五十九発目
画材を買いに行ってから数時間。
ジントの目に光が無い。隣には心配するほどではないが、気にするようなそびりを見せる姉御。
この主人公に何かあったらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「お疲れ様。ジントくん」
姉御からかけられる言葉に答えられない。俺は肩で息をする。
本当もう、大変だった。それはもう、本当に。
これは、姉御が買った画材が相当な重量だった……訳ではない。
今は画材屋から出たところ。荷物持ちをするならここからが仕事だ。
だがそうではない。俺は店から出た時点でこの有様。
俺がに荷物持ちのために持つはずだったの画材はというと、大きめのバッグを肩にかける姉御を見れば分かる。
そのバッグに全部入っているのだ。
姉御が言うに荷物持ちは冗談だったらしい。俺に頼むほどの手間ではないらしく、正直助かった。
それでも体力が残っていれば持つぐらいよかったのだが……今は無理だ。
俺がこうなっている理由は、俺がこの町の英雄と持ち上げられたりしたことがあったからだ。
自分でそう称するのも歯がゆい感じがするけども、そう呼ばれたりすることがある。
別に世界を救ったわけでもない。この町を襲った動物たちを死人シリーズの〈究極〉という弾丸を使い殲滅。つまり皆殺しにしたのだ。理由は家を守るため、それだけだ。
それでこの町で英雄と呼ばれるが、この町の人は俺を便利屋か何かと勘違いしている感じがする。
まあ、親方が何でもできる人だし、その息子というのも周知のものとなっているのでそのせいもあると思うが……
そもそも、俺はあまり外には出ない。大体は弾丸屋の手伝いに、今はイチカのことだ。町に出るのも、前にイチカと一緒に来た時以来。
随分と久しぶりに町に出たらこれだ。便利屋。いや、それよりひどい気がする。奴隷、いや道具だな。
映画館でのおっさんも当たりが強かったし……
とにかくだ。姉御ことイファという名の画家さんが買い物を終えるまでにしたことを振り返ろう。
最初は気軽に「こんにちわ」などと画材屋の店員が挨拶。俺もそれに応える。
次に「あの英雄さんですよね。少し手伝ってもらいたいことが」と言われ、物を運んだりして手伝う。
そうして喜んでもらえた。店内のドアが壊れて使いずらいという話を聞いたからそれを直す。
そこからだ。
直してる途中にどう広がったかは知らないが「何か直してくれるらしいぞ」と、噂が広がった。
「よし完成」と俺が一言。すると直し始めてから数分しかたってないのに人が集まってあれこれ直してくれとせがまれる。
頼られるのも悪い気がしなかった。だから「姉御の買い物が終わるまで」と、やってるうちにその内容がおかしくなってくる。
最初は不調になった弾丸の手入れから、それに関する質問的なもの。だったのに、途中から頭のおかしいやつが現れた「うちの折れた煙突を直してくれ」正直、頭大丈夫? と思ったが、そいつは癇癪持ち。断ろうとする素振りを俺が見せると、暴れそうな雰囲気を出してきた……というか暴れた。
そこは画材屋の目の前。迷惑にもなるのでしぶしぶ受ける。それがとんでもなく下らない。
そもそもが無理難題なので、迷惑にならないところで断ろうかとも思っていたが、一応見に行く。それで、折れたという煙突だが、確かにそう見えるものだった。煙突の周りにひびが入り、折れたような見た目。だが、それだけだ。その煙突のひびはただの飾り。俺が見る限り全く問題ない。そこはパン屋だったが、そこの責任者に確認を取ると「ただの飾りだよ」と一言。それで解決。実に下らない。
しかも、そいつは仕事をさぼっている時に気づいて俺のところに来たという。意味が分からない。取り合えずその店のお偉いさんに聞けよと、そう思う。まあ、画材屋の迷惑にならなかっただけ意味はあるだろうと自分を納得させた。
それで次「引越ししたいんですけど、お金が無くて……手伝ってもらえませんか?」と一言。頼むのは俺か? と思いながらもそれは受けるしかなかった。理由は周りの目。俺に懇願するのはいかにも貧しそうななりをしている少女。周りの人がアホみたいに同情の視線を送る。じゃあお前らが手伝えよ。とも思ったが、それはできないようで仕方なく行く。今度はくだらないというか、もう呆れた。
引っ越しとは言ったが、普通は荷物の運び込み的なものだろ! なんで、家自体を引っ越ししてくれ、なんだよ! アホか! とも思ったが、実際俺はそれができる気がする。だって〈究極〉を使えるから。その少女は俺と巨大ゴリラとの殴り合いを見ていたらしい。運よく隠れていたところは被害が無く、俺の戦闘を見ることが出来たらしい。それで、俺が力持ちだという認識があって頼みに来たらしい。だからと言って頼むだろうか? お頭がよろしくないらしい。その両親も快諾して、こっちは絶対によろしくない頭を持っているらしい……
……何が、らしい、だ! 完全に俺の指名か! ああ、やってやろうじゃねーか!
