第16話 魔獣の跋扈する地
一先ず、ミリア達はカストロ達赤鷲騎士団の面々にパーティ前夜に作戦会議をする事を伝えて帰らせた。そして目を覚ました護衛達には盗賊団は撃退したと報告する。
その際、バルディッシュ侯爵家の私兵は、
「盗賊をみすみす逃したのか!?」
などと苦言を呈して来たので、とりあえず、
「私達の仕事は盗賊の討伐ではなくシルカさんの護衛です。それを放ったらかして盗賊を追った挙句散々な目にあった人に言われたくはないですね」
と、実に当たり前な正論を展開したらぐうの音も出なくなったようだった。
その後、ミリア達は脱落したサージリア家私兵隊の代わりにバルディッシュ侯爵の護衛兵達と行動を共にする事になった。
カイオロス王国のバルディッシュ侯爵領に入ってから2日目。現実3日目には領都バウンズに到着するのが予定だった。バウンズ到着後に数日を準備に使い、来たる週末の精霊の休日にバルディッシュ侯爵主催のパーティーに参加する。これが今回のお見合いパーティーのスケジュールだった。
ところが、バルディッシュ侯爵領に入ってすでに3日目。まだ一行は領都バウンズに到着していなかった。
その理由はこれである。
「うおおりゃああああ!」
裂帛の気合いと共に振り下ろしたレイダーの拳が巨大な猪型の魔獣の脳天に突き刺さった。魔獣はそのまま地面に顔面を叩きつけられ緑色の血を撒き散らす。魔獣はしばらくピクピクと痙攣していたが、やがて動かなくなった。レイダーはふぅっと一息つく。
「魔獣が出てこないかなって言ったが、ここまで出てこなくても良いと思うんだがな」
そう、これが移動工程の遅れている原因。平原に入ってからこれで魔獣の襲撃は二桁に突入していた。いくらなんでも多すぎる。バルディッシュ侯爵の兵士達も、最近はやたらと多くなったとボヤいていた。
「そっちは大丈夫か?」
振り返った先には額を深く斬り裂かれた魔獣と幾多もの魔法攻撃を受けて黒焦げになった魔獣。さらに護衛兵達によって槍で何度も突き立てられハリネズミのようになった魔獣の骸が転がっていた。
「こっちは問題ないぞ」
カイトが剣を仕舞いながら親指を立てる。それを見ていたライエルも感嘆の声を上げた。
「はぁ、お前も随分と腕を上げたな、カイト。お陰で俺の出番がなかったじゃないか」
「あはは、地獄を味わったからね」
引き攣った笑みを浮かべるカイト。
無論、地獄とはデニスによる特訓の事だ。レイダー曰く、あれは地獄と呼ぶのも生温いとの事。なにせ。『実戦でこそ腕が磨かれる。戦い方は身体で覚えろ』と言う思想を持つデニスの特訓なのだ。文字通りデニスは容赦なく2人を叩きのめした。デニス1人に対し、カイトとレイダーが2人掛かり。それでも手も足も出ず、さらに2人が連携を使い出してもデニスは涼しい顔で「面白くなってきたな」と楽しげに笑う始末。そこにミリアを加えてようやくまともな戦いになるレベルなのだ。まさに、『放浪の武神』の二つ名に相応しい化け物っぷりだった。
何はともあれ、そんな地獄を耐え抜いたからこそ今のカイトがあると言っても良い。日数がまだ半年に満たないと言ってもだ。
「それにしても……」
ミリアが魔獣の骸を眺めて呟く。
それは一見は大型の猪型の魔獣。グランドボアと呼ばれる魔獣だ。しかし、その頭部。左右の側頭部から天に伸びる、樹木にも似た巨大な2本の角。ミリアは知っていた。これは鹿型の魔獣カジアエルクの物だ。グランドボアの体にカジアエルクの角。つまり、この魔獣は『合成魔獣』と言う事になる。
ミリアの脳裏によぎるのは、一月ほど前に戦った相手。人と月光蝶の合成魔獣にされたシルカの姿。
(まさか、これもあの組織が絡んでる?)
