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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
42/60

四十二発目

 どんな奴でも悪寒が走りだすようなモリちゃんの睨みを受けながらも、俺とモリちゃんの前にその男は立っていた。

 単に肝が据わっているのかとも思ったが、様子を見ると憑き物がついたかのように瞳に光が宿っていない。これは恨みだ。どこから湧くのか、果てしない恨み向けられている。その対象は俺だ。

 意識が俺に向いている。だからモリちゃんの睨みに動じない。

 その男は俺も知っている奴だった。思い出すだけで気分が悪くなる。気持ちが揺れ鼓動が早まるのを感じる。引き金を引いたあの感覚がいやなほどはっきりと感じられる。あの時は何とかなった……が、そうだとしても……何にも起こらなかったとしても……「あの時」……「不運にも」……「可能性としては」…………『死ぬことになったかもしれない』と、思い出したのをきっかけに、そう頭の中で言葉が埋め尽くす。

 あの時は、こんなことにはならなかった。

 そのことを何とも思っていない隣にいたアイツの表情が俺を納得させていたんだ。

 それは数秒のことだっただろう。だがその数瞬に、思考停止になるまで膨らんだその無意味な「可能性」のシミュレーション。その膨大な情報は、俺の膝を折らせるのには十分だった。


「英雄さん! どうしたんですか! 英雄さん! 急に崩れ落ちて……この人のどこにそんなんな顔になる要素があるんですか!」

「……」


 モリちゃんの声が届いても、思考を阻害するほどの情報が、さらに存在しないものを俺に見せる。答えたくともそれができない。

 その中でモリちゃんじゃない声、聞きたくもない声が耳に入り、いらぬ思考を加速させる。


「……フフフ……ハハハッ! ……フハハハハハッ!! 嬢ちゃん、その男……もといそこにいる英雄と呼ばれている男の正体を知っているかぁ?」


 舐めるような男の視線を嫌がりながらもモリちゃんはその言葉の続きを待つ。


「その男は……俺の人生を奪った……ついでに、近くにいた女の命を奪いかけた男だ」


 男を睨んでいたモリちゃんの顔が、俺の方に向く。驚愕という言葉そのままの表情だ。


「……まさか、ママを?」


 こんな時だけは俺の口は仕事する。意識が遠のくような感覚にとらわれ、口だけが意思と反して動き出す。


「そうだ、この手でイチカに向けて引き金を引いた。……だが、りゅうさん。あんたの……」


 だが、俺の中で一つ、可能性が発生する以前の問題が残る。

 あの時は、りゅうさんが司会を務めるロシアンルーレットゲームをした。そのゲームの最後、りゅうさんが銃に込められた弾丸を、殺傷能力のあるものにすり替えたのだ。

 俺はそれを気付かずに彼女に……イチカの向けて……引き金を引いた。

 それでも、さすがといったところか、イチカは生きている。

 ……だとしても……そうだとしても……


「英雄うう!! てめぇが引き金を引いたんだ!」


 その事実が俺を押しつぶす。


 ――なんでこうなってんだろうな……あの時ゲームを降りてりゃよかったのに。


 と、そんな身もふたもないことを思う。



「ヤメロぉぉぉー!」



 小さな体から発せられた声が、空気を揺らし、人を揺らし、島を揺らし、空間を揺らした。怒りの混じったその声は、近くにあるものをほぼすべて。そして、俺にかぶさっていた思考の山をも吹き飛ばし、彼女に、モリちゃんに注目させる。