頭のおかしい人に囲まれたからか、俺もつられて頭がおかしくなったらしい。俺は〈究極〉を使い、一戸建ての家を片手に持ち引っ越しをひょうひょうとこなした。
思い出して気づいたが、知らない間に〈究極〉を使いこなせるようになってきたらしい。相変わらず使用状態は危険だが、何でもかんでも壊してしまうことはない様で、気を付けていれば家のどこも壊すことはなかった。
だが、不意に少女が触ってきたときはヒヤッとした。数メートル吹き飛んだ。少女の体が。幸い怪我はなく、少女の方も笑いかけてくれたが、その親に「もう近づかないで」と言われた。あんたらが引越しをしてくれと言ったから〈究極〉を使うしかなかったのに、何を言ってるんだ。とも思ったが、別に言っても使ったことも無い人には理解できないだろうし、感情に呑まれた人は面倒くさいからそのまま画材屋に戻った。
うわさが流れるのは早いもので、なかなかによろしくない噂が流れたようだ。もううんざりなので内容は知らない。いつだったか英雄について俺は悩んだ。そんな気がするが、あれは何だったのか? 笑えてくる。
店に着いた時には俺目当ての人の姿は無く、俺が店に入ると姉御が笑顔で迎えてくれた。俺が引っ越しの手伝いに出た時に姉御の買い物は終わっていたようで、数えて数時間姉御を待たせてしまっていた。
情けない。あ~あ、情け――壊し――ない。そういう言葉――たい――だけが。俺の頭をよぎる。
ああ、本当に全部が全部……全部? 全部を全部、ぶち壊した……い? 壊したい。
俺はもう、これ、疲れてるよな。ばかみたいに疲れた。特に最後の引っ越しだ。〈究極〉の制御は精神がすり減る。実際すり減っている気もするし……あれ、そういえば筋肉痛が起こらない。前からだっけか? まあいいや。
「そんなことあったんだ。大変だったね。頑張ったジントくんには、帰ったらおいしいご飯を作ったげる」
「あれ、俺口に出してた?」
「出してたよ。そんな大きな声じゃないけど。わたしが聞こえるくらいかな」
「そういえば、姉御」
「なに?」
「壊したい? とかなんか言ってた声が聞こえなかったか?」
「いや別に」
「俺が言ってたとか」
「別にそんなことは言ってなかったかな。空耳とかかな?」
「そう、か。まあそうだろうな。この帰り道騒がしいし」
「ここ大通りだもんね。それにこんな時間。みんなが帰る時間だよ」
「待たせたな」
「そんなことないよ。比べればどうってことも」
「比べる? 何と?」
「まあ、それはこっちの話。わたしの話が聞きたいなら私を落としてからね」
「それはそれは、大変そうだ」
「そんなことないよ。自分で言うのもなんだけど、わたしちょろいから」
「それ、自分で言うことじゃないだろ。それに、自分で言ってて悲しくないのかよ」
「悲しいよ。とってもね」
姉御は、後ろで手を組み俺の顔を覗いてとても可愛らしい花の咲くような笑顔を見せる。
「でも、悲しいだけじゃない。少しだけ、希望もあるから。期待しないでいるよ」
姉御がそう言うと、後ろの方で騒ぐ音が聞こえる。その音はどんどんと大きくなり、すぐ後の方まで。
俺と姉御は何事かと振り返る。
振り向くと、俺たちの目の前で人が両側にきれいに別れて一本の道が出来ていた。
そこをとてつもなく綺麗なフォームで、整った呼吸で走る男が一人。見覚えがある。
その姿を投影したとしたら、その影を見るだけで走ることを極めていると分かる。
そう、影だけだ。投影すれば、あれの影だけは綺麗だ。
その顔についている二つの目は血走り大きく見開かれる。その走る姿は汗一つ書かないような軽快なものなのだが、その全身は汗まみれ。多分、走った疲れで出たものではなさそうな感じだ。
