあの時の月光蝶ムーンライトバタフライの名残すらありませんし。それにあの子の周りには結構厄介な連中もいますわよ。藪をつついて蛇を出す事もありませんでしょう?」

「むう、そうは言うがな」

「それに……」


 ゼルビアは上気した艶のある笑みを浮かべ、その豊満な胸を強調するように揺すって見せる。


「年頃の女性を前にして他の女の話をされるのは良い気分じゃありません事よ」

「お前、一体何を言って――」


 ザッカートが言い切る前に口を塞がれる。静まり返った部屋にクチュクチュと音だけが響く。そして十数秒後、ようやく口が解放される。


「ぷはっ、お前一体何を」

「最近ずっと堅苦しい女性の役ばかり演じてきましたからね。そろそろ限界でしたの。ザッカート、今晩はお付き合い下さらないかしら」


 シュルシュルと外套やドレスのような衣装を床へと落として行く。そしてその色気が溢れ出るような見事な肢体が露わになり、ザッカートの喉もゴクリとなった。


「……途中では止められんからな」

「愚問ですわ。私の種族、お忘れ?」


 ザッカートは荒々しく服を脱ぎ捨てるとゼルビアに覆い被さった。




 ダルターク幹部ゼルビア。

 彼女は魔族であり、その種族名はサキュバスと言った。





 


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