四十三発目
大変お待たせしてしまいました。
四十三発目投稿です。
笑いかけてくるイチカの顔は、どこか悟っているように見えた。
さっき少し動いただけで、自分自身の体が思っていたように動くことができないことをいたく理解したらしい。
俺は、第三者の視点で見ることが出来たのでイチカの動きを見れば、イチカの体に何かしらの事が起こり思ったように動けなくなっていることはわかった。見る限り力の加減が出来ていない。力の出し過ぎだ。少し動いただけなのにイチカの体の至る所から出血しているし、腕や足なども痙攣している。
だが、自分がこう落ち着いていることとともに、イチカのどこか悟ったような落ち着きがどこか引っかかる。いきなり体が動かなくなったのに少し動いただけで落ち着くだろうか? そもそも、体が動かない状態になっていきなり『体の動かし方忘れちゃった』という結論に至るんだ? 『動かなくなっちゃった』ならわかるが……
そんな疑問が俺の落ち着きを持たせているのか……それとも……
「……ねぇ……じ、ジント……? まともに動くのが口しかないから肩貸してく……ちょうだい」
イチカの雰囲気がどこか変わっているからだろうか……
⚫️ ⚫️ ⚫️
そんなジントたちから何里か離れたところで三人は流されていた。
イチカに撃たれた三人は何も出来ないまま流されていた。理由としては全身に痛みが走っているからだ。だが、流されている三人はこの形容しがたい激痛が走っていながらも、顔を歪めるだけで誰一人として気絶してはいない。それだけで只者ではないと分かる。
だが……1人を除いて……
「うっ……リーダー僕たちどうしてこうなったのかなぁ」
三人の中で一番小柄な男がそういう。
「我らがまだ未熟だったという事だ。距離を置いて気配を消しただけではダメだったという事だ。なぁ、主君」
三人の中で一番背が高く、激痛の中表情を変えない男がそういう。
その二人に話しかけられているリーダーらしき男は、無意識に顔を歪めながら流れにもを任せていた。
(こうなったのって絶対俺のせいだろ。立ってた場所から目標が全然見えなかったし、絶対俺の気配消せてないし、撃たれたときだって俺が二人に話しかけたんだし……)
リーダーに向かって二人が視線を投げかける。
(そもそもの話で、何で俺はこいつらにリーダーとか主君とか言われてんの! そんな器ないよ俺。……ああっ! 視線が痛い!!)
リーダーらしき男には痛みが感じられない。マッサージの痛みより視線の方が痛いようだ。
「そういえばリーダー大丈夫? さっき打たれた弾丸のせいかな? 痛いよね全身がシャレにならないくらい」
「……え? 痛み……!? ぎゃああああああああああああ!!!!」
そんなこともなかったようだ。
⚫️ ⚫️ ⚫️
イチカに肩を貸すよう言われた俺はイチカの右腕を自分の肩に回し、自分の左手を体を支えられるように回す。
イチカの体には全くと言っていいほど力は入っていなかったが、わずかに震えていた。気候としても震えるほどの寒さはない。
震えを感じイチカの顔をみる。
その顔は寒さと言うより……何かを怖がるような……何かにしがみつきたいけど、どうにも出来ないような感じだった。
肩を借り、立ち上がったとはいえまともに立てていない。全体重を俺に乗せぶら下がっているようになったまま口だけを動かす。
その体は、軽かった。足元の地面をえぐったとは思えないほど……
「私もこの通りなので、今日のマッサージは終わりになります。並んでいただいたのに申し訳ありません」
イチカは、島にいるお客全員に聞こえるような声で言った。