俺の背中にはナメクジが這いずり回るような気持ち悪さを感じる。
「何をしに来たんだ?」
「……さぁ?」
姉御も同じようなものを感じているらしい。背中をさすりながら気味の悪いという声を出す。
俺と姉御の前には、映画館の床を自分の唾でせっせと磨いていたおっさんが息を切らすことなく、だが汗だくで立っていた。
「助けてくれ、この町の英雄よ!」
○ ○ ○
「お兄ちゃん映画面白かったねぇ」
「ラザー、なんでお前あんなのを見てそんなに元気でいられるんだ? 疲れるだろあれ。最初のひらひらのドレスを姫が着るシーンなんてもう、大変だった。後半は鎧を着てたから良かったけど、僕はもう疲れたよラザー」
「ああ、そうだよね。お兄ちゃんひらひら見ると〈覚醒〉しそうになるもんね。弾丸が撃ち込まれるわけでもないのに。でもあたしは楽しかったから、あたしの楽しんでる姿を見れてよかったねお兄ちゃん」
「僕は外で待って、ラザーの楽しんでる姿を見るだけにすればよかったなぁ」
「もう、意地悪言わないでよ! お兄ちゃんと観るのが楽しいんじゃん。まあ、お兄ちゃんが〈覚醒〉しそうになるのをぐっとこらえる姿を見るのも楽しかったよ。えへへ」
「たく、このブラコンの妹め」
「シスコンのお兄ちゃんに言われたくないよ」
「でもな……」
「そうだよね。リーダーも来ればよかったのに」
「でも、奴がまた現れるとも限らないし、仕方ないよ。無理言って来させてもらったんだ。ラザーが楽しかったって伝えればリーダーも喜んでくれるだろうから。来れなかった分、ラザーの可愛い姿を見せつけてやれ」
「そうだね、可愛いあたしが喜ばせるよ」
「自分で言うのもどうかと思うけど?」
「えへへそうだね。でも、お兄ちゃんが可愛いって言うんだからあたしが可愛いことに異論はないでしょ」
「異論あ~~~~~り。やあ、ちょっとぶりだね兄妹」
「お前は……盗人が、僕たちについてきたのか?」
「それに、何が異論なの」
「ラザー、そこ聞くか」
「そこが大事なんだよ、お兄ちゃん」
「異論はね、死に際の方がもうちょっとかわいくなると思うからだよぉ」
「お兄ちゃん。この人、嫌」
「僕もそうだよ。でも、逃がしちゃダメな奴だ。でも、この人の多さ」
「大変だねぇ。こっちとしてはおっぱじめたくて仕方ないんだけど、いいよね。欲しいものはもう盗んだから、あとはしたいことをするだけ……」
――ジャキッ
「お前がしたいことはこれだろ」
「リーダー!」
「リーダー! こいつが来ること、分かってたんですか?」
予感がした。とても嫌な予感だ。ブーとラザーが居なくなるような……そんな予感。そんなもの、許せるわけがない。
だから俺はその男に銃口を向ける。
「いいねぇ。ここでやっちゃう? やっちゃいたいんだけど、どうしよう?」
「移動しないか? 人がいないとこでなら俺たちは本気を出すぞ」
「魅力的……だけど、我慢できないや」
男は銃を抜き、俺に向かって引き金を引いた。銃口からは弾丸が飛び出す。俺は下に向かって力任せに銃を持った手を振り下ろす。
男の放った弾丸は、俺が持っていた銃にぶつかり、俺の足元の地面を抉った。
「うぅへへへ、お~すご~い」
弾丸の抉った地面が変色しだす。
「こんな人が多いところじゃ、俺しか本気が出せないな」
その地面は爆発する。煙が上がって、悲鳴も上がった。
俺は男を睨む。煙が晴れて見える男は醜悪な笑みを浮かべた。
○ ○ ○
おっさんの一言で姉御の表情はこわばった。
「ジントくんの助けなんていらねぇんじゃなかったんですか。何をいまさら」
おっさんには聞こえていないようだ。でも、俺が話しかけても会話にならないし……
「なあ、英雄よ! 何とか言ってくれよ」
……?
