その者、死は愚か
外から聞こえる人々の話し声や、馬車や騎馬が往来する足音でふと目が覚めた。少し寝すぎてしまったか。そう思うもののまだまだ寝ていたい気もする。がしかし、腹に飼った覚えもない獣が住み着いて、餌を寄越せとうなり声を上げている。ベットへの名残惜しさを布団と一緒に引き剥がし、なんとかベットから這い出て一つ、うーんと伸びをする。
我が家は木造土壁二階建て。特筆して狭いわけでも、広いわけでもない。この街、というよりはこの世界のどこに置いても、普通と評される程度の家であると思う。少しの老朽化も含めて。
部屋を出て、一歩進める度にキィキィだのミシミシだの音がなる廊下を進み、ともするとパキッという、進むことに不安すら募る音がする階段を降りる。
腹を掻きながら一階のリビングに着くも誰も見当たらない。父や母は既に、衛兵や給仕の仕事へ家を出た後らしい。部屋の中央に置かれた丸い四人がけのテーブル上には、母が出る前に用意してくれたのであろう、俺の分の朝食があった。
ベーコンと目玉焼き、サラダにパンとこれまた特筆しようがない朝ご飯だ。朝も満足に起きてこない不肖な息子に、優しさか情かは不明だが、とにかく用意してくれた母には最大限の感謝をしながら口へと運ぶ。
不肖も不肖、成人をしてるにも関わらず、定職にも就かず
、多少家の手伝いはするものの、それ以外では滅多に家から出ることもない。出不精という奴だが、体型的にはデブではない。
定職に関しては就かないというよりも、就けないと言った方がいいだろう。何故つけないのか、と訊かれるとこの世界の仕組みというか、法則というのか、はたまた摂理なのか、まぁともかくそういったものから説明せねばならない。めんどくさい。
この世界、ラシュガルドでは人であれば誰しもが、ギフトと呼ばれるものを持って産まれるのである。どうしてそんなものを持って産まれるのかは不明であり、多分神様的な奴がいて、与えてくれているんだろうっていう説が常識になっている。このギフトは、何も一人につき一つという訳では無く、複数のギフトを所持している事が一般的である。また、このギフトにはランクという概念があり、ランクが高いほど、その技術が高いという事になるんだとか。
定職の話に戻るがこの世界での就職においては、その職業に適したギフトを所持している事が大前提となっている。所謂適材適所というやつで、所持するギフトから適性のある職業に就くのである。
そもそも自分はどんなギフトを与えられたのか、というのはご都合主義的なもので、基本的に自分の持っているギフトは当人が無意識で理解できるし、所持ギフトを診断してくれる水晶が各国の各都市に、それも都市の規模次第では複数個設置されていて証明書をだしてくれる。
もちろんこの俺も水晶の診断証明書を貰い受け、しっかりギフトを持っている。では何故職に就けないのか、これを説明するためには、ギフトについて更に詳しく説明しなければならない。めんどくさい。