五十七発目:姉御が描くものは・④
姉御とのデートが始まる。
ジントは楽しもうとするが、前回の事が気になっていたりしているようだ。
俺たちは、一際人が多い島の中を歩いていた。
数多くの商業施設があるこの島はとても大きく、何度も言うようだが人が多い。
娯楽施設も多くあり、ここに来る年齢層は広い。
こんな場所だ。人が多ければ物も多い。イチカの記憶のカケラが閉じ込められたものがある可能性もその分高いはずだ。
それでも気がかりなのは……
「……さっきのは、何だったんだ?」
自分の顔を触っても分かるわけではないが、そうでもしていないと落ち着かない。
「どうしたのジントくん? さっきから顔を触ったり、しかめたり。……わたしも今の状況を分かっているつもりだけど、もっと笑お、ね」
「あ、ああ。そうだな」
姉御は俺が何かを悩んでいるように見えているのかもしれない。だが、今はイチカを助けるために悩んでいる暇なんてない。
でも、さっきのは本当に何だったんだ?
……んん
……んん?
……うん、悩んでるなこれ。
自分の笑った顔を鏡で見たことなんかないが、そうでなくてもあれは少なくとも俺じゃなかったと思う。
とまあ、変な現象に対してこんな感じに悩んでいるわけだが、疲れていただけだよな。
こんなんじゃ……いいや、姉御の言うとおりだ。もっと笑おう。
変に気張りすぎてるのかもしれない。姉御も何を考えているのかはよく分からない人だが、イチカを助けたいという言葉に嘘はないようだし。
姉御がいい絵を描くために、俺も周りの環境の一つとして気持ちよく描いてもらえるようにしないとな。
そもそも、姉御がキャンバスを渡してくれればすむことなんだが、絵を描くことでイチカの励ましになると考えているのかもしれない。
何にせよ、今の姉御は楽しそうだ。それでいい。姉御がそれで絵を描いてくれるのなら。
「ジントくんもうすぐだよ」
考え事してた間に、大はしゃぎって感じになってるな。
姉御、そんな離れてもいないのにそんなに大きく手招きすんな。恥ずかしい。
それでも、楽しそうだからそれでいいか。
「そうだな。見えてきたな」
「おっきい映画館だね。……なんか、いい絵が描けそう」
姉御が親指と人差し指で箱を作り、覗いている。
ワクワクした姉御の姿は見てるこっちも楽しくなってくる気がする。
でも、そのはしゃぎ様って……
「もしかして、ここ来るの初めてか?」
姉御は俺の方を振り向くと、組み合わせた指の中心を覗くように俺を見る。
「うん、そうだね。ずっとアトリエで絵を描いてたから。わたし、この町に来てからアトリエにこもりっきりだったんだよな」
「そうなのか。ならきっと、入ったら驚くぞ。あの映画館の仕掛けは凄いんだよな。まったく、あの親方に追いつける気がしねぇよ」
「……その親方って、ジントくんの憧れの人だったりするの?」
姉御は、相変わらず指を組み合わせたままで、拡大のつもりかズイっと覗くように近づいてくる。
ふわっといい匂いがする。
「あ、いいにお……じゃなくて、憧れかって言われると……今までそんなに考えたことないかもな。とにかくすごすぎて、憧れ以上に……あれは不気味だ」
「そうなんだ~。……わたしその人嫌いだと思う」
組み合わせていた指を解き、前髪をくるくると指に巻きながら姉御は淡々と述べていた。
その声には、悔しさのようなものが感じられる。それとわずかな怒りのような……いつも思うが、親方の野郎は何をどうすればこんなに人に嫌われるのだろうか? 確かモリちゃんにも嫌われていたような……まあ、こんなに、とは言っても二人くらいだが、それでも二人の人間にはっきりと嫌いという意思表示をされるなんて、さすが親方だな、としか感想が出てこないのが忍びない。まあ、誘拐されても余裕をかましている人だ。嫌われている理由は空気の読めなさというところだろうか。
「……そうだな、それもいいだろう。会うことはないと思うが、もし親方に遭ったとしたらめちゃくちゃ疲れると思うから、気をつけておけと言っておくよ。もし疲れたんなら無関心になれば大丈夫だ」
「ジントくん。その人の扱い……なんと言うか、とってもぞんざいだね」
「そうでもしてなきゃこっちの身が持たないんだよ。それで気になったんだが、この町に来てからアトリエにこもりっきりって、姉御は夫とデートにでも行ったりしないのか? てか、なんでこの町に? ……ってか、そんなこと気になるなら只今人妻とデートしている今の俺の状況を危惧しろよって話だがな」
「まあね、この町にはちょっとした用があってね。……それで、夫はね」
姉御は言い淀んでいる。
てか、よく考えれば俺めちゃくちゃデリケートなこと聞いてるじゃないか! もしかして親方の空気の読めなさが少し移っていたのかもしれない。これは気を付けないとな。
「ごめん姉御。デリケートなところだったか?」
「ん、ああ、そんなことないよ。なんかごめんね」
「なんで謝るんだよ。変なこと聞いて悪かったのは……ああ、で、ええと、行こうか」
「そ、そうだね……ちょっと気まずいよジントくん。んもう、つねるよ」
んん? 文脈がちょっとわからな……っ!
