二十七発目
世界のどこよりも閑静に思える場所に、美しい髪と緑色の目を持った少女は島の中で一人。島の中のある場所……もとい少女の部屋は、彼女が着れないだろう大人用の女性服で散らかり部屋の隅には小さな光りが放たれていた弾丸が無造作に放置されていた。少女の目線は片手に持つ写真立てに注がれ、もう片方の手には人形の様に微動だにしないカメが抱かれている。
「ねえ、カメさん……英雄さん来るでしょうか?」
「そうですか……そうですよね」
「あははは、確かに人間のことなんてわかりませんよね」
その部屋の中で一人少女は、独り言をカメに聞かせているようだった。だが、その独り言は誰かと話しているかのようで、飛び飛びで脈路のない言葉が続いている。
カメを抱く少女がいる部屋は島の中にある小さな家の一室だ。その家の周りには要人の警護をするかの如く緊張感を張り巡らせたゴリラが三匹。さらにその島を守るように大小さまざまな木々が、ありとあらゆる方向から枝を張り巡らせていた。
「みんな心配性で過保護ですね……私は大丈夫ですよ」
「……ありがとうみんな……でも本当に大丈夫です」
「理由ですか……何となくですが、あの人達は有象無象な他の人間とは違う気がするので」
「……その時はその時です」
「……やっぱりみんな仲間が殺された事は気にしていないのですね……でも、私は悲しいです」
「……確かに仲間と言ってるのは私の勝手……悲しいですが、みんなが食べ合っても私は何も言いません」
「……皆さん……本当にありがとうございます……こんな私のために……」
「……お母さん」
やはり少女の言葉は要領を得ない。だが、少女を取り囲む者たちその空間までもが、少女を慈しみ、少女を愛し、暖かく包み込んでいた。その温かさに包まれ、溢れ出る想いが一筋の涙となり、何を思ったのか少女は飛び切りの微笑をどこともなく向けるのだった。
俺はイチカとともにあの少女……もういいか……もといモリちゃんのことについて話し合っている。だが、モリちゃんが何をしたいのかも、何で俺に「待ってるから」と言葉を残したのかも分からなかった……元々分かるわけもないのだが、とりあえず何があるだろうかと考えても何もでなかった。そうだとしても何もできないわけではない。当たり前の話、本人に聞けばいいのだ。だが、
「ジント、モリちゃんの居場所は分かってるの?」
「さあな」
どこにいるのか分からないのだ。どこに居るか分からなければ会いにも行けない……ということで、俺たちは行き詰まっていた。
「そう言えば、私たちがモリちゃんの居場所が分かっている様に言ってなかった?」
「確かにな」
そっけなく答えながらベッドに倒れこみ言うと、イチカは同じようにベッドに体を預け訝し気な目を向けてくる。
「検討くらいはついてるんじゃないの」
「まあ、大体なら……それはイチカも同じじゃないか?」
「まあね……多分あそこだよね」
訝しげな眼をしなくなってもイチカの目は合わせたままだ。
「そうなんだよな……だが、どこなのかが分からない」
「人探しするには……」
話している途中に何かを見つけたようだ。イチカの手には懐中時計のようなものと鎖で繋がれた赤い弾丸があり、好奇心に目を輝かせ、興味津々と言った様子で俺に聞いてくる。
「ジント! これ何? 見たことないものだけど」
モリちゃんの事を話してた時の雰囲気はどこへやら、イチカの表情はコロッと変わる。
さっきまでモリちゃんの事を話してたのにな……相変わらず可愛い顔してるな……てか、顔近いし。
「それか……俺も使い方は分からないな。そういや試す時間がなくて試していなかった……試してみるか」
「ジントも使い方知らないんだ……これどうしたの?」
「とある人からもらってな……あれ? ……人かな?」
「……へ~そうなんだ。早く使ってみようよ」
……イチカが誰からもらったのとか言ってこなくてよかった……「神様だよ」とか言ったら……どうなるんだろうか……信じてもらえるだろうか? まあ、今はそんなことよりこの弾丸を試してみる他ないな。
「よし! そうと決まれば一応外に行こう。どんなのか分からないしな」
「そうだね……ん、誰か……いる?」
