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39 シャーロットの選択

「朝からごめんなさいね。どうしても二人だけで話がしたくて」


「いいえ。こちらこそお見苦しいところを―――」


 そう言っている間に王妃が自らお茶の準備を始めようとしたので、シャーロットは慌ててティーセットを奪った。

 国王やジェラルドが同席していた先日だったらいざ知れず、二人きりの時にまで王妃に召使いの真似事をさせるわけにはいかない。

 シャーロットは手早く紅茶の準備をし、王妃には椅子をすすめた。

 王妃は少し不満げだったが、まあ仕方ないという風に優雅に腰を下ろした。


「それでその、お話というのは……?」


 淹れたての紅茶を勧めながら、シャーロットは王妃の顔色を伺った。

 王妃はその形のいい眉を寄せる。

 王妃とこんなに間近で言葉を交わすのは以前城を出て以来だったので、シャーロットは思わず掌に汗をかいていた。

 街を騒がせたラクスに、何がしかの罰が与えられるのかもしれない。

 そう思い、絨毯の上で大人しく伏せているラクスにそっと目をやる。

 シャーロットの視線に気づいた彼は、なに? とでも言うように首を傾げた。


「まずは、あなたを労わせて頂戴。何が起きたのか話は聞いたわ。大変だったわね……」


 王妃が心苦しそうに言う。

 反射的に、シャーロットは首を横に振った。


「いいえ、いいえ! むしろ街の方々や皆さんにご迷惑を掛けてしまって……あの、お話にいらしたのは、ラクスのことですか? ラクスも、何かの罰の対象になるのでしょうか?」


 普段はおっとりと話の聞き役をすることの多い彼女だが、口を開けば思わず心に抱いていた懸念が飛び出していた。

 王妃の驚いたような表情に、慌てて口を閉じる。

 促されてもいないのに王妃に話しかけるなんて、シャーロットにしてみればとんでもないことだ。

 しかしその高貴な女性は怒るでもなく、安心してとでもいうように苦笑いを零した。


「大丈夫よ。貴方達を罪に問うたりはしないわ。なにより、あの晩のことはすべて雷のせいということになっているもの。今更問うべき罪状なんてないのよ」


 王妃はそっと、悲壮な表情を浮かべるシャーロットを撫でた。

 キャラメル色の髪を、絹の手袋が滑る。


「それより、あなたに言っておきたいことがあるの。アニス家を罰せず今日まで現在の地位で留め置いたのは、私の提案なのよ」


「……え?」


 相手が何を言っているのか、シャーロットは一瞬本気で理解できなかった。


「あなたにとっては、耐え難いことだと思うわ。愛人にとって代わられ、おばあ様から受け継いだ公爵家の名前すら奪われてしまったのだもの。あなたがわざわざローブを被って顔を隠していたのも、アニス家の人々と不要ないざこざを起こさないためでしょう?」


 どうしてそれをと、シャーロットは思っても口にできなかった。

 それは相手の身分を気にしたからではない。本当に驚いて、何を言っていいのか分からなかったからだ。


「でも、私達は―――私は、そうするべきだと判断したの。アニス家の後妻がシャーロットを名乗っている内は、『アニス家で竜が産まれた』という噂は事実無根の噂でしかないと世間に証明することができる。そうすればあなたやラクスへの追及も、自然に減ると考えていたの。それが最終的には、あなたのためにもなるだろうって」


「陛下……」


「けれどその判断によって、アニス家は更に増長し、今回のことが起きてしまった。それは私の判断ミスだわ」


「そんなことは……っ」


 シャーロットはガタンと立ち上がる。

 しかし王妃は、ふうと溜息をついただけだった。


「座って。ミスだとしても、私は謝らない。だからあなたも、私に気がねなんてしなくていいわ」


 その目の強さに負け、シャーロットはそっと腰を下ろす。


「為政者はね、たとえ間違った判断でも簡単には翻したりしないものよ。上に立つ者が安易に揺らげば、下の者たちはもっと動揺するでしょう? だからいつでも泰然としていなさい―――って、これは父様の受け売りだけどね」


 そう言うと王妃は、困ったような笑みを零す。


「本当のことを言えば、謝ってしまえれば楽なのに。そう思うこともあるけどね」


 そう言って、彼女はコクリと紅茶を口にした。

 ひたすらに美しい王妃の顔を、シャーロットはぼうっと見つめる。


「だからというわけじゃないけれど、だから今回はあなたの希望を聞きに来たのよ。直接目を見て、あなたの望むことを知りたかった」


「私の?」


「そうよ。あなたにはいくつもの権利がある。慣例通りラクスは私達が預かって実家に帰ってもいいし、あるいは王都で一生贅沢をして暮らしてもいい。我が国にとって竜を産むという仕事を成したあなたは、最上級の功労者ですもの。我が国で実現可能なことなら、責任を持って請け負うわ」


 シャーロットは思わず言葉を失くした。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、昨夜別れた兄弟達の悲しげな顔が浮かぶ。


「陛下、私の望みは―――……」


 ラクスは相変わらず、絨毯に大人しく寝そべったままだ。






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― 新着の感想 ―
[一言] ですよね。為政者は謝ってはいけない。どうしようもなく誤ったら引き摺り出されて首を刎ねられる事でケジメとするのが為政者。
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