三十六発目
お待たせしました三十六発目投稿です。
モリちゃんが泣き疲れの眠りから覚め、ジントたちは森の近くに漂うスクーターを回収をするために家から出た。家を出る際にモリちゃんは家に手をついた。すると、家がねじれるように変形しモリちゃんに吸収されるように消え、モリちゃんがわずかに大きくなる。その様子を興味深そうに見ていたジントは、「便利だな」と、言う。それにモリちゃんは、「不本意ですが、そうですね」と、答える。そして、「ひとまず回収して落ち着いたらこれについても話しましょう」と、自分を見せつけるように腕を広げると、モリちゃんはそう言った。
暗い雲が、遠くあるようにも近くにあるようにも見える。いずれにせよ風向き次第では、森を覆いそうな雲だった。そのような天気の中、ジントとイチカはスク―ターを回収に森の外へと、木の枝を蹴り向かう。モリちゃんは、不自然に吹くのか風の力でほとんど直立のような姿で二人の後を追う。モリちゃんを包む風は、まるで意思がを持っているかのように器用に木の枝を避けて進んでいた。もう少しで森の中から出るというところで「そう言えば、森って常に動いてるんだよな」と、ジントが重要なことに気づいた。そして、森の外へと出た。そこから見えた森の外の光景は、惨憺たるものだった。
そこに居たのは、ジントに行動不能にされた動物たちだった。気絶していた動物たちは目を覚まし森へと戻っていたようだったが、足や腕を折られた動物たちはそのまま漂っていた。そして、その奥には最初に乗っていたスクーターも見られた。森は近くにある大気ごと移動しているようで、ジントが危惧していた状況にはなっていなかった。杞憂という奴だ。そして、この光景を見たモリちゃんは、呆れたよう皮肉を言うように「英雄さん、随分とやんちゃしましたね」と、言う。ジントはモリちゃんの言葉に軽く苦笑いを浮かべると、イチカとモリちゃんに治療をできるかを確認した後、二人に治療を任せ、スクーターを回収をしに行った。そして間もなく、二人は治療を終え、既に回収を終えていたジントと、森から枝がせり出した場所で合流した。
○ ○ ○
空は晴れ渡り、気持ちの良いそよ風が吹く。
ジントとイチカとモリちゃんは、球状になっている【森】から出っ張るように枝が伸びた場所にいた。
その場所は三日月のような形をしており、中心から森の近くの方には腰を掛けたり横になるのに丁度いいような形の枝があり、ジントとイチカは腰を掛ける。中心と反対側にはそのような枝はないが、青々とした葉が芝生のようになっており、モリちゃんがジントたちを背にして、森の周りに漂う動物たちに声をかける。そこに居る生き物たちは、陽気に身を任せ暖かな日を全身に浴びて……。
……と、なればよかったのだが……現在の状況……確かにさっき言った通りの場所に、動物たち以外はいるのだが……。
「これは……ひどい嵐ですね……わっ! ……雷も鳴りました」
モリちゃんは強い風に目を細めることなく真っ直ぐと空を眺めて言う。嵐と一体化しているかのようにモリちゃんの体からはバチバチと放電が起こっているように見え……と、言うか放電している。
「……ジントぉー……」
そのモリちゃんの姿にを怖がっているのか、大気を走る雷を怖がっているのか……いや、両方に怖がっているイチカが弱々しくジントの名を呼び、ジントの影に隠れる様に後ろから抱き着いている。赤面しながらジントが言う。
「イチカっ! くっつくな! どんだけ怖がってんだよ……」
イチカはジントのわき腹に回すようにしていた右腕を肩に掛けると、耳に口を近づけ小声で言う。
「……怖いものは怖いんだもん」
「ふぁっ! イ、イチカ! やめろ! いや……やめてください!」
「……何で? 怖くてどうにかなっちゃいそう……このままにさせて」
「お前がどうにかなる前に俺の方がどうにかなっちまうわ! 仕方ないな……モリちゃん! イチカを包めるような何かはないか? 光と音が防げればどうにかなると思うんだが」