俺たちが立ち上がり外の方へ意識を向けた瞬間イチカのレーダーに誰かがヒットしたようだ……泥棒だったらぶちのめすところだが、イチカの反応はそれとは違いそうだ。……多分あの人だろう。
「……風呂あがりのイチカちゃんがジントの部屋に入っていったな。少し経つが何してるんだろうな」
「そんなことわかりませんよ。……それにあなた、帰って来たばっかりでなのに着替えもしないで……」
「そんなことはいいんだよ……何を話してるんだジント」
――ガタガタガタガタガタガタガタ……
「あなた、やめて置物が落ちちゃう! それにジントにも気づかれるかも……」
「……それでもな……手が勝手に、ガタガタガタガタガタガタガタ」
「……エアでやって口で効果音付けてまでも何かを揺らしたいんですか?」
「……覗きたいんだよ! 部屋にいる二人の事を」
「……あなた、そんなに覗こうとしてもジントの部屋には、外はともかく廊下から覗くための窓はありませんよ」
「なんで無いんだよ……チッ付けておくべきだった」
「……それは、ジントが反対するんじゃないですか」
「……ふと思ったんだが……お前はこんなとこでなにをしてたんだ?」
「わ、私は……ただ通りかかっただけで……」
「……俺には部屋の扉を見ているように見えたんだが」
「そ、そんなことは……」
「あのー親方……それに母さんも何してるんですか?」
俺が声をかけると――ガッシャ―ンという空気が割れるような音が聞こえた……気がする。その何かが割れたような音の幻聴が収まった後――ガシャーンと今度はちゃんと耳に聞こえる音が閑静だった廊下に音を響かせる。急に話しかけて驚いたのだろうお母さんが腰を抜かし親方に倒れこむように倒れたのだ。その時運悪く近くにあった置物を割ったようだ。
「……大丈夫か俺が居ながらこんなことになるなんて……クソッ」
「……大丈夫よあなた。……うっ……だ、大丈夫だから……最後に聞いてほしい事があるの」
「……もう喋るな……もういいんだ……」
「……私は幸せだったわ……でも、もうダメみたい……」
「……だから喋るなって……」
「……ごめんなさい……そして今までありがとう……」
「もう……いいんだっ……もう、もうっ! いいんだ」
「……あなたと一緒になれて……結婚出来て……」
「……これでさよならなんてっ……俺は……俺は……」
「……幸せでした………………」
「…………うおぉぉぉ」
お母さんを抱きしめながら勇ましい雄叫びを上げて泣く親方……相当な絵になる……だが、状況が状況だ。どうしてこうなったのかも、何で親方と母さんがここまでの緊張感を醸し出せるのかは分からない。だが、そのせいで、
「……うぅ……ジントどうすればいいの? 私も無くなったものまでは……」
どこに感情移入したのかイチカが号泣して俺の胸で泣いている。
今の状況を確認してみると、親方と母さんが本当にあったことと言っても遜色のない演技をして、イチカがその演技に感情移入をする。……何とも言えなく、混沌としてカオスな空間ができてしまった。混沌もカオスも同じ意味なのだがこのような言い方になるのはしょうがない。それほどまでに意味が分からない。
そうだとしても俺のやることは分かっている。
「イチカ母さんの治療を頼む」
「……グスン……だって、お母さんは……」
「どんだけ入り込んでるんだよ! てか、このシーンだけでよく入り込めるな……」
「だってお母さんが……」
「死んでないから! お前が見りゃ多分だけど分かるから!」
「……お母さん? 生きてるの?」
「……何でお前は分からないんだよ……分かっててやってるのか?」
「……お母さん生きてたぁ」
「……はぁ……俺は割れた置物を片付けるから治療頼んだぞ」
「……うん……りょうかい」
俺はため息一つ三人をその場に残し道具を探しに物置に向かった。
俺が離れた後の三人と言えば、
「親方さんお母さんをいいですか」
「……ああ、頼む」
「お母さん痛いかもしれないかもしれないけど動かすよ」
「……うぅっ」
「ごめん……大丈夫?」
「……大丈夫よ」
――カチャ……
――パンッ……
「うぅぅぅ! ……あ、あっ……」
「これで良し。あとは静かにしててください。痛みが少ないものを使いましたので、効くまで少し時間がかかります。その間は安静にしていてください」
