六十発目
ジントが騒ぎの方に向かう少し前のこと。
その騒ぎとなる戦いがあった。
それは他人のために動くリーダーと悪趣味な男のタイマン勝負。
そして始まった。
「こっちも本気、そっちも本気、命を懸けての戦い。そそる……ああ、そそるよぉ」
スーツを着る醜悪な笑みを浮かべる男。
「俺としては死ぬつもりなんてないんだけどな」
リーダーはそう言いながら周りを見る。
ーーブーとラザーが戦うにはまだ人が多すぎる。二人には避難指示をしてもらっているが、まだ時間がかかりそうだ。それまでリーダーである俺が本気でこいつの相手をしないといけない訳だが……
右手では銃を構え、リーダーは自分の首に巻きつく黒い輪に左手を添える。
「大体……三分」
――パンッ
炸裂音。男が撃った。この時には既にリーダーは思い切り腕を振り下ろしている。
――ガギィン
銃と弾丸がぶつかる鈍い音。鈍い痛みが腕に伝わった。
その弾丸は地面を穿ち、その後に変色。その場所は爆発した。
「やっぱり、偶然じゃない? のかなぁ」
左手で銃を構える目の前の男は醜悪な顔。不愉快極まりないものだ。
ーーこいつ、アトリエであった時よりヤバい顔をしてんな。気持ちわりぃ。
リーダーはそんなことを思うが、顔には出さない。余計なことを思えば命取り。それに、悟られても命取り。
気を引き締め直した。
男は動かない。隙を窺っているようだ。
ーー俺はそんな隙を作らないぞ。
リーダーは相手の状態がなんとなく分かる。これは首輪の効果だ。勘が鋭くなり、大体のことは察することが出来る。ここに来たのもその能力が予感したから。
ーー人であれば、どんなに緊張した状態でも波がある。どんなに注意していてもそれは必ず訪れる。俺はそれが分かる。
リーダーはそれを利用することで相手の波に俺の波を合わせ、お見合い状態にできる。つまり、お互いに動けなくなる。
だが、それを意図的に行使しているのはリーダーだ。少しの事、弾丸を込めることくらいならこの状態でもできた。
リーダーが込めたのは〈守糸〉という名の弾丸。この弾丸はその名の通り、守るための糸を撃つ。
銃口から吐き出されるのは、握ることのできるほどの糸。それは押しても引いてもびくともしない強靭なもので、切断や貫通に対してもかなりの強度を持つ。引き金を引く速さによって固さを変え、早く引くと柔軟性の高い糸が、遅く引けば遅いほど着弾してから高い硬度を持つようになる。柔軟であれば貫通しようとするものに強く、硬質であれば切断に対して強い。
一発の弾丸で大体数百メートルほどの糸を伸ばせる。糸は一度撃つと最後まで伸びるまで途切れることはない。伸び切る前になら引き金を引いて一部を粘着性の糸に変換可能で、どんな場所に張り付けられる。それも強力に。
「悠長に考え事? まあそれでも隙は見えないよねぇ。そろそろいいかなぁ?」
体を動かさないままでも男は流暢に口を動かす。いつの間にか男の右手はスーツの中にあった。
ーー動けなくなると言ってもせいぜい数十秒か。今回は一分に届かないくらい。実質、最初の三十秒くらいだけ、後は俺の癖でも見てたってところか。
「そうだな、少しばかり人が減って……っ!」
――タンッ
こもった炸裂音。リーダーはなんとなく〈守糸〉を込めた銃の引き金を引いていた。
その音は男は服の中から。
「服の中に隠し持っていた」と、そんな理解に到達するときには、粘着性を持った糸の先端は男の放った弾丸を捕らえていた。
男が放ったのは実弾。直接的に殺傷能力を持つ使用禁止の弾丸だ。
銃口から伸びる糸をつかみ、思い切り引く。男の放ったその弾丸は、野次馬根性を見せていた青年の眉間に触れる直前に止まった。その青年は失禁しながらアホ面かましているが、誰もそれは見ていない。
引き金を引いた速度は速かった。柔軟性のある糸は張力により伸び、復元力により勢いよく戻ってくる。
「隙ありぃ……ひっひひ」
その瞬間男が頭に銃を向けてくる。その右手にはあまり見慣れない回転式の拳銃が握られていた。
その引き金を引く。回転と同時にハンマーが連動し、
――バァァァンッ
けたたましい炸裂音。
リーダーは片方の銃から伸びる糸を銃に絡め、もう片方を手で糸を目いっぱい引き延ばす。ここだという場所に構え、受け止めた。
弾が貫通することは無く、上手いこと弾道がずれて頭に当たることは無かった。
男はそのまま引き金を引こうとするがリーダーの目線を見ると、避けた。
避けながらも距離を詰めようとする。
男の頭があった位置を通るのは、戻ってきた実弾が引っ付いている糸だった。
俺は男に向かって銃口を向け引き金をゆっくりと引く。
すると、男は距離を取りながら実弾に向かって右手の銃の引き金を引く。
当たった。そして実弾が変色しだす。それを視認すると、銃口を上に向けゆっくりと引いていた引き金を引き切る。そして、距離を取っていた男に向かって振り下ろす。
銃口からは真っすぐ、さっき引っ張った糸とは思えないほどの硬質の糸が伸びる。銃口から伸びながら振り下ろされる硬質な糸につられて引っ張られる柔性の糸の先端が、引かれるままに上昇した。
