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43 月光と対話

 一方ジェラルドを追ったシリルもまた、気まずい思いを味わっていた。

 一足先に戻ったジェラルドは、荷物の入った木箱に腰かけて物思いに耽っている。

 月明かりを浴びて頬杖をつく美男子は一幅の絵のようだが、それが現実となると途端に近寄りがたくなるのはなぜだろう。

 シリルはそんなどうでもいいことを考えていた。

 夜営小屋というのは意外に広い。

 今は布を張ってあるだけの天井も、これから数日かけて木などを切りだし、小屋ではなく家へと近づけていく予定だ。

 アーサーもシリルも、竜の存在以外の大まかな事情を知った副団長から、くれぐれも団長を頼むと言い渡されている。

 騎士団の副団長は名補佐官として隣国にまで轟く有能な人物だが、実際には年の半分以上胃を痛めている哀れな人物だ。

 そのジェラルドのために立派な住居を建てるのは、シリルとしても異存ない。

 ただ気に入らないのは、そのジェラルドが思った以上に姉と親密になっている点だ。

 シリルの知るシャーロットは人見知りで、結婚するまで兄弟以外の男性とはほとんど口を利いたこともないような奥手な少女だった。

 だから結婚以来会わせてもらえない彼女を心底心配していたし、何もできない自分に忸怩たる思いを抱いてもいた。

 離れていた三年は長い。

 シャーロットに再会して、シリルはその年月を改めて思い知った。

 彼女は世間知らずの十四歳の少女から、驚くほどの変貌を遂げていた。

 まるで蛹が蝶になるように、美しくなった。

 少し日に焼け、竜とはいえ子を産んだからか少しふっくらとした。

 しかしそれがなんだというのだろう。

 彼女の美しく感じる理由はおそらく、その表情から満ち溢れる活力だ。

 ラクスに笑いかける表情は生き生きとしていて、兄弟たちの影に隠れて控え目にほほ笑む少女はもうどこにもいなかった。

 雨が降ると広がると泣いていたキャラメル色の巻毛は、今は豊かに広がり甘そうな輝きを放っている。

 いつもそれをからかって笑っていたシリルとしては、なんとなく彼女が自分の知っている姉ではないようで、落ち着かないのだ。


 兄弟の中で最も年の近い、特に親しいと思っていた少女は、今ではシリルの見知らぬ“女”になっていた。


 だからといって、やはりジェラルドに八つ当たりするのは違うだろう。

 シリルはそうして、自分の中の言葉にならないもやもやとした気持ちを、無理矢理にねじ伏せる。

 彼も十六歳。

 貴族の中でも、もう大人として認められる年だ。


「団長!」


 勇気を出して声を掛けると、ジェラルドが無表情のままでシリルを見た。

 巷で騒がれる劇団の二枚目が、裸足で逃げ出しそうなほどの美しさ。

 思わず、シリルはゴクリと息を呑む。

 いつもは何も思わない団長の顔にそんな感慨を抱くのは、今彼が湛えているのがいつもの無表情、或いは仏頂面ではないからだ。

 彼は明らかに、困惑していた。

 微かに顰められた眉は苛立ちではなく、明らかな憂いを含んでいる。


「あの……先程は申し訳ありませんでした。ご無礼をお許しください」


 シリルは膝を折った。

 ジェラルドは本来なら、騎士団の団長という以前に王弟という地位にある。

 もし彼が本気で怒れば、シリルの首などは簡単に飛んでしまうだろう。


「いや……」


 膝を折るのと同時に頭を下げてしまったので、もうジェラルドの表情を見ることはできなかった。

 ただ彼の声が、いつもの覇気のあるそれでないことだけは十分に分かった。


「シリル・ヨハンソン。お前の苛立つ気持ちは分かる。大切な姉に近づく男がいたら、気に食わないのは道理だ。ましてやその姉が、以前の夫に酷い目に合わされているとしたら尚更だ」


「いえ、私は団長を決してそのようには……」


「いいやシリル」


 ジェラルドの声は、密やか過ぎて聞き取るのがやっとだった。


「警戒してくれていい。私がもしシャーロットを傷つけるようなことがあったら、遠慮なく彼女を守ってくれ」


(それは―――どういうことなのだろう?)


 たった今言われたばかりの言葉を、シリルは咀嚼しようとした。しかしできない。

 厳しいがそれと同じだけ正義感に溢れ真面目なジェラルドが、自ら姉を傷つけようとすることなどありえるのか。

 シリルはもしそうなった時というのを、なかなか脳裏に思い描くことができずにいた。


「それはその……陛下の意向で、団長がシャーロットに何か危害を加える場合があるという意味でしょうか……?」


 シリルがようやく絞り出したシュチュエーションがそれだ。

 陛下の命令ならば、ジェラルドはたとえ女子供でも容赦なく剣を向けるだろう。

 まあそれは本当に、戦争などの有事の際に限られるだろうが。


「いや。なにがあろうと、私がシャーロットに危害を加えるようなことはない。それは誓う。けれど、これでも私は男なのでな」


 シリルは何も言えなくなった。

 ジェラルドの言っている意味が理解できなかったからだ。

 解説があるかと期待したが、ジェラルドはそれきり黙り込んでしまった。


(なぜ団長が男だというのが関係あるんだ?)


 それからアーサーが戻るまで、シリルは膝を折ったまま頭を悩ませつづけなければならなかった。





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