第32話 死闘!月光蝶
私が私でなくなったからどれくらい時間が経っただろうか。
目の前のスクリーンに映し出される光景を、今ではただ見ている事しかできない。
スクリーン上には今現在戦いを繰り広げている相手の姿が見える。
編入生のミリアさん。彼女の高い魔力や実力に憧れたりもした。そして同時に幼馴染のあの人がミリアさんに靡いてしまうのではないかと危惧したりもした。ミリアさんは私に無いものを沢山持っているし、性格も明るくて見た目も美人だ(本人は自覚が無いみたいだが)。彼女に嫉妬する心を持つのは間違いじゃないと思う。
そしてもう1人。
私の大切な幼馴染。
私の最愛の人。
カイト・ランバート。
どうして私は彼とも戦っているんだろう。
どうして彼は私と戦っているんだろう。
あっ、月光蝶の放つ火炎弾の爆風でまたカイトが吹っ飛ばされた。見ているだけでもう5回目。直撃はしてないとは言え、彼の持つ無属性の魔力では障壁を張っても防げない。ミリアさんの癒しの魔法で傷を塞いでいるとは言え、心身ともに結構ダメージが溜まっているはず。
なのに、カイトはまた立ち上がる。
その瞳にはまだ強い光が宿っている。
カイトはどうしてそこまでして戦うの?
カイトは何のためにそこまでして戦うの?
私は、カイトのために何をしたら良いのだろう?
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今のシルカの人格は月光蝶のもの。
それをミリアに見抜かれてから、月光蝶の攻撃はさらに苛烈を極めるようになった。もう隠す必要も無くなったからか、高笑いを上げながら上空を飛び回っている。
「アハハハハハ! 素晴らしいわ、この身体は。人間の身体って本当に色んな事ができるのね。
こういうのをイメージって言うのかしら。今までにできない事さえできる気がする。
この力があれば、あの時あの人間に不覚を取る事も無かったでしょうね」
月光蝶はシルカの身体で笑いながらさらに羽から多彩な燐粉をばら撒いてくる。それが極彩色の幕布となりミリア達の周囲を包み込んだ。そして、その幕を形成するいくつかの燐粉が寄り集まって小さな蝶を形作る。赤、青、緑、その三色の蝶は極彩色の幕布内部を縦横無尽に舞いながら、ミリア達目掛けて個別に魔法を放ってきた。
降りかかる火水風のそれぞれの属性を秘めた幕布が降りかかり、さらにそれに追加して三色蝶達が周囲から火炎弾やら氷弾やら旋風やらを放ってくる。
極彩色の幕布だけであれば水の障壁で何とか防げるものの、それはあくまで一方向の場合のみ。このように四方八方から魔法を放たれては溜まらない。
「うわあっ!」
水の障壁を盾にして三属性の魔法攻撃を防ぐミリアの視界の端でカイトが火炎弾の爆風に巻き込まれて吹っ飛んでいた。ゴロゴロと転がり外套に引火した火を消すとすぐに起き上がる。
「大丈夫!?」
「ああ、何とか」
よく見ると、カイトの身体には青く光る薄い膜が覆っていた。障壁まではいかないまでも、水属性の幕くらいはとカイトが苦手ながらも自らの守りに使用していたのだ。そのため、月光蝶の火炎魔法は無傷とは行かないまでも致命傷だけは何とか免れるようになっていた。
さて、とミリアは考える。
月光蝶を中心に周囲を取り巻く極彩色の幕布は、使い方によってはそれ自体が魔法に対する障壁になる。それだけでも問題なのに、その上今の月光蝶は瘴気まで纏っているのだ。ミリアがいくら50%まで魔力を解放していたとしても、そう容易くあの守りを抜けるとは思えない。
実際に何度か氷結クラスの魔法を打ち込んでみたが、直撃する前に威力が削がれて霧散していた。この調子だと高位クラスの凍結系の魔法を使ってもかすり傷ほどしか与えられないかもしれない。
ならばやはり月光蝶相手に決め手となるのはカイトだろう。
カイトの無属性の魔力であれば、月光蝶がどれほど強力な守りを持っていたとしても、それをすり抜けて月光蝶に攻撃を届かせる事ができるはず。
チラッとミリアはカイトの方を見る。
問題は、今のカイトにあのシルカの姿をした月光蝶に攻撃できるかどうかだ。
一方のカイトはと言うと、ミリアの危惧した通り攻めあぐねていた。自分の魔力特性はもちろん理解しているし、当てられればダメージを与える事も可能だろう。
だが、やはり問題はその見た目。
月光蝶だが、それでもやはりその身体はベースがシルカなのだ。そこに攻撃を仕掛けるにはどうしても躊躇してしまう。
ミリアが水属性の障壁を盾にしてカイトへの攻撃を遮断する。すると月光蝶への道ができる。カイトがその道を駆け抜け、月光蝶へと迫る。
ここまでは何度も繰り返されたパターンなのだ。
だが、最後のカイトの攻撃だけがどうしても鈍ってしまう。覚悟の決まらない中途半端な剣。師のデニスが見たら朝まで夜通しで素振りさせられそうな情けない一閃。そんなものが月光蝶に当たるわけもない。ひらりと舞うように月光蝶は回避する。
「そろそろお遊びは終わりにしよう。この身体にも結構馴染んできた事だ」
月光蝶は4枚の大きな羽を羽ばたかせ、上空に舞う。そして、その身体に宿る魔力を一気に解放した。漆黒の瘴気と共に、大気の色すら変質させるような大量の鱗粉を放出する。
「さあ、全てを包み押し潰せ!