イチカの目配せに合わせ、俺はイチカとともに頭を下げる。イチカの合図を受け頭をあげる。今度は視線でモリちゃんに合図する。
「私のマッサージでなくていいのでしたら……も、モリちゃん! やってくれる?」
「は、はい! 任せてください! ……ママほどではないですが」
「と言うことなので、私は出来ませんが、この子のマッサージを受けるのでしたらそのままお並びください」
そこまで言ったところで、りゅうさんを捜索していた制服姿の人たちが島に入ってきた。事情聴取など面倒な事が起こりそうだったので、俺はモリちゃんに大人の姿の分身で何とかするようにこの場を押し付けた。
モリちゃんは「この場を押し付けられるのははなはだ不本意ですがママもその状況ですので」と言い、引き受けてくれた。
「じ、ジント落ち着きたいから部屋に……私の部屋に連れてって。部屋はそこを……」
「場所はわかるぞ。一回行ったことあるからな」
「……! そ、そうだったね。そんなこともあったね……あはははは」
「……肩組んで運ぶの大変だからちょっと持ち方変えるぞ。力入れんなよ」
「……えっ……わっ!」
俺は肩にぶら下がっていたイチカを、右手を膝裏に左手を肩甲骨のあたりに添えて抱きかかえる。
「これって……お姫様抱っこ……」
「この方がさっきよりはいいだろ?」
イチカのを見ると何かを怖がる表情は少しは和らいだ。だとしてもまだかんぜんには消えてはいなかったが、その表情には少しの安堵が垣間見えた。
部屋の方に歩いていると前から話しかけられる。姿は違えど、モリちゃんだ。心配そうな表情をしている。
「……いいんですか英雄さん家に帰らなくて」
「……何だ心配か?」
「私は心配しませんが、英雄さんが心配なのではないですか?」
「……たしかに、母さんにも早く帰ってきてと言われて、あの三人組の一人が親方と言う言葉を出して、挙句変になったりゅうさんにも帰った方がいいって言われたら心配だよ。けどさ、」
俺は、抱きかかえるイチカの顔をみる。
「目の前でへんな弾丸撃ち込まれたイチカの方が心配だ」
モリちゃんは納得したような表情をして「そうですか」と一言。イチカは顔を見せたくないのかうつむいて「バカ」の一言。
俺は、あと付けの一言。
「そもそも、親方がいるなら母さんは危険な目には合わせないはず。あの人はたぶんそう言う人。それに、親方自身見ての通りの規格外な存在だ。何かあっても最悪で死ぬって事は万に一つない。でも、変なことに異常と言えるあの弾丸づくりの能力を使われるなら……死んでくれた方がまだいいかもな。ていうか……」
目を細めてイチカの顔をみる。
「心配しているやつにバカ呼ばわりはひどくないか?」
イチカは何を思い出したのか顔が赤くなる。
「バ、バカはバカだよ。どうしてこんな時に……」
その様子を見てモリちゃんはフフフと笑う。
「この様子ならば、とりあえずは大丈夫でしょう。ママを心配するのは英雄さんに任せます。では、私は後始末をしてきますね」
そう行ってモリちゃんはかけて行った。その後ろ姿を見送って俺はイチカの部屋へと足を向けた。俺が振り向いてもイチカはモリちゃんの方を見ていた。難しい顔をして、モリちゃんの姿が見えなくなるまで。
⚫️ ⚫️ ⚫️
イチカの部屋に着き、俺はイチカをベッドに寝かせた。俺はその隣で椅子に座り、イチカの体を戻すための方法を思索した。かといって今のイチカの状態を断定できる情報もない。
ふと、イチカの方を見ると体を動かそうとしている。だが、やはり力が入りすぎて動かそうとしている腕がガタガタと痙攣していた。
まるで力の加減を忘れたようだ。イチカが忘れたといっていたのはあながち間違いでは……!
