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セフィロトの魔法使い  作者: 黒木オレオ
第2章 禁断の果実
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第27話 固有魔法『魔蟲奏者』



 シルカはただ茫然と目の前の光景を見つめていた。


 高い場所。高さからすれば地上から10メートルほどだろうか。何かの生物の頭部に乗って移動している。


 何かの生物。その生物をシルカはよく知っていた。

 

 百足龍虫(ドラゴンセンチピード)

 その身体は全長50メートルにも及び、全身に竜鱗のような甲殻を持つ。先端にある頭部には鋭い4本のツノと龍のような髭、口には鋭いヤイバのような牙が並んでいる。

 それが全身をくねらせながら空中を、地上を上下に行き交いながら目の前の相手を攻め立てる。


 相手はアザークラスの生徒達。そして、幼馴染のカイト。


 ――私はどうしてカイト達と戦っているんだろう。


 シルカはボンヤリした頭で考えていた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 あの時、ビエラによって聞かされたシルカの中に眠る固有魔法技能。それは蟲型の魔獣を操れると言うモノだった。効果範囲は自分の魔力が届く範囲まで。そのため、魔力の総量と出力を上げる必要があると言う話だった。

 ビエラが都合を取れた期間はひと月。その間にこの固有魔法、『魔蟲奏者』と名付けたこの技能を身に付けなければならない。




 最初は本当に小さな魔蟲だった。

 ウィルウォームと言う、芋虫の魔蟲。草食で大人しく無害なため基本的には放置される魔獣だ。うねうねしたその見た目で最初こそシルカも「うえぇ」と思ったものだが、大きな葉っぱをもきゅもきゅと食べている姿を見て一気に打ち解けた。

 その後、大きな蟻や鎧百足(アーマーセンチピード)など色々な魔蟲を操ってみた。いや、操ると言うのは語弊があるかもしれない。その魔蟲達は明らかにシルカを慕って近くに寄ってきていた。シルカの言う事に魔蟲達は従ってくれた。




 その後、ビエラとの特訓を開始してから2週間ほど経った頃、シルカには分かった事があった。それは魔蟲奏者の効果範囲。ビエラが言うには、基本的に魔法に関してその効果範囲は術者の魔力に比例すると言う。現在のシルカの魔力だと、効果範囲は精々半径20メートルくらいだと言う話だった。魔蟲達はシルカの魔力に惹かれて寄って来るのだから、魔力の届く範囲の外だと魔蟲奏者の力も及ばない。当然の話だ。

 ビエラとの残りの期間も2週間を切った。それまでにこの魔蟲奏者をもっと使いこなせるようになりたい。シルカにはそんな焦りにも似た気持ちがあったのだろう。今もまたカイトは先に進んでいる。それに追いつくには自分も今以上に努力しなければならない。そんな気持ちがシルカを支配していた。


 そんな時、ビエラが持ってきたのは青い錠剤だった。ビエラが言うには、これは魔力の最大量を上げる補助をしてくれる魔力増強剤の一種だと言う事だった。

 本来ならばルルオーネの存在を疑うところだが、ビエラを信頼していたシルカにその疑いは生まれてこなかった。尤も、この薬はそもそもルルオーネではないのだが。


 それからだった。

 シルカの意識が何となくボンヤリし始めたのは。

 視界も開けているし声も聞こえる。ただ、自分の事のはずなのに、まるで第三者が外部から眺めているような感覚が抜けないのだ。そう、自分がもう1人いて、その行動を裏から見つめているような感覚が。


 ただ、その時からシルカの魔力はどんどん増大していき、今では魔蟲奏者の範囲は半径200メートルを超えるまでになった。

 そして、ついにあの魔蟲もシルカの魔力に惹かれてやってきた。

 討伐レベル特A級の魔巨獣(ギガントモブ)と呼ばれる魔蟲、百足龍虫(ドラゴンセンチピード)が。

 魔巨獣と呼ばれるだけあって、百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の魔蟲奏者にかける魔力負担はかなり大きかった。この時点でのシルカでは百足龍虫(ドラゴンセンチピード)との意思疎通だけで魔力の大半を持っていかれるほどだった。

 その影響もあり、シルカはビエラが持ってくる青い薬を常用するようになっていく。そして、それに並行するように、シルカは自分の意識がどんどん体から離れていくような感覚が加速するようになっていた。意識もどんどんボンヤリしていき、今では何かを考える気すら起きなくなりかけている。ただ、自分の中に生まれた歪なもう1人の自分がする事を裏から見ているだけしかできなくなっていた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 先陣を切って突撃してくる鎧百足(アーマーセンチピード)をミリア、カイト、レイダーの3人で撃退し、続けて奥に陣取る百足龍虫(ドラゴンセンチピード)に相対する。

 50メートルもある長い胴体を器用にくねらせながら、廃墟にある建造物の成れの果てを這うように移動する。かと思えば、硬い甲殻に包まれた頭部で強烈な体当たりを繰り出し、瓦礫を粉砕しながら突っ切って行く。

 そのスピードもかなり速い。

 巨大な頭が目の前を横切ったかと思えば、あっという間に間合いの外。動きを封じようとヴィルナが重力魔法を使おうとするが、動きが速い上に不規則なため視界に捉えても発動までに効果範囲から逃れてしまうのだ。


「くぅぅ〜っ、百足(ムカデ)の癖に〜!

