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彼を訪問する際の手土産に、手作りのものを贈り始めた。数回に一度程の頻度で。驚かれたが、本の文章の再現がしてみたかったと言うと、「君らしいな」と笑われた。初めて渡した時は、断られはしないかとドキドキしていた。いや、受け取ってもらえてよかった。
<彼女>とも交流を重ねた。大体彼も同席していたが。「以外に嫉妬深いのだな」と言うと、彼は「まあな」と受け流し、<彼女>は擽ったそうに笑っていた。
彼の住む町には大型書店がある。生活する分には町の個人書店で事足りるのだが、やはり背表紙買い、表紙買いをするとなると、あちらの店のほうが楽しいのだ。
それを目撃したのは、その書店からの帰り。久々の表紙買いにウキウキしていたときだった。
彼と<彼女>がキスをしていた。それだけでもかなり衝撃だったが、あろうことかあの女、こちらを見て嗤ったのだ。にたり、と音のつきそうな顔で。
気付いたら、家だった。胸の中でぐるぐるとか黒いものが渦巻いている。悲しい、苛立たしい、腹立たしい、悍しい、気持ち悪い。
暫く玄関で蹲っていた。リビングに入り、電話を確認すると、彼から留守電が入っていた。
〝あー、と、おれだけど。大丈夫か?おれたち見かけた途端、くるっと行っちまったってあいつから聞いたけど。まあ、なんだ、体調とか、気ぃつけろよ〟
そこで言葉は終わっていた。なんなんだ、なんなんだ、なんなんだ。ああ、畜生。私よりもあの女を優先するくせに、こんなときだけ、どうして。
「潮時、か」
かねてからの計画を、実行に移すことにした。
ある日、彼にマドレーヌを贈った。睡眠導入剤入り。
「いらっしゃい。ん?荷物多いな」
私のショルダーバッグを見て、彼は珍しそうに言った。
「少し寄り道をしてきたからな」
「ふうん」
「そんなことより、これ」
テーブルにつくなり、箱を渡す。
「おっ、マドレーヌか。へぇ、綺麗だな。腕上げたんじゃないのか?」
「そうか?まあいい。コーヒーをたのむ」
「はいはい」
彼の家。いつものやり取り。いつもの時間。そうして、三十分もたったろうか。
彼が欠伸をした。
「あーねむ。ここ最近あんま寝てねえんだよなぁ……。つかなんだこれ。口にがっ。でも眠い……」
「そうか」
それは好都合。
「君の口内事情など知らないが、寝たいなら寝ればいいじゃないか」
「いいよ、悪いし」
「別に。本でも読んでいるさ。それに、ここは家ほどではないが、居心地は悪くない」
ふっと微笑む。
「一言余計だっての……」
苦笑して、彼はベッドにもたれかかった。
「一時間したら起こしてくれ。どーせ、五半時ごろまでいるんだろ」
少し舌足らずな声。時計を確認すると、三時五十分を過ぎたところだった。
「まあな。よって君は何を憚ることもなく眠れるというわけだ」
「おー……サンキュー……」
彼はそのまま寝入ってしまった。
そっとベッドに乗り上げ、後ろから彼の首に紐をかける。吊りあげるようにして、一分ほど耐える。さて。
うん。終わった。
最後に、口づけを落とした。
心中でも良かったのだがな。けれど、君があまりにも<彼女>に優しくするから。何度も<彼女>に触れるから。そんな奴とは一緒に死んでやらない。私は後から追いかける。三途の河辺りで、暫く寂しがっていればいいんだ。けど大丈夫。心だけは、君と同じところに置いていくから。
バッグから服を取り出す。いつもの私なら着ないような、暖色系の華美なもの。手早く着替え、洗面所に向かう。彼のワックスを拝借し、髪を少し固める。化粧は派手に。彼がショルダーバッグ言ったツーウェイバッグを、リュックサックとして背負う。おっと、靴も忘れてはいけない。パンプスからスニーカーへ履き替える。よし。
行く当てはないが、全国を放浪しようか、はたまた海外に高飛びでもしようか。捕まりたくなかったら死んだっていい。彼のいない世界など、生きる価値があるものか。その代わり、彼は永遠に私のものなのだから、差し引きゼロ、といったところだ。
当分のお金は下ろしてある。祖父には何か感じるものがあったのだろう、「……後悔しないか?」と訊かれた。「しないよ」と答えた。祖父は悲しげに目を伏せ、「そうか」とだけ言った。
大丈夫だよ、おじいちゃん。私は後悔なんてしていない。
最後に部屋を振り返った。
「じゃあな。また」
そうして、ゆっくりと、ドアを閉めた。




