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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
30/60

三十発目

今回は、いつもより少し多くなっております。

 今日も迎えるのはいつも通りの朝。

 俺はいつも通り起き、お気に入りのベルトを巻き朝食のために部屋を出る。

 食卓には既に人が集まっていたようだった。


「ジント遅いよっ! ご飯が冷めちゃう早く来て!」

「そんな急かさなくても……先に食べてればよかっただろ」

「みんなで食べたほうがおいしいでしょ!」


 寝癖を直さないままでいる俺はイチカに手を引かれ座らせられる。


「相変わらず仲いいな~お前ら」

「見ていて微笑ましいですね」


 そんな俺たちを見ながら親方と母さんまでもが冷やかすように言う。


「そんなにニヤニヤしながら見ないでくださいよ」

「いいじゃねーか。ジントがそんなに楽しそうに笑ってるのは俺たちとしても嬉しいんだよ……なぁそうだろ」

「はい、すごく同意です」


 親方と母さんの会話を聞いて俺は自分の顔を触ってみる。

 ――確かに、口角が上がって……なんか変な顔をしてそうだ。……楽しいのは本当だし、まあいいか。

 今まで黙っていたイチカは食卓についても食事が始まらないので声を上げる。


「お母さんっ! 親方さんっ! ジントっ! そんな話は早く切り上げてご飯にしよう!」


 イチカは待ちきれない様子で捲し立てる。


「皆さん! 手を合わせてくださいっ!」


 ――パン……と、イチカの掛け声とともに手が鳴るほどの勢いで手を合わせる。

 食卓についている全員がイチカに注目する。


「では、いただきます!」

「「「いただきます」」」


 食材に、命に、食卓を彩る皿が並べられるこの瞬間に感謝し、みんなでワイワイと食事を始める。

 イチカは愛らしく幸せそうな顔で食事し、それは近くの人に伝染する。

 親方も母さんも、イチカにつられ幸せそうな表情になっている。

 その顔を見ていると、不意にモリちゃんの事が頭に浮かんでくる。


 皮肉を言うように挨拶をするその顔が……。


 ――今頃モリちゃんはどうしているのだろうか? 動物たちと楽しく過ごしてるだろうか?


「まあ、それも話を聞けばわかることかな?」

「……ジント、急に独り言なんて気味悪いよ」


 イチカは半身下がってそう言う。ついでに顔を少しばかり引きつらせて。


「そんなに気味悪がらなくてもいいだろ。それより、食べ終わったら準備だぞ!」

「分かってるって。昨日から準備してたんだから問題ないよっ!」

「何を準備してたんだ?」

「それは後のお楽しみ! ね、お母さん」


 イチカが話しかけると母さんは「そうね」とイチカと微笑み合っている。

 ――俺も親方もついて行けずに顔を見合わせるが、イチカも母さんも微笑むだけでよく分からなかった。

 そんなとき、営業時間までまだ時間のあるのにもかかわらず店の扉を叩く音がした。


 親方の弾丸屋に来る客はいつも決まった人ばかりで、新しい客もあまり来ない。……というか、町の人がほとんど客みたいなものだから客が増えない。

 たまに町の外から客が来ることがあるくらいで、新規の客はほとんどいない。

 町の人はこの店の開く前に来ても意味のない事を知っているので開く前から来ることはない。


 ――何かあるときを除けば。


  ○  ○  ○


 楽しい雰囲気に満ちていた朝食は扉を叩く音とともに淡々としたものに変わった。

 料理は美味しかったがどこか味気ない朝食を早々と済ませ、窓から外を見る。

 店の前には大量の人間の影があった。

 そして、何かを叫んでいるようだった。


「町の英雄! 私たちに取材をさせてください!」「この前に起きた商業施設での騒ぎはどうお思いですか?」「……こんなところで……おい! 押すなッ!」「あの少女と町の英雄が会話していたという目撃証言があるのですが実際はどうなんですか?」「ここがあの英雄の……おっと」「あの少女が動物たちが襲撃した原因と噂されますが、もしそうだったとしたらどうするおつもりですか?」


