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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
47/60

四十七発目

お待たせしました四十七発目投稿です

その緑色の瞳は真剣に母さんの目を覗き込んでいた。


「ママは何者かに〈記憶〉という弾丸撃ち込まれたんです」


 重く開かれたモリちゃんの口はイチカの状況について話し出す。終始真剣だったその言葉が終わるとモリちゃんは母さんの胸に顔を(うず)めた。

 モリちゃんが話したイチカの状況、それを要約するとこうだ。


 イチカが受けたのは命に関わるような弾丸ではなく、肉体が死ぬことはない。

 そうだとしても、その効果は死ぬのと同義だ。

 その弾丸の能力は記憶を分けるというもの。被弾者の記憶を三つに分けて生物以外の無機物に宿す。その無機物を記憶のカケラといい、それはおよそ三十日かけて被弾者の記憶を宿す。三十日経過して記憶のカケラへと完全に記憶が移ると、被弾者とのつながりが消えて記憶は戻らない。だが、逆に言うとそれまでは記憶のカケラと被弾者には確かなつながりがあることになる。

 イチカの記憶を戻すには、つながりがある間に記憶のカケラをイチカに触らせる必要がある。だが、記憶のカケラが弾丸だった場合は、その弾丸をイチカが使わないと戻らない。

 期限を過ぎると記憶のカケラとのつながりは無くなり、記憶は戻らなくなる。それは、その人間の消失だ。死と同義となるのだ。

 しかも、その期間の間は記憶が消えていくのが自覚でき、消滅(死ぬ)まで自分の存在が無くなる恐怖にかられ続けるという。

 想像もつかないがそれは、さぞ恐ろしいものだろう。


「だから急がなきゃいけねーのに……何やってんだ……でも、そう思う暇もないよな……ごめんな」


 誰に向けたか自分でも分からない謝罪に自嘲しながら自分の手元に視線を落とす。

 そこには懐中時計がつながっている弾丸〈捜索〉が手に収まっており、それを握りしめ独り言のように口を開く。


「……記憶のカケラにはイチカとのつながりがある。だからこの弾丸を使えば……それが見つかる。範囲はこの町の中……こいつがあれば……イチカを助けられる」


 そしてもう一度拳を握った。

 その瞬間、


 ――ドシャ


 とても嫌な音がした。

 それと同時に母さんの悲鳴が工房の中に響く。

 俺はその声が聞こえた瞬間に部屋の中に飛び込んでいた。そして、その光景に目を見開いた。

 母さんの表情は困惑が満ちて、半分パニック状態。モリちゃんを右腕で支えながら、首を左右に振り、振るたびに悲鳴が口からこぼれていた。

 俺は一時的に思考停止に陥っていた。それも当然と言える。母さんに支えられているモリちゃんの姿を見れば……


  ●  ●  ●



 工房でモリちゃんの異変が起こった。

 それと全くの同時刻にイチカの前からモリちゃんが消えていた。



 イチカは困惑する。今の状況が把握できない。目の前にいた緑色の目の少女が消えた。

 ついさっきまで少女に握られていた温もりが消え、体の内側から湧いてくる恐ろしさが内臓をかき回す。そして、全身を這って足や手の指先、髪の一本も残さず絡みつく。それはひどく不快だった。それから逃れようと身を固めることもできない。

