第26話 魔道巨樹ソーサリートレント
人間と魔樹の人工合成魔獣。それはほんの1ヶ月前の忌まわしい記憶を呼び起こすに十分なものだった。
組織ダルタークの女幹部ゼルビア。彼女の暗躍によって、シルカが月光蝶との人工合成魔獣に変えられた話だ。
あの時は何とかカイトが月光蝶を倒し、ミリアが生命の樹の魔法で事象を上書きできたから良かったものを、下手すればシルカはアルメニィ学園長達討伐隊によって討たれるか、死ぬまで魔獣として追いかけ回されるか。どちらにしてもまともな最期を迎えるのは不可能であっただろう。
今、目の前にいる人工合成魔獣はまさにそれだ。シルカの時ほどの精度はなさそうだが、人間を素材に使っている事に変わりはない。合成魔獣となった人間はもう元には戻せない。ミリアが自由に生命の樹の魔法を使えない以上、助ける術はないと言う事だ。
トレントと魔道士の合成魔獣、魔道巨樹とでも呼ぼうか。中央の一番大きな樹の合成魔獣には女性の魔道士が裸同然で埋め込まれている。既に手足はもちろん豊満な胸元までが完全に樹木と同化しており、その瞳には既に光はない。樹木同様に全身は既に茶褐色に変色し、濁った瞳を宿した目は真っ赤に血走っていた。
それだけではない。その女魔道士の魔道巨樹の左右には4体の魔道巨樹。大きさは中央の女魔道士がコアになっているものほど大きくはないが、それでもミリア達にとっては見上げるくらいの大きさはある。
「ぐっ!」
「うあっ!」
今度はシルカとレミナが同時に耳を抑えた。ミリアは少し顔を歪めただけ。
「ど、どうした2人とも?」
「また不快な魔力の波動が」
「私の方は、甲高い奇声のようなものが聞こえた」
「甲高い奇声?」
問い返すレイダーにレミナは頷き返す。
おそらくはハーピー族のレミナにしか聞こえない奇声だったのだろう。魔族には多種多様な種族があり、聞こえる音にも差があるとミリアはベルモールから聞いた事があった。今回のもその音だったとミリアは判断した。ちなみにミリアには今の音は聞こえていない。ただ、何らかの思考性を持った魔力を感知しただけ。
と、なれば、次に考えるのはあの魔道巨樹が一体何をしたのか。それは直後に明らかになった。
「みんな! 人工合成魔獣が後方から来る! 凄い数ですよ!」
精霊達に周囲を偵察させていたナルミヤが風の精霊を介して音量を拡張させ叫んだ。
魔道巨樹の音のない奇声と直後に押し寄せる人工合成魔獣の群れ。ミリアは確信する。この魔道巨樹こそが、人工合成魔獣達を率いている指揮官だと。
「レミナ、私には聞こえなかったんだけど、さっきの奇声の出所はどれ?」
「あれ」
レミナの指し示す先には女魔道士の魔道巨樹があった。
「みんな! あの女性魔道士の人工合成魔獣が指揮官よ! あれを倒せば終わるわ!」
「でも、後ろから来る人工合成魔獣の群れをどうにかしないと挟み撃ちだぞ」
カイトが懸念を口にするが、
「そっちは俺達が行く。カイト、お前は仲間達と協力してアレを討て」
力強く答えたのは兄のライエルだった。
「結構数が多いみたいだけど、大丈夫?」
「カイト、俺を誰だと思ってるんだ?
魔道騎士団第3軍の団長。そしてお前の兄、ライエル・ランバルトだぞ!」
自信あふれる声色でカイトにそう告げ、自らの愛用するミスリル製の大剣を片手で振りかざして声を上げた。
「野郎ども! 今こそ俺達の力を見せつける時だ!
行くぞ! 俺に続け!」
うおおおおぉぉぉぉぉ!
男達の雄叫びが遠ざかって行く。それでもやや不安げなカイトに、シルカの母シルヴィアが笑いかける。
「大丈夫。魔道騎士団は弱くないわ。それに、あっちには私が援護してあげる。
カイト君はシルカや仲間達とあの人工合成魔獣を倒す事に集中するのよ」
「わ、分かりました!」
「カイト! 始めるわよ!」
「お、おう!」
シルカの呼び声にカイトは1つ返事で仲間達の元へ。それを満足げに眺めるシルヴィア。
「ふふふ、カイト君も随分と逞しくなったわね。
将来の息子としては上々かしら」
シルヴィアがそんな事を呟いていた事は誰も知らない。
そして場面は再びミリア達の元へ。カイトも合流していよいよ戦闘開始。
仲間はミリア、エクリア、リーレの三人娘に加え、アザークラスのカイト、シルカ、ナルミヤ、レイダー、レミナ、ヴィルナの9人。
対する敵は、女性魔道士の魔道巨樹と周囲を取り巻くように男性魔道士の魔道巨樹が4体。
その他にも多数の人工合成魔獣もいるようだが、そちらはシルカの魔蟲達が引き受けてくれているから数には含んでいない。
よって、数の上ではミリア達の方が有利のように見える。だが、そう上手く行かないのも世の常である。
「先手必勝! 植物には炎よね!