「ありがとうイチカちゃん……少し楽になったわ」
「ありがとうイチカちゃん。この治療の支払いはどうすればいい?」
「いえ、要りませんよ……ソフトクリーム美味しかったです。……ジントが戻って来ないようなので私も行ってきます」
「…………」
いつも通りの雰囲気に戻り、緊迫した雰囲気ではなく普通に会話をしていた。……考えてみると俺だけが空気を読めず……って、あれは誰も空気をどう読めば分からないんじゃないだろうか……イチカはそれを読んであの反応なのか、素なのかはよく分からない。……まあ、イチカだしな。
「……ねえ、なんか私に失礼なこと考えてない……ジ・ン・ト・さん」
「おわぁ! ……うっ……急に後ろに現れるなよ……」
「道具を取りに行ったはずなのに何でここに居るのかな? 持ってきたのならいざ知らず……何も持ってきてないように見えるんだけどな」
「ちょっと何処にあるか度忘れして……ぐっ……」
「それなら私も……ってどうしたのジント腰を押さえて」
「……イチカが急に背後に現れるから……イチカ急にどうした」
「……これは母さんと同じだね……じゃあ行くよ」
「行くよって……何がっ!」
――パンッ……軽い衝撃が俺の腰のあたりに炸裂する。
「いでででででで! 痛てぇーーー!」
衝撃は軽くとも腰を中心にとてつもない激痛が走る。
「お母さんと同じぎっくり腰だね! 特製の特別痛いものを撃っておいたよ……ついでに全身の疲労も回復一石二鳥! よかったね!」
「よかねーよ! くそ痛ぇーわ!」
「いいよ~ジント! その顔! そうその顔! いいね~」
「お前ってこんなに嗜虐的だったっけか!?」
「何言ってるのジント? 私はジントの居たがる顔が好きだな~って思ってただけだよ」
「それが嗜虐的だっていうんだよ!」
痛かった……痛かった……痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ハッ、我を忘れていた。……何だろう、たまに我を忘れるときがある……心当たりは……あれ? 分かっているはずなのに言葉にならない。……ま、まあいいだろう……良くないけど……うん、良くないな。ん? ……痛い……痛いと言えばモリちゃんが腕を落とされても痛がってなかったような……
「ふと思い出したんだけど、イチカが腕を撃ち落とした時に痛がるそぶりも見えなかったよね」
「モリちゃんのこと?」
「そう、なんでなんだ?」
「そういえばね、モリちゃんは普通の人と違ったんだよね」
……イチカも不思議なことを……そういえば腕と足の形が変わっていたな。
「……なんだ、モリちゃんは人間じゃないとでもいうのか?」
「……はっきりとは言えないけど……そんな感じかな」
「ふーん。具体的に言うとどんな感じに違うんだ?」
「骨格が何か違う感じがしてね」
「骨格?」
「そう、骨格。モリちゃんのそれは、普通の人と明らかに違んだよ……感触というか……とにかく違うんだよ。少し触っただけだし、聞かれてもよく分からないっていう答えになるんだけどね」
「……それってどういう事だ? しっかりと触れば分かるのか?」
「さあ、分かんない」
「明らかに違うのにそれが何か今は分からない……そういう事か?」
「そう言うことだね」
そこまで話したところでイチカは表情を切り替える。
「分からないことは本人と会った時に体に聞くとして、今はその弾丸を試そうよ」
……どこに居るのかも絞り切れていないっていうのに。
「……まあ、そうだな……鬼が出るか蛇が出るか……」
「ヘヘッ、楽しみだね」
「そうだな」
俺たちは外へ出て試す準備はできていた。
俺は、チェーンの先についている赤く美しい弾丸を、顕現させた銃に込める。するとチェーンは、込めたところから崩れるように消えていく。銃から取り出すとまたもとの形に戻っていった。そして、また俺は弾丸を込める。
「……込めるとチェーンは消えるのか」
数秒かけて崩れるようにチェーンが消え切る。すると、それに繋がれていた懐中時計のようなものは俺の胸元で淡い光を放ちながら浮き始めた。
……今は何も起こっている気がしないが撃てば何かが起こるだろう。
