三十八発目
「さて、始めましょうか。先ほど、私の能力のことをお話ししますといったので、その話をしましょう」
そういってモリちゃんは話し始めた。
「私の能力のベースは前言ったように死人シリーズの〈変態〉という弾丸によるものです」
モリちゃんは相変わらず皮肉を言うような顔で話している。
「ベースってことは、この前言ってた弾丸の能力を体に宿すためのベースってことでいいのか?」
話を聞く姿勢になっていたジントは質問をする。
モリちゃんはそれに、皮肉な表情のまま答える。
「はい、その通りです。このベースがなければそれができない。逆に言えば〈変態〉を使った人間の体には弾丸を宿すことができる」
モリちゃんがそう解説すると、イチカがモリちゃんの手を指さしながらそう言う。
「へえ~ということは、それがさっきのかな?」
モリちゃんはさされた自分の手に目線を這わせると、「その通り」とうなずく。
「そうですね。さっきやったのは、ママの持っていた弾丸をコピー……というか」
ゆっくりと瞬きするとこぶしを作る。
「〈変態〉の能力で再現しました。簡単なものなら私の体重が無くなるまでいくらでも作れます」
話を整理しながら聞いていたジントが言う。
「……聞いていれば死人シリーズ〈変態〉できることが多そうだな。てか、流していたが死人シリーズってことは……」
あることを頭に浮かばせながらジントは言う。
モリちゃんも同じように理解しているようでジントの言葉を成り代わって言う。
「英雄さんが何を考えているかはわかります。使ったら死ぬ。それが死人シリーズの特徴。でも、英雄さんも使っていたじゃないですか〈究極〉を」
モリちゃんが表情と見事にマッチした皮肉を言う。
「それはそうだがたまたま使える体質だっただけだ。多分イチカやモリちゃんは使えない……らしい」
歯切れ悪くジントがそういう。
それもそのはずジントは親方にイチカは使えないと言われただけで実際に試したこともない。だが、危険があるのは事実。本人は自分以外では〈究極〉を試すつもりはない。
それを肯定するようにモリちゃんが言う。
「その通りです。私は使えません。それに、その弾丸は私の能力をもってしても再現は難しいと思います。……って、らしいって何ですか?」
当然とばかりのテンポで話していたが、ジントの歯切れの悪さを嫌がったのか最後にとってつけて言う。
飄々とした表情でジントは言う。
「〈究極〉を使えるのは俺だけだと親方に言われたんだ。それで実際に使えた。その親方がイチカは使えないって言ったんだ……多分使えないんだろう」
気に食わないのかモリちゃんの口調が強くなる。
そしてに皮肉をまくし立てる。
「……英雄さんは親方さんのことをそこまで信じているんですか? 使ったら死ぬ弾丸を使えると聞いておいそれと使うんですか……。それに、死人シリーズは簡単に出会える弾丸ではないはずです……なんだかその人きな臭いですね」
モリちゃんは臭そうな表情で鼻をスンスンと鳴らしながら、訝しげな表情を浮かべる。
その姿を見て苦笑いをしながらジントは言う。
「……きな臭いって、まあ確かに俺から見てもきな臭いところがないとは言えないが……。それに、俺が使ったのも流れというか、勢いというか……まあ、使えたんだし問題はないというか……」
頷きながら話しているのが、いつの間にか首をかしげるようになっている。
モリちゃんがジト目で睨む。
「…………」
話題を変えようとジントが愛想笑いで促すように言う。
「……ま、まあこんなところで親方のをしても仕方ないんだし、そろそろモリちゃんの能力の話を聞きたいな」
ため息を一つ。
モリちゃんは話し出す。
「……まあいいでしょう。その親方という人がとてもきな臭いですがまあいいことにしましょう」
まだ臭そうな仕草をしながら、モリちゃんはそう言う。
「それではさっきから話題になっていた〈変態〉から」
モリちゃんはそう話題を設定するとスピーチでもするかのように身振り手振りを加えながら話し出す。
「死人シリーズはおとぎ話としても有名なので、お二人もご存じでしょうが、その一つ〈変態〉が私に使われました。その弾丸を使った……使われた人は、適合者でなければ体の原形がとどめられなくなります。そして、体の臓器から脳からすべて溶け始めて最終的には何も考えられないドロドロとなります。もはや生き物ともいえないものです」
