表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/70

46 厄介な客人

「あの、もう日暮れですよ? 夜の森に近づくのは危険ですし、街に戻られた方が……」


 シャーロットがどうにかそう言うと、熊男は驚くでもなくやはりふわあと欠伸した。


「そうかそうか。昼寝のつもりが随分と寝ちまったらしい。しかし日暮れだと言うのなら、もう街の城門は閉じちまってるんじゃないかい?」


 確かに男の言う通り、街と原野を繋ぐ城門は二人の背中でギギィと音を立てて閉じたのだった。


「それはそうですが、閉門に間に合わなかった者でも普通は街の近くに野宿するでしょう? 見たところ腕に覚えがあるのでしょうが、それでも森での野宿は避けるべきかと」


 冷静に諭すアーサーだったが、熊男は小指で耳掻きをしたりと好き勝手にしている。

 確かに彼の服装というか装備は、一目で冒険者と分かる程度には整えられていた。丈夫そうな胸当てや、腰に下げられたナイフ。

 呆れたアーサーは溜息をつき、戸惑っているシャーロットに目をやった。


「行こう。このままでは日が暮れる。この御仁は自分でどうにかするさ」


「でも……」


 シャーロットは戸惑い、兄と熊男に交互に目をやる。

 本当ならば家にどうぞと誘うところだが、家にはラクスがいるのでそういうわけにもいかない。

 お前はもっと警戒心を持てと、兄や弟、それにジェラルドにまでいつもくどくどと言われているからだ。


「そんなに言うなら、あんた達はどうなんだ? その荷物は街の市場で買い求めたものだろう。街にいたものがなぜ日没間近に森の近くにいる?」


 痛いところを突かれ、アーサーは黙り込んだ。

 確かに荷物を抱えた二人を見れば、誰でも少し頭を働かせればその発想にいきついただろう。


「私達の勝手だろう。シャーロットいくぞ」


 これ以上構ってられないと思ったのか、アーサーは荷物を片腕で抱えもう片方の手でシャーロットの手を掴んだ。

 彼女はバランスを崩して荷物を取り落としそうになる。

 どうやら兄上殿は、珍しくこの冒険者に調子を狂わされているらしい。


「まあ兄ちゃんおちつきなって。屁理屈をこねて悪かったよ。俺はただ一夜の宿をお借りできないかと思ってな……?」


 そう言って、男は意味ありげにシャーロットを見る。

 そしてそのぼさぼさの髭の隙間から、意味ありげにウインクを寄越した。


「ふざけるのもいい加減にしろ!」


 アーサーが怒鳴りつける。

 怒りにまかせて歩く彼に引きずられるように、シャーロットも足を進めた。

 しかしその歩みはすぐに、男の言葉によって止めざるをえなくなった。


「おや? いいのかい。じゃあ俺が勝手に(・・・)二人の後をつけて、勝手に(・・・)寝首をかこうが構わないってわけだ」


「貴様ッ!」


 両手の塞がったアーサーが、喰らい付かんばかりの剣幕で男を睨みつける。

 普段の温和な彼を知っているだけに、シャーロットは驚いてしまった。

 そうしている間にも、太陽は待ったなしに沈んでいく。

 ここでいつまでも睨み合っているわけにはいかない。シャーロットは多少の妥協は必要だと考えた。


「分かりました」


「シャーロット!」


 信じられないと言うように兄がこちらを見たが、シャーロットは気にしなかった。


「狭苦しい家ですが、我が家で見たものは全て他言無用と誓っていただけるのなら、一夜の寝床ぐらいはお貸しします」


 まるでお伽話に出てくる人を騙す妖精だ。

 これがお伽話なら、夜の間に男は姿を変えたシャーロットに食われてしまうことだろう。

 同じ感想を得たのか、熊男がピューと口笛を吹いた。


「それじゃあ、これを」


 そう言って、シャーロットはがさがさと持っていた荷物を男に押しつけた」


「へ?」


「ウチに泊まるのなら、荷物ぐらい持ってください。あなたは力持ちなようだから、はい、兄様の分も」


 そう言って、有無を言わせずシャーロットはアーサーの荷物も半分ぐらい男の手に押し付けた。

 これでアーサーの右腕―――つまり利き腕が空き、男の両手は荷物でいっぱいだ。

 男が豹変しても、騎士のアーサーなら咄嗟に対応できるだろう。

 そして身軽になったシャーロットは、二人に先行して先に家に帰ることにした。


「じゃあ、私は先に戻って支度をしておきますね。二人は疲れないようにゆっくりと(・・・・)、帰ってきてください」


 シャーロットの言葉の意味に気付いたのか、アーサーが小さく肯いた。

 そしてシャーロットは、家に向かって急いで駆け出す。


「おおい、随分と急ぐんだなあ」


 そんな気の抜けた声が背中から聞こえたが、気にせず走る。

 なんせシャーロットは今から家に戻って、ジェラルドとシリルに事情を話し、更には息子をどこかに隠さなければいけないからだ。

 しかし多少手間でも危険でも、シャーロットはなぜか男を野放しにしてはいけない気がした。

 それは髭の隙間から覗く目が、なんとなく油断できない鋭さを持っていたせいかもしれない。


 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