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セフィロトの魔法使い  作者: 黒木オレオ
第1章 復活の邪竜
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第25話 アイン・ソフ・オウル



 逃げ惑う人々を嘲笑うようにベルゼドの猛威が街を襲う。街のあちこちが火焔のブレスによって焼け溶け、豪腕や尾の一撃で薙ぎ倒されてフレイシアの街は炎上する廃墟と化している。


 ミリアはリアナと共に住民達の避難を手伝っていた。

 もうそれしかできる事はないと思っていたから。


 そんな彼女の目の前に、その子はいた。

 おそらく年齢は10歳にも満たないだろう。ひっくひっくとしゃくりあげながら、よたよたと朱に染まった道を歩いている。

 早く避難を、とミリアが女の子の所へ向かおうとしたその時、突然女の子の傍の建物が打ち砕かれた。

 その裏から現れたのは、人にとってまさしく死の象徴にも見える真紅の竜。血走った目はギョロっとその女の子を見据えていた。

 ベルゼドはあの女の子を狙っている。それを直感で知ると同時にミリアは駆け出していた。

 同時にベルゼドは腕を振り上げる。あんなもの、叩きつけられたら人の身では一溜まりもない。

 だが、今のミリアの脳裏には死ぬと言うそんな考えは全く浮かんでいなかった。あったのはただ1つ。女の子を助けると言うその考えのみ。


 腕が振り下ろされるのとミリアが女の子を横っ飛びで掻っ攫うのとほぼ同時だった。


 大地に叩きつけられた腕は地盤を打ち砕き、無数の瓦礫が周囲に飛び散る。ミリアはそれから女の子を守るように彼女を抱え込んで地面を転がった。

 獲物を奪われたベルゼドは忌々しげに唸り声を上げ、ミリアの方へと向き直る。

 直後、飛来した火球がその顔面を横から襲った。頭に直撃を喰らった反動でドラゴン2、3歩後ずさった。


「大丈夫ですか、ミリアちゃん」


 リーレとエクリアが駆け寄ってくる。


「今の火球の魔法はエクリアが?」

「あんなのでも注意を引くための牽制くらいにはなると思ってね。何もしないよりはマシよ」

「うん。ありがとう、2人とも」


 礼を言うミリアに照れたように2人は笑った。


「君、怪我はなかった?」


 女の子にそう尋ねると、おずおずと首を縦に振る。


「1人でちゃんと逃げられるかな?」

「……うん」

「よし、いい子ね。それじゃあ、先に逃げていて」

「あの、お姉ちゃん達は?」

「お姉ちゃんたちは大丈夫。心配せずに逃げなさいね」


 3人の顔を見回して、うんと女の子は頷く。そして、中央地区の方へと駆け出していった。


 それを見送り、再び後ろを振り返る。


 見上げた先から、唸り声を上げながらベルゼドが3人を見下ろしていた。


『誰かと思えば、我が目に傷を付けた小娘どもか。この苦痛の借りは返さねばなるまい』


 今度は警戒しているらしく、用心深く間合いを計っているように見える。


「……さすがに今度ばかりは逃げられそうにないわね」

「はぁ、せめて遺書くらいは書いてくればよかったです」

「ミリアもリーレも弱気な事言わない。あたしはまだ死ぬつもりはないわよ。まだたった15年しか生きてないんだから」

「そうですね。でもどうやって戦います? 私達の攻撃は一切通りそうもないですが」


 しばらく無言でいたミリアだが、やがて2人に対し口を開いた。


「リーレ、エクリア。ちょっといいかな。試してみたい魔法があるのよ」

「試してみたい魔法?」

「まさか禁断の魔法じゃないでしょうね」

