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ライジング ブレット  作者: カタルカナ
物語の始まり
23/60

二十三発目

 目の前には笑顔が広がる……というのは物の例えだ。実際には笑顔は広がらない……というか、笑顔が広がるという表現はどんな笑顔がどういうふうに広がるのかがよく分からない。例えるならばこうなるだろうか――笑顔になるとその人の周りの空間にその笑顔が溶け出して広がっていく……とか――誰かが笑顔になるとつられて周りが笑顔になる……まあ、表現としてはいろいろあるだろうが、今は後者だろう。


 俺の視界の中で楽しげにソフトクリームを食べる人影が数名……一人だけ背が抜きんでている。そして、その一人は幸せそうに食べて、周りにいる一回り小さい人影はその表情を見て笑っている。笑っている方もつられて幸せそうな顔になっていて、見ているとなんだかおかしく思えて不意に俺も笑っていた。


「ジント、何でそんなににやけてるの? ……もしかしてこんな幼気な少女に……」


 俺が見ている集団の中で背が抜きんでている人……もといイチカは片手に持っているソフトクリームを落とさないギリギリの動きで、見比べて年齢が約十年くらい少ない幼い少女を俺から隠すようにする。カメのぬいぐるみのような物を持つその少女のもう片方の手に持たれたソフトクリームも危なくも落ちてはいない。


 ……いつもいつもちょっとした動きが人間離れしているように思える……まあ、イチカは目の前で撃たれても余裕で何とかできるからそれもおかしいことではないだろう。……何で俺からその子を隠すのだろうか……何を思ったのか知らないが心外だな。


 そう思い俺はため息交じりに言う。


「……何もしねーよ……」

「……餌付けする気だね……私もおかわりほしい!」


 イチカは表情をグラデーションのように睨む顔から無邪気な笑顔へと変えながらそう言う。


「だから餌付けも何もしねーよ! そしてお前はこれで何個目だよ! ……腹壊すからやめとけ」

「お腹を壊す覚悟もなくてこんなに食べる人はいないよ!」

「自覚してるならもうちょっと抑えろよ!」

「アイスは別腹だよっ」


 ――ヘヘッ……そう言いながらイチカは笑った。


「……もう別腹の量じゃないだろ……」


 俺はさっきから何度かしている溜息をして、イチカと楽しそうにしている子供たちを眺める。


 さっきまで調子が悪かったのが嘘だったようにイチカは元気だ。調子が悪くなった理由は最近の疲れがたまっていたのだろうと思う……それともほかにあったのだろうか……元気になっている今はそんなことどうでもいいが、気になるのは神からもらった弾丸のことだ。その弾丸は一度イチカに打ち込んだ後、光ってはいないものの最初の状態の美しい弾丸になり、また使えなくなった。言われていないから一度使うと使えなくなることもないだろう……神が言うには『好きな人を見つけろ。そうしたら使えるようにはなる』ということだった。


 そう言うことなら俺はイチカが好きということになるが、俺自身そこのところはよく分からない。自分で自分の気持ちが分からない俺はイチカの事が好きなのか……使えたのはそうだったからか……それとも神の気まぐれか……そう言えば『お前を愛する人お前が愛するその人』とも言っていたからお互いに想い合っていなければならないのだろうか……。


 そんな考え事をしながら何気なくイチカ達の方を見る。相変わらず楽しそうにしていた。


 ……この光景を見ていると恋する乙女に……見えないな……というかイチカが恋をしても恋する乙女にはならない気がする……いや、どうなんだろう。


「なんか私に失礼なことを思ってない?」


 そう思いながら見ているとイチカが唐突にそう声をかけてきた。


 ……恋する乙女にならないと思った瞬間に声かけてきた……テレパシーでも使えるのだろうか……そういえば恋は盲目とも言ったりするが、この場合のイチカはバリバリ見えまくって心まで読んでるから恋する乙女ではないんじゃないだろうか。