「てめぇら! どうでもいいことをほざいてるんじゃねーよ! 過去の恨み? ハッ? 知らねーよ! そんな恨みで行動するんなら、その行動力をほかのことに向けろよ! 家のない子供ってのはどこの国にもいた。そんな子たちを助けるとかな! そして、そこにへばってる英雄さんよ! あんたが、そんな顔をしてるせいでいつも以上に血が全身にまわっちまったよ! そして言っとくけどな、過去にどうした、こうしたとかはどーでもいい! トラウマだから? 英雄さんにしちゃ甘っちょろい考え方、英雄なんて大層に呼ばれているくせにガキの私よりも甘いんだな! そんなくだらない過去にとらわれてんじゃねーよ! くだらない過去のことよりもこれからのこと! ……はぁ、はぁ、……ふぅ…………私は、英雄さんとママとわずかながらも一緒にいた時間でそう、思ったんです。だってそうでしょう。英雄さんは使ったら死ぬかもしれない弾丸を躊躇なく使うし……ママは、それと似たようなのを持ってるし……そんなことがあって……でも、生きてる。なら、過去に何があったかどうかを言うんじゃなく、過去を生きるんじゃなく、今をみんなで生きようと……そう思ったんです」


 ――バタッ、バタッ……バタッ


 最初は激しく、最後には穏やかに終わったモリちゃんの演説に拍手が巻き起こった。

 周囲が騒然とし、困惑するモリちゃんの頭に手を置く。


「……ごめんなモリちゃん。悪い癖が出た」

「……むぅ、頭を撫でるのはいいのですが、ここで謝られても困ります」

「……なんだかありがちな会話だな……」

「四の五の言わずに言ってください」

「モリちゃんありがとうな」

「それでいいんです!」


 モリちゃんは俺に向かって笑顔を見せる。

 その笑顔は、モリちゃんらしくもどこかイチカに似た雰囲気もある。モリちゃんの今の姿が、俺とイチカのものを継いでいるとしたらそれもうなずけるが、モリちゃんの中身が少し変質しているのかもしれない。そうでなかったとしても、相変わらずのいい笑顔だ。


「おーい! 二人ともどうかしたの? 騒ぎになってるようだけど……! 人が倒れているよ!」


 人をかき分け、駆け付けたイチカは、そのまま倒れた人のもとへ向かう。うつ伏せで倒れているのを、一人二人と仰向けにする。三人目を仰向けにすると驚きの声を上げた。


「ジント! この人……捕まったはずじゃ……なんで生きてるの? ……まさか幽霊?」


 ――ちょっとイチカが何を言っているのかがわからない。確かに最後に返したのはりゅうさんだが……てか「幽霊?」って言うときなんでうれしそうなんだよ……


「ママ、その人はちゃんと生きてはいましたよ。今は普通に生きています」


 ――モリちゃんも律儀に答えてるし……


「なぁんだ。でも、不思議だね捕まったら……みんな殺されちゃうはずなのに」

「こえーよ! イチカの中で捕まるイコール死刑なの? こえーよ!」

「……え?」

「『……え?』じゃねーよ! なんだよその情報どこから聞いたんだよ! こえーな!」

「……それは、おばあちゃんが『悪い奴はね、みんな捕まったら殺されちゃうのよ。だから、おばあちゃんが捕まえに行くような悪い奴のなったらだめよ』って言うから」

「お前のばーちゃん何者だよ! なんだ!? 賞金稼ぎでもやってんのか!」

「……そんな人がいるんですか! ……一度会ってみたいものですね」

「俺もモリちゃんと同じく、そのばーちゃんを見てみたいよ」

「そう? でも、今はどこにいるかもわからないし、機会があったらね」


 さっきから、柔らかな雰囲気を漂わせて話すイチカだが、話の内容はなかなか衝撃的である。というか、イチカのばーちゃんがそうさせている。


 ――そんなばーちゃんがどう育てたら目の前にいるイチカみたいなのができるのか……謎だな。


 そんなことを思いながらあることに気づく。


「そういえばモリちゃん、りゅうさんを睨まなくなったけれど……?」


 俺が聞くと、モリちゃんはりゅうさんを訝しむように見る。


「……そのことですか。それは、あの人から感じられるものが変わったからです」

「変わった?」


 俺がそう聞くと、モリちゃんは俺を見る。


「そうです。最初は憎しみ憎悪が大半を占めていました。ですが、私が大声を出したときにそのいやな雰囲気が簡単に飛んでいきました。そして、話し終わったときに憎しみを感じなくなり、そのまま……」

