十四発目
「よお、久しぶりだな……前世から」
「何言ってるんだ。俺たちは確かに久しぶりに会ったが、前世からじゃないだろ。あいつとあんたは違う。あんたは記憶の一部を持ってるだけの別人だぞ」
無機質な世界で響いた二人の声。その声だけが虚しく響くその空間にその男がいた。ゴツイ声、ゴツイ体格、その男を一言で表すならば、ゴツイの一言で済むだろう。だがその男の手は豪快ながらも繊細な動きをすることができる。その能力を使いこの世界へとやってくるこの男は天才と言えるだろう……いや、それすら超えているかもしれない。だが、その男はそんな雰囲気を微塵も感じさせず軽い口調である。
「そう固いこと言わずに、な」
「な、じゃねーよ。固くもない……で、何の用だ? 前回もそうだったが、お前の中にある記憶からよくここに繋げられるもんを作れたな。相変わらずとんでもない奴だな」
そしてその男と話している物は声からして男だろう。そして、この空間の主であろうその男は、その訪問者に呆れながらも感心しているようだ。それと同時に迷惑しているような雰囲気である。だが、受け入れてはいるらしい普通に会話できているのがその証拠だろう。受け入れていないのならそれすら成り立たない。
「そんなもん当たり前だろう。俺なんだから」
とんでもない奴とはいったいどういう意味で男が言ったのか分からないが多分ほめてはいない。ゴツイ男はそれをほめていると受け取ったようでそのゴツイ胸板を誇らしげにしている。
「全く答えになっていないな」
その答えに呆れるこの空間の主は、何度も言うように呆れているがごつい男はそれをまったく気にしていないようで、
「それで今回頼みたいことなんだが……願った方がいいのかこの場合は……」
「どっちでもいいから、早く言ってくれ」
「ほんとにいいんだな……願うぞ……」
「……聞こう」
「……頼んだ方が……」
「………………」
また呆れさせるようなことを言い。主も相手をしたくないようでその場を離れようとするが、ゴツイ男がそれを引き留める。
「待ってくれ……待ってください……割れの願いを聞き届けておくれ……」
ふざけているのか……懇願しているのか……。
「分かったから……で、なにをしてほしい」
「これをジントに渡してやってほしい」
「これは?」
ゴツイ男が渡したのは、職人が技巧を凝らして入れたような文様と美しくも派手すぎない宝石がはめ込まれ、赤く美しい弾丸を鎖でつないだ懐中時計に見える物だった。それを渡された主はそれを確認し、不思議そうにそれを空中で回していた。多分自分に渡された意図が分からず持て余している。主はその程度容易く読めるが敢えてしない主義のようだ。
「あんたには無用の代物だ。それに、あんたなら分かるだろう」
読めることはごつい男もわかっているようだが、主の主義は知らないらしい。だからこのような口調になる。
「どういうことだ」
もちろんそう言う主義だから主には分からなかったりするのであろう。だが、それを知らないゴツイ男は呆れたように言葉を続ける……。
「分かんないのか……神様のあんたには必要ないんだよ。じゃあな後は頼んだぞ」
ゴツイ男は、踵を返し神と呼んだ存在に背を向けると、どこから現れたかわからない銃を手にし何かを詰めると――パンッ、という音とともに姿を消した。
「……あの人間め渡せと言いこれを置いて行くだけで、なにをしようとしているかの説明もなしか。俺を何だと思っているのか……神様か……」
神と呼ばれたその存在は、なにに支えられるわけでもなく宙に浮いているように見える懐中時計に様なものを弄び独り言の様に……というか実際に独り言を言っていた。
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「イチカ飛ばせ! このままじゃ追いつかれる!」
後ろを見ると大量の飲黒い粒がこちらに向かってくる。その数は分からないが数百数千じゃ済まないだろう。
その大群は、俺たちがカメに食われそうになりながら森を飛び出した後、安心して親方の工房に向かっていた時にその存在に気づいた。ここから見るとまるで森から龍が飛び出しているように見える。
