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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
28/60

二十八発目

修正する予定でしたが、新しく書き直しました。

「見つけた!」


 イチカは元気よく声を上げる。白くて長い生き物を腕に巻き付けながら。

 俺は、その生き物を持つイチカから少し離れる。


「よかったな」

「……ジント、もしかして怖いの? この前はあんなに撫でようとしてたのに」

「……怖くはない……が、そいつの俺を見る目が獲物を目の前にしたときのような眼をしてるんだよ」

「そんなわけないでしょ。この子だって獲物とそうでない物との区別くらいできるよ」


 イチカは笑顔でそう言う。

 俺にヘビを向け、そのままゆっくりと距離を詰めてくる。

 その腕に巻き付いてるヘビが俺を食料と認識していない? ……本当にそうなのだろうか。俺には、目前へ迫る獲物に今にも食いつきそうな捕食者の目をしているように感じる。


「ほら、何ともないよ」


 イチカが近づくことで俺はヘビの射程に入ったが、蛇は俺に噛みつく様子はなく、イチカは「私が正しかった」とでも言いたげに胸を張る。


「ああ、確かに……ヘビの眼光は相変わらず鋭いままだけどな」


 少し体をのけぞらせながら俺はヘビを見る。

 ――こいつ俺の隙を狙ってる訳じゃないよな。


「ジント、イチカちゃん。ご飯ができたから上がってらっしゃい」


 俺は声の方を向く。

 この弾丸の使い方を考えているうちにそんな時間になってしまったらしい。周りを見ると、工房から見える数少ない島にも明かりが見える。どの島も夕飯時なのようだ。

 ご飯と聞きイチカは楽しみそうな表情をしながら俺に手を差し伸べてくる。


「ご飯だよ! 早く行こう!」

「ここでも手を繋ぐのか?」

「別にいいでしょ。そんな事よりもご飯だよ!」


 ――イチカはそんなに手を繋ぎたいのか?

 俺はイチカと手を繋ぐ。その時だった。イチカの腕に巻き付いていたヘビが腕伝いに俺の首に巻き付き……


 ――カプッ……と、俺の鼻に噛みついてきた。


「痛ッてぇぇぇぇぇー!」


 俺の鼻に噛みついたヘビは中々離してはくれないだろう。

 ヘビを引き剥がすには少々時間がかかりそうだ。


 ●  ●  ●


 俺たちは工房に戻ったが、ご飯が出来たと言ってもまだ食卓には何も準備されていなかった。

 母さん曰く「今日は豪華になるよ」ということだ。

 もう少ししたら閑散とした食卓も料理により彩られることだろう。

 それまでの間、俺とイチカは座って待つことにした。

 座ってから少し退屈したのかイチカはさっきまで俺の鼻に噛みついていたヘビを腕に巻き付け何か言い出した。


「ヘビは隙を狙っていた。俺に絡みつき、俺の鼻に噛みつく隙を。そして隙はできた。俺が夕飯とイチカの行動に気を取られることで。ヘビは見事に俺の鼻という部位を捕食することがかなったのだ」

「……イチカなにブツブツ言ってるんだ?」


 俺は呆れ気味に言う。


「ジント目線でこの子の行動を言葉で表現してみた」


 イチカは心から楽しそうに可愛らしく笑っている。

 俺は、イチカの腕に巻かれているヘビを見る。


「俺目線じゃなくてほとんどこいつ目線だろ」

「そんなことないよ。ジント目線だよ。最後もジントならそんな感じに言うでしょ」

「……俺でもないのになんでそんなこと言えるんだか。そもそも俺の鼻は捕食されていないから最後は確実に間違ってるぞ」

「そんな細かいこと言っちゃって~ねー」


 俺が皮肉を言うように言うがイチカは意に介していないようだ。

 そして、ふざけて愚痴る様にヘビに向かって共感を求めている。言われたヘビはイチカに噛みつきに行くが「もう、うちの子はやんちゃさんだね」と言われながら掠りもしなかった。