「あの様子で倒れたと」


 そしてまたりゅうさんの方を見る。


「そうです。ですが……」

「まだ何かあるのか?」

「……いや、ちょっとおかしいというか……」

「おかしい?」


 モリちゃんは腕を組み、軽くあごの部分を摘まむ。


「はい。私が大声を出しただけで、そう簡単に憎しみは飛んでいくのかと思いまして」

「驚かされると、怒りもおさまるっていうし、一時的にでも予想外のことが起これば少しは弱まるんじゃないか?」


「……もしかしたら最初から憎しみがほとんどなかった?」


「何か言ったか? ていうかそれより、イチカが倒れたやつらにマッサージかましてやろうとしてるが大丈夫か?」

「……あ、だいじょうぶです。害意はなくなっているようなので起こしても……」

「いや、そうじゃなくて、マッサージの痛みでぽっくり逝かないかどうかって聞いたんだけど……」

「…………大丈夫……です…………多分」


  ○  ○  ○


 倒れた三人は逝くこともなく、さらにイチカのマッサージによって無事……訂正しよう……何とか、生還じゃなくて、目覚めることができた。りゅうさんの後ろについていた二人は、目覚めるとともに、とても肌艶の良いイチカを見るなり一目散に逃げていった。イチカは「まだ終わり切っていないのにな」とボヤいていたが、深追いすることはなく、りゅうさんのマッサージをやり切った。

 まあ、あの二人が見たのは、かわいらしいイチカではなくて、肌艶の良い異形の怪物だろう。頬を染め息を荒くし、妖艶な笑みを見せるそんな怪物に……一応理解できないこともない。

 ――イチカの視線が気になるのでこれはここまでにしておく。

 イチカと俺、モリちゃんの順に並び三人でりゅうさんを見る。俺が口を開く。


「りゅうさん、さっきより話せるようになっただろうから話を聞こうと思う。とりあえず一つ目。あんたは、捕まってたはずじゃないのか?」

「痛いの食らって、息つく間もなく質問攻めにする気か? ほかの客もいるだろうに」

「とりあえずお前の始末を考えないと気になって仕事ができないんだよ」


 りゅうさんはため息をつく。


「……始末って……まあいい答えてやる。確かに俺は捕まった。牢の中でつい最近までおとなしくしてたさ。だが、ある時看守の格好をした何かが……」

「……何か? ってなんだよ」

「知らん。だから何かだ。で、その時はまだ俺が出るまでの期間は経っていなかった。もちろん今もだ。それで、俺にはそこで何かを渡されて、何かを言われたような気がする。覚えているのはそれくらいだ」


 なんだその胡散臭い話は。作り話にしてもひどいものだ。脱獄の言い訳ならもっとましに言ってほしい。


「……英雄さん嘘はないようですよ」

「そうだよな。こんなくだら……な……い? ……ちょっと待て。嘘はない?」

「はい。ありませんね」

「私も嘘はないと思うよ。勘だけど」


 なんだろうか……この二人が言うと説得力がある。


「どうしたの? 私の顔をまじまじと見て」

「いや、何でもない」


 でも、それならりゅうさんを出したのは……誰だ?

 俺が、りゅうさんに質問を重ねようとするとりゅうさんの方が早く口を開く。


「俺は感動した!」


 いつの間に移動したのかりゅうさんはモリちゃんの肩をつかんでいた。モリちゃんはそれを嫌がり腕を振りほどく。

 だが、りゅうさんは言葉を続ける。


「過去なんてどうでもいい! ……そうだ! その通りだ! その言葉のおかげで、俺の悩みは解消された。日に日に積み重なる想いを邪魔するものがあったんだ。それは過去だったその言葉を聞くことで、それは消えた。ということで、俺は過去の話ではなく未来の話をしようと思う」


 ――こいつは一体何の話をしているのだろうか? ていうか、看守の格好をした何者かの話は?

