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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
32/60

三十二発目

遅くなって申し訳ないです。

三十二発目更新です。

 俺たちはスクーターで風を切る。頬に当たる風が心地よい。暑すぎもせず寒すぎもしない気温で、湿度もそこまで高くなく、運動するのには適した気候だと思う。このような天気だと気分も晴れて、何度も言うようだが心地が良い。

 目の前には目的地である【森】が視界のほとんどを占めている。正面を見るだけなら【森】が全ての背景を担ってしまう。本当に巨大な森だ。モリちゃんはこんなにも巨大な森に住む動物たちを使役していると思うと畏怖の念を感じてしまう。

 モリちゃんと言えば畏怖とともに不可思議さを覚える。モリちゃんと初めて出会ったときは、同じくらいの背丈の子供たちに紛れていた。だけど、そこまで慣れ合っているようでもなかった。なぜ紛れていたのだろうか? そもそも町を襲ったときの目的は? 襲った動物たちの不自然な行動の理由は? ……分からない。


「………………ト! …………ント! ……ジント!」

「…………ハッ。なんだどうした!」

「やっと気づいてくれた。……ジントが呼んでも返事しないんだもん」

「お、そうか。悪い」


 俺は考えているうちに周りの声が聞こえなくなっていたようだ。 

 軽くため息をつきイチカが言う。


「何か言いたかったけど忘れちゃった。だから、ソフトクリーム」

「……が、どうした?」


 直勘でイチカから何かを感じ、恐る恐る俺は聞く。


「…………私に貢いでね」

 

 イチカは雰囲気を鋭くしそう言う。

 運転しているから表情は見えないが、小悪魔的な顔になっている気がする。少し無視されたのが気に入らなかったのだろうか。ていうか『貢いで』ってなんだよ……奢るならいいけど、なんか言い方が……。

 ――スッ。

 その時、俺の服の中に何か細長いものが入ってきた。


「おわっ! なんかひんやりした細長いものがっ!」 

「ジントどうしたの!」

「服の中に……どこだっ! ……っ! くすぐってぇ」


 俺はくすぐったさと得体のしれないものに服の中を這いずられる感覚に四苦八苦している中、イチカは左手を顎に当てている。


「……ひんやりした細長い……あっ!」


 イチカは何かに気づいたようだが俺はそれどころではない。

 俺の服の中に入っている何かが、服の中を上り首元に上ってくる感覚がある。

 ――それは同時だった。


 ――ぴょこっ。

「多分それうちの子」


 白い蛇が俺の首元から頭だけ飛び出させ俺を睨み、イチカは呑気に言う。


「遅せーよ! それ、服に入った時点で遅いから! 服に入る前に気づいてくれ!」

「アハハ……ごめんね、その子抜け出すのが上手いんだよ」

「呑気にそんなこと言ってないで何とかしてくれ! ……ちょ、おい白蛇! 口を開けて何する気だ! ……ちょ、やめろ、ちょ……イチカ何とかしてくれ!」

「そう言われても運転中だし無理だね。ごめん」

「見捨てないでくれぇ!」


 ……イチカは何とかできない。俺がこいつを何とかすればいいんだろうが……。


  ○  ○  ○


 ――ヒュッ……バシッ。

 ――ヒュッ……バシッ。

 ――ヒュッ……バシッ。


 さっきから噛みつこうとしてくるヘビの顔を右に左に弾いているが、ヘビの方もあきらめないようで弾かれても何度も俺の鼻を狙ってくる。……そう、鼻だ。このヘビは俺の鼻を狙ってくる。だからこそ弾けるがこのままじゃ終わりがない。早く捕まえないとと思うが、このヘビ上手く捕まらないように、俺をくすぐったり絶妙に動いていやがる。


 ――ギュルッ……っ!


 こいつ、首に巻き付いて来やがった。ケリをつける気か! ……相手してやろう。

 ヘビは俺の首に巻き付き、狙いを定める様に体を固定する。このまま真っ直ぐ飛び込めば俺の鼻は噛みつかれるだろう。だが、動きが分かっていれば俺も捕まえやすくなる。


 ――来るなら来い!


 俺はヘビを掴めるように構える。ヘビも動きが止まり手を伸ばせば捕まえられそうだ。だが、俺が捕まえようとした瞬間俺の手は空を切るだろう。今のヘビはいつでも飛び出せる体勢だ。下手に動くより噛みつかれる瞬間に捕まえる方が可能性は高い。


 ……………………………………………………。


 ――それは一瞬だった。


 それは、逡巡もなく、始まると同時に終わった。

 一人と一匹のその攻防は………………。


「痛ってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ――ヘビの勝利だった。


 ……………………………………………………。


 俺の鼻には痛みが走り、そこには満足げな白蛇が噛みついている。

 ――クッ……つかんだと思ったのに……痛ででででで!

