五十六発目:姉御が描くものは・③
ジントは姉御に手を引かれてデートに出発する。
手を引かれて俺と姉御は島から落ちた。
密度の薄い空気が体を這うように流れていく。
気持ちはよいが、空気に包まれる感触があってもそれによる安心感はない。島の外にあるねっとりと、まとわりつく空気の方が安心感は上だ。
「ジントくんまたお願いね」
俺は頷く。銃を顕現させ弾丸を取り出す。弾丸は抵抗なく銃に収まる。引き金に指をかけてクッと引く。
――パンッ
軽い炸裂音が鼓膜を揺らす。すると、一つの塊が打ち出された。その塊は少し先で幾つかに別れ、そのそれぞれが弧を描いて俺の元へと戻ってくる。
その挙動を見ると勢いがつきすぎていた。たまにあることだがこれは決して不良品というわけではない。
元々この弾丸を装備するときは多少の衝撃がある。その衝撃は何度か使っていると、その時のタイミングなどで勢いがついてしまうことがある。
この挙動は多少勢いがついてもそこまでの危険がないということで、あまり気にされていなかったりする。
あの親方も「当たりの日だ。何か良いことあるかもな」と言っている。なんだかんだであの親方が修正をしないので、安全なのだろう。
それでも、その衝撃はかなりのものなので俺は全身に力を籠められるようにし、身構える。
右腕……?
左腕……?
右足……?
左足……?
胴体……?
どういうことだ?
「ジントくん首をかしげてどうしちゃったの?」
「あ、いや……ちょっとな」
「さっきのジントくんの装備した弾丸すごい勢いだったよね」
「まあ、危険はないから問題ないさ」
危険のだけじゃなく衝撃も全く感じなかった。思ったよりなかったというかは、言葉の通り全く感じなかった。
それも問題はないだろう。最近いろいろなことが起こっているから、俺の体も鍛えられているのだろうから。
「そ。それなら改めてお願いね」
「はいはい」
俺は姉御のことをお姫様抱っこすると、流れに乗って島から放り出された。
体制を立て直すと、多種多様な色の島がひしめく街へ進路を向け、進み始める。
○ ○ ○
目的の街に近づいた。ここまでに着く間、姉御はとても楽しそうだった。それにつられて俺も楽しいと感じ始めていたが、心の底に引っかかるものを感じる。
それは何か、ぼやっと考えていた。
「ジントくんあの島だよ! 大きいところだね! 人もいっぱいいるよ」
楽しそうに笑う姉御の横顔を見る中、考えた結果、俺は思い出した。
アトリエで考えていたこととモリちゃんと話していたことだ。
「なんか緊張してきたよ。でも、なんかジントくんとこれからあそこを周るって思うとわくわくするなぁ」
俺は、一人で考えていた時は誰でもいいと思っていた。
でも、モリちゃんと話していた時にはモリちゃんと同じ気持ちになっていた。
俺が本当に誰でもいいと思っていたのなら、モリちゃんと話していた時に曖昧な気持ちになるんじゃないのか?
なのに、どちらも本気でそう思っていた。
「ジントくんもできるだけ楽しんでくれると嬉しいな……? どうしたのジントくん?」
誰でもいいと思う気持ちと一人に向いている気持ち。そのどちらも本気だった。
自己矛盾? ……でもない気がする。
それなら二つの思いが二つの顔を同時に見せて、気持ちのせめぎ合いがあるはずだ。
「ジントくん?」
なのに、この二つの気持ちが互いに干渉するような感覚はなかった。
「どうしたのその顔? ちゃんと前見ないと……! 何してるの!?」
……俺の気持ちって……どっちだ?
「わたしを見て! ジントくん!」
ハッとして意識が戻る。
「……!」
気づくと加速に加速を重ねていた。
景色の動きを見る限り、このスピードで何かにぶつかったら、その瞬間に即死する。
この時に頭に浮かんだのは〈究極〉だ。それを使えばこの速度でも耐えられるだろう。
だが、今は姉御がいる。そうでなくとも〈究極〉は島の防壁を壊してしまうかもしれないので使えない。
全力で減速する。徐々にスピードは落ちていくが、いまだに防壁が猛スピードで近づいてくる。
さらに出力を上げる。装備が熱を発し始め、悲鳴を上げだす。
――シュゥゥゥー
目の前には目的の島の防壁があった。
装備はまだ多少動くが、オーバーヒートしていた。
こうなるまで加速していたとは……姉御の声がなかったらぶつかっていたところだ。
俺は姉御を見る。
「ありがとう姉御。大丈夫か?」
姉御はうつむいてプルプルと震えている。
声は聞こえていた「わたしを見て」だったか。それを言った当の本人が俺を見ないのか?
そもそも、どうしてその言葉なんだ? 「前見て!」とでも言えばよかったろうに。
「大丈夫も何も……」
なんだか姉御の様子がおかしい。
「……姉御?」
「最っ高だったぁ! 何だろうこの底から溢れてくるようなぞわぞわ感……何だろうこの気持ち」
それはそれはすごい笑顔だった。
どこがどういう風にとは言えないが、何かが沸き立つような、妙に惹かれるものだった。
そのように感じても、その笑顔はどこか恐ろしいもにも見える。
俺の顔は少しビビりながら苦笑いしているようなものになっているだろう。
ものすんごい笑顔の姉御は俺の顔を見た。
「思ってたんだけどジントくん。さっきからその顔何? 急に加速し始めた時からその顔なんだけどさ、どういう気持ちの顔なの? 全く読めないし、その顔になって加速したのはちょっと不気味だったよ」
「どういうこと?」
姉御は何を言っているのだろうか? 全く意味が分からない。
「どうもこうも、ジントくんずっと笑ってるよ。わたしを驚かせようとしたとか? それで見事に驚いたから笑いが収まらないのかな? お姉ちゃんなんか悔しいなぁ」
俺が笑っていた? 笑ってから加速した? どういうことだ?
目の前の防壁は、わずかに光を反射している。俺は顔を向け、うっすらと防壁に映る自分の顔に焦点を合わせる。
そこには笑顔があった。繊細さのかけらもないただただ力強い笑顔がそこにはあった。
「……誰だよ」
自分の顔のはずなのに、まったく見覚えのない顔がそこにはあった。
期間を開けている割にはちびちびとした内容での投稿で申し訳ありません。
いろんな展開を考えていても、表現しきれなかったりしたらどうしようなどということを思っていたり、いなかったりしてる気がしないでもないので……
と、こんな調子で自分自身が面倒臭く思います。
自分が面倒臭いやつなのは嫌というほどわかっているので、とにかくゆっくりでも話は進みますので、ごゆるりと付き合ってくださいまし。
以上!