モリちゃんは手を足元に持っていくとぶるぶると振る。ドロドロになったことを表現しているのだろう。そんな姿をイチカは微笑ましい様子で眺めている。さながら我が子の発表会に来た母親のような表情だ。
ジント誰にも聞かせる気のない声で言う。
「そこは俺の〈究極〉と同じような感じだな。こっちの場合は不適合者なら爆散するらしい」
気になったのかイチカがそう問う。
「モリちゃんはそれを見たことがあるの?」
モリちゃんはイチカを見る。
「見たことがありますね。ちょうど私が逃げるときにお母さんから通りに落ちているドロドロを指さされて『そうならなくてよかったね』と言われたのをかすかに覚えています。今思うと〈変態〉を使われた私に言うべきセリフではない気がします」
その光景を思い浮かべたのかジントは肯定する。
「それは……確かに」
ジントの表情が恐ろしいことになっていることから、随分とリアルな光景を想像したようだ。想像力があるのはいいがこういうところでは使えなくていい。
モリちゃんが言う。
「まあ、細かいことはいいのです。それで、〈変態〉による能力はいくつかあります。一つ目は、先ほどやったように、私が見たものを私に任意の物質で私の体重を消費し形を再現できるものです。二つ目は、何度か見せていると思いますが、私の体そのものを他の生物の特徴を持ったものに変えたり、体のすべての形を自由自在に変えられます」
ジントは恐ろしい状況から抜け出せたようだ。
ジントが言う。
「生物なら何でもいいのか?」
モリちゃんはこめかみのあたりをコツコツと人差し指でつつきながら言う。
「大体はできますね。家になっていた時は植物になっていましたし、一度見た人であれば覚えている限り再現できますね」
ジントは質問を重ねる。
「なんだか変装に便利そうだな。……そういや動物にも化けれるのか?」
モリちゃんは、言葉の最後を詰まらせる。
「化けるというか変態なんですが……まあ、何度かしたことがありますが……」
ジントはさらに重ねる。
「が、どうした?」
真顔で答える。
「その度に交尾されそうになったのでもう動物には変態することやめたのです」
……………………………………………………。
「…………」
イチカの意識がどこかへ飛ぶ。
「……こ、こう……パタン」
不思議そうなモリちゃんは、かわいく小首を傾げる。
「急にどうしたんですか? さっきも言ったことでしょう」
ジントは思い出す。
「さっきって……あの時の『多くの雄から交尾されそうになることがありましたので』って話のことか! いや、まあ、言ってたな……てか何で俺もスルーしてんだよ!」
スルーしたというか……スルーされたというか……ともかくジントは自分にツッコむ。
ジントをスルーしモリちゃんは言う。
「とは言っても、適合者だとして自分の姿を忘れたら元の姿に戻れないんですけどね」
モリちゃんは舌をペロッと出しそう言う。かわいらしいが、その姿はとてもあざとい。
そして、表情を変え言う。
「だから、お母さんは私に写真を渡したんでしょう。私が私の姿を忘れないように」
モリちゃんの表情は優しく温かいものになる。この方が自然でかわいらしい。
ちょうどその時にイチカの意識が覚醒した。目覚めるとかわいい表情をしているモリちゃんに思わずイチカはモリちゃんを撫でる。モリちゃんは猫のように喉を鳴らす。それをジントは見守る。
撫でながら聞こえていたのかイチカが言う。
「そうだとして、そのお母さんはモリちゃんを一人にするかな?」
モリちゃんは迷いもなくどこかを見据えて言う。
「お母さんも用事があるのでしょう。だから私は会いに行くんです」
イチカが満足して撫でるのをやめると、モリちゃんの話の続きが始まる。
「それで、その〈変態〉の能力の効果でどのようにでも体を対応できるようにすることで、弾丸の効果をこの体に封じ込められるようになりました。いま私が使えるものとしては、〈忍〉〈増大〉〈分析〉〈吸収〉〈複製〉そして先ほどの〈収納〉そして、私も移動によく使う〈流間〉英雄さんが最初に森に来た時にも使ってたやつですね。空間に流れを作り出す奴です」
人差し指を立てモリちゃんはそういう。
そのモリちゃんにジントが言う。
「さっき言った弾丸の中で〈増大〉は大体想像がつくんだが〈分析〉とそれ以降の物は聞いたことがないな」
モリちゃんは「そんなことは当然です」と言い手を自分の胸に当てる。