 扉を少し開けるとそんな声が流れ込んでくる。

 少し開けただけで流れ込もうとして来る取材陣たちを強引に押し戻し扉を閉める。


 余りに急な出来事でなにが起こってるのかが分からない。

 そんな状況の中、状況を整理するため四人で食卓を囲む。


「何ですかこの状況……親方なら分かりますか?」


 訳の分からない状況だがとりあえず話を始めるために俺は親方にそう言う。


「さっぱりわからん。何をいまさらここに集まるんだ?」


 親方がそう言うのも当然のことだ。町の英雄となったのは昨日今日の事ではない。というか、英雄と呼ばれてから今まで何もなかったからこれからも何もないだろうと思っていたところにこれだ。英雄とされてすぐなら分かるが、このタイミングは本当に今更だ。

 

「もしかしたら世論が後押ししたのかもしれないわよ……最近動物の襲撃の件で世論が騒がしいじゃない。それがやっと英雄の方に向かったとか?」


 人差し指を立てて母さんが言う。


「世論ね~確かに最近は英雄に押し付けようとする話も聞くな。でも何で今なんだ?」

「タイミングにあまり意味はないとおもうわ」


 一通り話がまとまったところでイチカが心配そうに俺の手に手を重ねて話しかけてくる。


「……ジント、大丈夫?」


 この前俺がイチカに元気付けられた時のことを思い出して心配してくれているのだろう。イチカが俺の話を聞いてくれたおかげで、俺の心は整理されてもうあんなことにはならない。


「大丈夫だよ。心配してくれたのか?」

「……」


 イチカは何も言わなかったが手に優しく力を籠めてくる。

 それだけで……


「痛ででででで! イチカ握力強すぎだろ!」


 俺の言葉はイチカの耳には伝わっていないようだった。

 イチカの顔を見ると、過去の恥ずかしいことを思い出すような顔をしていた。

 イチカの握る強さも徐々に強くなる。

 ――やばいこれじゃあ俺の手が……何とかしないと。


「おい! イチカ! 気づけ!」

「…………うぅ……なんで、あんな……」

「イチカ! 反応がないな……仕方ないやるしかないか」


 何度声をかけても無反応のイチカ。

 耳元で囁いても叫んでも無理なようなので俺は最終手段を使うことにする。

 それは……


「……おりゃ」

「……ひゃん」

「おりゃおりゃ」

「……ひゃんひゃっ……」

「おり……」

「やめてッ!」


 ――ゴスッ……俺のみぞおちが見事に抉られる。

 ――うぐっ……こ、これこそ奥義イチカの腹いじり! これを使うと使用者がダメージを受けますので使うときはくれぐれもご注意を!


「イ、イチカ、だ、大丈夫か? ……ぐふっ」


 俺は痛みで顔を歪めながらもイチカに声をかけると俺の顔を見てイチカは驚いた顔をする。


「ジ、ジントをここまでいい顔にさせるとは! ……誰にやられた!」

「お前だよ! イチカ!」

「お……そうなの。うん、さすが私だね!」


 俺はため息をつく。


「英雄に話が出たときは軽く心配してくれたのに……肉体的に苦しんでるときはないのかよ!」

「腕を切り落とされたりしないかぎり私は何とかできるからね。心配いらないよ!」

「……腕が切り落とされないと心配しないのかよ……」

「いや、それでも……」

「その時は心配してくれよ!」

「アハハ……そうだね一応考えとくよ……」


 ――心配って考えてするものなのか?

 イチカの感覚がよく分からなくなっているのを実感しながらさっきの事を思い出す。


「イチカ、さっきはどうしたんだ? 声をかけても返事がなかっただろ。なんか思いだしてたのか?」


 その時、俺は安易だったことに気づいた。

 イチカは俯き、顔が真っ赤になっているのだ。

 ――まずいことしたかな?


「……聞いちゃまずかったか?」

「いや、そう言う事じゃないけど……昨日の……」

「……昨日?」


 俺が昨日と言った瞬間イチカの顔がさらに赤くなる。


「うぅ……なんでもない……なんでもないから! 気にしないでね!」

「……分かったからそんなに必死に言わなくてもいいから」

「必死じゃない!」

「あはは……そう言う時点で必死だろ」

「……うぅ」

「相変わらず可愛いな。イチカは」

「んなっ……急にまたそんな事……」


 顔赤らめたり、笑ったり、痛がったり、苦しんだりとワイワイ楽しそうにしている俺たちを見守っていた二人がくすくすと笑っているのに今更ながら気づく。


「ラブラブだな~……それなのに何で本人たちは認めねーんだろうな?」

「のろけてますね~……きっとよく分かってないのでしょうね。ほら、ジントは友達なんて一人もいませんし人間関係が理解できないところもあるのでしょうね」

「そうだったな。ジントはうちに来てからずっとボッチだった。イチカちゃんもマッサージ屋をする前は、お婆ちゃんと暮らしていて同年代の友達がいないって言うから、ジントと同じような感じだったのかもな。まあ、ボッチ度はジントの方が高いだろうな」


