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41 久々の食事

 ルドルフは薬草売りをしている。

 けれどもそれにそぐわない筋骨隆々の巨漢だ。

 五年ほど前までは冒険者をしていた。

 冒険者ギルドに登録し、パーティーを組んでいた。そこそこ名のあるパーティーで、今もその頃の仲間がたまに店にやってくる。

 今目の前にいるのも、そんな仲間の内の一人だ。


「おいおい、久しぶりにきたらなんだ、この賑わいは。さてはおかしな薬でも調合してるんじゃないだろうな?」


 軽口をたたくのは、精悍な顔立ちの冒険者だった。

 スピード重視の防具と手入れの行き届いた武具。鍛え抜かれた肉体と、しなやかな身のこなし。

 一目で熟練の冒険者だと分かる。

 遠慮なく、ルドルフは大きな手でその男の頭を掴んだ。

 いいや掴もうとして結局避けられてしまったのだが。

 彼の言う通り、ルドルフの店は繁盛していた。

 薬草を求める人々でごった返し、店内を歩くのにも難儀する有様だ。


「人聞きの悪いことを言うな。薬草売りは薬草を売るだけ。それを調合するのは調合師の仕事だろう」


「じゃあなんだってこんなに混んでるんだ? 四年前に来た時は、客なんか一人もいなかったじゃないか」


「お前、表ののぼりは見なかったのか?」


 言いながら、ルドルフはカウンターをコツコツと叩いた。

 冒険者との会話の合間合間に、他の客の質問に答えたりと器用に仕事を捌いている。


「のぼり? ああ、魔女のクッキーだかなんだかって書いてあるあれか? おいおい冗談はよせよ。お前がクッキーて顔か」


「クッキーに顔が関係あるか! まああれを作ってんのは俺じゃねえよ。北の森に棲んでるって魔女だ」


「魔女? おいおい馬鹿を言うなよ。今どきそんなもんお伽話の中だけだろ」


「それがいるんだな。といっても、やってるのは初歩の調合師と料理人を混ぜたようなことだが、これが意外に客にウケてる」


「へえ、薬草のクッキーに、喉に効く飴玉か。こりゃガキどもが喜びそうだ」


 カウンターに並べてある商品を見ながら、男は顎を撫でた。


「喜んでるのはガキだけじゃない。これに使ってるのは薬効の強い北の森の薬草なんだ。だからこれ一つでとんでもない効果があるぞ」


「はあ? ファーヴニルの北の森って、攻略不可の立ち入り禁止区域じゃなかったか?」


「そうなんだが、なんでかその娘だけが入れるみたいなんだ。今は俺のところと独占契約を結んでる。この通りの他の店は今頃歯噛みしているだろうさ」


 いい気味だと、ルドルフは悪人顔で笑った。


「おいおい。相変わらず悪人も真っ青の凶悪面しやがって。まあ、ここに店を作った時はお前もよそ者だなんだって苦労してたからな。なにはともあれ繁盛してよかったじゃないか」


「おうよ。魔女には頭があがらねぇ」


 そんなことを言いながら、ルドルフは楽しげに笑う。


「へえ、よっぽど気に入ってるんだな。その魔女。(ゴブリン)殺しって呼ばれた男が、楽しそうな顔しやがって」


「うっせえよ! まあお前さんも騙されたと思って、ひとつ買っていきなよ。すぐに品切れする人気商品だぜ」


「昔のよしみで餞別にやろうって優しさはないのか」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。ツケだらけでまともに代金払ったこともないくせに!」


 なんだかんだと言い合いつつ、男はシャーロットのクッキーを一包みと、飴玉を五粒買い求めて店を出た。

 街中が豪雨に見舞われたのはその夜のことだ。

 そして偶然(・・)宿屋の屋根の上にいた男は、その日稲光を纏う小さな竜の目撃者となった。


 

  ***



(困ったわ。どうしてこうなったの?)


 晩餐の席は気まずい空気に包まれていた。

 テーブルに着いているのは四人。

 アーサーとシャーロットが向い合せに座り、その向かいではジェラルドとシリルが互いにそっぽを向いている。


「団長にはどうせ庶民の食事なんてお口に合わないでしょう」


「……そんなことはない」


「大体僕らがいるんだ。団長は城にお帰りになられたらいかがですか?」


「いい加減にしろシリル、団長に失礼だぞ!」


 アーサーが珍しく声を荒げる。

 それでもシリルは、不機嫌な顔を横に背けるだけだった。

 シャーロットにばかり意地悪で何でも卒なくこなすと思っていただけに、このシリルの態度は意外だった。


「こいつは拗ねてるんだ。団長とシャーロットが短い期間でも一緒に暮らしていたと聞いてな」


 隣にいたアーサーが、こそっと耳打ちしてくる。

 そんな二人を、シリルがぎろりと睨んだ。


「ごちそうさま」


 ジェラルドがフォークを置いた。

 見ればお皿に乗った料理は、全て綺麗に片付けられている。

 そのまま彼が席を立ったので、シャーロットは落ち着かない気持ちになった。

 いつもなら、食事が終わってもしばらくは彼女の小屋に留まって、二人で他愛もない話をしたりしていたからだ。


「あの!」


 思わず、彼女は立ち上がっていた。


「美味しく、なかったですか……?」


 思わず、そんなことを尋ねていた。

 今日は食事の前の掃除に思った以上に時間がとられたので、作り置きのパスタを茹でて混じるのソースと絡めた。後は蒸したジャガイモにに塩を振って、溶かしたチーズをかけただけだ。緑が足りないと思ってサラダも作ったが、やはり王族であるジェラルドには物足りないだろう。

 城でシャーロットが療養している間、ジェラルドも久しぶりに不自由のない暮らしを満喫したはずだ。

 それでやっぱりこの生活を不満だと感じたのかもしれない。

 シャーロットは悲しくなった。


(アーサー兄様とシリルがいるのに、どうしてさみしいなんて思うの?)


 シャーロットは自分の気持ちが分からなくなった。


「いいや。城で出る料理より私はこちらの方が好きだ」


 振り向いたジェラルドは、とても珍しい表情を浮かべていた。

 それは笑顔だ。

 口角を少し上げただけの些細なものではあったが、二人の騎士は目を見開いて黙り込んだ。

 パタンとドアの締まる音がして、ジェラルドが建てたばかりの夜営小屋に戻っていく。

 『今日はゆっくりしていかないの?』とでも言いたげに、床で肉を食べていたラクスは首を傾げていた。



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