「それは、私が変態を打ち込まれたのと同時に私に宿されたものです。〈分析〉で形や弾丸について理解し、その効果を〈複製〉〈吸収〉することで私の体に宿すことができるようになります。私に宿った効果を〈変態〉を使い弾丸として形を作って利用することもできますね」
「でも〈変態〉はデメリットが大きいです」と言い、モリちゃんはそのデメリットを総括とする。
「デメリットとしては、忘れると元に戻れなくなるといったところですかね。……あ、あと人間ではなくなると言ったところですかね」
モリちゃんがデメリットといったのを聞いて、かすかな記憶が浮かぶ。
「それは〈究極〉もそうだな。……あの夢のように……」
不思議な表情でモリちゃんが言う。
「……夢? 何のことですか?」
ジントは思い出そうとするができない。
夢というものは覚えておけないものだ。
「このまえ、というかさっき。ちょっとした悪夢を見たんだ。まあ、気にしないでくれ」
ジントがそういうとモリちゃんは素直にひく。あまり深堀する性格でもないし、本人もあまり興味はないらしい。
「そうですか。……では、お二人の力も教えてください」
モリちゃんは二人の前で仁王立ちをする。
「これ俺らも必要か?」
「もちろん必要ですよ。私がしたんですから」
「まったく理由になってないが……まあいいや。じゃあ俺から行くぞいいか? イチカ」
ジントは必要でもなさそうな確認をする。
「いいよ。どうせ私はすぐ終わるしね」
律儀にイチカは返す。
「そういうなら俺も同じなんだよな」
ジント自身できることは〈究極〉を使うことくらいだろう。
まあ、弾丸いじりや日曜大工程度ならできるが、力というか技術の方だろう。
「俺の能力はというか、俺の使う弾丸は死人シリーズ〈究極〉だ。使えない奴が使うとさっきも言ったように爆散する。使える奴が使っても加減を間違えるとぶっ飛んでくほどの力を得られるし、使用者が達人になるほど力が増す。そして……多分使いすぎると大変なことになる」
ジントはまた歯切れ悪く言う。
「大変なことになるとは具体的にはどういうことなんですか?」
歯切れの悪いのが何回も来るのが不愉快なようで、モリちゃんは投げやりに聞く。
「……世界が終わる。人の世が、全員死んで終わる」
「ざっくりしすぎなんじゃないですか? その説明」
頭を掻きながらジントが言う。
「……でも、こうしか表現できないんだよな……」
そんなジントを見て不安そうに言う。
「……そうなりませんよね」
ゆっくりと、そして深々とジントは頷く。
「……大丈夫だ。節度は守る。これは親方にも言われてるからな」
「……そうですか」
明るい声が二人の雰囲気を壊す。
「二人とも何辛気臭い顔してるの? そうなっても私が全力で止めるから大丈夫だよ!」
両手でこぶしを作り程よく育った胸の前で力強く握る。
尚且つとてもかわいらしい笑顔だ。
「いくらお前でも〈究極〉を使った俺には力でかなわないだろ」
「いや、何とかなるよ!」
「……どうやって?」
「直感を信じていればたぶん大丈夫!」
直感とはまたあいまいなものだが、馬鹿にはできない。
「ないと思うが、もしそうなったとき不安だな……」
でも直感に任せることが不安なのは変わりない。
そんなイチカを見て何を思ったのかモリちゃんがワクワクとした表情で言う。
「英雄さんを止められる自信があるママの能力は何ですか?」
「それはね」と言いもったいぶりながらイチカが話し出す。
「私はね、得意技はマッサージ。全身の痛みから節々の痛みまで、どんな痛みもたちまち解消! 相当重い病気でない限り病気だって簡単に治せるよ。それと、普通の人よりも身体能力は高いかな? 銃の腕も自信があるよ」
「……あのマッサージ……たちまち解消するというか、解消する前にかなりの痛みが……」
「……地獄なのか極楽なのかわからないマッサージですね……」
「二人ともなに? その反応……」
「な、何でもない」
「な、何でもないです」
イチカの人睨みにジントとモリちゃんには冷ややかな汗が首筋を伝う。
○ ○ ○
「あの、ママ。気になることがあるんですけど」
唐突にモリちゃんがそう言う。
「どうしたのモリちゃん?」
「ママの持ってる弾丸の中で、一つだけ異様な雰囲気を持つ弾丸があるんですよ。まだなじんでないというか……持っている弾丸のなかで変なものありませんか?」
イチカは少し考えた後、お守りとしてもらった弾丸を取り出した。