 俺がそんなことを思っていると、りゅうさんは俺たちの前でひざまずく。

 そして、指輪を出した。


「惚れた結婚してくれ」

「「「はぁぁぁぁぁ!?」」」


 りゅうさんの真剣な視線は、イチカでもなく、もちろんモリちゃんでもない。

 視線は俺に注がれていた。体から血の気が引くのを感じる。体温が下がり気分が悪くなりめまいがする。さっきよりも最悪の現実が俺を襲う。

 そんな状況つゆ知らずりゅうさんはいたって真面目に言葉を紡ぐ。


「最初に会った時は、確かにいけ好かなかった。だが、捕まった後思い返して頭を冷やしたんだ。徐々に憎しみの情が小さくなるのを感じていた。そこで大きくなってる感情に気づいたんだ。それで、今目の前にして確信したんだそれは『愛する心』つまり『愛』だってことを!」


 ――頭痛がする……なんで俺はプロポーズされてるんだ? しかも男に……うあぁぁぁ! 悪夢だ……最悪の気分だ。


「だから! 俺の妻として! もしくは夫として! 人生の伴侶として! 結婚してくれ!」 


 俺の思考は現実から全力で逃げる。そのせいで意識は暗い闇の中に……


「恥ずかしがっているのかい? 俺のキ……」


 俺の意識は覚醒する。そして……


「お断りだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 指輪をむしり島の外へと投げる。

 りゅうさんの虚しい声が島の中を駆け巡った。


「なんてひどいことをするんだ英雄! 君は独り身なはずだろ! 年齢的にもほとんど問題ないだろ!」


 俺は自分の指を触り、モリちゃんと目を合わせる。

 ――俺の隣には、イチカとモリちゃん。しかもモリちゃんは俺とイチカの子供の姿をしている。

 モリちゃんの手を引き、そのままイチカの左隣に促す。そして俺はモリちゃんの手を離し、右手を握る。

 心拍数がわずかに揺らぐのを感じながら、イチカに体を近づける。そして、全力で顔を引きつらせて言う。


「はぁ? 俺が独り身? これを見てそう見えるのか?」


 俺は右手に握っていた指輪を左手の薬指にこれ見よがしにつける。


「随分と古典的な証だけど、これを見れば分かるだろ。イチカの方も見てみろよ」


 俺がそう言うと、りゅうさんは視線をイチカの左手に向ける。モリちゃんが握っているイチカの左手からモリちゃんの手が離れると、その薬指には俺と同じ形の指輪がはめられていた。


「……なん……だと……」

「俺はこの通り独り身じゃない。それも、子持ちだ。お前の介入する余地はない」


 イチカが困惑するのをよそに俺はそう言う。

 りゅうさんは悔しそう歯ぎしりをして下を向く。だが、それも二秒ほど。気持ちの悪い笑い声が聞こえたかと思うと、ポケットから何かを取り出した。


「これは使いたくなかったかったんだがな。この〈記憶〉の弾丸を使うしかねーなぁ!」


 りゅうさんは銃を顕現させて手際よく弾丸を入れてゆく。銃を構える姿は様になっているが、今はそう言っている場合ではない。俺では、構え終わったりゅうさんより早く打つことができな……


 ――パンッ


 ……い。


「ねぇ! さっきからジントは何を話しているの? それにモリちゃんとばっかりこそこそと! それにこの輪っかはなに?」


 今の状況に訳の分からない俺はその状況を起こしたであろうイチカを見る。


「……イチカ、りゅうさんを無力化したのか?」

「……そうだよ。なんだかよくわからないことをされそうだったからね。おばあちゃんの言葉で『何かされる前にまずは無力化!』てのがあってね……」

「もういい! お前のおばあちゃんの話はいいから、今りゅうさんが腹を抱えた状態で気絶している理由を聞かせてくれ」

「そう、じゃあ私が何をしたかというと……」


 話を聞くと、イチカ曰く「身体能力強化ができる弾丸を持ってたからそれ使って腹をパンチ!」らしい。全く見えなかった。それと「ジントの〈究極〉にははるかに劣るけどね。エヘヘ」とも言っていたが、もう充分である。