「いっ! て! なんで、姉御は気まずくなるとそうなるんだよ」
姉御、俺の二の腕が、二の腕の肉が潰れてるって。痛いから、特にリアクションしないけど、すんごい痛いから。
まあ、見た目ほどで痛くはないけど。
それで……何? 可愛く、テヘッ、みたいな顔。ギャップ萌えでも狙っているんですか? それはないでしょう。可愛い顔で苦痛を与えるなんてギャップも何も……俺がリアクションしないからってそんな気まずそうな顔しないで……いてててててててててぇぇぇぇぇぇぇ。
あれ、そういえば俺たち何しに来たんだっけ?
そんなこと思いながら俺と姉御は映画館の中へ入る。
○ ○ ○
「そういや気になることがあるんだけどさ、俺と連れの姉御はお互いに視認することができてるのに、まったく知らない他の客を視認できなくなる仕組みっていったいどうなってるんだ?」
ここは映画館の受付。俺は開口一番なんとなく疑問に思ったことを聞いてみていた。
受付の女性はため息を一つ。
「んなこと知るかってんだ。お前は英雄だか蛮勇だか言われてたいつかの誰かさんだろ。あんたの親父がここの仕組みを一任されていたんだ。あんたが知らないのならオレも知らねぇよ」
……何だこの受付嬢。これでよくクビにされないな。
まあ、変な質問する俺も俺だが。
受付嬢は挑発的な顔になる。
「なんだがよ、オレもその仕組みについて興味がないわけでもないんだ。お前なら予想ぐらいは付くんじゃないか? 英雄いや蛮勇さん?」
彼女は取って食うような瞳を向けてくる。
食われる前にとりあえず餌を渡しておこう。
「あの親方は人の頭の中身をいじるのも容易くやってのけるから……お互いの認識を認識して識別する……んじゃないか?」
……
……
……
「それで、どの映画を見る? お客様?」
「あれ……もう終わり?」
「はなから全部分かろうとしてたわけじゃないしな。すげーってことが分かればよしだ」
「……そう、なんだ?」
俺があっけの取られていると、姉御が話しかけてくる。
「ねぇ、ジントくん。何をしたかったの?」
「いや、よくわからん」
……元々、親方を理解できるような人はいないのに何で質問したんだろうか? 考えれば予想ぐらいはつくのに……
「そんなことより、本当にすごいね! こんなの見たことないよ。入る時にも驚いたけど……ほら、あっち見てみて」
そんなことって……まあ、その通りなんだが。
俺は姉御が指さす通りに映画館の入口の方を見てみる。
「ジントくん見える? 入口に入る前の人と入った後の人の丁度間のところ。人が水に溶け込むように消えてるよ。なんか、変な感じ。この空間に溶け込んでるみたい。やっぱりなんか変な感じ」
「おお、確かに、面白いな」
「もしかしたら、ジントくんの探し物もこんな感じに見えなくなっているかもしれないね」
……!