 その体は、動かし方を……いや、身を守るその行為自体を忘れている。

 だが、行為自体を忘れても思考は回っていた。イチカは、先ほどの光景を……少女の顔を、頭の中に映し出していた。



『「思いつきました! 私が、ママの手を動かしてみたらいいんです」』


『「……?」』


『「私が直接ママの手に命令を送るんです」』


『「もしかして……手の神経に直接?」』


『「はい、私ならそれができると思います」』


『「それって大丈夫なの? 危なくない?」』


『「大丈夫です。痛くはないようにしますし、体の操作なら私の十八番ですから」』


『「……そうだね、こんな状態を少しでもなんとかできるのなら……お願いできる?」』


『「……はい、やりましょう」』


「それで、私はどうすればいいの?」


「腕を貸してください」


「うで……『うで』ね……はっ! 分かったよ! ……でも、今の私……こうだし」


「大丈夫ですよ」


「そのためには足も必要だし」


「…………ん? なんでママは自分の足に視線を向けたんでしょうか?」


「あと、材料も……まだあったかな?」


「……ざ、材料? あ、あの、なんというか……ママ……何を言ってるのか分からないんですが……」


「え? ご飯のことじゃないの?」


「……へ? ご飯?」


「だから『お腹減ったので、これがうまくいったらその料理の『うで』を貸してください。それで、おいしいご飯を作りましょう』って言ってたでしょ?」


「そんなこと言ってませんよ!」


「……え?」


「え? じゃないですよ!」


「でも、『うで』を貸してって……」


「その『うで』という単語にそこまでの意味は含ませていませんよ! まず、どうすればそういう理解になるんですか! お腹でも減ってるんですか!?」


「…………」


「……?」


「……フフフッ」


「……どうしたんですか……急に……」


「いい顔になったなって思ってね。重い表情より、今のその表情がいいよ」


「……ふざけてたんですか?」


「あ、言っとくけど、腕は貸せないよ。私、取り外し式の腕は持ってないから」


「そんな腕、誰も持っていませっ……って、私は取り外せますね……じゃなくて! 私以外の人で持ってる人はいませんよ!」


 モリちゃんは頬をぷくっと膨らませた。


「アハハ、かわいいなぁ」


「……もう、からかわないでください」



 ちょっと呆れ気味なこの顔を見せた後、その表情を変えることなくモリちゃんは跡形もなく消えた。



 一通り会話が終わった後、モリちゃんが指先を針のようにしてイチカの体にそれを差し込む。モリちゃんがイチカに注射をするような絵になりながら、動かせるようになるのか試し始めた。

 すると、モリちゃんの体の輪郭が気づかないほどわずかに歪む。そして、神経にたどり着いた瞬間だった。跡形もなく……いや、原形のないスライムのようなもの()は残して、そこにいたモリちゃんは忽然と消えた。

 それでも本体は死んではいない……が、それが一番恐ろしい。



  ●  ●  ●


 母さんに支えられているモリちゃんの体は、一部を除いて辛うじて人の形を保っていた。

 だとしても結局は保っているだけだ。虹彩の色は普段の緑色ではなく、赤や青に移り変わり、時には極彩色になっていた。髪の色も同じく、また肌の色も次々と移り変わった。体格も小柄になったかと思えば大柄になったりと、目まぐるしく変化していた。その間中、モリちゃんはガタガタと震え目を見開き、左手は近くにあった食卓の足を掴んでいた。

 そして、もう片方の手でも何かをつかもうと体を動かしているが、手が空を切ることはなかった。

 それもそのはずモリちゃんの右腕はない。肩のあたりから腕が丸々ないのだ。もともとその腕がつながっていたはずのところからは、身体が溶けてだらだらと滴っている。何かの比喩ではなく、モリちゃんの体そのものが溶けているのだ。

 そして今もモリちゃんは何もつかめずに、溶けた体をまき散らす。

 まるで、何かを探しているかのように……


 母さんもモリちゃんも正気ではない。だからなのだろうか俺は正気でいられている。まあ、実際は正気ではないかもしれないが変にパニックになっていないのは確かだ。

 まず、母さんを落ち着かせた。

 モリちゃんの右腕が突然溶けて無くなったかと思えば、腕の中で苦しみだしたのだ。パニックになり、正気でいられなくなるのは仕方がない……って、俺は冷静すぎるな。

 そして次はモリちゃんだ。


「モリちゃん大丈夫か? 俺が分かるか?」


 ――ガタンッ!


 モリちゃんを母さんの代わり支える。その時モリちゃんの手が食卓から離れ上に載っている箱のようなものが物音を立てる。

 俺はモリちゃんの背中に右腕を回して体を支える。左手では少しでも刺激になるように頬を叩いたり、撫でたり、とにかく正気を呼び戻そうと試してみた。

 その甲斐あってかどうなのかは知らないが、話せる程度には戻ってきた。それと同時に肌の色も落ち着き、体格もいつもの通りに小さな子供くらいに戻る。だが、その瞳と髪は極彩色がゆらゆらと揺らいでいた。


