49 金環の冒険者
「何のために来た? 金環のセイブル」
登録証には名前も記載されている。
ジェラルドはその名前に見覚えがあった。
カイザーの称号を許される冒険者はそうはいない。
大陸中探しても、生存しているのは片手で数えられるほどだろう。
それにしても―――ジェラルドは考える。
話に聞いていた彼は、見上げるような大男で怪力を持ち、なおかつ俊敏に動き回るという化け物じみた存在だった。
しかし目の前にいる男は、人相がわからないほど髭に覆われているにせよ、普通の冒険者にしか見えない。
背などジェラルドの方が高いぐらいだ。
「いやいや、ここに竜がいるって話を聞いてな」
竜という単語に、緊張が走る。
ジェラルドは思わず、握っていた剣を引き抜いていた。
セイブルが竜を求めてこの森に来たというのなら、何が何でもラクスと会わせるわけにはいかない。
彼は己と繋がっているラクスの位置を確認しつつ、目の前の男を睨みつける。
「おお怖い。どうやら当たりのようだな」
対してセイブルは、余裕の態度を崩さない。
彼はナイフを抜くでもなく、何気ない様子で立ったままだ。
三人を包む闇は深みを増し、目を覚ました梟がどこかでほうと鳴いている。
「竜を求めてきたのなら、尚更ここから先ヘは行かせられない。我が名はファーヴニル国竜騎士団団長ジェラルド・シグルズだ。この地は国の方によって禁足地に定められている」
「へえ、騎士をしている物好きな王弟ってのはあんたか」
「貴様! 態度を改めろっ」
アーサーが叫ぶ。
彼の投げたナイフが、月明かりにきらりと光った。
シュッという鋭い音が風を切る。
しかし狙いは正確だったはずなのに、その刃はセイブルを傷つけることができなかった。
「おうおう。もっと穏便に話そうぜ」
器用に指で受け止めたナイフを、セイブルは曲芸師のように放り投げまた自ら受け止めた。
夜だと言うのに、どんな動体視力をしているのか。
心なしか、その黒目の周囲がうっすらと金色に光っている。
これこそが、彼が金環と字される証だ。
「俺はな、その竜に会いに来ただけだ。危害を加えたりなんてしない」
「信用できるか!」
アーサーが怒鳴りつけた。
長い時間神経を張りつめていたせいか、感情が昂ぶっているようだ。
「会うだけでは済まないだろう。竜の体、竜の情報、竜の全てが信じられない程の金になる。金を求めて命を危険に晒す冒険者の言葉を、素直に信用しろと言うのか」
ジェラルドの問いかけに、セイブルは皮肉げに笑った。
「ま、そう思われても仕方ないけどな」
彼が受け止めなかったので、放り投げられたナイフは土に突き刺さった。
ごくりとアーサーが息を呑む。
しかし事態は、意外な方向へと動いた。
「ばかなっ、やめろ!」
終始落ち着いた様子でいたジェラルドが、突如叫ぶ。
彼はなぜか左手で右手を押さえつけていた。
アーサーはセイブルを警戒しつつ、ジェラルドに駆け寄る。
その時、風が動いた。
ごうっという突風。
森を揺らす木々のざわめき。
そして闇夜を切り裂く白い刃。
「はは、向こうから迎えに来たようだ」
ばっさばっさと、嬉しげに羽根を動かす音。
現れた白い竜―――ラクスは、長い首をセイブルに寄せた。
なぜか、彼はとても嬉しそうだ。
「クルゥゥ、クルゥゥ」
まるで喉を鳴らす猫のように、その鼻先をセイブルに擦り付ける。
信じられないものを見るように、アーサーとジェラルドは固まった。
あわてて後を追ってきたシャーロットとシリルが、そこに合流する。
「はあ、はあ……ごめんなさい。この子が突然っ」
説明をしようとしたシャーロットは、目の前の光景に言葉を失った。
自らの息子が、例の怪しい人物に懐いている。
「ラクス……?」
「クルルル?」
不安げな母に、ラクスは不思議そうな顔をした。
「お嬢さん、心配しなくていい。これは竜族の挨拶だよ」
セイブルの言葉に、シャーロットは首を傾げた。
その仕草に、髭の男はひっそりと笑う。
「流石に何もかも黙っとくのは、フェアじゃないか」
そう言って、彼は急所を守る胸当てを外した。
そしてシャツをくつろげ、着ていた上着を脱ぐ。
月光に晒された彼の素肌は、異様だった。
人の筋肉を、半透明の鱗が覆っている。
月明かりを浴びて、黒いそれは金色の光彩を放っていた。
「一体……」
四人は言葉を失う。
ただセイブルとラクスだけが、嬉しげに頬を擦り付ける挨拶を繰り返していた。




