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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
彼女と記憶とまた彼女と
52/60

五十二発目:町はずれのアトリエ・➁

記憶のカケラを探し求め、


ジントは〈捜索〉を頼りに島を散策していた。


だが、見つける前にこの島の温度と湿度により、


力尽きてしまった。

 ――俺は……寝ていた……のか?


 もう一度確認だ……イチカが撃たれて今日で四日目。今日を含め猶予は後二十七日。


 後頭部に柔らかな感触。おでこには冷たい何かがある。摘まみ上げると……食パン、なぜ?


 瞼を薄く開くが、眩しさは感じない。多分日陰だ。


 このだるさ、熱中症か……さっきより症状はマシになったけど……誰が俺を?


 柔らかなものを枕にしているこの感じ、前も……


「……お、お前、イチカか?」


 いや、そんなわけないよな。イチカは店で寝ているはずだし、モリちゃんが見てくれている。


 ああ、モリちゃんを連れてこれなかったのは痛いなぁ……分身ができなくなったのならしょうがないか……


 ボウッとした感覚も抜けてきて、今の状況が分かり始める。


 俺やイチカと同い年くらいの女の子が右の方からのぞき込むようにしていた。雰囲気的に少し年上にも見えるその子が俺に膝枕をしていた。


 イチカと過ごした中でもそんなことがあったが、そも俺の頭を膝の上に乗せるという行為をするなんて普通するか? イチカはそういう不自然なことをしそうなところがあるが、普通の人はそうしないだろ。


 その不自然で、一瞬イチカと思ってしまった。でも、もちろんイチカじゃない。最初から分かっていたことだ。


 イチカと同じように、この子もどこか無頓着な性格なのだろう。


 でも、妙なのは俺のことを膝枕してシャバシャバになっている冷たい食パンを俺のおでこに乗せてくれたであろう目の前にいる巨乳でサラサラの長髪が風に吹かれている彼女が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔していることだ。


 うん、我ながら長々と。ちなみに彼女の格好は横縞のビキニである。


 そんな情報はさておいて、彼女は俺が急に知らない人の名前を自分に向かって言うもんだから困惑したんだろう。


 まだ水分は足りなくて多少ボウッとしているが助けてくれた人をこの状態にしておくのもよくない。


 しゃべろうとしたが口がうまく動かない、にしても急に誰かの名前を言われてただ絶句するとは……因縁の知り合いに「イチカ」という名前の人でもいたのだろうか?


