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06 ナイフと琥珀

「ただいまラクス!」


 喜びを弾けさせながら山小屋に飛び込むと、大人しくシャーロットの帰りを待っていたラクスが飛びついてきた。

 シャーロットは部屋の中を見回してラクスが散らかした形跡がないことを知ると、その頭から背中から羽根からおしりから全部を撫でてやった。

 言葉が通じないからと言って、甘やかすだけではダメ。

 それがシャーロットの教育方針だ。

 だからかのじょは、ラクスがきちんとできた時には惜しみなく褒めて、何かいけないことをした時には遠慮なく怒鳴る。

 ラクスは賢い子どもなので、二歳を越えた頃から悪いことなんてほとんどしなくなった。

 ただ時折捕獲したネズミを玄関に並べて置いたりするので、そういう時はシャーロットもきちんと怒る。


 ―――食べもしないのにいたずらで命を奪ってはいけません!


 ラクスの教育方針は他の竜のそれとは大分異なっているのだ。

 さて、そんなこんなでお互いに夢中の二人(一人と一匹)は、小屋に近づく人の気配に微塵も気付いてはいなかった。

 だから突然激しくドアが開いて、転がり込んできた人影に心底驚いてしまったのだ。


「ギャア!?」


「きゃ!」


 二人は抱き合ったままで固まってしまった。

 ラクスの冷たいお腹がシャーロットの頬にぴたりとくっつく。


「ったあ……」


 文字通り転がり込んできたその人物は、山小屋の床に這いつくばって痛みを堪えていた。

 どうやらどこかに膝をぶつけてしまったらしい。


「やだ、ちょっと大丈夫?」


 シャーロットは慌ててその人物に駆け寄る。

 しかし怪我の様子を見ようと覗き込むと、驚いたことに短いナイフを突きつけられてしまった。


「ギャアァァァ!」


 ラクスが怒って、相手に飛び掛かろうとする。

 シャーロットはそれを必死で止めた。


「やめてラクス! 相手は子供(・・)なのよ!?」


 そう、彼らの小さな家に殴り込みをかけたのは、まだ年端もいかない柔らかな頬の少年だった。



  ***



 彼の擦り剝けた膝小僧を消毒してやりながら、シャーロットは彼がどうしてこんなことをしたのかと尋ねた。

 商人の子供だろうか?

 随分と身なりがいい。

 初めは貝のように口を閉じていた少年も、消毒ので一度涙目になり、そこから泣かなかったご褒美にクッキーをあげたら、ようやく緊張が解けたようだ。

 ちなみに、これはハーブ入りじゃない普通の甘いだけのクッキーだけれど。


「北の森に魔女がいるって聞いたんだ」


 向かい合ってテーブルに着くと、彼はシャーロットの表情を伺いながら言った。

 その視線はどんどん下に降りて、シャーロットの膝に座るラスクをまじまじと見つめる。

 自分が魔女と呼ばれているなんて夢にも思わないシャーロットは、首を傾げた。


「この森に暮らして三年ぐらいになるけど、魔女を見たことなんて一度もないわ」


 すると、少年は悲しげに眉をひそめる。


「ほんとう?」


「ええ」


 シャーロットが笑顔で請け負うと、少年はますます残念そうに肩を落とした。

 てっきり魔女がいなくて安心するだろうと思っていたので、シャーロットはその反応に戸惑ってしまった。


「どうして? 魔女がいなくちゃいけない事情でもあるの?」


 少年の顔を覗きこんで尋ねると、彼は躊躇いがちに話し始めた。


「あのね、僕のお母様がね、重い病にかかっているの。街中のどんなお医者様にも治すのは無理だって言われて、それでお手伝いさんが、北の森の魔女ならどうにかできるかもしれないって言うから……」


「そうだったの」


 俯いて涙を堪える少年の頭を、シャーロットはよしよしと撫でてやった。

 つやつやとした金髪と、蜂蜜を固めたみたいな琥珀色の瞳。

 シャーロットはこの勇敢な少年の願いを、どうにか叶えてやりたいと考えた。


(けれど私には特別な知識はないし、北の森の魔女だってどこにいるのか分からない……)


 シャーロットは頭を悩ませる。

 薬草を使った簡単な手当てぐらいならシャーロットにもできるが、街中の名医が匙を投げた患者を彼女がどうにかできるはずもない。

 二人で暗い顔をしていると、突然ラスクがシャーロットの腕から飛び出した。

 そしてバクリと、なんと自分の手(前足?)に噛みついたではないか!


「やめてラクス! どうしてそんなことするの!?」


 シャーロットが手を引っ張っても、ラクスは決して止めなかった。

 そしてようやく口を離した時には、彼のつるりとした手に牙の痕と血が浮かんでいた。


「なんてひどい……」


 シャーロットは泣きたくなった。

 今までラクスの気持ちはなんでも分かると思っていただけに、突然息子がとった理解不能な行動がショックだったのだ。

 ラクスはシャーロットを気にしつつ、傷ついたその手を少年に差し出した。


「え……?」


「ギュア!」


 傷から染みだした赤い血が、ぽたりと少年の膝に滴り落ちた。

 すると驚いたことに、擦りむいた彼の傷がみるみる治ってしまったのだ。

 二人は驚いて、何度も目をこすった。

 ラクスだけは自慢げに、四枚の羽根をぱたぱたと部屋の中を飛び回っている。


「まさかラクスの血には、人の傷を癒す効果があるの……?」


 半信半疑ながらも、シャーロットはラクスの血を小瓶に落とし、それを少年に持たせた。

 彼の母親の病は、これで治るかもしれないし治らないかもしれない。

 それは誰にも分からなかったが、シャーロットはせめても神に祈りを捧げた。


(神様。こんなに素晴らしい息子さんから、お母様を奪わないで上げてください。ちょっぴり思い込みは激しいけれど、母親のために一人で森の奥までやってきた、勇気のあるいい子なんです)


 別れ際、少年は複雑な顔で手を振った。


「母様の病が癒えたら、絶対お礼に来るから! 絶対にまた来るから!!」


 遠ざかる小柄な少年の背に、シャーロットとラクスはいつまでも手を振っていた。



 

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