 俺は痛みをどうにかしようと頭を振るが、ヘビは一向に離れようとしない。と言うか、噛む力を徐々に強めてくる。

 俺はスクーターに乗っているのも忘れ、暴れるが蛇には効果がなくただスクーターが揺れる。


「ジント! 危ないから揺らさないで!」


 そんな声も俺には届かない。


「……離れろ! は! な! れ! ろ! 白蛇!」


 叫びながら暴れる。ヘビは離さない。

 暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離さない。暴れる。離す。暴れる。離している。暴れる。


 唐突に痛みがなくなる。痛みから解放され、体から力が抜けた。さっきから痛みに負けないように力を込めていたのが一気に抜け俺はバランスを崩す。

 痛みから解放された俺は周りが見えるようになっていた。


 ――これはヤバい! このまま落ちたら流される!


 そう気づいた俺は、身を翻し落ちるのは避けることはできた。だが、バランスは崩れたまま。俺は背後から抱き着くようにイチカに向かう。

 俺は目を瞑る。


「イチカごめん!」

「えっ? なに!?」


 ――ドスン! ……思いっきりイチカに抱き着いた。

 抱き着いた俺の腕は、幸いなことにイチカのお腹には触ってはいなかったが――


「ごめ……ん? ……何だ? この柔らかな感触は……」


 ――ポニョポニョモニョモニョ……そんな擬音が似合いそうな感触が手の中いっぱいにある。大きすぎもせず小さすぎもしない。手の大きさにしっくりくるようなちょうどいい大きさ……これは?

 その疑問とともに、近くからは小さい声が聞こえる。


「……あっ……ひゃん……ジント、くすぐったいよ」

「…………?」

「……ジント、くすぐったいから私の胸触るのやめ……んっ……」

「……あっ! ご、ごめん!」


 ――イチカの胸を思いっきり鷲掴みにしていた。

 頭の中がパニックになった俺は落ち着くために周りを確認する。

 気づくと、スクーターが動いていなかった。俺が暴れて危なかったからかイチカはスクーターを止めていたようだ。【森】の方を見るともうすぐ着くと言った距離になっている。【森】の前に多数の影が見えるがこの距離では何かは分からない。

 俺が落ち着き始めるといつも通りにイチカが話しかけてくる。


「ジント大丈夫?」

「……ああ、落ち着いてきた」

「そっか、じゃあ行こう」

「そうだ……な? ちょ、待てイチカ」


 俺は、すぐさま出発しようとするイチカを呼び止める。イチカは振り向くと、不思議そうに首を傾げながら言う。


「どうしたの? 落ち着いてきたなら出発できるでしょ」

「ああ、落ち着いた。落ち着いたが……」

「…………?」


 イチカは顎に指を置き、可愛らしく首を傾げる。俺は顔が熱くなるのを感じながら言う。


「お……俺は。お前の胸を触った」

「そうだね」


 イチカは素直に肯定する。

 

「むしろ、鷲掴みにした」

「そうだね」


 先ほどと同じようにイチカは肯定する。


「そして、揉みしだいた」

「そうだね」



「少しは恥ずかしがれよ!」



  ○  ○  ○


「ジント、大丈夫? 顔真っ赤だよ」

「なんで何の反応もないんだよ!」


 ――顔が熱い。燃えるようだ。

 そんなこと思いながら俺は捲し立てる。


「イチカは胸を触られて何とも思わないのか! 恥ずかしいとか! 嫌だとか!」

「……特に何とも思わないね」


 平然とイチカはそう言う。イチカがこんなに冷静でいるのを見ていると、さらに恥ずかしくなってくる。不思議そうにしながらイチカは俺に言う。


「触られると恥ずかしいの? ジントも触られたら恥ずかしい?」

「いや、それほど恥ずかしくない」

「もしかして、私が女だから恥ずかしがると思ったの?」

「……ま、まあ」

「へえ~そうなんだ」


 平然としているイチカは思い出すような眼をして話し出す。


「わたしね、少し前までお婆ちゃんと暮らしてたんだよね」

「イチカの部屋の写真に写ってた婆さんか」

「そう、そのお婆ちゃんがね、『イチカの胸は大きさも形もいいから自信もっていいんだよ。少し見られたり触られたりしたところで恥ずかしがることはないんだよ』って言ってくれたから、自信が持てて恥ずかしくないのかも」