「そんなんじゃないわ。そもそも禁断の魔法なんて使えないし。ちょっと2人とも耳を貸して」


 耳を寄せるリーレとエクリアに、ミリアは簡単にその魔法について話す。2人はそれを聞いて顔色を変えた。


「ち、ちょっと待ってよ。それ、本当に使えるの?」

「まだ練習もした事ないシロモノだけどね。でも、ベルゼドにダメージを与えられそうなのは正直これしか思いつかない」

「でも……」

「一か八かでも、やるしかないわ。私達が生き残るためにはね」


 やるしかないか。覚悟を決めた2人はミリアの作戦に乗る事に決めた。

 その間にもベルゼドはゆっくりと3人の方に近づいて来ている。まずは作戦に十分な距離を取らなければ。


「リーレとエクリアは先にさっき話した場所に行ってて。私はちょっとやる事があるから」

「分かったわ」

「あんまり無茶な事しないでくださいね」


 そう言って、リーレとエクリアはその場を後にする。


 ここで無茶しなくてどこで無茶しろと?

 そう思い、ミリアは小さく笑う。


 そしてその場から駆け出し、瓦礫を踏み台にして崩れた建物の屋根にまで駆け上った。ここからならば、ベルゼドの足元を狙う事ができる。

 使うのは風の属性魔法。精霊言語を用いて詠唱を紡ぎ、風の精霊の力を導き出す。

 放たれた旋風がベルゼドを巻き込むように吹き上がる。真空の刃を纏っているとは言え、この程度の魔法ではあまり傷を与える事はできないだろう。だが、それで十分。

 辺りの粉塵を旋風が派手に巻き上げ、それは再びベルゼドの視界を覆い隠した。


『ぐっ、またもや目くらましか』


 忌々しげな声が粉塵の奥から聞こえてくる。

 すぐにミリアはその場から移動を始めた。


 これから使うモノは、威力は申し分ない代わり、発動までに若干時間がかかる事と、効果範囲がかなりの広範囲になってしまうと言う欠点がある。それを補うために、ベルゼドの視界を一時的でもいいから奪い、間合いを広げるだけの時間を稼ぐ必要があった。


 そしてこれからミリアが向かうのはリーレとエクリアに先に向かっておくようにと言っておいた場所。


 今ベルゼドがいる場所から距離にしておよそ200メートルの位置にある建物。フレイシアの魔道図書館屋上だ。非常階段を三段跳びで駆け上がるミリア。辿り着いたそこには、予定通りリーレとエクリアがミリアの到着を待ち構えていた。


「2人とも、準備はいい?」

「ええ、いつでもいいわ」

「やりましょう」


 陣形はミリアを頂点とした正三角形。リーレとエクリアが左右からミリアの肩に手を添える。


「いくわよ」


 ミリアは目を閉じ、そっとその魔法を口ずさむ。

 その瞬間、ミリア、エクリア、リーレの体が光り輝き出した。それは、それぞれの魔力の光。直後、リーレとエクリアの体を覆っていた光が流れ込むようにミリアの体へと移動し始めた。


 これがミリアが使おうとしている切り札。名を『魔力収束』と言う。


 かつて第2次アーク戦争時代に高い魔法耐性を持つ相手を倒すために生み出された魔法技術で、複数の魔道士の魔力を1つに束ね、纏めて相手に叩き込むものだ。


 エクリアとリーレ、2人の魔力が流れ込み、どんどん膨れ上がるミリアの魔力。


「ま、まだなの、ミリア?」

「きつくなってきました」


 魔力の消費には関連して精神力の消費が付き纏う。魔力収束による魔力の移譲には激しい精神の消耗が発生するのだ。エクリアとリーレもかなり表情が険しくなってきている。

 だが、決してミリアのほうも楽なわけじゃない。2人分の魔力を自分の魔力に上乗せするのだ。下手すると魔力が体の中で暴走するかもしれない。それを精神力で必死に押さえ込む。