 そのあと、指輪についての話になった。


「これ奇麗だね~」


 左手を空に掲げ、見事な模様が描かれた指輪を見ながらイチカはそう言う。


「これは、結婚した二人が着けるものなんだ。最近はあまりないけど、昔はこうして結婚の契約の証にしていたらしい」


 自分の左手を見ながらそう言う。

 イチカも半分聞き流しながらなのか、軽く頷きながら指輪を眺めていたが、途中でその動きが止まる。


「へぇ~……え? け、結婚? え? 私と? ジントが?」

「まあ、これはモリちゃんが作ってたもので、利用できそうだから利用させてもらったんだ。あきらめると思ったら、急に銃を向けて来たけどな。イチカがいてくれて助かったよありがとう」

「そ、そんなこと。な……ないよ」


 イチカは軽く動揺しているようだ。その姿を見て湧いたいたずら心が口を滑らす。


「もし、あきらめなかったら『俺はイチカを愛してる!』って、言ってりゅうさんを拒絶しただろうな」

 

 俺が言うと、イチカの顔が一気に赤く染まる。


「な! な! ななななななななな……!」

「ヘヘッ、冗談だよ」


 と、言うと少し残念そうになったような気がする。


「な……な……な…………」


 ――バチン

 強烈な一撃が俺の頭に炸裂し、一瞬気が遠のく。


「英雄さん……ふざけてでも、冗談でも、さっきのは軽口で言ってはダメです」

「ご、ごめんなさい」

「それは私でなくママに行ってください」

「ふざけてすみませんでした!」

「ま、まま、まぁ……ゆ、ゆ、許してあげるよ」


 イチカの息は乱れ、火が付きそうなほどに可愛い顔が顔が熱く、赤くなっていた。

 イチカが許しの言葉をかけるのを見ると――パン……と、この話は終わりとばかりにモリちゃんが手をたたく。イチカは軽く動揺が残っているが、モリちゃんが話し出す。


「英雄さん気づいてますか?」

「なんの……ちょっと待て。それを聞くってことはまだ何かあるのか?」

「はい、まだあります。何かが」


 モリちゃんは遠くを眺めるような眼をしている。その姿を見て頭に少し前の光景が思い出される。


「……りゅうさんが最初に現れた時に、モリちゃんが遠くを睨んでいたように思ったことと関係が?」

「そうです。それです。〈究極〉を使わないとどこまでも人間でなくせにちゃんと見てるんですね」

「どこまでも人間で何が悪い」

「うらやましいです」

「……」


 モリちゃんはわずかに自傷するような顔をするが、すぐにいつも通りの表情になる。


「私たちは見られています。英雄さんが言った通り、りゅうさんが現れた時から。脅しのつもりで、りゅうさんを睨んだりするときについでに睨んだり、声を出した時にも殺気を飛ばしたりしましたが反応がないようです」


 モリちゃんはそう言うと、俺とイチカに手から創造した双眼鏡を手渡す。


「この双眼鏡で見てみてください」


 覗いた先には三人の人影があった。その姿を見る限り真ん中のがリーダーだろう。じっと値踏みするような眼で、薄ら笑いを見せながらこっちを見ている。


「これはこれは……てか、あの薄ら笑い……なんかいけすかねぇな。新キャラ登場ってか? 高みの見物ってか? そうはさせないでしょ」


 物は試しと手を振ってみると、手を振り返してきた。何度やっても反応することからこっちのことが見えているようだ。だが、この距離を裸眼で見ることができるだろうか? 使ってみる限りモリちゃんが渡して来た双眼鏡の倍率は二~三百倍はある。それに方向はモリちゃんがアシストしてくれるので覗けば見えるが、裸眼で何をしているのか分からない距離にはいる。多分視力強化の弾丸でも使っているのだろう。