「婆さんも婆さんだし! イチカもイチカだな! 何でイチカにそんなこと言ったんだよ! どういう状況!? それにイチカも、それで何でその通りになってるんだよ! ……なんだこの話……何で俺はこの話を聞いてるんだっけ?」


  ○  ○  ○



 俺が頭が混乱から立ち直った時、イチカは出発しようとするが、手を止めて話しかけてくる。


「ジント、あの森のどのあたりにいるんだっけ? それに、森ってあんなに黒い所なかったよね何だろう?」

「どのあたりかは〈捜索〉を使えば分かるだろう。黒いところは……」


 ――カチャ……俺は銃に〈捜索〉を込める。


「……多分、モリちゃんが使役する動物たちだろうな」


 引き金を引き〈捜索〉を起動する。技巧を凝らして作られたふたを開け、ダイヤル部分に表示される蛇型の影の隣にある≪モリ≫という文字が重なっている人型の影にリューズで針を合わせる。

 その位置でリューズを押し込むと針が影を貫き、ふたを閉める。すると、宙に球状のものが現れた。それは光を編んだように輝き、触れはしない。ふたの部分についている赤い宝石は光を放ち、球状の物の中心部から赤い光が二方向に真っ直ぐと伸びる。


「あれ? 光が二つの方向を指してるね」

「……これがどういう事か分かってるよな」

「……うん……でも、同じ人が二人いるってことあるの?」

「さあ、会ってみれば分かるんじゃないのか?」


 イチカが恐ろしげな顔で言う。


「……ドッペルゲンガーとか?」

「……そうかもな」


 俺は素っ気なく返すとイチカは顔を俯ける。 


「……うぅぅ」

「怖いのか?」

「……本当にそうだったら話がしたいと思ってうめき声を上げちゃった」


 ――どんな反応の仕方だよ!


「さすが……反応の仕方はおかしいがな」


 ……雷とかを怖がるのにそういうのは大丈夫なのか……そういえばイチカの怪談話は……思いだすと足がすくむ。

 そんな俺の状況には気づかずイチカは言う。


「〈捜索〉を見ると森の中と森の外に一つずつ反応があるね」

「もし戦闘になったら、イチカは奥の方を頼めるか? 手前は俺が相手するから」

「了解!」


  ●  ●  ●

 

 ――こうして今に至る……って、我ながら回想長いな!



 目の前には皮肉るような表情のモリちゃん。その後ろには数えきれないほどの動物たち。大きいのから小さいのまで、ありとあらゆる種類の動物たちが闘争心むき出しでこちらを見ている。飛びかかってこないのはモリちゃんの号令を待っているのだろう。

 対してこちらは二人。時間制限ありの〈究極〉を使う俺と、元々のスペックが異常な数値をたたき出すイチカ。

 挨拶を終え向かい合っていると、緑眼の少女モリちゃんが話しかけてくる。


「……遅いです」


 皮肉るような口調が板についてきたモリちゃんが過去でも見ていたかのように続ける。


「……待っていると伝えたのに……遅いです! なんですか、乳でも揉んでいたんですか!? 触っていたんですか! 鷲掴みにしていたんですか! 揉みしだいたんですか! 愛でていたんですか! ぺろぺろしていたんで……」 

「いや、そこまで……は。……あっ!」


 モリちゃんはただ皮肉を言いたかったのだろうが、その皮肉に俺が反射的に言ってしまった言葉を聞いて悟ったようだ。


「……あなたたちが一々そうなのは知っていましたが……本当に……私が待っているのに……来る日も来る日もそんなことを……」


 モリちゃんは衝撃を受けているようだ。

 ――ていうかおかしくないか! なんで何日も揉んでたみたいになってんだ!?

 そのモリちゃんにイチカは追い打ちをかける様に言う。


「モリちゃん大丈夫だよ! 私は触られて鷲掴みにされて揉みしだかれただけだから!」


 それフォローになってない! 火に油を注いだだけだぞイチカ! 

 モリちゃんは歪んだ微笑を俺に向けながら言う。


「……まあいいです。英雄さんたちがそんなことをしている間に見ての通りこっちも歓迎の準備をする時間もありました。準備をして待っていても来ないので、わざわざ招待状も送りましたけどね」


 思いっきりモリちゃんは皮肉を言う。

 ――この勘違いは後々話しをするならば厄介だ。というかそこまで日は開けていないはず。人によって感じ方が違うからしょうがないか。今が誤解を解かなければ。


「モリちゃん勘違いなんだ。遅くなったのはこっちにも準備があって……」


 俺が誤解を解こうと話しかけるとモリちゃんに遮られる。


「英雄さん……いや、変態さん。そんなことより、どんな死に方をお望みですか?」 


 ――話聞く気ないな!