 止まりなさいよ〜!」


 ヴィルナが悔しげに怒鳴るが、百足龍虫(ドラゴンセンチピード)は嘲笑うかのようにキチキチ歯を鳴らしてヴィルナの側を旋回する。


「どこに敵の言う事など聞く奴がいるか、バカめ!

 だってさ」

「何ですってぇぇぇ!」


 百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の上でケラケラ笑うシルカに激昂するヴィルナ。


「こうなったら意地でも私の重力魔法で押し潰してやる!」

「まあまあ、ちょっと落ち着きなさいよ、ヴィルナ。焦っても相手の思うツボよ」

「そうですね。何とか相手の動きを抑えないと」


 ヴィルナを宥めるミリアにナルミヤが同意する。そこへレミナが羽で空を舞いながら、


「私が、何とかしてみる。

 真言(リルワーズ)、『無数の蔦が』『百足龍虫(ドラゴンセンチピード)に』『絡みつく』」


 真言魔法が発動し、地面から無数の太い蔦が次々と飛び出し、まるで鎖のように百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の体に巻き付いて動きを封じる。流石にこれには慌てたか、百足龍虫(ドラゴンセンチピード)は身をよじって逃げようとするが、完全に蔦が拘束してビクともしない。


「ナイスだぜ、レミナ!

 ここらで一気に決めてやる!

 ナルミヤ! 精霊に頼んで俺に魔法をぶっ放してくれ!」

「え?」

「属性は何でもいいからさっさとやれ!」

「う、うん。サラマンダー、豪炎の砲弾(フレイムボール)お願い」

『っしゃあ! オラオラいくゼェ!』


 火の精霊サラマンダーが4人、空中から強力な魔力の篭った火炎弾をレイダー目掛けて投げ放った。それをレイダーは振り上げた拳で全部受け止める。


 増幅魔法。身に受けた魔法を魔力に変え、自らの力に変換し増幅させるレイダーの固有魔法技能だ。

 吹き上がる炎を拳に宿し、レイダーは百足龍虫(ドラゴンセンチピード)に向かって地を蹴った。


「残念だけど、思い通りにはさせられないよ。百足龍虫(ドラゴンセンチピード)!」


 相手の目は1つではない。シルカの目がレイダーの動きを捉え、そして魔蟲奏者の力で百足龍虫(ドラゴンセンチピード)に意思を注ぐ。すると、もがいていた百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の頭がクルッとレイダーの方を向く。


「へ?」


 巨大な顔が突然自分の方へ向けられ、つい間の抜けた声を上げてしまう。そんなレイダーの眼前で、パカっと大きく口を開けた。その口の奥で何かがボコボコと泡立っている。

 それを見たミリアは慌てて魔力を地面に放出した。


「す、岩石の壁(ストーンウォール)!」

「え、ちょ、へぶっ」


 ゴオッと突然レイダーの目の前に出現した巨大な岩の壁。当然避けられるわけもなく、レイダーは壁にぶつかり潰れたカエルのような声を上げた。


 それと同時に、反対側では百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の大きく開いた口から緑色の液体がブレスのように吹き付けられた。それが浴びせられた壁がジュゥゥゥと嫌な音を立てて溶けて崩れ落ちる。

 それを見てゾッとするレイダー。


「おいおい、あんなもの浴びてたら溶けてスライムになっちまうじゃねーか」

「例えがおかしいけど、間一髪だったわね」


 百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の持つ強力な強酸のブレス。

 本物のドラゴンブレスとは違い、魔力による攻撃ではないため魔力の障壁では防げないのが厄介なところ。そのため、防ぐにはミリアのしたように地の属性魔法による物理的な壁を作る必要があった。


「まだまだよ。この程度の拘束でこの子の動きを封じられたと思ったら大間違い。

 それに、私の魔蟲奏者はこんな事もできるのよ。

 百足龍虫(ドラゴンセンチピード)、分散!」


 シルカの声に百足龍虫(ドラゴンセンチピード)がキシャーッと答える。そして次の瞬間、ミリア達の目の前で信じられない事が起こる。


 バアアァァァァァン!


 まるで何かが弾け飛ぶかのような衝撃音がして、突然百足龍虫(ドラゴンセンチピード)の真ん中より下半分がバラバラに千切れ飛んだ。

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