「…………!」

「俺が分かるか! モリちゃん!」

「………………」


 視点はまだ定まっていないようだったが、俺の問いかけには頷いて答えた。ひとまず安心……とは言えないが、少し安心した。

 手持無沙汰だったモリちゃんの左手は、俺の胸元をがっしりと掴む。

 その手に手を重ねる。

 すると、モリちゃんは掴む力を強めた。


「モリちゃん大丈夫だ。俺はここにいるから……大丈夫だ」

「…………」


 モリちゃんに何が起こったのか、俺には分からない。だから、ただ大丈夫だと声をかけるしかできない。

 それを続けていると、モリちゃんの手の力が弱まり、弱々しく小さい、辛うじて聞こえる小さい声が聞こえてくる。

 俺は耳を澄ます。


「……こんな……これを……ママは……一瞬でも……なんで! そんな平然としていられるんですか!」


 モリちゃんの声は徐々に大きくなっていった。最後はほぼ叫んだ状態になり、言い終わると力をが抜けたように俺に身をゆだねる。

 耳に余韻が残るモリちゃんの叫び、それは怒気をはらんだ声だった。

 何に対してかは、分かっている……と思う。

 多分、何かしらのことがあってモリちゃんはイチカが被弾した〈記憶〉の効果に巻き込まれたんだろう。モリちゃんの体がおかしいことになっているのがその証拠。モリちゃんは以前に、忘れると元の姿に戻れない、と言っていた。

 それで、さっきのセリフだ……モリちゃんは、イチカが自分が正気を失うような体験を常にしている、という状況に憤りを感じているんだ……って、本当に冷静だな……俺は。

 胸元をつかむモリちゃんの手をさすりながらモリちゃんに話しかける。


「なあモリちゃん……モリちゃんがそんなことになったのは〈記憶〉のせいか?」

「…………は、はい」

「モリちゃん〈記憶〉の影響、全身が溶けていないってことは、今は受けていないんだろう」

「はい……記憶を持っていかれ始めた瞬間に分身とのつながりを切ったので何とか……」

「今聞くのは何だと思うが……何をしたんだ?」

「それは……今聞いてもらうのがいいと思います……知っていればもっと焦るでしょうし」

「……そうか」


 モリちゃんの声は弱々しく穏やかだ。だが、中身がない。何かが呼び起こされるのを嫌がっているかのように。


「私は、ママの神経に直接干渉して動かせるか試してみたんですよ」

「……それが、こうなった原因……」

「そうです。私の認識が甘かったです。あの弾丸は、全身の神経に干渉して体の隅々から記憶を貪る。脳だけではなく、体中の記憶を吸い取っていたんです」

「…………」

「私のミスです。それに、効果の分析もできませんでした」

「そんなこといいんだよ。それで、モリちゃんの記憶は大丈夫か?」

「はい、大丈夫ですよ。持っていかれたのは分身に込めていた分の記憶です。こっちにも少し影響は来ましたがこの腕は戻せます」

「……それはよかった」


 これでモリちゃんが正気になっていたと俺は思っていた。突飛なことが起こったこんな状況、そもそも異常なほど冷静だった俺も、正気ではなかったのだろう。

 だから俺は、不用意なことを口走った。


「そういえば、モリちゃん(分身体)が消えたってことはイチカは……」


『一人なのか?』


「そもそも、俺は〈記憶〉を受けた感覚も知らない……正気が吹っ飛ぶほどのものだったとしたら、」


『一人だと……どうなる?』


「モリちゃんは何とか落ち着けられたが、イチカは……」


『なあ、モリちゃん……どう思う?』


 異常だった、冷静すぎた。その冷静さが異常だった。冷静さも、度が過ぎるとそれはもう正気ではない。

 そう、それがモリちゃんが嫌がっているものを呼び起こしてしまった。


「…………」

「……? どうかしたか?」

「……英雄さん……どう思います? 両手両足の先から自分の存在が消えていく感覚。同時に、どうしようもない虚無感が襲われて、全身に計り知れないくらいのストレスが圧し掛かって、内臓がどうにかなるような感覚……暗くて逃げだしたくて何かに掴まりたいのにどんなにあがいても掴むのは虚空だけ……縋るものも無く、足場は崩れて、諦めようとも思えない……崩れていけばいくほど諦めたくない。諦めて楽になることも許されない……」

「……も、モリちゃん?」

「私の体は普通の人とは違いますからね、全身が神経のようなものなので〈記憶〉の影響を強く受けたんでしょうか……アハハ……いやだ、怖い、いや、やめて、私でなくなるのは……私は、私は……!」


『私の存在を! 否定するなぁぁぁあああああ!!』


 俺の腕の中でモリちゃんは叫びだす。その目の焦点はあっておらず、落ち着いていた目の色の揺らぎが起こりだす。

 その眼はとても美しいが、狂っている。

 右腕がついているはずだった場所はいまだに溶けて滴る。

 俺が困惑していると、右手を動かすような動きをしだした。かと思ったら、俺の首に左手を巻き付けててくる。そして、おでこが付くほど近くに顔を寄せてくる。

 その顔はとても不安げで、今にも消えてしまいそうなものだった。


「私を抱いてください」


 目をまっすぐ見てモリちゃんは続ける。


「私の存在を……存在してもいいということを! ここに居てもいいということを証明してください! 英雄さんを感じさせてください! 英雄さんという存在によって、私という存在があることを証明するために私を……」