「モリちゃん。あいつらは俺たちを見ているんだよな」

「そうです」


 そこまでして俺たちを眺めている理由……何も思いつかないが、よくないことには間違いなない。

 そんなことが頭に流れるなか、双眼鏡を除いている目がリーダーらしき人物の口が「親方」と動くのを目に焼き付けた。

 ――親方……人違いか? でも、いやな予感がする。

 明らかに怪しい三人を見ながら話しかける。


「イチカ、あそこにいる奴らにマッサージ当てられるか?」

「……うん。できそう」

「頼もしいな。三つ貸してくれ中でも痛みの強くて効果が薄い奴だとなおいい。調整する」

「うんとねぇ……これだね。お客さんの人気が特にない弾だよ。撃つたび『痛いだけで、それだけしかない』って、言われる弾丸。はい」


 俺は受け取ると、弾丸の調整をしてイチカに渡す。


「はい。これで届くくらいまで飛距離も伸びた。島にも当たらないように調整した。というか人にしか当たらないように調整したから。頼んだぞ」

「了解!」


 イチカは双眼鏡を覗かずに両手で銃を構える。銃の上部についた突起でねらいをつけ引き金に指をかける。


 ――パンッ――パンッ――パンッ……弾丸は一定のリズムで放たれた。


  ●  ●  ●


 弾丸を発射した残響が島の中を揺らす。

 俺たち三人は遠くにいる三人の末路を眺める。


「当たりましたね」

「あそこって防壁の上か……島の外にいたんだな、痛みで踏ん張りがきかなくなってる」

「あ、流されたよ」


 流されたことを確認すると……


「「「よし仕事に戻ろう」」」


 ……と、声を合わせ踵を返した。

 その時、母さんの言葉と、リーダーらしき男の言ったであろう言葉が頭をかける。


「……帰らないと」


 ――パンッ……バタン……


 俺が、言葉をかけようとした時に一つ、弾丸が撃たれる音が耳に飛び込んできた。そして、イチカが倒れていた。様子を見る限り傷はないようだが、眉間を撃ち抜かれた跡がかすかに残っている。


「……ツ、ツゴウノイイ……ウラミ、ノタネ、ガ……アッタ、カラ、ツカッ、テミタガ……チッ……コ、コ、コノ、カラダ……イウコトキカナ……イ。エ、エ、エイユウ……ヲ、ウテ、ナ、カッタ。ア、ア、アイトハ……ヨソウガイ……ダッタ」


 音が出たであろう方向に目を向けるとりゅうさんがカタカタと震え、異常なまでに気持ちの悪い笑顔で笑っていた。


「……スコシハマシニ……ナ、ナッテキタカ……カカ……エイユウ……ソンナカオヲシナクテモイイ……ソイツハシナナナイ……ダガ……カカカカ……アト……イエニカエッタホウガイイ……カカッ」


 りゅうさん……もとい、りゅうさんではない何かはそこまで言うと、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 その光景を見て呆然としていた俺は頭を振り、目の前の謎よりイチカの方に意識を向ける。


「あうぅ……びっくりしたぁ……」

「ママ! 大丈夫ですか! ママに何かあったら……」

「大丈夫モリちゃん何ともないから。そんな顔しないで」


 そう言ってイチカはモリちゃんの頬を撫でる。


「……ママ、少し力が強いです」


 その言葉の通り何ともない様子でイチカは目覚めていた。


「痛みとかはないのか? おかしいところとか?」

「大丈夫だよジント痛みはないし、少し体に違和感はあるけど、変な倒れ方したせいだろうし」

「それでも一応調べた方が……」

「大丈夫だよ……お客さんも待たせてるから……あれ?」


 イチカは腕を動かし起き上がろうとする。


「俺は今すぐに帰った方がいい気がするんだ……ってどうしたんだイチカ?」


 俺の目の前で起き上がろうとしていたイチカは、手をばたつかせ、体をひねる。もがくように動き、挙句には転がる。しかも、その一挙一動で島が(えぐ)れ、足元は穴だらけになる。それでも立ち上がろうと動くが、今度は三メートルほど飛び上がった。そして、イチカは仰向けで島に落ちる。

 イチカが俺を見る。


「……ねぇ、ジント……体の動かし方忘れちゃった」


 イチカはそう言うと、苦い笑顔を俺に向けて「エヘヘ」と言うだけだった。

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