50 セイブルの事情
「竜族、だって?」
「正しくは人と竜のハーフだが」
シャーロットの小屋に、大人五人と竜一匹は定員オーバー気味だ。
ラクスを元の二頭身に戻しても、やはり狭い。
セイブルの肩でご機嫌なラクスを、シャーロットはそわそわと見つめる。
今まで初対面の男性にラクスが懐いたことなどなかったので、母親としては心配なのだ。
「だからその体で、剛腕だの怪力だの噂されているのか」
まだ信じられないというように、アーサーが呟く。
ジェラルドは堅苦しく腕を組み、シリルは物珍しそうにじろじろとセイブルを観察している。
シャーロットにしてもそうだ。
我が子以外の竜など見たこともないので、自然と彼に目を向けてしまう。
彼女の視線に気づいたセイブルが、髭の奥でにやりと笑った。
「この坊やの母親は、随分と若いんだな」
「分かるのか?」
シャーロットが母親であると見抜いたセイブルに、ジェラルドが眉を顰める。
「分かるも何も、さっきからこいつがそう言ってる。ママ大好き、人間大好きってな」
皮肉っぽい口調にもかかわらず、ラクスを撫でる手は優しい。
その手つきを見て、シャーロットはなんとなく安堵した。
母親としての本能が言っている。
この男は、息子に危害を加える存在ではない。
「羨ましいよ。愛されてるんだな……」
ぼそりとセイブルが呟く。
なんとなく何も言えなくなって、シャーロットは食事を用意するため急いで席を立った。
食事の後、詳しい話は翌朝ということになり、セイブルは男性陣に連れられて夜営小屋へと向かった。
シャーロットは期待と不安に翻弄されながら、ラクスを抱きしめて眠った。
***
「えっと、どちら様でしょう?」
ノックの音がして、扉を開けたシャーロットの第一声はそれだった。
目の前に、見知らぬ男がいる。
少し日に焼けた精悍な青年である。簡素な服に少しの武器。そしてザンバラに切った黒髪をしている。
男の後ろから顔を出したアーサーが苦笑した。
「セイブルだよ。髭を剃らせたら意外に見れる顔で驚いた」
なんだと、とセイブルは不服そうに言い返す。
アーサーは笑っているので、どうやら一晩で随分と打ち解けたらしい。
ジェラルドも苦笑している。
シャーロットはなんとなく仲間外れのような、居心地の悪い思いを味わった。
「あ、朝ごはんにしますね!」
自らを鼓舞するように、彼女は笑顔を浮かべる。
食卓に並べられた五人分の食事は、テーブルから溢れ出しそうだ。
朝採れ野菜のサラダに、自家製の玉ねぎドレッシング。切り分けたハードパンには木苺のジャムか猪肉のリエットを。あとは具だくさんのフリッタータを切り分けて完成だ。
「へえ、朝から随分と豪勢だなあ」
「そんなことないです! 作り置きばかりで……」
「いや、シャーロットの料理はいつも贅沢だし美味だ」
ジェラルドが無感動に言う。
シャーロットの顔がぼっと赤く染まり、セイブルはなるほどと何かを悟った顔をした。
「それじゃあ冷める前に頂きますか」
なぜかセイブルが音頭を取り、朝食が始まる。
シリルはなんとなく腑に落ちないような顔をしていた。
朝食の後、夜のうちに男性陣がセイブルから聞き出しておいた内容を、整理してシャーロットに説明してくれる。
「では、セイブル様はお父様を探して……?」
ラクスと同じように母一人子一人だったセイブルは、その父の姿を知らない。
ただ人間とは明らかに違う体を、ずっと持て余して生きてきたという。
眉を寄せたシャーロットに、セイブルはむず痒そうな顔をした。
「セイブルでいい。気にすんなよ。この年になりゃもう大したことじゃない。薬草売りのルドルフにあんたの噂を聞いてな、最初は興味本位だったんだが、あの嵐の夜に飛ぶ竜を見てな。こりゃ一応確かめていくかと」
「あの時の……」
なんとなく全員が黙り込む。
やはり、あの晩ラクスは目撃されていたのだ。
「それで森に入ろうとして、森全体に竜の魔法が掛かっていると気が付いた。竜が己の縄張りにかけるバリアみたいなもんだ。どうやって入ったもんかと思案していたらなんとなく眠くなって、それであのとおり」
「はあ」
シャーロットは呆気にとられる。
なんというか、その行き当たりばったり感が凄い。
彼のように、恐れるもののない冒険者とはみんなこうなのか。
「ル、ルドルフさんとお知り合いなんですね?」
「お? ああ、随分古い付き合いになる。昔は一緒にパーティを組んでたんだが、アイツが身を固めて店を出したいって言い出してな。それを切っ掛けにパーティは解散。おかげでこの年で孤独な一匹狼だ」
そう言う割に、セイブルの顔はどこか楽しげだ。
充実した人生を送っていると分かる、それは曇りのない笑みだった。
その後の説明は簡単だ。
セイブルは竜である父親を探して、単身各地を放浪してきたという。
「なぜ今更、父を探す? 今更だとさっき自分で言っただろう」
ジェラルドが尋ねる。
親子の縁が薄い環境で育ったジェラルドにとって、それは当然の疑問だった。
セイブルが疲れたような笑みを浮かべる。
「別に竜相手に今更責任取れとか言いたいわけじゃない。俺はただ、知りたいんだ」
「何を……?」
全員が、彼の言葉に耳をそばだてた。
「俺がいつ―――死ぬのかを。こんなんでも、一応八十を越えたじーさまなのよ。俺」
セイブルの言葉に、誰もがかける言葉を失った。
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