 ――まあイチカだし当たり前だな。

 母さんが片手をあげて声をかけてくる。


「二人とも運んでくれる?」


 はーい、とイチカはいい母さんの方へと向かい、俺はそれに続く。

 まずは、鍋に火をかけるための道具を俺が運び、着火弾を使い火をつける。すかさず持っていた鍋をイチカが置く。今使った着火弾は一定時間たつと勝手に消えてくれるので火事の危険も比較的少ないが、使ってからもたもたしていると消えてしまうので、使ったらすぐに鍋を置かなければならない。なので、大体はこのように二人で準備をするのだ。

 ようやく運び終わった夕食ははとても豪勢だった。


「聞いてはいましたけどやけに豪華ですね。何かあったんですか」


 俺は母さんにそう聞く。母さんは組んだ腕に重たそうな胸を乗せながら、その質問されたのが嬉しそうに笑顔で、


「なんでもないわよ」


 とだけ答えた。

 何かあったわけでもないのに、豪華な夕食はたまにはある。それもいいだろう――と思ったのだが、


「このケーキなんですか?」


 みんなで鍋をつつき、高そうな肉を野菜とともに、酸味が香る液体に付け味を堪能し、本当の家族の様にワイワイ楽しく四人で食事を済ませた後、俺とイチカの前には「おめでとう!」と一言だけ書かれていたケーキが置かれていた。でも、ケーキで祝われるようなことに覚えはなく、イチカにも確認したが、ケーキに目を奪われながらも「同じく覚えはないよ」という答えが返ってきた。


「とあるルートでソフトクリームを用意して急いで作ったんだぞ。仲良く食えよ」


 親方は俺たちの方を見ながら豪快に笑う。


「そうじゃなくて、何でこれが出てきたんですか? 今日は何もなかったと思いますが」


 俺は、ケーキの方を見て言う。

 気づくと、出されたばかりのソフトクリームで作られていたケーキは、鮮度を気にするイチカによっていつの間にか半分ほどになっていた。俺の視線を感じたイチカは「半分こする?」と聞いてきたが、基準は今の大きさらしい。ひとまず俺もその半分をいただくことにした。


 ――おいしい……でもこれは……ソフトクリームで形を作っただけ?