 ――なんでしょうか、親方。俺に喧嘩を売ってるんですか? 店の手伝いの中でコミュニケーション能力は磨かれていますし? 作ろうと思えば友達作れるし? ……言うほどに虚しくなってきた! ……もうやめよう。

 気を取り直して俺は言う。


「親方、今は俺のボッチ話をするよりもこの状況を何とかしないと」

「そうだな、イチャイチャする状況でもないよな」


 おやかたは俺たちを見て皮肉るように言う。

 親方の言葉をスルーして俺は外に目をやる。

 親方もスルーされたことを気にする素振りも見せずに同じように目線を向ける。

 そこには待ち構える様に人が集まっていた。

 ――やっぱりこの状態だと、


「……外に出られないんですけど……てか、あんなに叩かれて壊れないんですか? あの扉」


 その音は扉に近い奴が叩いているものだろう。

 俺は扉の方を見ながら言うと親方は胸を張る。


「この前に侵入されたことに反省を取り入れて、俺が作った特製の扉だ。そう簡単には壊れないぞ! 銃で撃たれてもな! だが、五万回くらい衝撃を受けると壊れるぞ!」

「なんでそんなに正確な数字で分かるんですか?」

「そりゃあ、実際にやってみたんだよ」


 ――この人そんなことしてたか?


「五万回もですか?」

「そうだ! 頭の中でな……普通だろ?」


 ――いやいやいやいや。


「断じて普通じゃねーよ! そんなことできんのかよ!」

「……え、できないのか?」


 ありえないと言った顔で親方が俺の方を見てくる。

 ――いやいや、普通出来ないでしょ!

 その時だった。


 扉を叩く音が止み急な静けさに襲われる。

 その静けさの中、外から大きな掛け声が聞こえる。


「――――――! ――――――――!」

「ォォォォォォォォォォ!」


 何を言っているのかは分からなかったが確実に何かが起こることが分かった。


 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……すごい勢いで扉に衝撃が襲う。


 さっきのは嵐の前の静けさというものだったのだろう。そして今のが嵐というわけだ。


 ――ていうかこれ撃たれてますよね。多分外にいる全員が扉に向かって。

 そんな状況の中で親方は危機感のない顔をして「やばいな~」とか言っている。

 本当にヤバいならもっと切迫した雰囲気を出してもらいたい。

 

 ――コトッ…………ドガァァン……何かが爆発する。

 

 ――爆発したけど! 大丈夫なのか!

 俺がそう思ったのを悟ったのか親方は「この扉はな、弾が一つ撃ち込まれたのと一度の爆発は同じく一とカウントされるから問題ない!」という。だが、それなら壊れない扉を作ってほしいものだ。親方はそれも悟ったのか「そうだとつまらないだろ!」と言ってくる。……それについてはつまるもつまらないもないと思うのだが。

 ――というか、取材するためにここまでするのはどうかしてるだろ! てかダメだろ!

 俺が心の中でそう叫んでいると遠い目をした親方がいう。

 

「ホントに何でここまで……はぁ」


 その言葉の意味は分からない。

 親方はそこで独り言をやめると話しかけてくる。


「ジント、イチカちゃん。お前たちはさっきの奴らが言ってた少女の所に向かうんだろ」

「そうですけど……この状況じゃ……」


 俺の言葉を待ってましたと親方は不敵な笑みを浮かべる。


「丁度この島に中心。ここの真下に抜け道があるんだ。こんなことがあった時のためにな」


 ――こんなことも想定していたのか……俺は素直に感嘆の表情を上げる。俺以外にイチカもさらに母さんも驚きのの表情を上げていた。

 親方と俺で食卓を移動させ、その下に敷いていたものをめくると、いかにも重そうな見た目の扉が姿を現す。

 とても重い両開きの扉を開けた瞬間部屋の中に風が吹きつける。

 覗いてみると遠くに光があり、四角くくりぬかれたその抜け道には梯子が取り付けられ、下に一つ部屋があるようだ。

 イチカは目を輝かせて、何かを悟ったような母さんは、何の感情がこもっているか分からない瞳を親方にむけていた。

 母さんに瞳を向けられ「今まで言ってなくてすまんな」と親方は言い、そして「……ここを使うことになるなんてな」と小さく独り言を言っていた。


 ――最後の言葉の真意は分からない。……分かるわけがないが、その時の親方はこことは違うどこかを見ているようであった。


  ○  ○  ○

 