豪炎の砲弾!」
「あ、それは」
火属性の魔力を練り上げるミリア。その後ろでカイトがなにか言いかけたが発動した魔法は止められない。放たれた火炎弾は一直線に女性魔道士の魔道巨樹に向かうが、その眼前に迫ったところで左にいた魔道巨樹の一体が枝葉をざわめかせる。
その次の瞬間、いきなり氷柱が突立ち火炎弾を受け止め水蒸気と化して散った。
「氷の魔法!?」
驚くミリアだが、そんな暇も与えんとばかりに他の魔道巨樹も枝葉をざわつかせる。途端に射出される火炎弾に旋風の矢、そして大地から突き穿つ多数の岩の槍。ミリア達は慌てて回避。避けられないものは相殺する。
一度距離を取って立て直し。そこへカイトが声を掛けてきた。
「あの人工合成魔獣、手前にいる4人の男の魔道士の融合体が地水火風の四属性魔道士で、奥の女魔道士の融合体が全属性魔道士だ」
それを聞いてミリアは内心舌打ちする。
四属性揃っていると言う事は、属性によるアドバンテージはほとんど得られないと言う事だ。しかもその奥には全属性の人工合成魔獣。前衛の四属性は盾となり、後衛の全属性が攻撃役となる。なんとも面倒極まりない組み合わせである。
「お互いに連携を取られると面倒ね。何とか分散させて各個撃破を狙うわよ。ところでカイトはどれが何の属性の魔力持ちか分かるの?」
「え? ミリアは分からないのか?」
「分かんないわよ。魔力の大きさや場所は分かっても、持ってる属性までは分からないわ」
そうよね、とミリアに問いかけられたエクリアとリーレも互いに頷く。この2人はカイトが知る限り、ミリアと同類。学園でもトップクラスの2人だ。その2人にも分からないと言う。
「ニヤリ笑いしてないで、さっさと教えて。
どいつが何の属性持ち?」
ミリアの呆れた声に気を取り直し、カイトは人工合成魔獣達の魔力を探る。向かって左から赤、緑、青、黄で、背後にやや大きい白い魔力が感じられた。それをミリア達に伝える。
「四属性が揃っている以上、今のままでは決定打に欠けるのよね。よし、まずは水属性のやつを倒すわ。エクリア、援護よろしく」
「任せなさい!」
ミリアとエクリアがカイトの指し示す青色の魔力、水属性魔力を保持した魔道巨樹を狙って動き出す。リーレやカイト、シルカ達には他の魔道巨樹への牽制をしてもらう。
ミリアとエクリアの目の前にいる魔道巨樹は水属性なので、弱点は地属性と推測する。そして、魔道巨樹は魔道士を合成した合成魔獣とは言え、人の手で強引に融合させられたために、その知性は既に失われていると見て間違いない。つまり、今の彼らは頭で考えての行動ではなく、ただ弱点になり得る属性の魔法を条件反射で防いでいるだけなのだろう。
故に、その特性だからこそ付け入る隙がある。
「突き穿て、岩の槍よ!
岩石の投槍!」
ミリアの声と共に地面からミリアの身長ほどもある大きな岩の槍が生み出される。その数5本。内2本がミリアの意に従い一直線に魔道巨樹に向かう。
すると、案の定少し離れた所にいた緑色、風属性魔力の魔道巨樹が渦巻く風の障壁を発生させた。たちまち巻き込まれ粉々に砕け散る岩石の槍。反撃に転じようと魔道巨樹が枝葉をざわつかせたその直後だった。
爆炎と共に旋風の障壁が吹き飛ばされたのは。
その時、魔道巨樹は驚愕したかのように枝葉の動きがピタッと止まる。爆炎の残り火が虚空に舞い散るその奥から、間髪入れずにさらに3発の岩石の槍が飛来。これには風属性魔道巨樹も障壁の展開が間に合わなかった。岩石の槍は樹の幹に2発、魔道士との融合部分に1発突き刺さった。
そして――
「弾けよ!」
ミリアが指を鳴らすと突き刺さった3番の岩石の槍が一斉に弾け飛び、その衝撃で魔道巨樹は内側からはぜ割れて地面に轟音を立てて倒壊した。
これがミリア達の対魔道巨樹の作戦。弱点属性に対し優位な属性障壁が生み出される事を前提として、それを属性魔法で打ち消しつつ間髪入れずに弱点属性魔法で粉砕する。
即ち、2属性の魔法による時間差攻撃。
ミリアは水属性魔道巨樹が動かなくなったのを確認し、すぐさま次のターゲットを狙う。次は水属性が弱点の赤の魔道巨樹だ。
「リーレ、次は火属性を狙うわ。私が援護するからリーレが倒して!」
「分かりました!」
リーレが氷の魔法を放つと火属性の魔道巨樹の眼前に岩の壁が防壁のように並び立ちリーレの氷の魔法を防ぐ。そこに打ち込まれるミリアの風の魔法。優位属性の魔法の効果であっと言う間に防壁は粉々に散る。時間差を掛けて飛来するリーレの氷結の拘束。四方八方から巻き付いてくる氷の蔦に全身を絡み捕られた魔道巨樹はたちまち全身が凍結する。