「俺と会話できるのか?」
俺が口を開くと、気持ちの悪い笑顔が視界に入る。笑顔は可愛い女の子だけで需要は十分だってのにこのおっさんは何を狙っているんだ? そんなことを不意に思う。
「たりめぇじゃ~。なあ、助けてくれ。俺のコレクションが、絵が……」
姉御の苛立ちが見て取れる。正直俺も少しばかり不愉快だ。その火におっさんは油を注ぐ。
「無意識に唾吐く奴なんて要る訳ねぇだろ。ありゃわざとだ。それを謝る。だから、どうか……」
その一言で俺も姉御も何も話す気が無くなった。帰路を向く。
その時、遠く後ろの方で強くて鈍い光が放たれたらしい。
その光が建物を照らしたことで俺はそれに気づいた。そのすぐ後に大きな悲鳴。さらにパニック。人が人を押し、ただでさえ人が多かった大通りはさらに人を詰められる。
俺は姉御の手を引き、人のいない場所まで移動した。大通りから抜けた道に生えている木。その下。周りにはイチャラブ鬱陶しいカップルが数組。隠れデートスポットのような場所か。そう淡々と場所を確認して、俺は騒ぎの場所へ行こうと足を向ける。
「……いっ、ジントくん。どこ行くの?」
「どこ行くのって、そりゃ当然悲鳴を聞いたから」
「…………」
「その顔どうした? なんだその訝しむような眼……ああ、そんなのは嘘だ」
俺の中では記憶のカケラに関わることの方が優先されるからな。
「正直、こんなパニックに関わりたくはない。でも、行く。姉御はその足を安静にな」
姉御の足はさっきのパニックの時に踏まれたか何かで、とにかく歩ける様子じゃない。それじゃあ逃げるに逃げれない。このパニックの様子を見るになかなかのことが起きている。そんな中、足を怪我してる姉御と無理に逃げるようなことをすれば、姉御は足を守ろうとして他の場所が怪我するかもしれないからな。
それで手が怪我したら、大変だ……サイテーだな俺。
「本当、サイテーだよな俺ってさ。今も姉御の手のこと心配してる」
自虐的に俺は笑う。口に出したのは姉御にも責めてほしいからだろう。俺は姉御を見る。姉御は真っすぐに俺を見ていた。
「サイテーなんかじゃないよ。ジントくんは最低なんかじゃない。イチカちゃんが大切なんだよね。わたしが絵を描かないと渡したくないって言ったから。奪えば早いのに、そうしなかった。わたしの手が怪我をしないように今までも気を付けてくれたでしょ」
「気づいてたか」
「あたりまえだよ。わたしはジントくんのことをちゃんと見てるから。ジントくんは最低じゃない。わたしじゃなくて、わたしの手を心配してるジントくんだけど、それなら私が何かに巻き込まれればジントくんは何か理由を付けてあのキャンバスを持っていけるでしょ。でもそれをしない。ジントくんはちゃんと私のこともイチカちゃんのことも助けようとしてくれてる」
「……そうなのか?」
「そうだよ。間違いない。わたしが言うんだから尚更だよ」
「……そう、か……なんだか……納得した」
「ありがとうジントくん。いや、わたしたちの英雄のジントくん」
「なんだよ、急だな。急にそんなこと言われても俺はどうすりゃいいんだか?」
「さっき自分で言ってたでしょ」
「ああ、確かに。じゃあ、姉御がこれ以上怪我をしないように、行くか」
最初はとりあえず偵察。特に姉御が危険に巻き込まれないようなものであればよし。誰かが暴れていたりしていれば、それか、いつかのように動物の襲撃ならばこの町の警備が対処するから姉御のそばで何もないようにしていればよし。それ以上の何かがあれば最悪〈究極〉を使って……
親方に乱用は禁止にされてたけど、もう一度くらいなら行けそうだ。
さっきまでの疲れも落ち着いている。〈究極〉に馴染んだから回復も早いのだろう。
まあ、使うことのないように、とりあえず祈っとくか。
そんなことを考えながら大通りに出た俺は、人の流れを逆流してパニックの中心に走る。
期間を開けて申しわけない。
ですが久しぶりに筆が走りました。いつもこれくらい筆が走ってほしいところです。まあ、言いたいだけですので。
こんなところで。
では、ご精読ありがとうございました。