ジントがそう言うと、モリちゃんは皮肉るような顔で言う。
「英雄さんに抱き着いている人が大切そうに左手で持っているものがあるでしょう。その大きな重箱のような物を包んでいる布切れでその人の顔を包んではいかがでしょうか?」
ジントがイチカの左手を見る。それはスクーターに詰まれていたもので、大きめの布切れで箱型の物を包んでいる。この布切れの素材を見て見ると、イチカの顔を包んだとしても光も音も防げないだろう。そもそも、イチカが大切そうに持っている物を使うこともできなければ、イチカの握力からそれを取ることもできない。
ジト目で睨んでジントは言う。
「……モリちゃん分かって言ってるだろう」
「あはは。冗談、冗談ですよ」
モリちゃんは棒読みで言うと、片手をジントに向ける。するとモリちゃんの姿が少し小さくなり、その手から大きな布のようなものがひらひらと現れた。
「これをお使いください。これに包まれば、光も音も完全断絶快適! 快適な安眠が約束されますよ。さあさあ、お試しください」
どこか胡散臭い訪問販売のように声を張り上げてモリちゃんは言う。
よく見ると、布のようなものからは光がほとばしっていた。というか、少し前からモリちゃんの体からも光がほとばしっていた。
「……おい、モリちゃん」
「はい、なんでしょうか?」
「なんかビリビリしてないか?」
「そうでしょうか?」
「いや、してるから! ビリビリしてるから!」
「……いてッ……少し痛いです。また雷鳴りましたね」
「ほらそれ! 雷がモリちゃんに落ちて、モリちゃん自身がビリビリしてるんだけど! 全身が輝いているんだけど! てか、モリちゃん電気貯めすぎだろ!」
ジントとモリちゃんが言い合っていると、わずかに雨が降ってくる。
イチカは空の様子を見ると表情を少し変えて言う。
「……うぅ……雷怖い。……ジント……雨をしのげる場所に行かないと……どしゃ降りになるよ……これもダメになっちゃう」
イチカは左手に抱えた箱を見る。
「それなんなんだ?」
少しの間があったがイチカは言う。
「お弁当だよ。みんなで食べようと思ってね」
「……お弁当……」
モリちゃんは、ぼそりとイチカの言葉を繰り返す。
今にも雨が降りそうな空を見ながらイチカが言う。
「いきなり見せて驚かせようと思ったんだけど……雨でダメになるんならしょうがないよね。……おいしいものいっぱい作って来たのに」
弁当を見てイチカは残念そうな顔をする。その顔よりもイチカの声に反応したのはモリちゃんだった。
「あの……もしかして……そのお弁当は手作りですか?」
「そうだよ。お母さんと一緒に作ったんだ」
イチカが答える。
「お母さんという人は知りませんが……手作り弁当……手作り弁当! 食べたいです!」
『手作り弁当』その言葉を何度も言ってモリちゃんは興奮している。それも仕方ないだろう。モリちゃんは、いろいろな場所を、国を回っていろんなものを見て、見ず知らずのどこかの家族が仲良く弁当を囲んでいた光景を見ていたりしたのだから。
そんなモリちゃんが、家族の光景にあこがれを抱いていたモリちゃんが、このような手作り弁当にもあこがれるのは無理もない。だが、この嵐の中雷の鳴る中、このような中ではでは落ち着いて弁当を囲むこともできない。
興奮しているモリちゃんに向かってイチカは言う。
「私も食べたいんだけどね、この天気じゃ……外で食べられないよね」
モリちゃんは首を傾げる。
「どうして外で食べるんですか? 私の中で食べたらいいじゃないですか」
そのモリちゃんに向かってイチカは言う。
「それもそうなんだけどね。でも、想像してみて。気持ちのいい風を浴びながら楽しくみんなでご飯を食べている光景を……どう? 楽しそうじゃない? ご飯がおいしくなる感じがしない?」
モリちゃんは目をつぶり想像する。
「……そうですね。そうですね! とても楽しそうです! 風に吹かれながら、外で、みんなで食べたいです!」