 ケーキというかソフトクリームを食べ終えると、親方の方へ行き質問の答えを聞きに親方の方へと向かう。


「親方、おいしかったです。でも、何でこんなに豪華なんですか」

「なんでって……お前が一番分かっているだろ」

「なんで声を小さくするんですか? どういう意味です?」

「ほら、さっきお前の部屋に石鹸の香りをしたイチカちゃんが入って行っただろ」

「……何で知ってるんですか?」

「そんなこたぁどうでもいいんだよ。イチカちゃんと……したんだろ」


 親方は、とてもニヤニヤして俺の方を見る。俺は腕を組み思い出そうとするがピンとこない。


「どういうことですか?」

「……ジント、イチカちゃんと事に及んでいたんだろ……アレだよ、夜の営みってやつ」


「はぁ?」


 素で、そして自分でも信じられないほど心がこもっていた「はぁ?」であった――良い印象の心ではなかったけど。

 俺の反応を見た親方はとても驚いた顔をしている。


「……もしかして……及んでいないと……」

「いつもいつもあなたは何で! どうしたらそんな結論にたどり着くんですか! 天才だからですか!? 早とちりにもほどがあります!」


 俺が捲し立てると、いつもの調子で親方は言う。 


「俺ならすぐに襲い掛かるぞ! 相変わらず根性ねーな」

「何堂々とそんな事言ってるんですか! あんたにはれっきとした嫁さんがいるでしょ! ……母さんに言いますよ」

「そ、それだけは……やめっ……いや、やめなっ……ん~甲乙つけがたい」

「度し難いな! 親方! あんたにもう救いはないと思います!」

「救いはなくとも俺には才能がある!」

「……はぁ、堂々とそう言えるのを心から尊敬しますよ……」

「おう! もっと尊敬しやがれ!」

「皮肉っているんですよ!」


 親方には何を言っても無駄だった。

 ――この人の相手をしていると、本当に疲れるな。イチカだったら楽しいんだろうけどな……

 俺の表情を見て親方は急にニヤケる。


「……ジント今イチカちゃんの事を考えただろ」

「なっ、そんな事……」

「無いか? ……ガハハッ! お前はいつもそうだな。見えもしないものを怖がってるようなガキみたいな顔をしやがって」

「そんな事! ……っ!」


 親方は豪快に笑いながら俺の頭をガシガシと撫でてくる。その手は荒々しく頭蓋骨が削られるようなものであったが、同時に安心と優しさも感じられた。

 ――安心感は感じても、俺は親方といるときに安心できないでいるんだよな。敬語気味になることが何よりの証拠だ。

 俺が一人で苦い顔をしていると、親方は撫でるのに満足したようで、頭をポンポンとたたき話しかけてくる。


「イチカちゃんが皿洗いしてるぞ。ちょうど良くもう一人はいれるスペースがあるから手伝ってきたらどうだ? ……未来のお嫁さんの手が荒れないようにな」

「……またあんたはそんなことを……でも、大変そうなので手伝いに行きますかね」

「ジント……素直じゃねーな」

「はぁ……勘違いは止してください」

「お~こわこわ。よくそんな怖い顔ができるな」

「……ほっとけ」


 俺は吐き捨てるようにそう言うと、イチカのもとへと向かう。

 その時に敬語ではありえない返事をしたのには気づかずに……


「これで少しは俺もジントとの距離が縮まったかな? ……お前はどう思う?」

「私もそう思いますよ。私たちに見せない素のジントは敬語なんて使いませんからね。今までジントは不意にでも敬語になったことがなかったでしょう。それが、不意に敬語をやめるということは縮まった証だと思います」

「確かにそうだな。今夜の豪華な食事も一役買ってくれたんだろうな」

「そうですね。人は美味しいものでお腹が膨れると幸せになりますからね」

「……でも、怒って敬語をやめた時もあったな」

「……頭に血が上っているときは例外です。それに怒らせたのはあなたが悪いのではないですか?」

「まあ、面白くて少し挑発したような気がするけど……あの~どこか不快でしたか? 怖い顔になっているんですけど……」

「……なっていません」

「む、なんでそっぽを向く」

「私が表情を変えるたびに、あなたは襲おうとしてくるでしょう」

「……それは、付き合い始めた時だけだろ」

「……イチカちゃんが来てからその時の雰囲気を感じるんですよ……」

「……気のせいじゃないか?」

「……」

「……なんだよ、そんな綺麗な目で睨んできやがって……」

「……私を襲いたいんですか?」

「襲いたい」

「さすがの私でも少し引くぐらいの勢いで即答しないでください……はぁ、しょうがないですね。今回だけ存分……特別に襲わせてあげますよ」

「……乗り気?」

「……しょうがなくです」

「そうですか……では、姫をお連れしましょう」

「わっ……あなた……これは……」

「たまにはこういうのも良いだろ」


 ――元気に笑顔を見せる親方が母さんをお姫様抱っこしてベッドの方に連れて行った。なぜかは分からない……が、たぶんこんな豪華な料理を用意したから母さんが疲れていたので、寝かせに行ったのだろう。……多分。


 その後ろ姿を横目に、俺とイチカは皿洗いをしている。俺は皿などの汚れを落とし、それをイチカがきれいに洗い流す。最後の方は息が合い、丁寧ながらも素早く洗えるようになっていた。大量にあった洗い物も終わり、夕飯の残り香がほのかに漂う部屋の中、俺たちは食卓に倒れこんでいた。


