第28話 百足龍虫《ドラゴンセンチピード》
「い、一体何を!?」
シルカの指示だろうが、突然百足龍虫の下半分が弾け飛び、バラバラとなって千切れ飛ぶ。
いや、違うとミリアは気付いた。
バラバラになっているように見えてバラバラになっていない。むしろパーツごとに切り離されたような感じに見えた。
「観念したか! 今度こそその頭を叩き潰してやるぜ!」
レイダーが増幅魔法によって取り込んだナルミヤの火の精霊魔法を拳に宿したまま、再び百足龍虫の頭目掛けて飛びかかる。その直後だった。
「ダメ、レイダー!
真言、『風が』『レイダーを』『撃ち落とす』!」
「おわっ!」
いきなり上方からの下降気流でレイダーは撃ち落とされ顔面から地面に突っ込んだ。「いきなり何すんだ!」と文句を言おうと顔を上げたその目の前を、後方から強酸のブレスが横切った。
「な、何だと!?」
振り返ったレイダーの目に移ったのは、千切れたはずの百足龍虫の下半分がバラバラのパーツ状になって、周囲を駆け回っている光景だった。
「何だこりゃ!? 自爆したんじゃねーのかよ!」
「どう見てもワザとでしょ」
それは百足龍虫のカケラとでも言おうか。無数に分散したカケラはミリア達を取り囲むように駆け回り、四方八方から体当たりや強酸による射撃を仕掛けてくる。さらには百足龍虫の本体の方も、体を分散した事で拘束が解けて移動を再開し始めた。
百足龍虫の本体に周囲を駆け回る百足龍虫のカケラが15匹。それぞれの個体がミリア達を追い詰めるように動き強酸のブレスを放ってくる。触れる瓦礫や地面がジュゥゥゥと音と泡を立てて溶け出していく。なんでも溶かす強酸液だ。そんなもので溶けた地面に触れたら、それだけで触れた箇所が溶け出す可能性もある。そして、その強酸液をばら撒かれ続ければ、いずれは逃げ道自体を封じられかねない。
攻撃を避けながらミリアは考える。
百足龍虫の体は強靭な甲殻に覆われていて、火炎も氷もほとんどが弾き返された。おそらく、あの甲殻には魔力によって編まれた攻撃に対しては一定の耐性を持っているのではないかと思われる。ならば狙うべきは魔力ではなく、物理的な攻撃。カイトやレイダーの武器による接近戦か、もしくは岩石などを使った地属性魔法。
「ナルミヤ、地の精霊はいる?」
「ええ、近くに3人ほど」
「それじゃあ、地の精霊に頼んで、岩石を砲弾にしてぶつけてくれるかな。おそらく、百足龍虫にはそれ以外の魔法は効かないと思う。特に、飛ばしてくる強酸液は優先で撃ち落として」
「分かった!」
「レミナはカイトとレイダーの補助をお願い!」
「ん」
ミリアの指示にレミナは頷いて答える。
「よし、ヴィルナは私と一緒に攻撃ね。私が何とか百足龍虫の動きを抑えるから、そこを狙って重力魔法で潰して回って」
「貴女の指示に従うのは何だか癪だけど、今回は仕方ないわね」
ヴィルナはまだ他の一般的な魔法は未熟。それは自分でも分かっていた。相手が激しく動き回る以上、重力魔法もまともに使えない。悔しいが、属性魔法に関してはミリアの方が遥かに実力が上だとヴィルナにも分かっていた。そして、こんな時まで意地を張るほどヴィルナも頑迷ではない。
「よし、行くわよ!」
ミリアは駆け回る百足龍虫のカケラ達を見据え、その動きを予測。大地に手をつき、魔力を地に伝達させる。
「岩石の壁!」
百足龍虫のカケラ達の行く手を阻むように岩の壁を出現させる。すると、カケラ達は方向を変えようとする事もなく、そのまま壁に突っ込んだ。
(知性と言うか、そもそも自我があるかどうかすら怪しいわね。どちらかと言うと、司令塔によって操られる端末って感じがするわ)
壁に衝突しひっくり返ったカケラは単体では起き上がれないらしくジタバタもがいていたが、直ぐにヴィルナが重力魔法で押さえ込み、カイトが剣を突き刺すと動かなくなる。一応単体でも個別の生命体として扱われているらしい。
「硬いのは背中側の甲殻だけみたいだ」
「それならまずひっくり返す!
烈風の乱舞!」
ミリアの放った竜巻は廃墟を縦横無尽に駆け抜け、百足龍虫のカケラ達を次々に飲み込み巻き上げる。そして巻き上げられたカケラ達はボトボトと次々に回転しながら下に降ってきた。
強酸液を撒き散らしながら。
「うわわわわ!」
「うおっ、危ねえ!」
「ち、ちょっと、何やってんのよ、ミリア!」
「ミリアさんのバカ〜〜〜!」
無差別にばら撒かれる強酸液を必死に避け、岩石で撃ち落とし、何とか被害なしで切り抜けた。
ちなみに無差別と言う事は……
ギャオオォォォォッ!