モリちゃんの皮肉のない元気な笑顔を見て、イチカは笑う。だが、今の状況を見て顔を曇らせる。
「……キャ……また雷。……でも、これじゃあ……出来ないよね」
「大丈夫です! このくらいの嵐私が何とかできます」
モリちゃんはそう言うと、嵐の中に飛び込むように構える。すると、いつか見た時のように足が変形する。
その様子を見てジントが言う。
「モリちゃん、なにをする気だ?」
「少し、あの嵐と戯れて来るだけです」
いたずらな笑顔を作ると、モリちゃんはそう言う。そして、ジントとイチカの方を見て言う。
「ちゃんと言う相手がいなくて今まで言えなくて……言ってみたかったんですが……いいですか英雄さん」
どこか恥ずかしそうに言うモリちゃんに、ジントは首を傾げながら答える。
「……? よく分からないが、いいぞ」
モリちゃんは呼吸を整えると、声を張り上げる。
「行ってきます!」
モリちゃんは飛び立った。
ジントはそれを聞きクスッと笑うと、イチカの肩を叩きイチカと一緒にその言葉に対する言葉を言う。雷の轟音をかき消すほどに……
「「行ってらっしゃい」」
と、優しく送り出すように。
● ● ●
森は、さっきまでの嵐に包まれていたことが嘘だったかのように風の一つも吹かず穏やかに漂う。だが、雨で濡れた葉や木々がさっきまでの嵐を物語る。森の中で雨をしのいでいた動物の気配も見え始めた。
「ただいま戻りました」
そう言ってジントも前に降り立ったのは、もちろんモリちゃんだ。モリちゃんは珍しく子供らしい無邪気な笑顔を見せていた。
「おう、おかえり。そして、お疲れさん。さっきのは、すごかったぞ」
「そうだね! さっきまであんなにゴロゴロ言ってたのに今はもう風の一つも吹いてないよ!」
モリちゃんは、このようなことをあまり言われたことがないからなのか顔を少し赤らめ、
「……あ、ありがとうございます」
と、ちぐはぐながらも答えた。
「という事で! 天気も良くなったし、みんなでご飯を食べよう! 食べる前にはちゃんと手を拭くんだよ、二人とも!」
モリちゃんも戻り、嵐も消え、状況は整ったとばかりにイチカは声を張り上げた。その声にジントは軽く手を上げ、モリちゃんは「はいっ」と言う歯切れ良い返事をして頷く。
嵐が消えたころから、仁王立ちをしているイチカを見てジントは気の抜けた表情になる。
「……さっきまで、あんだけビビって俺にくっついていたくせに元気なもんだな。……まあ、それがイチカのいいところか?」
「ジント、何か言った?」
「……ただの独り言だよ」
「そっかぁ」
イチカは短くそう言うと、落ち着きのない様子で言う。
「食べる場所を準備しなきゃね。でも、ここら辺全部びしゃびしゃだね~」
「イチカ、何か敷くものを持ってきていないのか? 弁当を森で食べるんなら準備くらいしてるんだろ」
「それがね、私としたことがお弁当が楽しみ過ぎて細かい準備を忘れちゃっててね……てへっ」
「……あざとく言うな……はぁ、じゃあどこで食べるんだよ」
「それなら、私が何とかできますよ」
そう言い口を挟んだモリちゃんは、足元に向けて手のひらを向ける。すると手から、三人が座って、弁当を広げてもまだ余裕があるような敷物が飛び出した。
勢いよく敷かれてめくれた敷物を整えながらモリちゃんが言う。
「こんなもので十分でしょう。さあ、座って食べましょう。なんだかんだで私もお腹が空いていたんです。さあ、早く早く」
落ち着いたような雰囲気を崩してはいないが、その口調から、モリちゃんは相当機嫌がよさそうだ。ジントもイチカもその声につられるように、そそくさとシートの上に弁当を並べていく。
並べられた弁当は、キラキラと艶やかに輝き、まるで出来立てのように暖かな香りを漂わせる。モリちゃんは目を輝かせながら弁当を覗いていた。
「……これは……ジュルリ……おいしそうですね。まるで出来たてみたいです」
そのモリちゃんの言葉を聞き、イチカは胸を張り言う。