「おっしゃあっ! トドメだぁ!」
気合い一発、レイダーの拳が炸裂。凍結し脆くなった身体はまさに氷が砕け散るが如く粉々になって崩れ落ちた。
水属性と火属性の魔道巨樹が倒された後は一方的な展開だった。火と水が欠けた今、地と風の魔道巨樹を守る術はない。風の弱点である火属性の魔法を防ぐための水属性の防壁だが、それを使う魔道巨樹は既にはぜ割れた残骸とかしており、エクリアの火炎魔法の直撃を喰らった風の魔道巨樹は大炎上の果てに炭と化す。地の魔道巨樹にしても、守りの要である火の魔道巨樹が粉々にされていたため、ナルミヤの風の精霊達によってあっという間にバラバラにされていた。
「よし、最後は全属性の人工合成魔獣だ!」
「相手は全属性持ち。出し惜しみはしない!」
ミリアは魔力を練り上げる。属性は火、水、風の複合属性。月光蝶の得意とする3属性複合魔法攻撃。
「受けてみろ! 極彩色の幕布!」
三色のオーロラが覆い包むようにして魔道巨樹に降りかかる。3属性の複合であるこの攻撃は水以外の単一属性の障壁では防げない。水属性であってもミリアの魔力を大きく上回る必要がある。如何に人工合成魔獣であっても、瘴気すら放っていない魔獣に防ぐすべはない。
しかし、この全属性魔道巨樹は想定外の動きを見せた。
「えっ!?」
ミリアの驚きの声。
それもそのはず。魔道巨樹を襲う極彩色の幕布を阻んだのは同じく火水地の3属性の障壁だったのだから。
「3つの属性を同時に!?」
「それなら」
次に動いたのはナルミヤ。地水火風全ての精霊達が魔道巨樹を囲むように飛び回りながら、四方八方から各属性の魔法を叩きつける。それはまさに属性魔法の飽和攻撃。ミリアにも使えないナルミヤの精霊魔法だからこそ使える芸当だった。
だが、そんな攻撃ですら相手の防御を抜く事が出来なかった。全方位から飛び交う異なる属性の魔法に的確に障壁を張って防いでいる。それもほとんどタイムラグ無しでだ。
何かある。そう思ったミリア達は攻撃をしながら相手の様子を伺う。そして気付いた。あの魔道巨樹の葉の一枚一枚がそれぞれの属性の魔力で輝いている事を。
つまり、この魔道巨樹は葉の一枚一枚で別々の属性の魔法を使うという事だ。
「これは属性魔法では倒すのはかなり難しそうね」
エクリアとリーレが揃って綺麗な眉をひそめる。まあ無理なものは仕方がない。
「カイト、シルカ。見せ場は譲るわ」
「ああ、任せてくれ! シルカ、一緒に行くぞ!」
「ええ! 行きましょう!」
ミリアに任されたカイトとシルカ。
カイトは無属性の魔力を剣に込めながら地を蹴って相手に向かい、シルカは百足龍虫と共に空中から飛来する。
それを察したか、魔道巨樹もパターンを変えた。枝葉を大きくしならせ、ブンと一振り。その瞬間、属性魔力の宿った葉がまるで弾丸のように射出された。無数の葉が雨あられのようにカイトとシルカを襲う。
しかし、それを防いだのはレミナ。
「真言、『突風が』『敵の枝葉を』『吹き飛ばす』」
ゴウとどこからともなく吹いた一筋の、だがあらゆるものを吹き飛ばす力を秘めた突風が吹いた。それはカイトとシルカを狙った葉の弾丸を吹き飛ばす。しかもそれだけでは終わらなかった。
レミナは言った。『敵の枝葉を』『吹き飛ばす』と。即ちそれは、魔道巨樹自身の枝葉も該当する。
突風は瞬く間に魔道巨樹を巻き込み、全ての枝から葉を根こそぎ奪い去ってしまった。
流石にここまでは想定していなかったらしく、レミナ自身も「アレ?」と小首を傾げていた。
とにかく、これで遮るものは何もない。
カイトはすでに魔道巨樹の懐に飛び込んでおり、シルカを乗せた百足龍虫も真上から急降下の体勢に入っていた。
混乱。それが今の魔道巨樹の心境だろう。カイトは魔力を込めてはいるものの、それが一体何なのかが分からない。
混乱をきたした結果、結局何もできなかったのが現実。まあ、どの属性の障壁を張ろうがカイトの一撃は防げないのだが。
「はあっ!」
気合い一閃。カイトの放った横薙ぎ払いは魔道巨樹の胴を横一文字に断ち切り、そして上空から飛来した百足龍虫の刃のような牙によって縦真っ二つに断ち切った。
加筆修正
最後の指揮官クラスとの戦いが余りにあっさりしすぎたので修正しました。