ジュゥゥゥと言う音に続いて百足龍虫の絶叫が響く。見れば撒き散らされた強酸液を浴びて身体の所々が溶けている。あの巨体なのだ。無数に撒き散らされた強酸液を全て避けるのはまず無理だ。
「よし、計算通り!」
グッと拳を握りしめるミリア。仲間達からの冷ややかな目は見なかった事にした。
一方で、シルカの方は百足龍虫の本体によって何とか無差別攻撃から逃れていた。その代償として百足龍虫本体はかなりの被害を被っていたが。
百足龍虫はキシャァァと雄叫びを上げる。すると、先ほどまで個々がバラバラに動いていたカケラ達が急に整列し、バチンと再び一本の体に戻った。数匹すでに潰されていたため、最初よりはやや小さくなったものの、それでもまだ40メートル以上はある。
怒りからか、真っ赤になった目を眼下のミリア達に向ける。それに対し、苦笑いを浮かべるミリア。
「あら〜、何だか怒らせちゃったみたいね」
ギャオオォォォォッ!
百足龍虫は一際大きな雄叫びを上げ、長い身体をバネのようにして上空に跳ね上がる。そして、頭の部分以外の胴体に付いた2本の長いツノのような箇所から一斉に強酸液を放出した。
「そ、そんなの反則!」
それはまるで強酸液の雨のようだった。
無数に、そして広範囲に降り注ぐ強酸液の雨は容赦なく大地を穿つ。
「す、岩石の壁!」
ミリアは大地を変形させて岩石の壁を傘のように展開させ頭上を覆った。バチバチバチと叩きつけるような音とジュゥゥゥと岩盤が溶けている音が下まで聞こえてきた。
「ふう、危なかった。こういう時は地属性魔法って便利ね」
地属性魔法は基本的に大地に関係するものに対して作用する魔法で、属性魔法の中では唯一物理的な効果を発揮する。百足龍虫の強酸液のブレスのような魔力的な防御ができない攻撃に対しては唯一の防衛手段となる。
ただし、反面コントロールがとても難しく、今のミリアでは何とか岩盤を板のように変化させるのが精一杯だった。
「参ったな。どうにも倒せる気がしない」
普段から強気で猪突猛進なレイダーが珍しく弱気なことを言う。その気持ちは分からないでもない。何しろ、周囲を見渡せばそこら辺中の地面や瓦礫が強酸液で溶けて泡立っているのだ。この岩盤の傘もいつまで保つか分からない。
「討伐レベル特A級の意味がよく分かったわ。暴れ出したら手に負えない」
「どうしよう。ミリアさん、何か打開案は無い?」
不安げにミリアに相談するナルミヤ。
レミナは岩盤の傘の陰から空を見上げる。相変わらず大量の強酸液が空を覆うように飛び交っていた。
「空もダメ。絶対撃ち落とされる」
「上も下もダメか。完全に詰んでるわね」
ボヤくようにヴィルナが呟く。
が、そこでミリアは気付く。
(下? いや、まだ方法はある!)
そう、下がダメならさらに下を行けばいい。つまり、地上がダメなら地下を進めばいい。
「ナルミヤ、ちょっとやって欲しい事があるんだけど」
「何でしょう?」
「地の精霊に頼んで地下にトンネルを掘って貰ってくれるかな。とりあえず、あの百足龍虫の射程範囲の外まで。
私は何とかそれまでこの壁を支えるから」
「え? あ、ノーム達も聞いてたみたいです。『任せろ』ですって」
そうナルミヤが言った直後に近くの地面に大穴が開いた。そこからまるで地面が変形するように穴が奥へと広がっていき、しかもご丁寧に階段まで用意されていた。
「よし、みんな! ここから脱出するよ!」
ナルミヤの声に従って、まずレイダーが飛び込む。先の安全確認を兼ねての事だ。続いてヴィルナとレミナ、ナルミヤがトンネルに飛び込んだ。
そしてカイトが飛び込もうとしたその時、
ズンッ
突然、岩盤の傘が揺らいだ。
続けて大量の強酸液が岩盤の傘を伝って地面に流れ落ちてくる。
「まさか、強酸液のブレスを直接ぶつけてきた!?」
地面に流れ落ちた強酸液がそのまま洪水のように流れ込んでくる。慌ててミリアは岩石の壁の魔法で堤防を作り堰き止める。
「こんなの、トンネルの中まで流れ込ませるわけにはいかないわ」
ミリアは仲間達が全員脱出したのを確認し、周囲を見回す。そして――
「火炎の炸裂弾!」
その壁の根元に火炎魔法を叩き込んだ。
爆炎と衝撃波が周囲の強酸液を吹き飛ばし、そして壁の根元を粉砕。傘となっていた岩盤がそのままミリアの方に向かって傾き出す。
それを確認してミリアもトンネルに飛び込んだ。その上に岩盤が音を立てて倒れ込む。まるでトンネルの入り口を塞ぐ蓋のように。
長い身体を器用にくねらせながら、百足龍虫は岩盤の上に移動した。その頭の上からシルカは巨大な岩盤の蓋を見つめる。
「地属性魔法もここまで使いこなすか。ったく、全属性特化は伊達じゃないわね」
シルカは周囲を見回す。
既に魔蟲達の軍団は壊滅状態で、残っているのはシルカを頭の上に乗せている百足龍虫のみ。
「折角あれだけの数を集めたのに、この百足龍虫以外は全滅か。さてと、これからどうしようかな」
学園のクラス名を変更しました。
旧「イフリートクラス」
新「サラマンダークラス」
精霊の名前がクラス名になってるのにイフリートだけは違ったので。