「ジント、これを持っていけ」


 風を受ける俺の背後から親方が声をかけてくる。

 そして、一つの弾丸を俺の手の中に渡してきた。


「……これって」

「そう、見た通り死人シリーズ〈究極〉だ。必要だろ」

「親方ありがとうございます」


 俺は素直に感謝する。

 親方はいつも通りヘラヘラとして、いつも以上に真剣なまなざしで俺の目を見る。


「これはお前にしか使えないものだ。他の誰でもなくお前だからこそ使えるものだ。この前の戦いの情報を参考にしてお前の使いやすいように手を加えた。だが、お前が使えるのは奇跡じゃなく必然だ。誰かにこれを使わせようとするな。お前はこれを使いこなせる」

「……親方、最後の方の内容が使いこなせると言われた以外よく分からなかったんですけど……」

「……簡単に言うと、それを使ってイチカちゃんを守りぬけって事だ。これから何が起こってもそいつがお前の力になってくれる。あ、一つ言っておくがその弾丸の使用回数に制限なんてないからな。間違っても短い間隔で何回も使うなよ。いくらお前でも体力がなければ死ぬから」

「最後はストレートに辛辣ですね。でも、分かりました」


 俺がそう答えると親方は満足げにうなずきイチカのもとへ向かう。

 イチカはモリちゃんのもとへ向かうことを遠足だとでも思っているのか重箱のような四角いものを風呂敷に包み準備していた。

 ――まあ、四角いだけで違うものかもしれない。

 俺がそう思っていると、親方はイチカの方にも俺とは違う弾丸を渡す。


「……親方さん……これは?」


 渡された物を不思議そうに見てイチカは言う。


「お守りだ。大切に持っているといいいざというときに……守ってくれるように願いを込めた。まあ、それが守ってくれるとは思わない方がいいだろう」

「何でですか?」


 首を傾げ見上げるようにしてイチカは言う。


「今は……というかこれからも使えるか分からないからな。一つ聞きたいんだが、イチカちゃんは自分は他の人間より勘が鋭い方だと思うか?」


 いきなりの質問で困惑するがイチカは答える。


「はい、そこらの人よりかはあると思います」

「それなら相性はいいだろう。でも、こいつを使わないことを祈っているぞ」


 親方の言っていることは分からなかったようだがイチカは、 


「ありがとうございます!」


 と、声を嬉しそうに跳ねさせながら親方に向かって頭を下げる。

 あ、と親方は思い出したように声を上げる。


「もし、その弾丸を使うときは一度ジントに見せてからだ。俺の技を少し持っているジントならその弾丸を弄ることもできるだろうからな」

「……俺が簡単にいじれる弾丸なんですか?」


 親方の言葉に俺は口を挟むと親方は俺を笑う。


「フッ……それで、イチカちゃんに何かあったらお前のせいだな、ジント」


 そして、


「心配すんな。お前ならできる」


 そう言うと、上げた右手をプラプラと振りながら俺たちから離れる。 

 隣を見ると、イチカが


「……これを使うときはお願いね」


 笑顔でそう言ってきた。

 何がどう危険かも分からないものを俺に任せて大丈夫だという顔をしている。

 ――俺ってそこまで信頼されてんのかな?