これはすごく荘厳な光景なのだがこっちにまっすぐ向かっているのが問題だ。森にいる動物たちは滅多なことでは森からは出てこない……と、イチカが言っていた。俺自身森で見た動物たちはどれも初めて見たものばかりだったことを思うと森から出てくるものは皆無と言っていいだろう……俺の人生経験が短くそう感じているだけかもしれないが……。
「無理言わないで! これ以上はスピードが出せないよ!」
叫びながら一生懸命運転しているイチカは必死そうだ……俺は、振り落とされないように摑まっているがイチカの腹には触れていな……この状況で寿命を削るようなことはしない。
とはいえ、このスピードじゃ追いつかれそうだ……などと思っているうちに森の姿は見えなくなり親方の工房がある町が見えもうすぐで町に着こうとしていた。
「これ大丈夫か町に向かってるけど……俺たちが引き連れてるんじゃ……」
「多分そうだと思う……森から出てきてからまっすぐ私たちに方に向かってきたようだから」
そうなのかよ……。
「それじゃあ、こっちに向かうのは……町は大変になるんじゃないのか」
「多分ね、でもこっちに向かうよ」
「……その心は」
「それはね……って、ジントって町に無関心なの? こんな大群が付いてきて町に向かってるって言うのに危機感とかないの?」
「……そうだな……何となくだけど、イチカがそう言うならそうしたらいいのかなってさ。……それに、親方の工房に着けば撃退に役立つ弾丸もあるだろうし、島は頑丈だから少しはもつだろう。外にいる人たちは知らないけど」
「……最後の最後で雑になったね……まあいいや。分かっているならそれでいいし、信じてくれているのもわかった……少しうれしい」
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない。それより流れを起こす弾丸残ってる?」
「四発はあるけど」
「じゃあ、それでスパート掛けて一気に工房に突入するよ」
「了解」
ザスッ――俺たちは見事に顔から着地していた。流れを作り親方の島にはあの大群に追いつかれる前に入れたのだが勢いが強かったらしい。そのせいで今は二人仲良く地面に突っ伏している状態だ。そこに一人のガタイのいい男が歩いてきた……親方だ。そして親方は開口一番、
「こんなとこで子作りでもしてたか? 孫の顔が見たいとは言ったが……こんなところでやらんでも……」
「もっと、何か言い方ありませんでしたか。どこをどう見ればそうなるんですか」
いきなりそんなことをのたまいながら手を差し伸べてくる。その手を取り起き上がるが、隣では生まれたての小鹿よりも震えてるイチカがいた。
「子作り――プルプルプル」
親方の……多分……冗談を真に受けているのか、それともそのワードに何か思うところがあるのか……落ち着かせないと……目の焦点が合っていない。
「いや、お前らの後ろの光景を見れば……いかにも『怪物たちに襲われてもうだめだ……もうこの壁を突破されれば俺たちは食い殺される……人生最後の思い出に……』って、思い出作りを言い訳に本能を解き放ったんだろ」
震えるイチカをよそ目に親方はのたまい続ける。
「どんな目をしてるんですかあんたは」
「目利きなら自信があるぜ」
「もういいです」
ほんとに親方は……ん? 後ろ……
「おわあっ……これは……」
「イチカ! 落ち着け……おい! イチカ!」
「はっ、はい。……あれ、ジントどうしたの? 命の危機が迫っているような顔をしながら顔をそんなに近づけて」
「こうしてみるとドラマのシーンみたいだな……ここからキス……」
――ポカーン。
「しねーよ! ほら、イチカもポカーンって顔をしてるじゃねーか! どうしてくれるんだ親方」
「……! もしや……告白してないのか……失敗?」
「してねーよ! 告白するにしてもあったばかりの人に告白する人がどこにいる!」
「ここに居る」
親方は自分を指さし堂々とそう言った。
……そうでした……親方ってこんな人でしたね……てか、今はそれどころじゃないような気が……――バキッ、ヒビ入りましたよ……ああ、大変だな……って、