あのシルカの事件の顛末はミリアもベルモールから聞いていた。シルカに月光蝶から作られた薬を渡したのは組織ダルタークの女幹部ゼルビアで、どうやらフレイシアの街のベルゼド事件にも関わっているとの事。
影で暗躍する裏の組織ダルターク。果たして奴らは今どれほどの規模で活動しているのか。得体の知れない不吉な予感がミリアの脳裏を駆け抜けていった。
結局、領都バウンズに到着したのは4日目の夜だった。
護衛として雇われた傭兵という立場上、当然バウンズの貴族街に入る辺りでお役御免と言う事になる。一体いつの間に来ていたのか、サージリア家の執事長が渋い顔をしてミリアに報酬金を渡した。誰一人たどり着けなかったサージリア家の護衛兵に対しての渋い顔だったのか、もしくは報酬を払うのを渋ったのか。
(流石に後者はないと思いたいけど……)
シルカの乗せた馬車がガラガラと貴族街に消えていくのを見届けて、ミリア達もバウンズの街へと赴く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
貴族街を抜け商店街に入った辺りで、まずライエル達が抜けた。部下達が「酒だ〜!」と言いながら飛び出して言ったから、今頃は酒場で宴会騒ぎになっている事だろう。そしてライエル自身は副官のマリエッタが引っ張って行った。
これで残るは魔法学園の生徒組のみとなる。
「これからどうする?」
エクリアの問いに、ミリアは「そうねぇ」と呟く。
「まずは冒険者ギルドかな?」
「冒険者ギルド?」
「うん。ちょっと聞いておかないといけない事ができたから。エクリアはここに来るまでに遭遇した魔獣達を覚えてる?」
「まあ、あれだけ頻繁に襲って来たらねぇ」
「なら気づいたわよね。異質な姿をした魔獣が多かった事に」
「んーそう言えばそんな気がする。あたし、あまり気にしてなかったから」
「確かに。思えば不思議な特徴を持った魔獣が多かった気がします。何というか、複数の魔獣の特徴を持っていると言うか」
エクリアの代わりに反対側にいたリーレが言葉を続けた。流石にリーレは色んなところに目が届く。
「そう言う魔獣なんじゃないの? ほら、あたし達のまだ知らない魔獣がいたとか」
「それはないと思う」
適当な事を言い出すエクリアをレミナがバッサリ一刀両断した。
「そうなの?」
「私はこれでも魔界出身。魔獣の事にはある程度知識がある。でも、あんな魔物、魔界でも見た事ない」
「それに隣国カイオロスの中でもヴァナディール王国に隣接するこの地に元々生息してるなら私達にも多少は情報が来てるはずよね」
「うん、それもそうか」
エクリアも納得したように頷いた。
「私が気になってるのは、この領地に入って今まで遭遇した魔獣に人工物が混じっているんじゃないかって事なのよ」
そのミリアの言葉でエクリアもハッとする。
「まさか、人工合成魔獣?」
人工合成魔獣。
その名の通り、複数の魔獣を人工的に掛け合わせて作られた魔獣の事だ。
本来、合成魔獣と呼ばれる魔獣は他種の魔獣同士が自然に交配されて生まれる魔獣の事で、その種類はあまり多くはない。だが、獅子と山羊の頭に蛇の尻尾を持つ魔獣キマイラや、大鷲の頭と翼に獅子の身体を持つグリフォンのように、たった1匹で一軍を壊滅させるかのような力を持つ魔巨獣に成長する可能性が高く、グリフォンに至っては幻想獣と言う魔巨獣以上の力を持つ魔獣にランク付けされている。
ちなみに、現在幻想獣に位置付けられているのはグリフォンを始め、大地の凶獣ベヒーモスや天空の雷鳥サンダーバード、漆黒の黒竜王グランティードなど、まだ両の手の指に収まる数でしかない。なお、全盛期の赤竜王ベルゼドは幻想獣であったと言われている。
閑話休題。
これらの自然発生する合成魔獣に対し、錬金術を利用して魔獣同士を人の手で融合させた魔獣が人工合成魔獣である。
人工合成魔獣は人工的に融合させるために自然発生する合成魔獣に比べて格段に数が多い。ただし、その分合成魔獣に比べて宿す力はそこまで大きくはなく、素材によっては魔巨獣に匹敵する素体もいるものの、大部分は精々討伐ランクCからB程度に過ぎない。ある程度経験を積んだ戦士や魔道士であれば安定して討伐できる程度でしかない。その証拠に、まだ学生であるミリア達にも特に問題なく倒せている。
だが、この人工合成魔獣の問題点はもっと別のところにあった。
通常の合成魔獣は一般的な獣と同じようにあまり表に出てくる事はない。基本的に自分がナワバリと決めたところに引きこもっており、その範囲に入らない限りは襲われる事はほとんどない。
ところが、人工合成魔獣に関してはその常識が一切通用しない。恐らくは錬金術による無理な融合で精神に異常をきたしたのだろう。我を忘れて暴れ回り、かつての研究機関は研究員から護衛を含め多数の被害を出したと言う。しかも、その人工合成魔獣達はどうやら精神が共鳴でもしていたかのように、1体が暴走するとそれに連動するように次々と他の人工合成魔獣達も暴れ出して手に負えなくなったと言われている。
そう言う事もあり、人工合成魔獣の研究は今では魔道法院によって法律で禁止されているはずなのだ。
「禁止されているはずの人工合成魔獣があんなにたくさん現れるなんて、どこかに研究機関があるとしか思えないわ。
それに、気になるのがつい2週間ほど前にあったシルカの騒動よ。あの時、シルカを月光蝶との合成魔獣にしたのと同じ組織がこの国で暗躍してるかもしれないと考えたのよ」
「ダルタークだっけ? あの魔道大戦で討伐された闇の大魔道士の名前から取った名称だったわね」
「うん。それに関する情報でも何かないかなと思ってね」
まあ、あまり期待はしてないけど、とミリアは呟く。
案の定、冒険者ギルドにも魔道士ギルドにも特に人工合成魔獣に関する情報は入っていなかった。
仕方ないわね、とミリアは気を取り直し、数日後に迫ったシルカの見合いパーティの事に意識を向けるのだった。