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38 思い出と今のこと

 翌朝、シャーロットの熱は引いていた。

 窓から零れる光は清々しい白だ。

 今日はいい天気になるだろう。ただそれだけのことが、少し嬉しかった。


(随分懐かしい夢をみたわ)


 じゃれつくラクスの太い首を撫でながら、シャーロットは昨晩見た夢を思い出していた。

 それはまだ彼女が輿入れする前、十を少し過ぎた頃だ。

 生まれたばかりの末の双子に、家族全員が振り回されていた。

 中でも二人の世話を任せられていたシャーロットは、本当にくたくただった。

 朝から晩まで、小さな弟妹たちのご機嫌取り。

 片方が泣けばもう片方も泣いて、片方が泣き止んだと思っても今度はもう片方がなにか悪戯をしている。

 特に弟のアダムは好奇心旺盛で、自力で歩けるようになるともう手が付けられなかった。

 特にかくれんぼが大好きで、よく姿を消す弟を探して、シャーロットは屋敷の隅々にまで詳しくなってしまった。

 それは弟が、五歳の誕生日を迎える少し前のことだ。

 シャーロットはいつものように、いなくなってしまったアダムを捜し歩いていた。

 右手には小さなアデル。

 末の妹は泣き虫で、シャーロットの姿が見えなくなるとすぐに泣いてしまう。だからこうして、手を繋いで歩きながらよくアダムを探していた。


「アダム? どこにいるの」


 弟を探して、シャーロットは宝物庫に入った。

 普段応接室は子供達の立ち入りが厳しく制限されているのだが、その日はなぜか鍵が開いていたのだ。

 宝物庫といっても、貧乏貴族のそれはがらんとしていて、ただ空の戸棚がいくつも並んでいるだけだった。

 身代が傾き始めたのと同時に、先祖代々の宝は売り払ってしまったのだろう。

 そんな中唯一飾られていたのは、陶器でできた精巧な人形だった。

 それは嫁入りの際に、母が祖母から贈られたものだそうだ。母はこの人形をそれはそれは大事にして、幼い子供達の手が届かないよう、わざわざ宝物庫に保管していた。


「アダム!」


 シャーロットがアダムを見つけた時、彼は既にその人形を手にしていた。

 初めて見た人形が珍しかったのだろう。

 シャーロットはその人形を母がどれだけ大事にしているか知っていたので、咄嗟にアダムを叱りつけてしまった。

 そしてそれに驚いた弟は、なんと人形を放り出してしまったのだ。

 陶器で出来た人形は床に叩きつけられ、粉々になった。

 母はひどく悲しみ、人形の残骸を手に怒りもせず、ただ黙り込んでいた。


「……だいじょうぶ」


 そう言う母の声は震えていた。

 それだけで、シャーロットはひどく心細くなったものだ。

 年長の彼女でさえそう感じたのだから、実際に割ってしまったアダムがどう感じたのか、それは想像に難くない。

 その晩、家族が寝静まった後、アダムは一人きりでシャーロットの部屋にやってきた。

 彼の目尻は泣きすぎて腫れていて、シャーロットはそれを濡れたハンカチを当てて冷やしてやった。

 ベッドの中に招き入れると、アダムは大人しく横になった。

 子供の体温は燃えるように熱く、彼女はまるで火の玉を抱えているような気持ちになった。

 シャーロットはアダムが眠るまで、子守唄を歌ってやった。

 彼はうわ言のように何度もごめんなさいを呟きながら、やがて静かに眠りについた。

 翌日、アダムとシャーロットは改めて母に謝罪して、それ以降ヨハンソン家の宝物庫には、二人が作った素焼きの人形が飾られることになったのだった。


 追憶を終えたシャーロットは、そっと自分の右手に視線を落とした。


(夢だけど、確かに熱かった)


 彼女の小さな手には、今もその湿った熱が残っている気がした。

 思い出すと胸にじんわりと染みてくるさみしさを誤魔化すように、シャーロットはラクスのすんなりと伸びた首に抱き着いた。

 白い鱗は朝の光できらきらと光る。

 家族も勿論大事だが、シャーロットにとってはラクスだって立派な家族だ。

 彼と離れて実家に戻るだなんて、そんな選択肢は彼女の中にはない。

 飽きることなく顔を摺り寄せてくる息子は、体は大きくなったとはいえまだまだ甘えん坊だ。

 あの夜以来まるで片時も離れないぞとでもいうようにシャーロットの後をついてくるので、彼女は少し困っていた。

 見かねたジェラルドがラクスを押し止めてくれなければ、シャーロットは本当に一日中ラクスを撫でることしかできなくなってしまう。

 “使役の術”という言葉の響きにはまだ正直不安でもあったが、実際ジェラルドはそれを使うたびにとても申し訳なさそうな顔をするので、彼に対する不信感というものはそれほどないのだった。


(ラクスを止めてくれたのが、彼でよかった)


 シャーロットはそんな風に思うのだ。

 その時、コンコンとノックの音が響いた。


「はい」


 メイドが様子を見に来たのだろうと思ったシャーロットは、ベットに腰かけたまま居住まいを正す。

 すると部屋の中に入ってきたのは、メイドというにはあまりに高貴な人物だった。


「お、王妃様……」


 シャーロットは慌てて立ち上がり、夜着のままで膝を折った。

 朝からまばゆいばかり笑みをたたえるその人は、シャーロットを見てにこりと微笑んだ。




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