俺はそう思い引き金に指をかける。そして引き金を引くと……
――バスッ……抜けた音がして、撃てなかった。
俺の胸元にある懐中時計のようなものは淡い光を放ち続けていた。
「どういうことだ? 使い方が違うのか?」
「使えないの? 私にも貸して」
そう言ってイチカもその弾丸を銃に込め撃とうとするが撃てなかった。その後も、早く引き金を引いたり、鎖が消える前に撃ってみたり……など、いろいろと試してみたが一向に使える気配が見えなかった。親方が覗いていたので使い方のアドバイスを聞いてみると「二人で仲良く考えな……ガハハハッ」と言い工房の中に入って行ってしまった……あの態度多分だが分かっている……だが俺の勘違いかもしれないので親方は責めないでおく。
「……分からないな」
「……分からないね」
「でも、分かったことはある。この懐中時計みたいに見える部分のふたを開けると、時間の指さない秒針と何も書かれていないダイヤルがある。銃に込めるとダイヤル部分が黒く染まりその奥にどこまでも続くような空間が出現する」
「そこに指を入れても何も起こらなかったね……針も風防の部分も実体がなくなって、指は貫通しないで時計に中の空間に入ったみたいだった」
「リューズを使えば秒針は動くけど二つの針は重なって動くし……多分この空間に何か入れて使うんだろうけど……全く何を入れるんだか」
「とりあえず適当に入れてみる?」
「ここは慎重に……おわっ!」
懐中時計を弄っていると、いつ上って来たのか俺の腕に巻きつくように白い蛇が居た。その蛇は俺の顔の方に顔を伸ばしてくると、
――かぷっ……
「痛ぇぇぇー!」
急に鼻に噛みついてきた。……それも痛い……とても痛い。イチカのマッサージほどではないにせよ、とんでもなく痛かった。
「ジント! この子脱皮してたみたいだよ。ほら!」
「ほら! じゃなくてあんたんとこの子をどうにかしてくれませんか!」
「あはは……お腹減ってるのかな? ちょっと待ってていま……おわっ!」
いつもは人外の領域にまで及ぶ身体能力を持つイチカが、蛇に噛まれている俺の動きを予測できずにぶつかり、どういうことか俺がイチカを押し倒す形になった。男女が押し倒し押し倒されの姿勢になっているのに俺の顔を見ると蛇が鼻に噛みついている……とてもシュールだ。だが、俺はそんなこと考えちゃいなかった。目の前にイチカの顔がある……というか頬が……お互いの左頬がぴったりとくっついていた。いつもはイチカから近づいてきてぎりぎり触れないくらいの距離なのだが今回はくっついている。
「ジ、ジント……降りてちょうだい……あと、お腹が……ひゃん」
「ご、ごめん……だ、大丈夫か?」
「大丈夫だけど、ジントこそ大丈夫? 爆発しそうなくらい顔が赤いけど」
「な……何でもない」
「顔を背けちゃって……もしかして、照れてる?」
「んなっ! そんなことは……ってイチカも真っ赤じゃないか」
「ジントの触り方がくすぐったいんだもん……お腹の……」
……なんだか急におかしくなってきたな……俺もイチカも林檎以上に顔が真っ赤だ。
「……ハハッ」
「……フフッ」
「「ハハハハハハハハッ」」
「ホント何してんだろうね、いつもなら私が避けたのに」
「本当に何でだろうな……ていうか、お前のとこの蛇が噛んできた……って、どこ行った?」
「あれ? 抜け殻はどこ行ったんだろう……それにジントが持っていた懐中時計は?」
「……確かにずっと俺の胸の前に浮いてたのに……何でだ、落ちてる」
俺は落ちている懐中時計を拾い中身を見てみると、
「イチカ! これを見てみろ!」
「え、なになに? どうしたの?」
「ほら、ダイヤルのところを見てみろ」
「……これって……ここをこうしてみたら?」
「そして、ここをこうしてっと」
「ジントこれ行けるんじゃない?」
「よし、やってみるか!」
俺は左手に懐中時計、右手に銃を持ち、銃口を真上に掲げ引き金に指をかける。
――パンッ……その弾丸の使い方が判明した瞬間だった。
その音が止む。するとすぐに一筋の赤い光が、ある一つの島からどこか遠くに向けられた。
コメントくれると励みになります。
ありがとうございました。




