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52 意地っ張りな弟

 夜風に当たりながら考える。

 母親なのだから当然―――そんな思いで今日までラクスと暮らしてきた。

 息子は今までに沢山のものを自分に与えてくれた。

 森の中で生活も、苦がなかったといえば嘘になる。それでも、幸せに思う時も沢山あった。

 もし自分がただ婚家から追い出されただけならば、こんな未来には辿りついていなかっただろう。

 けれど、それはあくまで自分の幸せだ。


(ここに私と一緒に暮らして、それでラクスは幸せなんだろうか?)


 セイブルの老成した表情が蘇る。

 竜の生態なんて、当然シャーロットは知らない。

 それにラクスとシャーロットは、言葉が通じないのだ。だから意思の疎通も難しい。


(他の竜が暮らす場所で、ラクスを育てるべきなのかもしれない)


 例えば野生の動物の群れで、人に育てられた個体が生きてはいけないように。

 このままではラクスは、竜としては不完全な存在になってしまうのではないか。

 そんな不安が、シャーロットを襲った。

 空には星が瞬いている。

 こんな日にジェラルドが遠くにいるというのが、なぜか不安に感じられた。



  ***



 翌日、シャーロットはシリルと一緒に、森の入り口までジェラルドとセイブルを迎えに行った。

 帰りはだいたい夕刻という話だったが、早めに出たのでまだ二人はついていなかった。

 ただつったって二人を待っているのは暇なので、シャーロットは森の浅い場所で薬草を探すことにした。


 香りづけに使うタイム。

 肉料理には欠かせないローズマリー。

 爽快な気分をもたらすミント。

 バターと混ぜてパンに塗ると堪らないベアラウフ。


 野生のハーブを探すのは宝さがしに似ている。

 幼い頃よく、お手伝いと称してカントリーハウスにある小さな林に潜り込み、日が暮れるまでハーブ探しともかくれんぼとも取れない遊びをした。

 子供が強く握りしめすぎて萎れたハーブを、母は笑いながら「ありがとう」と受け取ってくれた。

 大人しいからと放っておかれることの多かったシャーロットだが、そんな時自分は母に愛されているのだと実感したものだ。


「なつかしいな」


 声が届く範囲で、がさがさと下草を漁っていたシリルが呟く。

 それだけで自分達が同じ思い出を共有していると知り、シャーロットは嬉しくなった。


「子供の頃、よくこうやって一緒に薬草を探したよね。シリルは探すのが上手くて、いつも私より沢山抱えてた」


 こうなるだろうと予想して持ってきた空の籠には、どんどん薬草の束が積み重なった。


「負けたくなかったんだ。シャーロットに……」


「いつも勝てなかったよ。何をやっても私はのろいから」


 別にシャーロットは、自分を卑下してそう言ったわけではない。

 ただ兄弟達に比べて、自分は特にのんんびりとした性格だから、そう感じることが多かったというだけの話だ。

 それが悔しいという思いは特になく、ただ他の皆はすごいなあと感心しきりだった。

 そしてこんなに凄い子達が私の兄弟なのよと、誰かに自慢したいとすら思っていた。


「本当に昔から、シリルは凄いね」


 何気なく言った言葉だったが、不意にシリルが黙り込んだ。


「シリル?」


 薬草を探す間に遠くまで行ってしまったのだろうかと顔を上げると、予想に反して弟はすぐそばにいた。

 作業を中断させて棒立ちになった彼は、シャーロットを見るでもなくどこか遠くを見ている。


「疲れたの? 少し休もうか?」


 心配になって声を掛けると、シリルはきっとシャーロットを睨んだ。


「シャーリーはばかだ!」


 突然罵倒を投げつけられ、シャーロットは面食らう。

 けれど意地悪な弟に馬鹿にされるのには慣れていたので、彼女は怒るでもなく、うっすら首を傾げただけだった。


「う、うん?」


「……っ、何で怒らないんだよ! 昔っから、俺が何をやっても怒らなかった。そうやってちょっと寂しげに笑うだけだ。でもだからって、嫁ぎ先から追い出されても怒らないなんておかしいだろ? どうしてすぐに俺達に頼ってくれないんだよ。なんでいつも、一人でどうにかしようとするんだよ! 昨日だって……」


 泣きそうな顔のシリルに、シャーロットは虚を突かれた。

 おそらくこの意地っ張りだが優しい弟は、シャーロットが昨日一人になりたいと外に出たことを気にしている。

 シリルにそう指摘されて初めて、シャーロットは何でも自分の中で納めようとする自分に気が付いた。

 幼い頃から、忙しい両親の姿ばかり目にしてきた。

 だから自分の世話ぐらいは自分でしなくちゃと、悩みを人に打ち明けることなんてしてこなかった。

 それをこの弟は、不器用に悲しんでくれている。


「……ごめんね」


 とにかく何か言わないと。

 そう思い、口から零れ落ちたのはその言葉だった。


「心配、かけちゃったね」


 シリルの綺麗な目に、涙の膜が光って見てた。


「シリルは優しいから、私のこと心配してくれたんだね」


 そう笑いかけると、弟は赤面してそっぽを向いた。

 体はすっかり大きくなった弟も、そんな仕草はまだ幼く感じられる。


「……そうだね、皆がいるんだもん。もう一人じゃないんだから、ちゃんと皆に頼らなくちゃね」


 シャーロットの独り言めいた呟きを、春の風がそっと運ぶ。

 『皆じゃなくて俺を』という言葉を、シリルはごくりと喉の奥で押しつぶした。



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