 俺が心の中だそう言っているとイチカが横から入ってくる。


「私が死ぬならソフトクリームにおぼれて死にたいね。あ、でも一人は嫌だからジントを道ずれにしようかな」

「なんで俺まで!」

「なんとなくかな? でもいいでしょ!」

「良かねーわ! 第一俺は死にたくない!」

「例えばの話だから大丈夫だよっ!」


 イチカは楽しそうに話す。だが俺はそれどころではない。目の前のモリちゃんが形容しがたい雰囲気をしているからだ。そして、その雰囲気とは裏腹にいつものような皮肉めいた表情ではなく、可愛らしい笑顔なのでたちが悪い。

 そんな表情をしているモリちゃんが言う。


「目の前でのろけるのはやめてください」


 モリちゃんはぼそっと溢す。


「はあ……いつも出鼻をくじかれる……」


 ――パン……モリちゃんは切り替える様に自分の頬を叩く。形容しがたい雰囲気はそのままだが……。

 気を取り直してという様子でモリちゃんは言う。


「お二人ともようこそ私の縄張りへ。お二人でくるのは二度目ですね?」

「そうだ……前に来た時のことやっぱり分かってたか」


 俺がモリちゃんに合わせてそう言うと、モリちゃんは早口で言う。


「煩わしいですね。そんな細かいことはそこらに放り捨てて、その体とお話ししましょう。私はじっくりコトコトと今すぐにでも話したいです。準備はできていますよね」


 ――やっぱりまだ勘違いされてる。準備はできてるから問題はない。ぶつかれば誤解も解ける……溶けてくれよ!

 心でコンマ一秒もない逡巡を超え俺は言う。


「ああ、ばっちりだ」

「結構……では始めましょう」


 モリちゃんは呼吸を整え息を吸う。そして口を大きく開け、


「楽しい楽しい血で血を洗う歓迎パーティーを始めます! 英雄さんの血を拝ませてもらいますよ!」


 そう高らかに宣言した。


「ジント、パーティだって! 楽しそう! 私もあれを持ってきてよかった!」

「そのパーティ多分俺は楽しめないと思うな。それであれってなんだ?」

「エヘヘ……秘密だよ」

「あ、そう」

 

 俺とイチカは軽く会話を終わらせると、モリちゃんが宣言したことより動き出した動物たちを見る。その動物たちの中にモリちゃんの姿は無かった。

 イチカが言う。


「それじゃあ予定通りに私は……」

「ああ、奥のは頼んだぞ」

「うん、任せて!」


 そう言い終わるとイチカは飛び出した。イチカが向かう先には、動物たちが森を隠すように重なり壁のようになっている。イチカはその中に躊躇なく突っ込む。


 ――ドンッ……ドンッ……ドンッ……


 爆発音が壁の方から聞こえる。〈爆・付〉を使って高速移動しているのだろう。あの動物たちの中でもイチカなら問題ないだろうから心配することはないな。俺は俺の方に集中しよう。


「さて、モリちゃんはどこかに消えたし。まずはこいつらから何とかしないと。……この数じゃ時間が持つか分からないが……仕方ない」


 ――カチャ……俺は〈究極〉をベルトから取り出し銃に込める。

 そして宣言する。

 

「死人シリーズ〈究極〉の使い手ジント、推して参る!」


 ――パンッ。

 引き金を引き〈究極〉の効果を発現させる。

 感覚が拡張され、向かってくる動物たちの呼吸を感じる。

 時間が圧縮され、動物たちの動きが遅くなる。

 全身が凶器になり、俺が拳を振るうと、


 ――ブンッ。


 大気さえも鈍器と化す。


 ――ドンッ。


 爆発音とともに動物たちでできた壁に大穴が開く。吹き飛ばされた動物たちは、気絶するか、移動できないように一部を破壊されていた。


  ○  ○  ○


 だが、どの動物も命に別状はない。それは、運が良かったのではない。


「良しっ! コントロールは難しいが誰も死んでない!」


 それはいずれ、無慈悲の英雄と呼ばれる少年の仕業だった。

ジントは「推して参る」と言いたかったようですね。

自分も響きがいいので言ってみたいですね。


今回もお読みいただきありがとうございます。

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