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51 ドラゴンの孤独

 咄嗟に、シャーロットはラクスに目をやった。

 なぜだかはわかない。

 彼はつぶらな瞳で母親を見つめてくる。


「ばかな……」


 アーサーはそう言ったきり絶句している。

 弟のシリルだって同じだ。


「ほんとばかみたいな事態だけど、俺にとっては現実ってわけ。自分がただ不老なだけで普通に人並みに死ぬのか、それとも人より長い寿命を持っているのか。或いは―――」


「『不老不死』……」


 ジェラルドが呟く。

 全員の視線が、彼に集まった。


「王家に伝わる伝承では、このファーヴニルは元々不死の竜だったそうだ。それが初代シグルズ王の攻撃を受けたことで、百年ごとに生き死にを繰り返すようになった」


 思わず、シャーロットは息子を抱き上げた。

 彼はなんだか分からないような顔で、けれど嬉しそうに尻尾を振っている。


「竜の生態は未だによく分かっていない。死ぬのかそれとも不老不死なのか、そんな根本的なことすら諸説あって定まらない。各地で文献を調べたがみないうことが違う。だから俺は探しているんだ。俺の寿命を教えてくれる竜を」


 どこか疲れたようなセイブルの呟きに、全員が言葉をなくした。

 他の人間とは違う。

 それだけでも大変な苦痛であると言うのに、己がいつ死ねる(・・・)のか分からないというのは、どれだけ不安なことだろう。

 大陸の平均寿命は五十を少し過ぎたぐらいだ。

 セイブルはそれを三十も越えている。なのに未だ若々しく健康な体を持っている。

 彼の幼少期の知り合いは、おそらく全員天に召されているにも関わらず。


 シャーロットは、息子を抱く腕の力を強くした。

 次にラクスが生まれ変わるまで、あと九十七年。それは想像もつかないような先の出来事だ。

 当然、その頃シャーロットはとっくに死んでいるはずで、この森に一匹取り残されるラクスを想像すると胸が張り裂けそうになった。

 湖の傍ら、寂しげに佇む竜。

 シャーロットはそれを知っている。

 それこそが、夢の中で出会ったファーヴニルだから。


「シャーロット……」


 シリルの声に、シャーロットは初めて自分が泣いている事に気が付いた。

 するすると、頬の上を涙が滑り落ちていく。


「あ、ごめんなさい。そうじゃないんです。そうじゃなくて……」


 セイブルに同情したわけではない。

 そう伝えたいのに、どうしていいか分からなかった。

 彼は誇り高い戦士なのだから、同情されたと感じれば気分を害するだろう。

 そう思うのに、どうしても涙が止まらないのだ。

 上から零れ落ちてくる母の涙を、つるつるとしたラクスの頭が受け止める。

 シャーロットは己の涙ではなく、息子の肌を滑る涙ばかり拭うのに必死だった。

 この子が愛おしい。

 だから寂しい思いなどさせたくないのに、どうしても自分はこの子より先に死んでいく。

 セイブルの母も、こんな気持ちだっただろうか?

 老いの遅い息子を、不憫に思いながら死んでいったのだろうか?


「大丈夫だよ。同情じゃないことぐらいわかってる」


 そう言ったセイブルの顔は、まるで聖職者のように慈悲深かった。

 セイブルが、そっとシャーロットに手を伸ばす。

 なぜそうしたのか、それは彼自身分からなかった。

 けれどその手は、ふわふわとしたキャラメル色の髪に触れる前に別の手によって遮られる。


「―――とにかく、明日城へ行って、竜関連の文献を調べてみよう。我が国の王室は長く竜の養育を請け負っていた歴史がある。なにか分かるかも知れない」


 親切心に溢れたその申し出とは対照的に、ジェラルドはどこか不機嫌そうな顔をしていた。

 呆気にとられたセイブルが、突然愉快そうな笑い声をあげる。


「はっはっは! なんだそう言うことかよ」


 その声に驚いたのはシャーロットである。

 なぜセイブルが笑っているのか分からず、慌てて兄弟達の顔色を窺った。

 アーサーは呆れ顔。シリルは戸惑っているような表情だ。

 ジェラルドだけが、何事もなかったような顔をしている。


「えっと、どういうことでしょう?」


 シャーロットが尋ねても、セイブルは笑うばかり。

 手元の息子は、相変わらず不思議そうな顔で彼女を見つめていた。



  ***



 昼過ぎ、ジェラルドはセイブルを連れて城へと出かけて行った。

 おそらく泊りになるだろうということなので、今夜は兄妹水入らずの夕食だ。

 料理したのは三人前。

 ラクスはどこからか捕まえてきた鹿肉を、嬉しそうに頬張っていた。


「不思議だな。竜なんてお伽話の中にしかいないと思ってたのに」


 食事中、何気ないことのようにアーサーが言った。

 同意するように、口の中でもごもごいいながらシリルが頷く。

 シャーロットは、なぜかぼんやりとしながら食事の手を止めていた。

 反応のない妹を怪訝に思い、アーサーが問いかける。


「シャーリー、どこか調子でも悪いのかい?」


「え? いいえ、なんでもないの」


 彼女は慌てたように、目の前のパンを口に含んだ。

 けれどそれが突然だったためか、喉に詰まらせてむせている。


「なにやってるんだよ!」


 怒りながらも甲斐甲斐しく、シリルが水差しから水を注ぐ。

 それを飲んだシャーロットは、しばらくしてようやく落ち着いた。

 心配する二人を余所に、シャーロットは浮かない顔で席を立った。


「ごめんなさい。ちょっと頭を冷やしてくる」


 そう言うと、止める間もなくシャーロットは小屋を出た。

 驚く二人を余所に、ラクスだけが晩餐を楽しんでいる。




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