 気分は悪くない。むしろ、いい気分だ。

 それで何となく、イチカの頭を撫でる。

 美しい色をしたイチカの髪は、いつまでも触っていたくなるほどサラサラで気持ちが良かった。

 俺が撫でてもイチカは嫌がらず、そして俺の頭も撫でてきた。

 ――少し俺の頭の位置が高かったようだけれど。


「……ほほぉ」

「……うふふ」


 背後で誰かの目線が向けられていた気がするが話しかけてこないので……うん、無視しよう。

 ――それにしてもイチカの隣は居心地がいい。

 イチカは俺の頭に置いていた手をおろして俺の方を向く。


「そろそろ行こうか。モリちゃんが待ってるよ」

「ああ、そうだな。行こうか」


 俺も撫でる手をやめる。

 扉の様子を確認した親方が言うには、破られるまでの猶予がないらしい。

 ――二人同時に飛び降りるしかないようだ。

 狭い抜け道を同時に飛び降りるため、俺はイチカと指を絡めしっかりと手を繋ぐ。

 手を繋いでいない方の手には手の甲の辺りが赤く光っている頑丈な手袋をはめる。

 ――これで準備はできた。

 振り向いて背後にいた気配の方を向き、声を合わせる。


「「行ってきます」」

「二人とも……気をつけて行ってらっしゃい」

「おう! 言ってこい!」


 扉の音が気になり俺は声をかける。


「……取材陣にはお気をつけて」

「俺を誰だと思ってるんだ? 俺だって町の英雄だぞ。忘れてんじゃねーぞ!」


 母さんは微笑み、親方は不敵に笑う。

 そんな親方と母さんに見送られ、手袋の光が黄色になると同時に俺たちは抜け道に飛び込む。


「イチカ! 行くぞ! モリちゃんのところへ!」

「うん! 行こう! ジント!」


 ――シューという音の中、俺たちは四角くくり抜かれているだけの抜け道を落ちる。


  ●  ●  ●


「三……二……一……来る」


 ――バキバキバキッ……カウントダウンと共に扉は破られる。

 飛び込んだのは虚ろな目をした大勢の人間。

 大勢の人間が進んでゆくと部屋の中は男が一人、食卓に寄りかかるようにして人間たちを迎える。


「ようこそ……おや? 本体がいないようだが俺の前に来るのが恐ろしいか?」


 男は見下すように入ってきた人間とは別の方向を見て言う。

 虚ろな目をした人間はカタカタと笑い出しその中の一人が話し出す。


「……そんなわけがない……貴様を連れ戻しに来た……それだけのためにわざわざ現れる必要はない……」

「何調子のいいこと言ってるんだ? お前にそこまで遠くからその数の人間を操るものを作れないだろ。せいぜいこの町のどこかってところだろ。それが俺に悟られないとでも思ったか? 哀れだねぇ」


 男はバカにするような言い方で続ける。


「……お前が異常なだけだ……だからこそ……連れ戻しに来た……」


 男は呆れる。


「はぁ……さっきから連れ戻す連れ戻すって……俺は戻る気がないからここに居るんだよ……お前の足りない頭で考えても分かることだと思ったんだけどな」

「カカカカ……せいぜい言ってろ……私たちの研究は進歩しているのだ」

「言葉を返すぜ……せいぜい言ってろ」

「……カカカカ……カカカカ……カカ……」


 ――バタン……虚ろな目の人間たちはいっせいに倒れた。

 そして目を覚ます。


「おぉ、ここは?」「町の英雄だ! 取材をさせてください」など言いながら取材陣達は目を覚ます。


 次々と目を覚ます取材陣に男は、


「取材の前に、壊した扉を直してください。取材はそれからということで」


 と、笑顔で言う。狂気を存分に含んだ笑顔で。


「「「「「「「は、はい!」」」」」」」


 その顔を見て誰も直そうとする者はいないだろう。

 そして、取材陣は逃げるように飛び出して行った……一人を残して。


「……と、取り残された」


 その一人はスーツにサングラスその他諸々と、取材陣としては似つかわしくない恰好をしていた。

 その人間に男は話しかける。


「取材に来た奴らとは目的は違うようだな……目的は?」

「……ここに居るという英雄に会いに。いるなら出してくれ」


 スーツの男は睨み付けるようにしながらそう言う。


「……俺に会いに来たわけじゃないのか? ということは、息子の方か。今出かけてるぞ。残念だったな」


 男がそう言うと、スーツの男は立ち去った。

 部屋にはもう誰もいない。

 周りを確認すると男は食卓をどける。

 そのあと、重そうな両開きの扉を開ける。

 そこから整った顔をして、くびれのラインが美しい女性が現れると、男に視線を向ける。


「……全部話してちょうだい」


 一言だった。

 その一言は全ての者がひれ伏すような魔力を秘めているように感じられる。

 それをものともせずに男は答える。


「本当にいいのか?」

「あなたの全部を受け止める覚悟で私は結婚したのよ」

「……分かった」


 会話は淡々と続けられ、あっさりと話はついた。

 男は話し、その妻は黙って聞いていた。



 外の天気は晴れ、気持ちの良い風が町を包んでいた。

お読みいただきありがとうございました。

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