56 三人の晩餐
城からジェラルドを呼び出す知らせがきた。
森の出口で待ち構えていた伝令と、森周辺の安全確認を行っているシリルがかちあったのだ。ちなみに、その日が偶然シリルだっただけで、安全確認は男性陣が毎日ローテーション行っている。
息を切らしたシリルの様子から、それが安易でない事態であることは予想ができた。
なんでも城でとんでもない事態が起きたから、ジェラルドだけでも急いで戻って欲しいとのことだ。
セイブルが旅立ったばかりだと言うのに、なんて忙しない。
見送りの時、ジェラルドはできるだけ早く帰ってくるとシャーロットに言い置いた。
彼はアーサーとシリルにくれぐれも用心するよう伝え、そして急ぎ森を去って行った。
五人から三人に減った食卓は、急にさびしいものになった。
三年の間一人と一匹で暮らしてきたというのに、三人でもさびしいなんてとシャーロットは己の変化に戸惑う。
「それにしても、城での大事とは一体なんだろうな?」
切り分けたパンに熊肉のパテを塗りつつ、アーサーが呟く。
蜂蜜酒で頬を赤くしたシリルは幼い仕草で口を尖らせた。
この弟は昔からお酒に弱い。
「聞いても教えてくれなかった。しもじもには知らせられないような一大事なんだろうさ!」
「何を拗ねてるんだよ。団長にしか知らせられないようなことがあるのは当然だろ? なんせあの方は王族なんだから」
「分かってるさ。だけど……」
黙って聞いていたシャーロットは、シリルの気持ちがなんとなく分かるような気がした。
ここでの暮らしは、なんというかジェラルドとの距離が随分と近い。
本当は直接言葉を交わすことすらできないような相手だと言うのに、気軽に言葉を交わして、森の包容力がまるで四人と一匹を本当の家族のようにしてしまう。
(態度を改める、いい機会かもしれないわ。森を出たら、あの人は本当に遠い人なんだもの)
ぼんやりと手羽先の骨で遊ぶラクスを見ながら、シャーロットはそんなことを考える。
「ラクス、ふざけてると細い骨はお口に刺さるわよ」
声を掛けた瞬間、ラクスがあがあがと口を開けたまま羽根をばたつかせた。
どうやら想像通りのことが起きたらしい。
「言わんこっちゃない」
シャーロットはおもむろに立ち上がると、ラクスを抱き上げて食卓に戻った。
そして己の膝の上に息子を乗せ、その大きく割けた口から細く尖った骨を慎重に引き抜く。
どうやら挟まっただけのようで、血は出ていなかった。
ラクスは骨が抜けた途端嬉しそうにはしゃいで、ぐりぐりとシャーロットの膝に顔を摺り寄せてくる。
「こら、暴れないで。落としちゃう」
言葉とは裏腹に嬉しそうに、シャーロットはトントンとラクスの背を叩く。
そのリズムが心地いいのかラクスはやがて大人しくなり、しばらくするとくうくうと穏やかな寝息を立て始めた。
「見事なもんだな」
アーサーが面白そうに呟く。
「そういうところを見ると、シャーリーも立派な母親なんだなって思うよ」
感心したように言われると、なんだか照れ臭い。
「何言ってるんだよ。そんなのペットと一緒じゃないか」
「シリル!」
不機嫌そうに言うシリルを、アーサーが怒鳴りつけた。
シャーロットはズキリと胸に痛みを覚える。
他人には何を言われても構わない。でも家族にそう思われていると思うと、どうしても心苦しく思うのだ。
シリルはまだどこか、家族からシャーロットを奪ったのはラクスだと考えている節がある。
今まではセイブルの件があったりと慌ただしく、なかなかその件について話せずにいたのだが、ジェラルドの目が無くなってシリルも箍が外れたらしい。
「ペットなんかじゃないわ。ラクスは私の、私達の家族よ」
宥めるように言うと、シリルは毛を逆立てた猫のようにシャーロットを威嚇した。
持っていたフォークを叩きつけ、乱暴に立ち上がる。粗末な木の椅子がガタンと音を立てて倒れた。
「少なくとも、俺はそいつを家族だなんて思っちゃいないね!」
そう言い捨てて、シリルはシャーロットの暮らす小屋を出て行った。
「アイツ……今夜は羽目を外し過ぎだ」
アーサーが呆れるように頬杖をつき、ミードの残った素焼きのグラスを揺らした。
どうやらシリルを追うつもりはないらしい。
膝の上にラクスを乗せたシャーロットもまた、足が萎えて弟を追う気持ちにはなれなかった。
他人であるジェラルドはすぐに受け入れてくれた息子のことを、どうして実の弟には受け入れてもらえないのだろう。
ジェラルドと比較してもしょうがないのにと思いつつ、シャーロットは城へ戻って行った騎士のことを思った。