――忘れる……そういえばりゅうさんが使おうとしていた弾丸は〈記憶〉だったか……
……もしかすると……俺はあの流れから、りゅうさんの虜になるような記憶を植え付ける弾丸かと思っていた。だが、〈記憶〉という名前が意味するのはあくまで記憶についてという事だけだ。
――何の記憶の何をどうするかなんて分からない。
自分でも何を言ってるか分からないが、記憶という言葉だけでは、上書きされたのか、改竄されたのか、隠されたのか……忘れるよりもひどい状態……
本当に消されたのか……
今どうなっているかはわからない。
消されていなければ何かの拍子で浮かんできたりするだろうし、改竄されていたとしてもその気になれば元に戻せる弾丸を今の俺ならば作れるはずだ。異常なものばかり作っている親方の技術も大体は盗めているはずだし、親方からも死人シリーズの加工もできるとお墨付きももらっている。
――ただし、消されていなければだ。
消えた記憶は戻らない。これ以上に最悪な事はないだろう。
それに今は、それすらハッキリしていない。先決なのは今のイチカの状態をハッキリさせる事だ。
ベッドに横たわってイチカがこちらの表情を見てくる。どこか不安げな表情が、力の入っていない体と相まって彼女を弱々しく見せる。
でも、もしもの話で今のイチカの記憶がどこか変わっていたのだとしたらそれは俺の知っているイチカとは少し違う別人ということになる。幼い頃の自分が、今の自分と心も体も違う別人のように。
まあ、ここに居るイチカはイチカで変わらないし……そもそも子供の頃の記憶なんか俺には微塵もないけどな。
俺もイチカも無言で、静寂に包まれゆっくりと時間が流れていた部屋の中に扉を開く音がする。
勢いよく扉を開くモリちゃんだ。溜め込んだのかか、言葉が多い。
「お客さんも大体片付いて、りゅうとかいう人も檻の中へと連れて行かれました。りゅうとかいう人の後ろにいた二人も、同じく檻の中から出てきた人らしいです。等の本人とは面識もほとんどなかったようです。全くおかしな話ですよね」
確かに変な話だ。りゅうさんと面識のないのについてきたのか?
俺がうなずいていると、モリちゃんの声には徐々に力がこもり、その両手は拳を握っている。
「それでですね、その人が持っていた弾丸。ママを撃ったそれを回収したかったのですが、押収されてしまって……複製する間もありませんでした……すみません」
モリちゃんは悔しさ嚙み殺すように謝罪をする。
イチカを撃った弾丸。確かに情報源としてそれは是非欲しいが、
「仕方ないさ。かすめ取ろうとすればまた厄介ごとが起こる」
椅子から立ち上がり、モリちゃんの頭を撫でる。
「まず、この状態のイチカを病院じゃなくここに置いている時点で俺たちで解決するつもりだしな。しかも今のイチカは病気でもなくて、十中八九弾丸によるものだ。面倒くさい過程を踏んで検査するより、弾丸屋は弾丸屋らしくこの腕で解決すればいいさ」
「でも……どうやって?」
「そう、そこなんだよ問題は。今のイチカの状態が分かれば方法も自ずと浮かんでくるんだけどな」
「じゃあ、やっぱりあの弾丸を……」
「そんな顔すんな。モリちゃんはそれでよかったんだよ。お客の相手や、面倒ごとを押し付けてごめんな」
わしゃわしゃとモリちゃんの頭を撫でる。モリちゃんはうつむいたままでなされるがままだった。イチカが撃たれるときに何もできなかったことが悔しいのだろう。あの時は俺も何もできなかった。いくらイチカは死なないと言われたって信じれるかも分からないし、俺自身平然としているわけではない。
――悔しいに決まっている!!
でも、だからといって悔しがって何もできない方が何百倍も悔しい。
『起こった事は仕方がない』
と、そう自分に言い聞かせて今は動く。
もしイチカが撃たれたのが殺傷能力があるものだったら……などとそんな事は考えない!