「……さっきから私に失礼なこと思い続けてない?」


 イチカがジト目をしながらいぶかしげな表情で俺を見ている。


「いや、そんなことはないよ」


 そっけなく返事をしながらイチカが元気になった時を思い出す。


 俺がイチカを抱きしめていると光が全身を流れぐるぐるとイチカの中をめぐっているのを感じられた。そうしていること数分だんだんと光が弱まりとうとう光が消えた。イチカは片手で俺の服を軽く握りもう片方の手を胸の前で優しく握りしめながら気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 ――ガタッ……一人ドアの方から覗いているようだった。気まずい顔をして入ってきたのは先の料理人だった。


「……お楽しみのところすいません、もう終わりましたんでイチカちゃんにお願いしたいんですが」

「……お、おお、音のシミなんかじゃないです!」


 ……か、噛んだ……気まずい……ていうか恥ずかしい。


「……ジントありがとう」


 寝ぼけながらいつも以上に可愛い顔でイチカはそう言ってくる……


「お、おお、お楽しみじゃないですから! 疲れてそうだったから看病してただけですから!」


 そんな感じでファミレスで俺はあらぬ(?)誤解を重ねていった。そして、イチカは宣言通り料金を下げた。


 最初は俺の手持ちを優に超える額だった料金は、イチカが料理人たちやスタッフたちを集め奥の方でなにやらいろんな声が聞こえてくる楽しそうなこと(ほとんどが絶叫)をして、さっきよりも肌の色艶が良くなったイチカが戻ってくると、半額以下になり俺が払っても余裕ができるくらいの額になった。これで支払いの問題は解決した。


 支払いが終わった後、顔色が悪くなっているスタッフたちと一人だけつやつやと照る笑顔でいる先の料理人に見送られ俺とイチカはその店を出て、そして今に至る。


「最後端折りすぎたかな」

「一人で誰と話してるの? ジント」

「別に……あえて言うなら自分とかな?」

「……ナルシストなの?」

「……独り言だよ!」


 イチカと俺が話していると周りにいた俺よりも一回り小さい男子がクスクス笑っていた。……後で分からせてやらないといけないな。

 どのように分からせてやろうかと思考をめぐらせているとそれは途中で遮られた。


「……トイレ」


 俺たちの周りにいる子供たちの中に二人だけいる少女の一人だった。その子はほぼ男子集団の中でも一番幼く多分この中に兄がいてそれについてきただけなのだろう。その子がもじもじしているとイチカが俺から隠すようにしていた少女から離れるとその子のもとへ行く。


「おトイレなの?」

「……うん」

「じゃあお姉ちゃんが連れていってあげるね」

「……うん」


 そう言うとイチカはその子を連れてトイレに行ってしまった。その後を男子集団の中から一人ついて行った。多分その子の兄だろう……なんだかイチカとのデートが子守になっちまったな。

 周りにいる男子集団は「待っている間何する」とか「次どこ行こうか」などとワイワイやっている。その輪に入らずただ一人、皆が食べ終わっているアイスを溶けかけにしている少女がいた。俺は気になり綺麗な黒髪を持つその少女に話しかけようと近くに行くとブツブツと独り言が聞こえる。


「人間のために搾取される……人間のために殺される……人間のために狩られる、刈られる……人間以外の動植物に感謝を……もぐ……尊敬を……もぐ……畏怖を……もぐ……もぐもぐ」


 他の子供とは違い、溶けかけにもかかわらず手を汚さずにきれいに食べきる。するとその少女は俺の方に身体ごと顔を向けて見上げてくると話しかけてきた。


「こんにちは動物たちを殺しただけの英雄さん」


 皮肉めいた口調で、流暢に話しかけてくる少女は舐め上げるように俺に視線を送る。よく見るとその手にあるのはぬいぐるみではなく本物の亀だった。あまりに動かないのでぬいぐるみかと思っていた……よく見るとリクガメだ……森での出来事を思い出される。俺を無視しながら少女は俺に話しかけ続ける。


「自己紹介しましょう。私は森、モリちゃんとでもお呼びください」


 唐突に風が吹きその少女の持つ黒髪を激しく揺らす。

 俺の言葉を待つ間もなくその少女は続ける。


「動物たちは分かっています強ければ生き弱ければ死ぬ。大切な家族が殺されてもそれは弱かったから……私も悲しい……でも弱かったから仕方がない。だから力を……でも、それでも弱かった」


