48 薄闇の攻防
アーサーと不審な人物というのを、ジェラルドはすぐに見つけることができた。
彼らは森の出口からそう離れていない場所を、うろうろと彷徨っているようだった。
日はすっかり暮れて、ゆるゆると森には夜の闇が広がっている。
「兄ちゃんまだかー? もしかして道に迷ってないか?」
「いいから黙って歩け!」
アーサーが苛立たしげに言う。
髭の男はひょうひょうとした態度を崩さないのに対し、アーサーは傍目にも消耗しているのが分かった。
おそらくは精神的なものだろう。
あやしい男に、ペースを狂わされっぱなしでいるらしい。
あまり時間をかけない方がよさそうだと判断したジェラルドは、騎士にはあるまじきことだが男の不意を突くことにした。
名乗りを上げて一対一での戦いを理想とする騎士道だが、今はそんなことをしている場合ではない。
二人の進行方向にある茂みに身を隠し、時を待つ。
あやしい男の手にはいっぱいの荷物。
これで不意を突けないはずなどない。
ところが。
「あー、そこの茂みにいるやつ。突然飛び出してきたりしないでくれよ。驚いてうっかり卵を割っちまうかもしんねえからな」
事もなげに言われ、ジェラルドは心臓を直接握られたような驚きを覚えた。
「突然何を言い出すんだ?」
アーサーが周囲を見回している所を見ると、二人の視界にうっかり入っているということではないらしい。
ジェラルドはすぐに方針を変更することにした。
茂みから立ち上がり、二人の前に立つ。
「団長!」
アーサーは驚いた様子だ。
「身を隠した非礼は詫びよう。しかし男。なぜこの森に? 理由如何によっては容赦しない」
剣を抜いたジェラルドは、その切っ先を男の喉元に突き付ける。
「へえ、なんでもない森に騎士様が二人も。どうやらここにいるのは本物みたいだな」
男の言葉に、二人は警戒を強める。
アーサーは荷物を落とし潜ませておいた短剣を抜いた。
「お前、一体何者だ。ただの冒険者が金目当てできたのなら、我が国ファーヴニルの名において相応の処分があると心得よ」
男の態度は間者としてはどうもおかしい。
そう考えたジェラルドは、あえて国の名を出すことにした。
もし金目当てで竜を求めてきた冒険者ならば、国に睨まれるのは勘弁と早々に立ち去るはずだ。
冒険者達はギルドに登録しそこに人権を保障してもらう。しかしたった一人の冒険者のために、ギルドがファーヴニル国との友好を棒に振るはずがない。
「まあまあ兄さん方、剣を引いてくれよ。俺はあやしいもんじゃない」
どこからどう見てもあやしい男がそれを言う。
男はゆっくりと腰をかがめて荷物を置くと、懐に手を入れた。
二人の緊張が高まる。
しかし予想に反して、そこから出てきたのは一枚のカードだった。
「確認してくれ。ギルドの登録証だ」
それはギルドに属する者に配布される、身分証明のカードだった。
アーサーとジェラルドは目だけで会話すると、アーサーが口を開いた。
「こっちへ投げろ」
「おいおい、これは俺の財産だぞ」
冒険者ギルドの登録証は、ギルドに預けた金を引き出すための証明書にもなっている。
男が言っているのはその事だろう。
「早くしろ!」
焦れたアーサーに溜息をつき、男が柔らかい下草の上にカードを投げた。
アーサーはナイフを構えたまま、ゆっくりと屈んでそれを拾う。
アーサーがカードに視線を落とす瞬間、ジェラルドは神経を尖らせた。
しかし予想に反して、男はアーサーの不意を突いたりはしなかったし、両手をあげてのんびりと欠伸などしている。
「これは……」
カードを見たアーサーが驚きの声をあげた。
彼はすぐさまそのカードをジェラルドへ差し出す。
勿論もう片方の手はナイフを構えたまま視線も男からは外さない。
受け取ったカードに、ジェラルドは視線を落とした。
どんな材質を使っているのか、カードは手の中でぼんやりと光っている。
「お前は……」
アーサーと同じように、ジェラルドは驚きで言葉を失くした。
カードに記されているのは王冠のマーク。
それは冒険者ギルドでも最高位の、“カイザー”を示す登録証だった。




