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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
46/60

四十六発目

最近面白いとは何かを考えて思考の沼にはまったりしていました。

それはともかく、四十六発目投稿です。

「あり得ない……あり得ない……そんなことあるはずが……」


 口ではそう言いながら、心の中ではわかっているんだ。

 母さんに親方のことを聞いて、何かが抜けたかのように部屋の中をふらふらと歩き回っていた。

 そんなことを数十分続けていると、ふと母さんとモリちゃんがいなくなっている。

 それでも、そんなことを気にしている思考力はなかった。


「どこかに隠れていたりとかするんだろう? なあ! 親方!」


 親方がこの呼びかけに答える事がないことを……荒らされていることと、母さんの言い分からそれは事実だろう。そもそも、こんな状況で母さんが嘘をつくはずもない。

 それでも……


「……イチカが、イチカが大変なことになってるんだよ! 親方がいれば……」


 壁に手を滑らせながら隅の方まで歩いてみても、何かないかと思っても、何一つ見当たらない。

 そしてから随分と工房の中を歩き回った。そのおかげだろう。歩き回って疲れていたせいで、気づくと足が止まっていた。俺は意識してもう一度足を動かす。そして、壁に沿ってまた歩く。

 少し歩いたところで自分より小さい何かにぶつかり足が止まった。何にぶつかったかもわからなかったことから、まともに目も使っていなかったようだった。

 視線を向けるとモリちゃんがいた。ふと自分の周りを見てみると、いつの間にか最初の部屋に戻ってきていたようだ。だが、その部屋で荒らされているよりも違和感を放つものが一つ。部屋の中心にある食卓の上……これはなんとなくだが分かる。そこにあるべきではない物だ、この世界にある筈が無い物だ。箱のようにも見えるそれは、四角柱の中心辺りを底面と平行に切った形というイメージだ。その箱の底にはガラスの面があり、それが隠れないように食卓に置かれていた。

 意識が呆然とする中、服を引っ張られる感覚がして視線を下げると、眼光鋭いモリちゃんが俺を見上げていた。


「さっきからその姿は何ですか? 英雄さんここに来た目的を忘れましたか? よく分かりませんが、ママを助けるための弾丸があるのですよね」


 モリちゃんはさらに強く服を引き顔をズイッと近づけてくる。


「今は連れ去られた親方ではなくてママを助けるのが先決です。あの親方の技は私も見ました。そうそう真似できないものですので、連れ去られたと言って殺されるわけではないでしょう。それと違いママには時間がありません。それは英雄さんも分かっているでしょう」

「……ああ、でも……」

「でも、じゃありません!」


 モリちゃんは両手で俺の方を挟み、さらに顔を近づけると目をのぞき込んでくる。


「ママを助けるんでしょう……私と英雄さんで。もしかしてできないかもとか思っているんじゃないでしょうね!」


 モリちゃんの声が徐々に大きくなる。


「……そんなことはないが……何かあったら……親方に手助けを……」


 それに対して俺の声は尻すぼみになる。


「……もう、釈然としませんね」


 はっきりしない俺の表情を見てモリちゃんはうつむき、ぼそりとこぼす。


「……やっぱり私では……」


 ――バチン


 その時、俺の右頬に衝撃が走った。肌の上でビリビリと痛みが這いずり回り、体の中に浸みこむように広がる。

 いまだにジンジンと痛むむ右頬をさすって自分がぶたれたことに気づく。いや、そうではない。俺がぶたれたことに気づいたのは、いつからかそこにいた母さんの手が赤くなっていたからだ。

 頬に感じる痛みではなく、痛々しく赤くなった母さんの手だった。


「ジント、何してるの? 話を聞く限り、今はイチカちゃんが大変なことになってるらしいじゃない。そんなことしてる場合なの?」

「……それは……」

「ジント……あの人のことを頼りにしてるのは分かるけど、あの人がそうやすやすとどうにかされると思う? モリちゃんも言ってた通り殺されることはまずないわ」

「……確かにあの人がどうにかされることはないだろうけど……」

「それに、ジントも作ったでしょあの弾丸の山。……あの人は、こうなることが分かってたのよ」

「……ああ、確かにあの人なら……親方なら……」


 母さんに言われて親方のことを考えているとなんだか「親方なら……」親方なら……」「親方なら……」という言葉があふれておかしくなり、胸のあたりが少し軽くなる気がした。