「……あ、あなたは、だ、誰で?」


 辛うじて言葉が出た。


 これだけ言えば俺の知り合いと勘違いしているということは伝わるだろう。


 彼女もきょとんとしていた顔が戻っているから伝わったらしい。


「あ、わ、だ、大丈夫?」


 開口一番それか。この姿を見てわからないのか? それはもちろん、


「……み、みずぅぅぅぅぅ」


 全然大丈夫じゃない。


 一人で内心ペラペラしゃべって気を紛らわしても喉の渇きは刻々とひどくなるばかりだぜ! ……ああ、もう紛れもしない。


「さぁ、これ飲んで!」


 彼女の左腕に背中を支えられるように身体を少し起こされ、彼女は取り出した水筒を俺の口に近づける。


 俺も水筒に手を添えるが、彼女はかまわず中身を流し込んでくる。


 ――ゴクゴクゴクッ


 ああ、生き返るようだ。


 ――ゴクゴクゴクゴクッ


 落ち着いてきた。


 ――ゴクゴクゴクゴクゴクッ


 あれ、今度は死に……呼吸が……


 俺の口の中に注いでいたボトルをつかみ口から引き離す。「ひゃ、冷たい」と可愛いい声が聞こえる。


「はあ、はあ、はあ、人は呼吸しないと生きられないんですけど」


「ふぁぁ、よかったぁとりあえずは水分補給もできてだいじょうぶになったみたいだね」


 俺の皮肉はスルーされるが、彼女のホッとした表情を見て毒気を抜かれた。


 彼女は俺に手を向けてきた。


「……大丈夫だよね。大丈夫ならそれ返してちょうだい」


 俺が、ありがとう、と言いながらボトルを渡すと、どういたしまして、と言いながら彼女は残りを飲み干した。


 男が飲んだ直後に口をつけて飲むとは、やっぱ気にしない人なんだなぁ、と少々驚きながらその姿を眺めていた。


 だが、数秒して首をかしげていたかと思うと、


「あれ、あれれれ……あああああっ」


 と言いながらわたわたぴょこぴょこしていた。


 かわいい人だ。でも、こんなことしていていいのか? と、彼女の左手の薬指に通されているリングを見ながら思った。






 少しして動けるようになり、木陰で向かい合うようにして俺は彼女に経緯を話した。


 涼しげな風が吹く影に移動したから彼女は水色の上着を軽く羽織っていた。


「なるほど、君が町はずれの島(こんなところ)にきた理由は分かった。それで?」


「それで、というと?」


「君の名前だよ。君がどうして行き倒れそうになったかは聞いたけど、君自身の名前は聞いていないよ」


 そういえば……助けてもらったっていうのに名乗らずにこちらの用件だけ言うのもよくないか。


「お姉さん知りたいな」


 小首をかしげたその表情見事すぎます。水面の輝きと相まってとても輝かしい美しさで……って、違う違う。


 俺の名は、と自分の名を言った。


「そう、君がジントくん! フフフ、そうか、かねがね噂は聞いているよ……普通じゃ使えない特殊なルートでね」


 ……特殊なルートとは、なにぞ? とも思ったが、でもまあ、わざわざ聞くことはないだろう。


 だって、『……あ、どうしよう、口が滑っちゃった』みたいな顔でこっちを見ているんだもの。


 『ひ、久しぶりのお客さんだったから』とか言われても、その顔を見せられて『そうですか』なんて言うつもりはないし、そもこれ以上聞く気はない。


 何であれ、こんな辺境にも俺の事が知られているのだ。〈究極〉を使って派手に殴り合いをしすぎたからだろう。


 今までにも、なんだかんだで持ち上げられたし、少し恥ずかしいから今度は表沙汰にならないようにその力を使いたいところだ。


 持ち上げられた、というより都合のいい存在に仕立て上げられたような気がしないでもない。


 ともかく、どんなルートで情報を知ったのかを知られたくないのであれば、わざわざ聞くことはない。人に知られたくない大切なことなのだろう。


 微妙に気まずい空気だ。話を変えよう。


「あのー……」

「あのね……」


 かぶった……二人とも押し黙って微妙じゃなくて完全に気まずくなったよ。


 この状況どうすればいいんだよ。最近はイチカとかモリちゃんとかと過ごしていたから忘れてたけど、あいつらと会うまで俺友達がいないんだから! あからさまな気まずさの経験、少ないんだから!


 ここはだんまりの均衡を崩すために俺から!


「あっ……」

「あっ……」


 そしてもう一度黙る……どうすればいい? 


 出会い頭に膝枕されたり、間接キス的なことになったり……黙れば黙るほど話せなくなって……そして、どこか引っかかる。


 時間が経つほどに俺はこの子を知っているようなそんな感覚だ。なんだその感覚……気まずい。


 俺がこんなんじゃ、あの子は……って、何してるんだ? 何で、バネみたいに身体を小さく縮めて……


「気まずいんじゃぁあああい!」


「ぐふぅ」


 彼女はそう叫ぶとびっくり箱から現れる道化師のように、両手を広げて飛んできた。


 俺は反応できず不甲斐ない声を出して、ただギュウと抱きしめられた。


「なんかもやもやするし! 気まずいし! 黙り続けるならむしろ肌を重ねて心を通わせる! 異論は認めん!」


 異論を認めるも何も……もう、何も考えらんないから……


 俺はボディタッチが苦手だ……ああ、柔らか……い……






「ん、なんだっけ? 俺どうしたんだっけ……寝てたのか?」


 頭が真っ白になって……この島はあっついのに、妙に暖かくて……なんか柔らかくて……


 何かに回している右腕から感じるのは、少ししっとりしていて柔らかな……これは、背中?


 長い髪が顔にかかってくすぐったいし、耳元では小さな寝息が……


「な、なんじゃこりゃあ!」


 俺の体を抱き枕にして水着のかわいい女の子が!


「耳元で大きな声出さないでよジントくん。折角肌を重ねて一緒に寝て気持ち良かったのにぃ」


 その触り心地の良い肌を俺に擦り付けないでくれ……なんでそんなに危機感がないんだよ……


「ま、ま、間違いじゃないが……説明すると、さっきお前が飛びついたまま昼寝しただけだからな。な、なんにせよこの状況見られたらマズいだろ」


「マズいって? こんな辺境の島に来る物好きってジントくんとわたしぐらいだと思うけど」


「そ、そうじゃなくて、お前には……」


 彼女は何か不服なことに気づいたようで軽く首を絞めようと力を入れる。


 だがそのせいで……柔肌が……胸が……


「……お前じゃない」


「なな、なんだ急に、どうした」


 彼女は耳元に口を近づけてくる。


「わたしにもちゃんと名前があるんだからそれで呼んで」


 耳元に吐息を感じて「おふぁ」時の抜けた声が出る。


「ん、どうしたの?」


 さらに近くでやわらかい声が聞こえ、全身から力が抜ける。


「わわ、分かった。分かったからさっきから色々と押し付けられてるから……離れてくれないとまともに話せないから」


「なんだぁ、甘えん坊さんのジントくんはこうした方が嬉しいと思ったのに」


 そう言うと彼女は離れた。


 なんか、当てが外れて残念、みたいな顔をしてるが、特にそういうことはないので安心してほしい……とは言えない。


「離れてくれてありがとう」


 俺はコホンと声を整えると、改めて彼女に言う。


「それで、名前は?」


 ニッ、と彼女は笑って、


「秘密」


 と一言。


「へっ?」

 へっ?


 予想外すぎて俺の口から出る言葉と心の言葉がシンクロしている。


「ひひっ、やっぱり秘密。わざわざ聞いても訳わかんなくなるだけだもん。もし、そうならなかったとしても、秘密」


 かわいい……が、なんかかわいくない。


 じゃあどうしろというのだろうか?