圧縮せよ、極彩色の幕布よ!」
それはもはやカーテンなどとは言えない代物だった。三色に彩られた分厚い緞帳。それがミリアとカイトを覆い隠すように上から降りかかる。その込められた魔力はこれまでとは比べ物にならない。
それが頭上まで迫ったその時、強力な風の砲撃がカイトを襲った。カイトはその風砲で十数メートル先まで吹っ飛ばされた。
そう、極彩色の幕布の外側まで。
その直後、極彩色の幕布はミリアを巻き込むように小さく圧縮され――
爆炎と凍てつく冷気、そして強烈な衝撃波を轟音と共に周囲に解放した。
その余りの威力ににカイトは吹き飛ばされないように耐えるのが精一杯だった。
荒れ狂う火水風の猛威。
舞い上がる粉塵。
それが吹きゆく風によって取り払われた頃、ようやくカイトの目にその惨状が飛び込んできた。
極彩色の幕布の中心からクレーター上に抉れていた。しかもその露出した面が熱で引き攣ったようになっていて、且つその表面が凍りついている。
焼いて凍らせて吹き飛ばす。
それが極彩色の幕布の本来の力だった。
「み、ミリアさんは!?」
カイトはハッとして周囲を見回す。あの時、風の魔法を使ったのは間違いなくミリアだった。ミリアは風の魔法でカイトを射程外まで吹っ飛ばす事によってカイトを助けたのだ。
だが、その代償は決して小さいものではない事をカイトは身を持って知る事になる。
ミリアはその爆心地から数メートル先の瓦礫の側で蹲っていた。火傷と凍傷を負い、皮膚が破れて血に塗れた姿で。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
私は目を覆いたくなった。
でもできなかった。
血で真っ赤に染まったボロボロのミリア。
そこまで行かないまでも傷だらけのカイト。
違う。
あんなのは違う。
あんなの、私が望んだ光景じゃない。
こんな地獄を、私は望んでなんかいない。
止めないと。
この身体は私の身体。
私のものなんだから。
私が……
私が止める!
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ミリアさん、生きてるか!?」
駆け寄るカイトの前で、蹲ったまま顔を上げた。
「ぐ……あ……あはは。
やっぱり防ぎ切れなかったわね。
痛てて……カイトは大丈夫だった?」
明らかに無理して笑うミリア。
制服もあちこちが破れ、そこからミリアの肌が覗いている。だがその肌も火傷で皮膚が破れて血に染まっており、無傷の場所の方が少ないくらいだ。何より右腕が一番酷い。あの魔法に対し盾にしたのかズタズタに引き裂かれて今にも骨が見えそうに思えるほど。むしろ繋がっていただけでも幸運に思えるほどだ。
「それはこっちの台詞だ! すぐに手当てしないと」
「私の事はどうでも良いわ!」
ミリアは血に濡れた手で月光蝶を指差して、
「カイトは月光蝶を!
あれだけの大技を使ったんだから、直ぐに行動は取れないはず。シルカを助けるのは今しかない!」
「でも」
「カイトはシルカを助けたくはないの!?」
「!」
「私もこの怪我ではさっきみたいに援護はできない。今を逃したらもう月光蝶を倒すチャンスはないわ! そうなったら、シルカは魔蟲として狩られるまで生きるか、この場でパパ達に狩られるかしかないのよ!
それでも良いの!?」
その時、カイトの脳裏にいろんなシルカの姿が浮かぶ。彼女はカイトの幼馴染であり、カイトに最も近しい女性。
笑った顔。
怒った顔。
拗ねた顔。
泣いた顔。
それらが浮かんでは消える。
それが、今ではどうだ。
振り返るカイトの目線の先に、宙を舞うシルカの姿をした月光蝶。その表情は冷たくて邪悪な笑みが張り付いている。
カイトは剣を握る手に力を込め、立ち上がった。
「月光蝶!
シルカを返してもらう」