「なぁ、皿洗いってここまで疲れる物なのか?」


 俺は食卓の上に両腕を投げ出すようにしながら俺は言う。俺の向かいに座るイチカは俺の真似をして同じように腕を投げ出していた。

 イチカはわざわざ気だるそうに俺の方に顔を向けゆったりとした話し方をする。


「そうだね~お母さんの苦労が垣間見えるね~」

「そんな気だるそうな話方しやがって、こんなもんじゃどうせお前は疲れてないんだろ」


 そう言いながら俺はイチカを見る。


「……ジント~私の事を何だと思ってるの~? 私だって疲れるんだよ~普通の人と~同じようにね~」

「……同じようにと言っても、俺には疲れるまでが常軌を逸しているんじゃないかと思うんだけど……」


 イチカはゆったりと転がる様に体を左右に揺らす。


「まあ~、普通の人よりは少しくらいあると思うけどね~」

「少しくらいって……あの動物の大軍を一人で相手してた人が良く言うよ」

「はは~。そ~いえばそんなこともあったね~」


 いまだにイチカはゆったりとした口調はやめる気がないようだ。

 ――気だるそうな話方もまた可愛い。

 イチカが俺の手をパタパタとたたいてくる。


「ねぇ~ジント、さっきから聞いていると思うんだけどさ~、私のことを何だと思ってるの~?」


 ――おっと、これまた難しい。

 俺は倒れたまま痒くもない首筋をポリポリと掻く。


「……痛がる顔が好きなマッサージオタク。身体能力のバケモノ。可愛い女の子。こんな感じかな」

「うぅ……そんな普通に可愛いなんて…………うれしい」


 イチカは顔を赤らめる。そして、目の前に太陽が現れたかのように錯覚するほどの笑顔を向けてくる。

 ――ああ、癒されるな……って何かおかしくないですか!


「……イチカ、途中までのが聞こえてなかったのか?」

「ん? 聞こえてたよ。マッサージオタクに身体能力のバケモノでしょ。そんなの私なんだから当然でしょ」

「……そ、そうですか」

「……あ、でも、痛がる顔の中で一番好きな顔はジントの顔だよ!」

「その情報! 全然うれしくねーよ!」


 そんなことを言いながらも楽しいのか俺もイチカも顔をほころばせ、会話を続けるのだった。


 ○  ○  ○


 皿洗いが終わってから始まった会話も一段落した。

 俺は食卓に体を預けたままで、イチカはやることがないのか部屋の中を歩き回っていた。

 すると、二人で居る部屋の中に音が広がる。理解できるその音は情報をはらみ俺の鼓膜を震わせる。それはただ何となくイチカがつけたものから出た音だろう。


 この部屋を満たす響きは……ただの空気の振動は……俺には不快で不愉快なものだった。


 音が聞こえるたびに、俺の頭の中は嵐の中にいる様に上も下も分からないような状態になっていく。

 ――気分が悪い……最悪の気分だ。


 ――ガタンッ……俺は少し乱暴に立ち上がる。そして自分の部屋へと足を向ける。


「ジント、どこ行くの?」

「俺の部屋だ……少し気分が悪くてさ」

「顔色悪いけど大丈夫なの?」

「寝たらよくなるさ」


 俺は、体温を測ろうと俺の額に置かれていたイチカの手を優しく除ける。


「そろそろモリちゃんのところに行く準備もしないといけないでしょ……本当に良くなるの?」

「……それは明日でいいんじゃないか?」


 そう言い俺は自分の部屋のある方へ意識を向ける。

 だが、それは手を引かれることによってイチカに向けられる。


「……ジント、ちゃんと答えてよ。もう一回聞くよ……ジントのその顔、本当に良くなるの?」


 イチカは俺の目を見る。

 ――いつも思うが綺麗な目だな……今にも吸い込まれそうだ。

 俺は目を見据えながら皮肉るように言う。


「俺の顔が不細工とでも言いたいのか?」


 俺がそう言うとイチカは俯く。


「……ごめんね、具合悪いのに引き留めて」

「こんなに可愛いイチカに呼ばれれば、引き留められるのは当たり前だろ」

「……お世辞なんてジントらしくないね……」


 イチカはまだ何かを言いたげだったが、俺は「おやすみ」とだけ言ってそのまま自分の部屋へと向かった。

 ――今はそんな気分じゃないんだよ。


 部屋に戻ると俺は部屋を暗くして自分のベッドに潜り込む。


 俺を包み込む闇は何者が近づこうとしても拒絶してしまうだろう。

 だが、同時に光を求めているのかもしれない。


 ――そんな気がした。


 ○  ○  ○


 俺が去った後、一人残されたイチカは何かを思い浮かべるようにしながら独り言を言う。


「ジントのあんな顔、私は好きじゃないよ」


 俺にはその声が聞こえるはずもない。

 イチカの独り言は溶けるように霧散する。


 ――イチカには覚悟が宿り、ある方向へと足を向ける。

お読みいただきありがとうございます。

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