 少女の言葉に共鳴するように風が吹き荒れ、少女もそれに共感するように目を閉じる。開いたときは、悲しげで力強い瞳をしていた。その目で俺を見据え続ける。


「私たちは分かっています人間には犠牲が必要だということは、それでもその犠牲が人間にはないのはなぜでしょう……なぜかは分かっています……分かっているんです! なぜかは……でもあの子がどしてもと言うから」


 矢継ぎ早に紡がれるその言葉は繋がらず内容はバラバラだ。聞いてもよく分からない。でも、何かを言葉にできない何かを言葉にしようとしている。


「英雄さんはなぜ戦ったんですか……何のためですか?」


 初めて俺の言葉を待つ間があった。


「人間だって動物なんだ縄張りくらいはある。人間の場合はそれが広すぎるんだ。……俺が戦った理由はそれかな……まあ、俺が寝るところがなくなるかもしれなかったからな。結局自分の縄張りを守ろうとしただけだ……俺はな」

「そうですか……そうですよね」


 風が虚しく吹き抜け少女は当たり前すぎる回答を理解してくれたようだ……実際俺が言ったことはほぼ思い付きだが嘘はなく心から思ったことだったから少しは伝わったのだろう。……でも人はそれだけではない。


「それでも人間は貪欲なんだよ。人は満たされる技術を確立されてしまったからな動物のような死なないためにに生き抜こうという欲を持て余している。だから人は貪欲だと俺は思う」


 風は俺を包み込むようにやさしく吹き少女は俺の話を真摯に聞いてくれている。


「人の中でも性格があるモリちゃんの抱いているカメにも性格はある」

「そうです当たり前です」

「でもな、それを分からない人もいる。その種の中の一つの個体が危険な性格の持ち主だとしたら、その種全てが危険な性格の持ち主として駆逐する。他には、危険な毒を持つからと言って生態系の中で役目がある植物を全て枯らしてしまったりするんだ」

「それはおかしいです何にもわかってません!」


 風が急に荒くなり少女は興奮したように捲し立てる。


「一つで全部は分かりませんその一つは同じ種であっても違うものです! 毒があるなら枯らさずに触らなければいいだけです!」


 そう、その通りなんだけど……


「そう、その通りなんだよ」

「そうです私は間違っていません」

「でもねモリちゃんは間違ってるんだよ」

「……え」


 今までの中で一番の風が吹きつける。


「どこが間違ってるんですか!」

「どこも間違っていない。でもね、間違ってるんだよ」


 憤慨して風と共に少女は近づいて俺に掴みかかる。だが、その力は年相応のものだ……多分イチカなら服がちぎれている。


「どういうことですか!」

「モリちゃんの考えでは間違っていなくても、その人にはモリちゃんの考えは間違っているんだよ」

「…………説明を求めます」


 この子は頭がいいこんなに子供ながら……いやそう言うのは失礼だな。一人の人間として見てこの子は頭がいい本当に頭が悪いのは少ないだろうけど……やはり失礼でもこう言おう。子供ながら他人の考えを否定する前に理解しようとするこの子は賢い……あれ、これは失礼だろうか。


「モリちゃんはどこが間違ってると思うんだ?」


 俺が聞くと、そよ風とともに答える。


「何も知ろうとしないで殺すところです。分かってあげようとすれば殺さずに済みます」

「そうだね、でもその人は殺さないで済ませようなんて考えない。殺してでも自分の目的を達成させようとするし、ほしい部位があるからって乱獲して絶滅させたりする。ひどいときは気に入らないからって理由で駆逐したりするかもしれない」


