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05 黄緑のクッキー

 黒いローブのフードを目深に被り、今日もシャーロットは街へ出かけていく。

 この二年間で、街の人は彼女のことを“北の森の魔女”と呼ぶようになった。

 いつも黒いローブ姿で頑なに顔を見せないが、彼女が持ってくる薬草は質が高いと有名だったからだ。

 しかし彼女を真似て北の森に入ろうとした者は皆、そのまま消息を絶っていた。

 “北の森を無事に出入りできるのは彼女だけ”

 いつしかそんな奇妙な噂まで立っていた。


「はいよ。今回もいい品だ」


 そう言って、薬草売りの店主は魔女に代金を支払った。

 北の森の魔女の薬草は、今では国中の人間が欲しがる高級品だ。

 そのお得意様をなくしたくなくて、誰も買いたたいたりはしないのだ。


「ええと、それから……」


 黒のローブが俯いたままぼそぼそと口を開いた。

 黒いちょび髭の店主は、おや? と眉を上げる。

 北の森の魔女は、滅多に喋らないことで有名だ。

 そしてその声は、彼が想像していたよりもずっと高く清んでいた。


 ―――こりゃ、魔女は意外に若いのかもしんねえな。


 北の森の魔女のことを、街の人々はなんとなく老婆だと思い込んでいた。

 頑なに顔を見せないのは、その老いさらばえた顔を見られたくないからだ、と。

 最近では言うことを利かない子供に、『北の森の魔女が攫いにくるぞ!』と言って躾けることすらあった。

 つまり北の森の魔女は、街の人々にとってそういう存在なのだ。

 ガサリと、魔女は籠の中から布に入った包みを取り出した。


「……これを売ることはできるかしら?」


 その声は、弱々しく震えていた。

 店主が包みを開けると、そこには薄緑色のクッキーが沢山入っていた。

 クッキーはきつね色! そう認識していた彼にとって、それは初めて見るものだった。


「へえ……一つ味見しても?」


「ええ」


 許可をとり、そのクッキーを一つ口に入れる。

 それはほろ苦く、彼の口の中で溶けた。


「うん、不味くはないが、この苦みはなんだい?」


 黒のちょび髭をもぐもぐと揺らしながら尋ねると、魔女は自信なさ気に肩を震わせた。


「ローズマリーよ。薬を嫌がる子供に、食べさせたらどうかと思って……」


 確かに、苦い薬草を嫌がる子供は多い。

 これならば、多少の苦みはあるとはいえ喜んで食べるだろう。

 ローズマリーは主に頭痛に効く薬草として有名だ。


「こりゃあいい! 知り合いの菓子屋にも話をつけとくよ。是非扱わせてくれ」


 店主が手を叩いて喜ぶと、魔女もほっとしたようにその肩から力を抜いた。

 彼女がその怪しげな風貌に対して街の人に疎まれていないのは、こうして顔を隠していても感情が如実に伝わるからだった。


「よかった。 あとは飴玉もいいと思うのよ。ミントとカモミールを入れれば、喉がすっとするでしょう?」


「そりゃあいい! 次はぜひ作ってきてくれよ! 子供達は大喜びさ」


 そうして、魔女は喜び勇んで帰って行った。

 なんせ重いローブでスキップしたものだから、帰りに壁にぶつかってしばらく痛みを堪えていたほどだ。


 ―――あの人はちっとも魔女なんて恐ろしいもんじゃねえよな。


 店主はそんなことを考えながら、彼女の運んできた薬草をそれぞれの売り場に振り分けた。



  ***



 シャーロットの心ははずんでいた。

 試しに作った薬草入りのクッキーを、薬草売りが喜んで引き取ってくれたからだ。

 結局、シャーロットの作ったお菓子を、ラクスは食べなかった。

 悲しそうな顔をする彼女にラクスも申し訳なさそうに尻尾を振ったが、それでも彼はお菓子を食べなかった。

 食べられないなら仕方ないとお菓子作りを諦めていたシャーロットだったが、ある時唐突に思いついたのだ。


(街の子供達が薬草を嫌がらないように、お菓子に混ぜてはどうかしら?)


 薬草はそのままだと苦いものが多い。

 乾燥させて細かくして水で飲むのが普通だが、そのガサガサとした食感を嫌がる子供は多かった。

 勿論、シャーロットの下の幼い双子も当然嫌がった。

 その時の経験から、薬草を混ぜたお菓子があれば子供も嬉しいしその親だって嬉しいはずだと思いついたのだ。

 そうして出来上がったのが、薬草入りクッキーだった。

 少し苦いが、はちみつを入れたのでほんのり甘い。

 何度も分量を変えて試作を繰り返し、ようやく納得できる物ができたので今日薬草売りの所に持って行ったのだ。

 嫌がられるかと思ったら、薬草売りの店主も喜んでクッキーを買い取ってくれた。

 シャーロットは嬉しくなって、誰にも見られないよう森に入ってから少しだけスキップをした。

 邪魔なローブは脱いでしまう。

 木漏れ日が眩しい。木々を揺らす風が心地いい。

 彼女は思わず鼻歌を歌い出していた。

 揺れる空のバスケットからは、シャラシャラと薬草売りから受け取った代金が音を立てた。


(帰ったらラクスとお祝いしましょう)


 そうして彼女は、森の奥深くにある小屋まで戻った。

 彼女は知らない。

 そんな上機嫌の彼女の後を、追う人間がいたことを。

 追跡者は、ローブを外した魔女の姿に息を呑んだ。

 そして森の奥に進むシャーロットに気づかれぬよう、息を殺してその後を追った。



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