「イチカ! ポカーンとしていないでシャキッとしろ! 親方もあいつらを撃退する弾丸あるだろそれを出してくれ」
俺は声を張り上げながらイチカと親方にそう言うが、
「キス? キス! 告白? 告白! 私が……――ポカーン」
「……! ジントがフラれたのか俺の目利きは間違いない……間違いないはずだ!」
イチカは未だポカーンとしたまま、そして親方は、
「イチカはともかく……あんたはふざけてますよね親方」
「フッ、ばれたか……俺の完璧な演技を見破るとは、中々やるな」
中々やるって、言ってますけどねあんた、
「フッ、ばれたか……って言ってる場合じゃないでしょこの状況で準備できるなら早くしてください」
「チッ、シャレも通じないのかお前は……」
通じると思っていたのかこの人は……。
「こんな状況で言わないでください」
「わーったよ、持ってきてやる特別にタダでな」
「こんな時に値段の心配なんてできるわけないでしょう」
そう言い親方は工房にその弾丸を取りに行ったようだ。それと同時に一人の綺麗な女性が入れ違いで出てきた、母さんだ。
「母さんは工房の中にいた方がいい島にひびが入っている危ないよ」
こっちに来る母さんに俺はそう呼びかけるが、お母さんは意に介した様子もなく、母さんの興味はイチカに注がれていた。イチカは俺が落ち着かせた時から俺に寄りかかるような恰好でいたので、今は俺にポカーンとしながら寄りかかっている。その姿を見て母さんは確信したようで、
「あなたがイチカちゃんね。あの人が言っていた通り可愛い顔してるわ……うん、ジントに心を許している。あなたたちお似合いよ」
お似合いって……。
「母さん俺たちはただ狩りに行って戻ってきただけで、お似合いとかそんなんじゃないですけど……」
「そう、イチカちゃんはジントの近くにいることは不快に思っていないようだしあなたの事は親しく思ってる……家族の様に」
家族の様にって……一緒にいたのは一日にも満たないくらいなのに……母さんは嘘をつかないから本気で言っているんだろうけど……
「そ、そうですか……って、この顔見てそんなことが分かるんですか」
「雰囲気で分かるわよ……この安心した顔を見ればね」
この顔のどこを見て……、
「俺にはただポカーンとしているようにしか見えませんが……」
「それにジントもイチカちゃんといるとき気軽に話せてるでしょ私達とは違って」
「………………」
確かに、と思った。親方や母さんと話すより気楽に話していると思った……俺は、親方とも母さんとも気楽に話せてなかったのか……。
そんなことを思っているとイチカにお母さんが優しく話しかけていた。優しい声で優しい表情で優しくその手でイチカの頬を撫でながら、
「イチカちゃん大丈夫?」
「……ん? 誰?」
撫でられているのが気持ちいいのか、ポカーンとしていた表情を眠そうな顔に変え、初めて見た顔を不思議そうにしている。
「俺の母さんだ」
手短に俺がそう説明した。
「ジントのお母さん……お母さんって呼んでいい?」
「いいわよ、いずれそうなるからね」
優しくなでながら幼い子供に子守唄を聞かせるように言う。
「お母さんも親方と同じようなことを……」
お母さんは親方とは違いふざけては言わない、そして嘘はつかないのだ。お母さんはそんなことは言うことはないと思っていたが本気でそう思っているようだ。
「フフッ……孫の顔楽しみにしてるわね」
「母さんもか……ハア……」
俺がため息をついていると――スゥースゥーとイチカは眠っていた。今まであの大群に追われながらの運転や親方の冗談にいちいち反応していたから疲れたのだろう。……今は眠られても困る……眠るなら撃退した後が良かったが寝顔が可愛いから寝かせておこう。
「俺がこいつらを撃退してまわるしかないのか」
「ジント一人で行くの……どうして?」
母さんが半ば確信している顔で訪ねてくる。
「多分こいつら俺たちが連れてきた奴らだからさ」
「やっぱりね」
「……やっぱりって」
「見てたのよあの人と二人で……」
工房の方から親方が戻ってくる。親方は武装していた。そして、その両手には大きめのアタッシュケースが握られていた。
変なところがあったらすいません。