「だからさ、ジントくん。ジントくんは私のことを『お姉ちゃん』って呼んでね」


「いやだ」


 数俊もしないうちに俺の口は饒舌に動いていた。


「そもそも姉じゃない、そもそも呼びたくない。そもそもが二枚でたからレッドカード『お姉ちゃん』は退場」


「何言ってるかよく分からないし、いいじゃん! 減るもんじゃないし」


「そんなに呼ばれたいなら『姉御』って呼んでやるから。意味は同じだし、むしろ敬称だ」


 姉御はいまいち気に入らない御様子である。


「むぅ~、諦めないよ」


「そうだとしてもそう呼ぶことはねぇよ」


 俺たちはお互いに気まずかったことなんて忘れて、不敵に笑い合っていた。


 なぜだか知らないが、新鮮な感じはしなかった。


「さて、ジントくん」


「なんだ、急に改まって?」


 姉御は仁王立ちで俺を見下ろす。


「ここはいい場所だけど、改めて場所を変えようか。ここに来れば、と思って来たけどいいイメージが浮かばなかったし、ジントくんももっと落ち着いて休めるところに行きたいでしょ」


「確かに、虫が鬱陶しい」


「なら移動しようか。わたしのアトリエに」


 そう言ってニッと笑った。


 姉御は(ほとり)に置いてある、デザインなのか変にひしゃげたバッグと、立て掛けられていた無垢の白い板のようなものを持った。


 そして、大きな荷物を背負いなおした俺の手を引いて湖を背に走りだす。


 十分ほど経つと、木々に紛れる所々緑で装飾された木造で平屋の建物。


 姉御が言っていた“アトリエ”へと辿り着いた。






 俺は赤い光が指す先を見る。


 ……見つけた。記憶のカケラだ。


「姉御……後生だからイチカを助けるために“それ”を俺に譲ってくれ」


 三方向を透明度の高いガラスで囲まれた部屋の中。俺は姉御の正面で頭を垂れる。


 椅子に座っている姉御。その近くには、大きめのバッグ。その隣にイーゼルに立て掛けられた“それ”がある。


「わたし言ったよ。だから、それはできない相談だよ、これは渡せない」


「どうして、どうしてだ! 真っ白なのに!」


「確かにそうだよ。それに、これはこれとして無限の可能性を表現した一つの作品でもあるとわたしは思ってる」


「……それなら」


「だからこそダメなの。これはどんなものにもなれる無限の可能性を持っている。それは他の誰かの可能性をも持っているんだよ。私にしなきゃ……だから、ダメ」


「だったら俺は、どうしたら……」


「ジントくん……これなら約束できるよ」


 俺の中身を見透かすように目をのぞき込んできた。


 姉御の迫力に俺は息をのむ。


「待っててほしいの。少しの間だけでいいから。完成するまで……それだけでいいから」


「……わかった。その気持ちは……俺も理解できる。だけど、期間は長くても十日間だけだ」


 姉御は天井を仰ぎ「俺も理解できる……かぁ」とぼそりと言う。


 そして、俺を見る。


「短いね……でも、わたしはやるよ。それでイチカちゃんを助けられるなら」


 そう言ってグッとこぶしを握る。


 そう、助ける……ねぇ……


 俺は姉御を見て言う。


「それなら今渡してくれてもいいんだけどな」


「それはダメ。私のルールが許さない」


 この目は……これじゃ無理だな。


「完成しない限り、他人に売らないし渡さない、か」


「わたしがそうするって決めたからそうするだけ」


「強情だな」


 それは信念ともいえる……理解はあってもそう思えて言えることに、なんだか羨ましさを感じる。


「こだわりと言ってほしいな」


 その誇った顔……なんか、好きな顔だ。


 見惚れながらも、俺は話を切らないように口を開く。


「それで、なにを描くんだ?」


「決まってない」


「えっ」


 呆けた声が出た。


「じゃあ今すぐ渡してもらってもいいか?」


「やだ。心配しなくても仕上げる。()()()()十日間で」


「明日からって、時間がないのに……確かにいつからかは言ってなかったが、それはどういう……」


 彼女は、てへっ、と舌を出して笑った。


 そうして持ち上げたのは、イーゼルの隣に置いてあるひしゃげていた大きめのバッグ。


「ジントくんが倒れているのを見つけた時に、慌てて思いっきり踏ん付けちゃったんだよ。それでね」


 どうやら、その形はデザインではなかったらしい。


 恐る恐るといった感じでバッグの中身をを見せてくる。その中には見事に壊れ果てた道具一式が入っていた。


「道具がないんだ」


 姉御は、もう一度、テヘッ、とかわいい表情を見せてくる。


 ――ありゃりゃ……道具がないんじゃ完成も何もない。これは、待つしかないか。


 虚脱感に襲われた俺はガラス越しに見える周りの木々と同じように揺れた。

もっとシーンを盛り上げていきたいのですが、


そもそも盛り上がるシーンとはなんなのか、


最近の悩みです。

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