 気持ちが軽くなったことで視野が広がり、さっきまでほぼ母さんやモリちゃんしか見えてなかった事に、自分の悪い癖が出ていたようで居心地の悪さを感じる。

 そして、視野が広くなったことで手元の壁に空いた何かがはまりそうな小さな穴が少し気になったりする。

 そんな自分の姿が滑稽で、にやけ交じりに母さんを見る。


「……母さん……さっきのは痛かったよ」

「戻ったのね。……ごめんね、いくら言葉をぶつけたってさっきのジントは戻りそうになかったから、触覚を刺激してみたのよ」

「触覚って……まあ、ありがとう」

「その言葉は私じゃなく、モリちゃんに、ね」


 いつの間にか俺の目の前から離れていたモリちゃんの背中をズイズイと母さんが押している。


「な、なんですか? お、押さないでください! 私が言われることなんて……」

「モリちゃんもそんなこと言わずに、ね。大好きなジントのために……」

「な、そんなこと! ……ない、です……よ……だから! お、押さないでください!」

「ありがとうな。モリちゃん」


 俺は、母さんに押されて手の届くところまで来ていたモリちゃんの頭を撫でて笑いかける。


「……そん、な……こ……と……むぅ……どういたしまして」

「ありがとうな」

「……どういたしまして」

「ありがとうな」

「どういたし……」

「ありがとうな」

「もう撫でるのはいいですから! 早く必要なものを取ってきてください!」

「あらら、怒られちまったな」

「もう、しつこいんですよ」


 モリちゃんにそう言われ撫でるのをやめると、俺は弾丸を取りに自分の部屋へ向かった。


  ○  ○  ○


「これでいいんでしょう。モリちゃん」

「はい、ありがとうございます」

「急にジントのいない部屋に引っ張り込まれたと思ったら、『時間がないので英雄さんを戻すのを手伝ってください』なんてね。でも、ジントの目の前だとしても気づかれないだろうに」

「それは……別にいいでしょう」

「恥ずかしかったの? モリちゃん」

「そんなこと……ないですよ」

「……そう」

「でも、助かりました。改めてありがとうございます」

「そんなことないわよ。モリちゃんの言う通りに動いただけよ『最初に私が説得しますので、だめなら殴ってでも話を聞かせてください』って、モリちゃんに言われた通りに」

「そんなことありませんよ……私は……私なんか家族じゃないですし……あなただから、英雄さんのお母さんのあなただからですよ」

「そんなことないわ」

「……そんなことありますよ。私が何をしようが英雄さんは……」

「そんなことないわよ」


 母さんはモリちゃんを抱きしめる。モリちゃんは抱きしめられ一時的に放心し、その後もぞもぞと動き出す。


「き、きゅ、急に何ですか!?」

「そんなに気張らなくていいのよ」

「気張ってなんか……」

「いるわよ。自分を『家族じゃない』なんて言っている時点でね」

「……っ!」

「モリちゃんがジントを見る目は大切な家族を心配しているようなものだったわ。私たちのジントを家族のように思ってくれてありがとう」

「…………」

「だから、自分で『家族じゃない』なんて言わなくていいのよ。モリちゃんがジントをどう思ったっていいんだし、ジントもそう思われて嫌なわけがないと思うわ」

「……いいんですか?」

「いいのよ。それに、ジントを殴りたくないから私に言ったのでしょう。だから、私を利用して……」

「……! 利用だなんてそんなこと……私は、家族でもないのにでしゃばったことはできないと思って……」

「別にいいのよ利用されたって。利用されるってことは、利用するにたる信頼があることでしょう」

「……とてもポジティブな考え方ですね……」

「そうね、確かにそうかもしれないわね。でも、それでいいんじゃないかしら。それで幸せと思えるなら」

「……そうかもしれないですね」

「私はジントが家族で幸せよ。そして、モリちゃんが家族になればもっと幸せになるわ」

「……それは……うれしいですね」

「だから、私はモリちゃんのことを家族だと思うわ。血の繋がりなんか関係なく、私がそう思うから、そう思いたいから」

「……いいんですか」

「何回も言ってるでしょ。いいのよ」

「……ありがとうございます」

「わざわざそんなこと言わなくても、いつだって甘えてくれていいんだから……」

「…………はい」


 ――そんな二人を陰から覗くのは俺である。

 自分の部屋に戻ってから弾丸を見つけるまでは、それほど時間がかからなかった。それから戻ってくるのだって時間はかからない。

 そして戻ってきてみるとどうだ、何だこの空気はどうにも戻りずらい空気じゃないか。

 まあ、こんな空気になった主たる原因は俺だが、ほかならぬ俺だが、どうにも戻りずらい。

 モリちゃんや母さんには手間をかけさせてしまって……でも、モリちゃんの何とも言えない幸せそうな表情……俺が登場することで崩れることがどうしようもなく惜しい。

 よし、このまま見守ろう。頃合いを見計らって戻ればいいだろう。

 そして、母さんが話し出す。


「モリちゃん聞いてなかったけど、今のイチカちゃんってどういう状況になってるの?」

「ママのことですか……確かに言ってませんでしたね」


 その一言で、モリちゃんの幸せそうな顔は俺が登場するまでもなく見えなくなっていった。


「……っ! 忘れてはいなかったが……そう、今のイチカは……」


 そうしてモリちゃんは話し出す。

 俺はその話に聞き耳を立てながら、影の中で闇に飲まれるようにただ、壁に寄りかかっていた。

さっきのは痛かった……痛かったぞー! ……みたいな?

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