『私を抱いてください英雄さん!』


 俺は答えあぐねる。

 考える暇を与えずにモリちゃんは不安をベットリと塗られた顔のまま、問答無用に俺を床に押し倒した。細々とした左手が俺の右頬をかすめる。

 泣きそうな顔になりながら、モリちゃんはまっすぐと俺を見る。


「私の体が子供だからダメなんですよね……なら、これならどうですか?」


 モリちゃんの体が急に成長する。

 胸も大きく膨らみ、腰のあたりはくびれて、そのラインを更に強調するような腰つきになる。右腕はいまだ溶けていてなにも無い状態だが、モリちゃんの姿は魅力的な大人の女性のそれへと変貌していた。

 それでも、その顔に張り付く表情は変わらない。


「これで、いいですよね……英雄さん……お願いします……」


 モリちゃんの表情を見て、異常な冷静さは無くなっていた。そして今の状況、正直言ってとてもドキドキしている。まあ、すぐ目の前にいるモリちゃんの表情が違えば意識が吹っ飛ぶところだが、生憎今はそうではない。

 俺の腹は決まった。


「だめだモリちゃん。俺じゃダメなんだよ……」

「英雄さんなら大丈夫です……いや、英雄さんがいいんです!」

「それでもダメだ。自分の体は大切に……それに、【森】でモリちゃんが自分で言っただろ、モリちゃんが俺に抱く好きは、恋人とかそういうんじゃないって」

「……そう……です……が……」

「でもな、俺はモリちゃんを愛してる」

「……!」

「驚くなよモリちゃん。家族を愛するの当然だろ。母さんも、あんな親方でさえ俺は愛してる」

「……な、なんですかそれ初耳ですよ」

「そうだっけか? まあ、とりあえずだ。モリちゃんは俺が愛する俺たちの家族だ。誰が何と言おうと俺がモリちゃんの居場所を保証する」

「……でも」

「そんな顔すんな。何回も言ってるだろ大丈夫だって」

「…………いいんですか? 私が家族で? まともな人間でもないのに……」

「いいんだよ。細かいことは関係ない。はっきりと自信を持って言えるモリちゃんは俺の家族だよ」

「…………はい」

「その証明と言ってなんだが……」


 俺は右手をモリちゃんの背中に回してから左手で前髪をかき分け、


 おでこにキスをした。


「こんなんでどうだ? ……すんげぇ恥ずかしいが」


 モリちゃんは俺に覆いかぶさるのをやめて、女の子座りでぺたんと床に座った。そして、自分の左手をおでこに当てている。

 俺が起き上がり、モリちゃんの方を見てみると、かわいらしい笑顔がそこにあった。

 モリちゃんの右腕も溶けて滴っている様子はない。


「……へへ、えへへへへ……英雄さんと家族かぁ……えへへ」


 疲れたと、俺が軽く息を吐くとモリちゃんに声をかけられる。


「英雄さん」

「何だ? モリちゃん」


『大好きです!!』


 モリちゃんが力いっぱい両手で抱き着いてきた。その体はいまだ大人のまま。大きな胸のふくらみが俺の体にあたりついドキリとしてしまう。


「おい、当たってるって!」

「何がでしょうか? でも、感謝の気持ちとして今回は許します」

「感謝なんていいから! 家族なんだから当然のことをしただけだから!」

「英雄さん! 大好きです!」


 いつの間にか右腕も戻っているようで、よかったと胸をなでおろしながらも、俺はイチカのいるだろう方向に目を向けて、どこかもどかしい胸の痛みを感じた。

 それでも、モリちゃんが元気になってよかった……少々元気がよすぎる気がするが……

 同じく、俺が目を向けていた方向にいた母さんも、ようやく気持ちの整理がついたようで、いつも通りの表情に戻っていた。

 聞こえないほどの声量で俺は言う。


「これで次に行ける」


 予想外のことで少しばかり時間を使ってしまったが……


 次は〈捜索〉こいつがカギだ。

今回の話の中のモリちゃんとイチカの会話の時にあった『』は、四十五発目の時に話していた会話だったのでそう書きました。


ご精読ありがとうございました。

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