何気ない風に言った姉御の一言。俺はそれを聞くと動いていた。
急いで〈捜索〉を発動させ、光がどこを指すかを確認する。
光は……相変わらずイチカ含めて三本。透明化している人たちに光が指すことはなかった。
だが、一つの光が真下に、直下に向かっていた。
「二つ目の記憶のカケラ……ここの真下か」
俺は受付嬢を見る。彼女は体を引き、その目は怖がっているようだった。
それに構わず俺は言う。
「この真下には何がある?」
体を少し震わせながら、それでも彼女の口調はそのままだ。
「その弾丸も、その光もオレには何か知らねぇし分からねぇが、その顔を見ると、この下にただ事じゃない用があるみたいだな。でもな、お前がいくら町を救った英雄だと言われていようが通すことはできねぇぞ」
「……何があるんだ?」
「そんな怖い顔しなくてもいいだろ。この下は、映画館の倉庫……というかオレのジジイの骨董品置き場みたいなところだ。オレのジジイはな、この映画館の責任者みたいな立場の奴なんだ。そのジジイの許可が無ければ入れてもらえねぇよ。最近ほしい物あるとか言ってたから、それを持ってけばあのジジイなら入れてくれるんじゃないか? 同じ趣味の奴には自慢したくなるみたいだからな」
彼女の様子を見て姉御が言う。
「ずいぶんと一息で言ったね」
「そこの男が怖いんだよ…………それで? グダグダしてる暇があったらさっさとどの映画を見たいのか決めてくんないかな? お客はお前らだけじゃないんだ。つまってんだよ」
俺はガン見する。
「お前! そんな怖い顔で見ないでくれ。悪夢を見そうだから。ジジイと会えるように連絡しとくから映画を見て待っててくれ、な」
姉御が俺の服を引いて、表示に指を指す。
「ジントくんあの映画にしよう『殺意に呑まれた王子と鎧に呑まれた姫』上映時間までもうすぐだよ! 邪魔にもなるし、次の目的も決まったでしょ。焦っても仕方ないよ」
姉御の言葉ではっとなる。
胸に手を当てる。鼓動が早い。
呼吸が荒かった。深呼吸をした。
自分の顔を触ってみた。歪んでいた……気がする。
「イチカのことで必死になるのも当然だが、必死になりすぎて何も見えなくなったらダメだろ」
小声で俺は自分に言い聞かせる。
「そうだな。ごめん姉御……それとあんたにも、ごめん」
受付嬢は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。
「なんだ人が変わったように穏やかな顔しやがって。それもそれで悪夢になりそうだけどな。でも、ジジイが言ってたのとはちょっと違うんだな」
……急に何の話だ?
「ちょっと違う? なんだそれ」
受付嬢は頭を掻きながら言う。
「ジジイが言ってたんだよ『あれは町を救った英雄なんかじゃない。あの行動はただの蛮勇。そんで奴は心を持たない殺戮だ』ってな。今でも意味が分からな……って、邪魔だからさっさと行け」
俺はそんなに物騒に見えているのだろうか。
まあ、あの時も俺自身よくわからずに倒しまくってただけだしな。
特に信念があったわけでもない。ただ自分の住処を守っただけだ。
モリちゃんによれば、動物たちの恨みもあったようだし……いや、もう終わった話だ。
……!
――ゾクッ
……何だこの感覚。
――ゾクッ、ゾクゾクッ
……何かが沸き起こるような。
「ジントくん早くしないと上映始まるよ!」
その声で、俺に沸いた感覚は消えていた。
何か気になったが、なんだかどうでもいい気がした。
俺は姉御に手を引かれ上映会場へ向かう。
今までにあった気になることも忘れよう。
そう思った……いや、そう思わされたような。
……
……
……?
……俺、何か忘れたか?
……んん?
……何かを忘れているような気が……?
「ま、いっか」
最近は小説を読むより漫画を読んでいたり。
文字を追うより、絵を見てセリフを読んだほうが楽だったりするからでして。
プランダラ、と言う作品が最近読んだお気に入りですね。
それでは、ご精読ありがとうございました。
書ける時に書けたら投稿するので投稿ペースはのんびりですが、ごゆるりと追ってくださると嬉しいかぎりでございます。
では。