 風が強くなりそうだ。


「それは許せないです……そんな人間がいるなら人間なんて……!」

「今モリちゃんは何を思ったかな」

「…………」


 やっぱり頭がいい。多分分かってくれたみたいだ、俺とは違う解釈だろうけど……でもそれでいい。


「少しは、その人の気持ちが分かったかな? まあ、例え話だから実際に今それが起こってるわけじゃない……世界のどこかでは起こっているかもだけどね」

「……説明ありがとうございました」


 軽く衝撃を受けたのかその声は最初と比べて小さくなっている。


「どういたしまして……でも、おかしな話を聞かせちゃった……ごめんね」

「いいえ私も分かっていると自惚れていました」

「自惚れなんかじゃない、モリちゃんは分かってることは分かってる。ただ分かっていなかったところがあっただけだよ」

「そうですね」


 そう言って少女が微笑むと風が彼女に集まっているように感じた。


「最後に言っておくよ……人は必要な分だけ殺してるわけではない」

「……そうだったんですか……それ最後に言う必要ありましたか? ……まあいいです、ありがとうございました……また会えたら話をしましょう」

「……そうしよう」


 話が終わり周りを見渡すとまだ男子集団はあーだこーだ話し合っている。振り返ってみるとその少女はいなかった。男子集団に話しかけようと俺が近づくとその中の一人が話しかけてくる。


「お兄ちゃんの周りだけに風が吹いてたね。近づこうとしても近づけなかったんだけど風の中どうだった?」

「……楽しかったよ」


 俺は正直に答える。


「お兄ちゃんそう言えばあの風の中だれと喋ってたの?」

「さっきまでいた女の子だよ」


 俺がそう答えると男子集団はざわめき出す。


「そう言えばいねーな」「誰だったんだろうね」「知ってる奴いる?」……話し合って結論が出たらしい。


「お兄ちゃん幽霊と話したんだ!」


 そう言うことになったらしい幽霊怖くないアピールをしたい興味津々の子から普通に怖がっている子まで多種多様な反応だ……丁度いい。では、分からせてやるかな。


「うわあああん」

「こんなもんか、あんまり怖くなかったな」


 俺が渾身の怪談を聞かせてやると興味津々だったのが泣きじゃくり怖がっていた子が平気な顔をしていた。俺を笑ったのは泣いている方だったから分からせることができた……俺は満足……ちょっと大人げないかな?


 その後にイチカが戻ってきた。子供を泣かせてダメでしょ! とイチカに怒られたが俺が怪談の話をしたと聞いたイチカは話したくなったようで俺も傍から聞くことにした。


 ……怖かった! とてもとても怖かったです! 想像力豊かな子供たちもその豊かな想像力で自滅したらしく首のあたりを押さえてのたうち回ってる子もいる……出血する幻覚を見ているのだろう……これでこの子らは命の大切さに気付いたからいい勉強になっただろう。この話を聞いた中でまともに立っているのは俺だけ……で、ありたかったが俺は膝がガクガクになってしまっているので、それはさっきトイレに行った幼子だけだった。


 ……イチカの怪談……マッサージに及ぶほどの衝撃でした! ごちそうさまでした! こんな時こそ添い寝してもらいたい……いやらしい意味ではなく……いや、マジで……


 俺は膝のガクガクを押さえ子供たちとは別れ当初の目的地へと俺たちは向かう。あの子供たちはここ数ヶ月間、夜トイレにひとりで行けないだろう……もちろん俺は大丈夫……俺以外皆小動物……家がもつだろうか……


「ジント! 着いたよ! 大きいね、大きいね、見上げても足りないくらい大きいね!」


 イチカが興奮気味というか興奮して俺の手を引く。


「ああ、大きいな。ここまで来るのにいろいろあってもう疲れた……」

「疲れてもここなら大丈夫でしょ」

「まあ、そうだな。あとは座るだけだし」

「ジント早く行こう映画館に」


 俺たちの目の前にそびえる建物は映画館というところで、それはとても大きく、出入り口の大きさだけで何百メートルもする。この建物はシェルターにもなっていてこの前の襲撃では人々を守ったのだという。外壁には少し傷があるがその程度ではびくともしないようだ。ここでは誰かが作った物語の世界を、現実の世界を模したものを巨大な空間に映し出しその世界に入ったかのようにして楽しむものだ。ここがデートのメイン……これが終われば直にデートも終わるだろう。


 さあ、デートを楽しもう!

 毎度毎度こんな時間に投稿になってしまいます……自分としては午前十時までに投稿にしたいのですが……次回もどうなるか分かりませんが三日毎の投稿は欠かせませんのでよろしくお願いします。

 今回もお読みいただきありがとうございました。

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