36 アーサーとシリル
本日二度目の更新
ラクスによる暴走は、結局落雷の被害ということで処理された。
当日は天候も悪く、その姿を見た者もほとんどいなかったからだ。
それでも国王は用心のため、被害に遭ったアニス邸には落雷の跡があったと発表した。
部屋の隅で縮こまっていたアニス家の人々も、まるで化け物の唸りのようだったと話すにとどまり、その落雷説を信じた。
混乱に乗じて保護されたシャーロットは、彼女自身が森での生活を希望したため、森に戻されることになった。
つまりはなにもかも元通り。
いいや、なにもかもとは、やっぱりいかなかった。
「シャーリー、無事だったのか!」
「病はもういいのか? 今回は災難だったな……」
王宮で休養を過ごす間、シャーロットには嬉しい客人があった。
それは騎士団に所属する、彼女の二人の兄弟だ。
どちらも引き締まった体つきで、シャーロットより少し濃いカフェオレ色の髪に、淡いブルーの目をしている。
母親似の優美な美男子である次男のアーサーと、シャーロットの一つ下の弟のシリルだ。
「アニス家に尋ねて行ってもいつも体調が優れないと追い返されていたんだ。あいつら自分が金持ちだとおもって!」
「まあまあ、こうして健康な姿が見れたんだからよかったじゃないか。シャーリー、もう体はいいのか?」
どうやら、アニスの義父はシャーロットの不在を誤魔化すため、彼女の実家であるヨハンソン男爵家にはそのような説明で誤魔化していたらしい。
男爵家ではシャーロットを心配してやきもきしていたのだが、嫁に行った娘の立場を悪くするわけにはいかないと強く出られなかったのだ。勿論、そこにはアニス家から金銭的な援助を受けているという弱みもある。
「アーサー兄様。シリル。心配してくれてありがとう。もう心配ないわ」
久しぶりの家族との再会に、シャーロットは目を潤ませた。
秘密が外に漏れないよう、ラクスは王家のプライベートスペースで保護されている。
シャーロットが今いるのは、パーティーの際に貴族が使用する応接室の内の一つだ。
ラクスはシャーロットについてきたがったが、ジェラルドにお願いして留め置いてもらった。
何も知らない兄弟に、いきなり『この竜が私の息子なの』と言っても、いたずらに驚かせてしまうだけだからだ。
「もう帰ってこいよ。金のことなら、俺達がどうとでもしてやる」
ぶっきらぼうに言い放ったのは、弟のシリルだ。
結婚前、悪戯好きの彼はいつもシャーロットを困らせてばかりいた。
そのシリルの優しい言葉に、思わず涙が零れてしまいそうになる。
シリルやシャーロットの年齢の三年というのは、見た目を別人に変えてしまうぐらいの大切な時期だ。
実際、彼はシャーロットの記憶にあるより背が伸びて、その顔からは甘さが抜けて頬はするどくとがっていた。
(セドリック兄様とヘレナ姉様、アダムとアデルも元気かしら? それに父様や母様も……)
一度思い出してしまえば、止まらなくなった。
離れて暮らす家族が思い出されて、胸が熱くなる。
黙り込んだシャーロットを心配して、アーサーがその肩にそっと手を置いた。
「シャーリー、心配しなくても大丈夫だ。三年の間に、領地経営も上向きになったんだ。余計な心配はしないで、うちに帰っておいで……」
優しくそう言われると、こくりと頷いてしまいそうになる。
けれどぎゅっと手を握りしめて、シャーロットはその衝動に耐えた。
(でも、ラクスを連れて帰ったら、きっと家族に迷惑がかかる。ラクスは他国に狙われているんだもの。父様の領地じゃ守り切れない)
シャーロットは、可愛い息子のことを思い描いた。
彼と離れるという選択肢は、シャーロットの中にはないのだ。
彼が独り立ちするまで。できれば可愛い竜のお嫁さんが見つかるまで、シャーロットは彼と一緒に暮らすつもりだ。そしてラクスと暮らすなら、あの森から出ることはできない。
「……ありがとう二人とも。でも大丈夫。大切な息子がいて、幸せなのよ、私」
にっこりとほほ笑むシャーロットに、二人は言葉をなくした。
彼らにとっても、三年会わずにいたシャーロットはまるで別人のように見えた。
かすかに浮いていたソバカスは消えてなくなり、立ち居振る舞いにはしっとりとした優雅さがある。
「シャーリー……」
「でもっ、お前寂しくないのかよ! 三年も俺達家族に会わせてもらえなかったんだぞ!」
シリルが声を荒げる。
彼はシャーロットのために怒っているのだ。
彼女にはそれが痛いほど分かった。
「会えなくたって、私達は家族でしょう? それは変わらないわ」
「アダムとアデルだって、お前に会いたがってるよ。せめて一度ぐらい里帰りしたって……」
優しく言うアーサーに、シャーロットは首を振った。
「事情があって、今は無理なの。でもいつか絶対私から会いに行くから、それまで待っていて……」
「シャーリー……」
「なんだよなんだよ! 結局お前、金持ちの生活がよくなったのか!? だからもう貧乏男爵家とは縁を切ろうっていうのか!?」
シリルが怒りで肩を震わせる。
ぎゅっと、シャーロットはこぶしを強く握りしめた。
そう誤解されても仕方ない。けれど大切な家族を危険に晒すぐらいなら、そう思われていた方がマシだ。
シャーロットは歯を食いしばる。
部屋の中に沈黙が落ちた。
ばたばたと音を立てて、シリルが出て行く。
年長のアーサーが、頭を掻きながら溜息をついた。
一度こうと決めたら、シャーロットは絶対に折れない。
その頑固さを、彼は知っていたのだ。
「何か事情があるんだろうが、あんまりあいつをいじめてやるなよ。家族の中で、一番あいつがお前を心配してたんだぞ?」
「シリルが?」
いつも意地悪を言ってはシャーロットを困らせていた弟だ。
彼女は驚いたように顔を上げた。
「病気でもなんでもいいから会わせろって、何度もアニス邸に通っては追い返されてたんだ。勿論俺達も心配してたけどな」
そう言って、アーサーはシャーロットの頭を優しく撫でた。
「どんな事情があるのか、今は聞かない。でもシャーリーの言う通り、俺達はどこにいたって家族だ。だからその事情が片付いたら、いつでも遠慮なく帰ってくるんだぞ。みんな歓迎するから」
「兄様……」
今度こそ、堪えていた涙が眦から零れた。
兄の胸に抱き着き、シャーロットはしばらくその場から動けなかった。




