57 親しい人は遠く
翌日もその更に翌日も、ジェラルドは帰ってこなかった。
余程重大だな事件が起きたのか―――あるいはこんな森での生活は嫌になったのか。
ぼんやりしていると、シャーロットはついそんなことを考えてしまう。
傍らでは、ラクスが蝶と戯れていた。
戯れているというよりも、追っては逃げられを繰り返し、完全に遊ばれている。
あの日以来、シリルとも気まずいままだ。
(ラクスと二人きりの時は、こんな風に落ち込むこともなかったのに)
なんとなく、その頃のことを思い出す。
それでも昔に戻りたいとは、決して思わないのだけれど。
その日シャーロットは、気分転換もかねて街にいくことにした。
決してジェラルドがどうなったか気になるからではない。
自分にそう言い訳する。
毎日作っていいる飴もクッキーも溜まってきたし、日々の食糧が心細くなったからだ。
しかしアーサーについてきてもらおうと思ったのに、兄は弟妹達に思わぬ指令を出した。
「三人しかいないのに二人に仲互いされると、鬱陶しくてかなわない。二人で行って仲直りしてこい!」
そう言って、彼は二人を森から追い出したのだ。
優美でおっとりとした外見をしている割に、元来のアーサーの性格は短気でなんというか乱暴だ。
長じてからは、そのあたりも上手く調節して周囲と付き合っているようだが。
「……いくぞ」
「うん……」
不承不承というシリルの声に、不安を感じつつシャーロットは応じる。
兄の言うことは最もだが、二人きりで街に行くのが彼女には気詰まりに思えて仕方なかった。
***
馴染の薬草売りを訪ねると、いつもの髭の店主の歓迎を受けた。
「おう。待ってたぞ!」
彼に薬草や作ってきた菓子類を収め、ついでに街の様子を訪ねる。
そういえば彼はセイブルの知り合いなのだと思い出し、シャーロットはその話を振ってみた。
シリルが終始不機嫌そうに黙り込んでいるので、その気まずい空気を払拭したかったのだ。
「あの、ルドルフさんはセイブルさんとお知り合いなのでしょうか?」
「あ? ああ、セイブルのやつあんたの家まで押しかけたんだってな。俺がうっかりあいつに話したせいだ。すまなかったな」
「い、いえ!」
気のいい店主に頭を下げられ、シャーロットは慌ててそれを否定する。
「迷惑なんて全然! セイブルさんには色々と助けて頂きましたし……」
彼が現れなかったら、シャーロットはラクスとのこれからをちゃんと考える事なんてしなかっただろう。
確かに悩んだりもしたが、シャーロットは彼との出会いを感謝していた。
「そう言ってもらえると助かる。あいつは悪いやつじゃないんだが、こうと決めたら周りが何を言っても聞かない性格だから……」
そう言って、ルドルフは遠い目をした。
けれどその声音は決して不快そうではないし、その口元にはうっすらと笑みが浮いている。
いい仲間だったんだろうなと、シャーロットは羨ましくなる。
弟妹の世話に追われて友人などいたことのないシャーロットにとって、遠すぎず近すぎない彼らの関係はひどく眩しく映った。
「店主。それを知っているということは、セイブルは王都を出る前にこの店に寄ったのか?」
黙りこくっていたシリルが急に口を開いたので、シャーロットは驚いてしまった。
しかし弟の不機嫌に気を悪くした様子もなく、ルドルフがそれに応じる。
「ああ。薬草なんかを色々買い足していったよ。また長い旅に出ると言っていた。けれど随分と嬉しそうにしていたから、やっと目的のものがみつかったのかもしれねぇな」
「目的の、もの……」
それは恐らく、竜のこと。そして己の寿命を知る手がかりのことだろう。
セイブルの生い立ちを思い出し、シャーロットは切なくなった。
しかしその呟きを質問だと受け取ったのだろう。腕組みをしたルドルフは気難しい顔になる。
「それがなんだかは分からねえが、アイツはずっと何かを追い求めて旅を続けてる。そろそろ俺のように地に根を張っちゃどうだと言っても、聞きやしねえ」
古い仲間にも、彼はその事を打ち明けていないのだ。
シャーロットは思わずシリルを見た。
彼もまた複雑そうに、ルドルフの話に耳を傾けている。
そんな二人に、ルドルフは豪快な笑みを見せた。
「まったく水臭えよな。今更アイツがどんな秘密を抱えてようが、そんなの酒の肴にしかなんねえってのによ!」
二人はぽかんとしてルドルフを見上げた。
彼は見上げるような巨漢で強面だが、笑うと一気にとっつきやすくなる。
ルドルフは指一本を唇の前に立て、ウインクした。
「俺がこんなこと言ってんのはアイツには内緒だぜ。あれで隠し通せてると思ってんだあのバカは」
(ルドルフさんは、セイブルさんの秘密に気づいているんだ。知ってて、でも尋ねもせず友達でいるんだ)
はっと胸を突かれたような気がした。
セイブルの秘密ごと受け入れて、ルドルフはそれでも彼を仲間だと言う。
シャーロットは、羨ましいという思いを強くした。
こんな友達がいたら、シャーロットも一人で森に閉じこもるようなことはなかったかもしれない。
(ううん。でも私にはジェラルド様がいた……)
不意に騎士の面影が過る。
近くて遠い人というならば、シャーロットには彼こそがそうだ。
なんとなくしんみりとした気持ちでいると、カランカランと音がして乱暴にドアが開いた。
来客は若い男だ。随分焦っているようで俯いて息を整えている。
「おいおいもうちょっと丁寧に開けろよ。来客中だぞ!」
ルドルフの気安い態度に、男性が店主の知り合いだと知る。
邪魔になってはいけないと、用を終えた二人は帰り支度を始めた。
けれどその男性の言葉に、シャーロットの手はぴたりと止まることになった。
「おいっ、大ニュースだ! ジェラルド殿下と隣国のマルグリッド女王陛下と縁組みが決まったって、今!」