今は動く。動くしかないんだ。
これから何をするか、どこに行くかは決まっている。
「モリちゃんはモリちゃんのできることをすればいいんだ。イチカのことは任せるぞ。それに、モリちゃんならイチカの体が今どうなってるのか少しでもわかるだろ。それに俺は行くところがある」
そう言って俺が部屋を出ようと歩き出すとモリちゃんに呼び止められる。
「それならこれを」
モリちゃんの手から何かが飛んでくる。それを手のひらで受け止めると、手の中で動き出す。
手を広げてみて見ると小さくなったモリちゃんがいた。
モリちゃんに皮肉を込めて視線を飛ばす。
「俺には任せられないってか?」
「そうではありません。その小さな私に話しかければ私に伝わるので。それに小さくても私です。役には立つと思います」
俺は「そうだな」と言い、踵を返し外へ向かう。部屋を出るときにイチカの声が聞こえた。
「………ありがとう 」
「ああ、任せろ。ちゃんと戻してやるからな」
⚫️ ⚫️ ⚫️
外に出ると島の上からは人がほとんどいなくなっていた。いてもモリちゃんのマッサージコーナの並ぶ最後の数人くらいだ。
そんな光景をよそ目に俺は島から飛び降りる。
イチカの状態はわからない。だが時間は惜しい。弾丸がどんな効果を持っているかわからないからだ。
だからこそ俺が家に帰るにも時間が惜しい。親方たちに何か起こっていたとしても、目のにいるイチカを優先する。
さっきモリちゃんに弾丸はいいと言ったが結局のところ鍵はその弾丸だ。
だからこそ俺は、りゅうさんに会いに行く。
● ● ●
何もかもが霞んでいる。現在進行形で霞み続ける。
見ている世界が、自分がいるはずの世界がすごく遠く感じる。
自分が自分でなくなるような感覚が――怖い! ……うぅ
自分の居場所が霞に飲まれて消えて――嫌だ! ……あぁぁ
大切な人の……って、誰? ……! 大丈夫、まだ忘れていない。忘れたくない! 大丈夫、だいじょうぶだから……
嫌だ嫌だともがくこともできない。今は、もがき方も忘れてしまった。
何かにすがりつきたい。安心感が欲しい。
でも、今は何もない。あるのは虚無感。孤独感。光なんて見えやしない。
――嗚呼、何で今こうなっているの? わかんないよぉ!
そう、何も分からない。けど今は待つだけ。
……何を待つ?
だれかが助けに来る? そんなことあるわけない……いや、違う。
――まだ……まだ忘れてない!
気づくと目の前に彼がいた。お姫様抱っこをされている。
何かを言われた。少し恥ずかしくて、暖かい。
安心できた少しだけ。それと、少しだけど居場所も感じられた。
抱きかかえられながら彼と話していた。
他にも人がいた。ちょっと前にその人たちに向かって自分の意思で何かを言った? そんな気がするけど覚えていない。
小さい子とも話した。かわいいと思った。
自分が言っているはずなのに他人が話しているように感じてしまう。
彼は知り合い?
彼から嬉しいことを言われた。
何が嬉しかった?
――あれ? 何を、まだ忘れていないんだっけ?
彼が何か話している。小さな子と……
彼が部屋を出て行く……心がざわめいた
――嫌だ、行かないでほしい……そばに……傍にいて……
彼に側にいてほしい……どこにも行かないでほしい……それを言葉にした。
「…………ありがとう」
……! 何に対して? そうじゃ……ない! 私がいいたいことはっ! そうじゃ……
「ああ、任せろ。ちゃんと戻してやるからな」
と、彼が言う。
――ああ、そっか。ここでわがまま言ったら……彼が……でも……
ねぇ、ジント……
意識は霧に飲まれる。疲れていたのか、柔らかなベッドの上で睡魔の子守歌に目をつぶった。
今週は月曜日から金曜日にかけて毎朝7時に投稿する予定です。
大まかなストーリーは出来たので変に滞ることはなくなると思いますのでボチボチ読んでいただけると幸いです。