モリちゃんが言う弾丸はまだ馴染んでいないというなら、それが正しいんだろう。
イチカが取り出したものを見せる。
「……変なもの? ……もしかしてこれのこと?」
一瞬のフリーズの後、
「……これは! ……少し見せてもらってもいいですか?」
驚いた表情のモリちゃんがとびかかるようにして、奪い取るように弾丸を手に取る。
数十秒じっくりと観察をすると、
「……やはりこれは、死人シリーズの弾丸です」
と言う。
「……! これが? 死人シリーズ一つなの?」
イチカが意外そうに声を上げる。
親方からはお守りと言われているだけのものが死人シリーズの一つと知れば驚くのも無理はない。
「……なんでイチカが……しかもその弾丸……モリちゃんそれは死人シリーズのなんなんだ?」
ジントの目も見開かれている。
「〈武神〉です」
モリちゃんはそう言った。
「私が持ってたその弾丸が〈武神〉」
イチカは自分が渡された弾丸の正体を繰り返す。
モリちゃんが言う。
「〈武神〉それは、どんな武器でも使いこなせるようになり、鎧による動きのアシストが運動能力を引き出します。それだけではなくこの装着型のこの弾丸は防御面で、耐久性、衝撃の吸収力などはもちろん〈変態〉のように体の形は変えられませんが、鎧を変形させ多局面で対応ができるようになります。日常生活でも使えるような機能としても使えますが……」
それに続けてジントが言う。
「これを使うと、全身をどうやっても外れない鎧に覆われ、まともに呼吸することもおろか、全身の穴という穴がふさがれ、生きていくために必要な生理現象もまともにできなくなる。そして……」
イチカが言う。
「死ぬんだね」
ジントは顔を引きつらせて笑みを浮かべると、
「俺とモリちゃんそしてイチカ……死人シリーズ……そろったな」
皮肉を言うように言う。
「……なんでこんなものを持っているんですか!」
突然怒号が飛んだ。それはモリちゃんが叫んだ声だった。小さなモリちゃんの体から出たとは思えないその声は心に刺さるような悲しみが籠る。
「……親方さんからのお守り」
どこか申し訳なさそうにイチカが言う。
モリちゃんはさらに声を荒げる。
「また親方なんですか! お二人ともその人に死人シリーズを持たされて何も思わないんですか!」
さっきよりも力強い声には、さっきよりも大きな悲しみが乗る。
「何とも思わないわけではないが……」
「私も、モリちゃんに言われるまで気づかなかったんだよ」
モリちゃんは止まらない。勢いのまま声を荒げていく。
「二人とも油断が過ぎます! 使っていたらママが死んでいたんですよ!」
モリちゃんが声を荒げるのは、二人の身を案じたため。イチカもジントもそれをわかっている。
「モリちゃん」
「…………」
必死に感情を抑えながらいつも通りになりように、必死にただ必死にいつも通りを装いモリちゃんは言う。
「……ですが、何か忠告はあったんじゃないですか?」
軽くパニックになりかけているイチカを制しジントが答える。
「ああ、使わないように祈るって。もし使うことがあったら俺がその弾丸に手を加えて使えってそう言われたよ」
「……そうですか。今までの話を聞いていたのでそうだろうと思っていました」
でも、モリちゃんの怒りは手に取るようにわかる。
荒々しい風が吹き荒れ、モリちゃんの姿の所々が原形をとどめていない。
「ですが、その親方という方、私は嫌いです。大好きなママと英雄さんを簡単に殺すようなものを……もし、死ぬようなことがあれば私はその人を恨みます」
「モリちゃん……」
そのモリちゃんの言葉にイチカは名前を呼ぶことしかできない。
「なんですか、ママ。私はどんなことを言われてもその人のことは嫌いです」
モリちゃんはある方向を向きそう言う。
「もうそろそろ時間ですね。これからその親方のところに行くんですよね」
風がやみモリちゃんの姿が戻る。……そして表情も。
「それでは、参りましょうか。いくら嫌いだからといっても挨拶ぐらいはしてやりましょう。……あ、でも私が親方が嫌いとか、死人シリーズの事とかはその人やその周りの人には他言無用でお願いしますね」
ジントとイチカに向かって人差し指を口に当てそう言いモリちゃんは振り返る。
とてもかわいらしい皮肉の笑みが工房の方へと向いていた。
長々とした前書き申し訳ないです。
そして、お読みいただきありがとうございました。