「も、もう少し……」


 苦しげにミリアはそれだけを口にした。

 やがて、粉塵の中の影が動き始める。まず最初に出てきたのは頭だった。長い頭がミリアの姿を探すように左右を見回し、魔道図書館の屋上にいた彼女達の姿をその目に捉えた。


『そこにいたか。何をするかは知らんが、この一撃でまとめて灰にしてくれるわ!』


 ベルゼドは翼を広げ上空へと飛翔。そしてその顎を大きく開く。喉奥に赤い輝きが宿り、炎がのたうつように溢れ出す。


「まだ!?」

「ドラゴンブレスを喰らったら一巻の終わりですよ!」


 ミリアの後ろからエクリアとリーレの焦りの混じった声が聞こえる。ミリアはジッと目を閉じていたが、やがてその両目を開く。チャージは完了した。後は魔法を放つのみ。

 見ればベルゼドはもうブレスを放つ直前。普通に魔法を使っては間に合わない。


 ならば――

 ベルゼドに向かい両手をかざす。今までは片手から魔力を放出し、もう片方でぶれを抑えていたが、その方法では遅すぎる。ならば、片手からではなく両手から魔力を放出すればいい。

 ミリアの体から吹き出していた眩い光は両腕を伝ってミリアの前方に集結する。やがてそれは凄まじい火力と大きさを持つ大火球へと形を変えていった。


「く……」


 ミリアの顔が歪む。ミリア自身の魔力ですら火球を支えるのが辛かったのだ。それなのに、今回のはエクリアとリーレの魔力までも上乗せしているのだ。

 しかも、今回ミリアの使おうとしているのはただの火球の魔法ではない。火炎ファイア系、豪炎フレイム系、灼熱ブレイズの3段階の内の最高位、灼熱ブレイズ系の魔法。その威力はとても1人では支えきれるものではなかった。


「こ、ここまで来て……」


 半ば諦めかけそうになった時、そっとミリアの両手に後ろから手が伸びてきた。そして、ミリアの腕をぐっと押さえ込む。振り返れば、そこには共に戦う親友達の笑顔があった。


「ミリア、あんたは1人で戦ってるわけじゃないわ」

「この魔法は3人で使う魔法です。だから、この魔法は3人で支えましょう」


 エクリアとリーレの顔を交互に見回しミリアは頷く。

 そう、今は1人で戦ってるんじゃない。私達はチームだ。今も3人で戦ってるんだ。

 ミリアはベルゼドを見据える。もう何も怖いものは無い。


「いっけぇぇぇぇっ!

 灼熱の爆裂弾(ブレイズフレア)!!」


 ミリアが大火球を放ったのとベルゼドがドラゴンブレスを吐き出したのとはほぼ同時だった。3人とベルゼドまでの、ほぼ真ん中で大火球と火焔のブレスが衝突する。

 炎と炎。属性は同じ。ならば、勝敗を分けるのはその威力のみ。


「くっ……」


 冷たい汗がミリアの頬を伝って落ちる。

 大火球と火焔のブレスの威力は拮抗してミリア達とベルゼドの丁度中間辺りで燻っていた。

 まずい、とミリアは内心思う。魔力は無限ではない。しかも今はミリア自身の魔力はベルゼドによって奪われているのだ。ここで何かしらの手を打たなければ、いずれは押し負ける。

 何か、何か無いか。ミリアは自分の知識の本棚からあらゆる情報を検索する。しかし、こんな場面で状況を変えられる、そんな都合のいい魔法など……


 そんな時だった。


 ミリアの脳裏にその光景が浮かび上がったのは。



 それは蒼い世界に浮かぶ1本の巨樹。

 その表面に浮かび上がる数々の刻印。


 見た事はない。


 見た事はないはずなのに――



 ミリアにはそれが何なのか理解できた。



 ミリアは小さくその刻印を読み上げた。


「えっ?」


 エクリアとリーレにはそれが言葉なのかどうかすら分からなかっただろう。

 そして、ミリアの最後の一言、


「アイン・ソフ・オウル」


 最後のその言葉だけははっきり聞こえた。


 そしてエクリアとリーレは見た。

 眩い光が無数に現れ、分裂を繰り返しながらミリアの放った大火球の周囲を旋回する。

 やがて、火球全体が光に覆い隠されたその瞬間――



 大火球と火焔のブレスはまるで搔き消えるかのように消滅し――



 強烈な爆音と共にベルゼドの上半身が消し飛んだ。




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