男は振り下ろされる硬質の糸を左側に避けた。その糸の端は地面に引っ付く。上昇した弾丸は二十メートルほど上昇した後に爆発した。
糸は先端から四つ五つと裂けた。地面についている硬質の糸の端を引っ張るように散らばった。それは男の方にも飛ぶが避けられる。近くの壁や木などに先端がべったりと貼りつく。硬質の糸の端の粘着部分も裂けて硬質になった糸の断面が見えていた。
リーダーは引き金を素早く引く。硬質化した糸が男を巻き込むように飛んでいくように狙いながら。だが糸をくぐるように右に避けられ、道をまたぐようにして硬質化した糸のもう一方は反対側の建物ににくっついた。
男は隙を作るためか、いまだいる逃げ遅れた人に回転式拳銃の銃口を向けた。その瞬間に、ある程度ゆっくりと引き金を引き始める。
――バァァァンッ
――バァァァンッ
同じ方向、左右にずらして二発放たれる。
リーダーの今いる位置からは男の放った実弾は重なっているように見えた。
引き金を引き終わり、硬すぎず柔らかすぎないしなりの良い糸が射出される。隙を作れたと思っていたのかその時男は左手に持つ銃に鈍く光る弾丸を込めていた。
二発の弾丸の射線を遮るように糸を張る。弾速は十分だった。地面にしなりのある糸が引っ付くと、二つの弾丸を受け止め、たわむ。
その反動を利用。糸を男に向かって思い切りしならせる。弾丸を込め終わる寸前の男を狙い引き金を引く。
引いた時点でしなりのある糸の端。ブワンブワンと変な軌道を描きながら男の元に向かう。その端っこはしっかりと粘着性を持っている。
「お前の油断は……まあ、なんとなくだが……手に取るように分かるんだよ」
リーダーがそう言い終わる瞬間。弾丸を込め終わった瞬間のその男にベッタリと粘着部分がくっついた。身動きを僅かに封じられた隙を逃さず下から上に粘着性の糸を撃ち込んで張り付けに。大体の動きを封じた。
その時だった。
「ママぁ~どごぉ~うえぇぇぇんママ~ママ~」
避難はほとんど終了したはずだが、親から離れた子供だろうか。道を横切るように硬質の糸が張っている下をくぐる様に歩いていた。
「ちょっと、そっちはダメ!」
ラザーが気づき走る。その姿をその男は見ていた。
突然の出来事にリーダーの動きは止まっていた。男の両腕はまだ多少の自由は利く。
ニタァと笑う男。銃を向ける。男は右手の銃の引き金を引き、回転そして連動してハンマーが動く。
だが、リーダーは余り危機感を感じていなかった。あのタイミングだと硬質化した糸ではじかれるから。だが、それは銃を向けて居る男もわかっているはずだ。
また、男はニタァと嗤う。
「この糸は確かに強靭だったけど、裂ける力には弱いんじゃないの?」
男のいる場所は硬質の糸が地面についている場所だった。その糸のわずかに裂けていた断面は男の方を向いていた。
男はそう一言いい、子供に向けていた銃口を硬質の糸の断面に銃口を向け、
――バァァァンッ
という炸裂音。と、ともに、
――バリッ
二つに割れた。綺麗にパックリと真ん中から硬質な糸が割れてしまった。
そこでようやく危機感がリーダーの全身を襲った。
「くそっ!」
気が抜けていた。というわけではない。それは波だ。誰でも来る。だが、そのせいで数舜遅れた。
男は気色の悪い笑みで子供に向け引き金を引いた。
――バァァァンッ
…………
………
……
……
「……ぐっ……間に合った」
「お兄ちゃん!」
「……! ブー!」
「チッ」
子供は無事だった。ブーの右肩からは血が溢れる。貫通はしていないようで、弾は体の中でとどまっていた。ラザーが心配そうに兄の元へ走り。リーダーもそれに続いた。
その様子を見て男は不機嫌そう。いや、不機嫌だ。
「つまんないつまんないつまんないぃ! あそこはちゃんと当たる場面じゃないのぉ!」
「僕らはリーダーについていくと決めたから。リーダーの悲しむようなことは起こさせないって決めているから」
ブーが男に向かいそう言う。
男の表情が変わった。
その変わりようにリーダー、ブー、ラザーの三人の背には寒気が走る。
「あは、そろそろ3分経ったでしょ。第二ラウンド始めようか」
あっけらかんと男はそうのたまうと、右手に持っている銃を自分のこめかみにあてる。右腕にはべたべたと粘着性の糸がくっついていたが強引にはがしながらその男は動かしていた。
火事場の馬鹿力だ。その男の精神状態はそれを引き起こすほどのものになっていた。目の前の三人をぶっ潰したいとそれだけにただ必死になっていたのだ。
寒気はそのせい。その感情が男の姿から見て取れないことで、それ以上の君の悪さをリーダーたちに与えていた。
引き金を引く。弾丸が射出され、男に炸裂。
鈍い光が男を包み込み。その影はグムグムと巨大化していった。
ただ単純に巨大化と言っても、体の強度がそのままでは身は持たない。
だが男は明らかなまでに巨大化している。それが意味するのは、
「なんだよこれ、最悪だ」
という事態であるということだった。
リーダーとブー、ラザーの三人は。顔を歪め、その男を見上げるのだった。
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