「そうでしょ! このお弁当はね、出来たての状態をそのまま維持できるんだよ! ジントのお父さん? ……親方さんが作ったんだよ!」
「……ほぇ~すごいですね。この様子なら、生物の内臓を生きたまま入れても、ある程度生きていられそうですね」
モリちゃんは少し恐ろしげなことを言いながらも感心した様子だ。それとは対照的に「またか」と、言った呆れ気味の表情になる。
「また、親方こんなもん作ってたのか……ていうかイチカ、何で俺のお父さんっていうところで詰まるんだよ」
「いやぁ~、なんかそんな言い方したことなかったからね、ちょっと違和感があったんだよね」
イチカは可愛らしく笑って言う。
イチカの笑顔を見て小さな笑顔を作ったジントは、それからすぐに表情を切り替えると、弁当を手に取り弁当の周りをじっくりと眺める。食べ物を入れるその箱の本質を見定める様に何度もと念入りに。だが、軽く首を振りながらそれを置き言う。
「この弁当箱どうやって作ったんだよ……全く見当もつかないな。構造を見ても普通の重箱だしな……てか、これデカくないか……」
「そういえば、『ちょっと前にやってた研究の応用で作ってみたんだ』みたいに親方さんが言ってたね」
補足を言うようにイチカが言う。
「ふーん……さすが親方だな。というか、見る限り作ってみたってレベルじゃないだろこの弁当箱。それに、親方は何の研究をしてたんだよ! なんかとんでもなさそうだな……その研究……」
そんな事を話しながら、滞りなくいただきますの挨拶をし、三人は食事に入る。そこで意外だったのは、モリちゃんが大食漢だったという事だ。
弁当は明らかに三人には十分すぎるほどの量……いや、十分以上の、と言うかさらに超過したような量の弁当だったのだが、その半分近くを平らげたのだ。それと同じ様にイチカも半分以上を平らげるという大食漢を披露していた。
まあ、イチカに関しては自分で作ったのだから、量についてはある程度考えていたと思われるが、イチカは満足のいくところまで食べて半分先ほどの量だった。
この弁当を食べ始めるときに「残さず食べるんだよ、二人とも。結構な量を作ったから頑張ってね」と言っていた。
どのような状況で食べることを想定していたのだろうか? モリちゃんが食べられなかったら、残りををジントがすべて平らげてくれると考えていたのだろうか? ……で、そのジントが食べた量は、二人が食べた量の半分にも似たなかったが……ハンバーグ(大き目サイズを二個)、煮物(大き目の具材)、唐揚げ(キングサイズ!)、サンドイッチ(とにかく沢山)、森で摘んだ果物の山、エトセトラエトセトラ……なかなか大きな弁当のようでとにかく多かった。どれもこれも絶妙な味付けで美味しく後引くうまさだが、とにかく量がとんでもなかった。
ここまで食べたジントはもちろんすごいのだが、他の二人が化け物だった……まあ、規格外なのは元々分かっていたことだろう。
そして今、満腹で頭もそこまで回っていないジントは、出っ張っている木の枝に腰をかける。そして、僅かな眠気が頬を撫でる中、そよ風に吹かれていながら、可愛らしく妖艶な笑い声が聞こえる方を見ていた。
「ママ! 次はこれを着てみたいです!」
「それは着方が難しいんだよ。手伝ってあげるね」
「ありがとうございます!」
そこには数多くの女性服の山を脇に置いて、山から漁った服を次々と着がえる二人がいた。一人はもう一人を着替えさせ、もう一人の方は手伝ってもらいながら着替えを楽しんでいた。だが、そこには小さな皮肉るような顔をした少女はおらず、着替えさせる女性をママと呼ぶ、ジントの母さんのようなとんでもないグラマラスボディをした女性ががいるだけだった。
次回の投稿は、一月の中旬頃になると思います。
小説を書き溜めていないことと、年末年始は何かとやることがありますので投稿ができないのです。
申し訳ないです。
という事で、来年も良い一年となりますように! では、お読みいただきありがとうございました。




