34 雨上がりに
シャーロットが目を覚ました時、雨はもう止んでいた。
そしてそこは瓦礫の山の中でも、山小屋のベッドの中でもなかった。
見覚えのある、贅沢な部屋。
さらさらとした絹のシーツ。そして大きな窓に嵌ったゆがみのない玻璃。
どこだっただろうかと思いだそうとするシャーロットの耳に、高い少年の声が飛び込んできた。
「シャーロット、目が覚めたの!?」
声のした方に視線を向けると、そこにいたのは立派な紳士の出で立ちの、年若い少年だった。
蜂蜜色の目と髪は鮮やかで、優しい顔立ちの少年だ。
「アレクシス殿下……」
シャーロットがその名を呼ぶと、少年は少しいじけたような顔をした。
「アルでいいよ。シャーロットはお母様の恩人だもの。おい、侍医を呼べ! シャーロットが目を覚ました」
部屋の外から、誰かの返事が聞こえた。そして慌ただしく去っていく足音も。
「侍医の方を読んでいただくなんてそんな……私は大丈夫ですから」
そう言って慌てて体を起こそうとするが、体は思い通りにはならなかった。
アレクシスが、そんなシャーロットを押し止める。
「三日も寝てたんだ。無理に動かない方がいい」
「三日!?」
素っ頓狂に叫び、シャーロットは目を丸くした。
けれど言われてみれば、確かに体は経験したこともないようなだるさの中にある。
「一体何が……そうだラクス!? 殿下、ラクスはどこにいるのですか!?」
懲りずに起き上がろうとして、彼女は再び体勢を崩した。
アレクシスが器用にそれを支える。
しかし先ほどまでの恐縮してばかりだった頃とは打って変わって、シャーロットはまるで命綱を掴むようにアレクシスの両肩を掴んだ。
「殿下、ラクスは……っ」
どこか痛んだのか、シャーロットが顔を歪める。
呆気にとられていたアレクシスは、とりあえず彼女を落ち着かせようと口を開いた。
「ドラゴンなら無事だ! だから落ち着いて……それ以上は体に障る!」
その答えに、ガッチリと腕を掴んでいたシャーロットの手の力が抜けた。
その隙にアレクシスは、素早くシャーロットを寝かせ、枕の形を整えた。
「お医者様をお連れしました」
ノックの後、折り目正しいメイドの声がする。
再びベッドに横たわりながら、シャーロットは医者よりも窓の外ばかり見ていた。
(ラクス。ラクス。怪我はしてないのかしら? アニス邸はどうなったの? 三日の間に、一体何が起こったの!?)
知りたいことは沢山あったが、口を開けて中を見せろと言う医者の指示に、シャーロットは大人しく従ったのだった。
***
外は綺麗に晴れていた。
まだ寝ていた方がいいという医者とアレクシスを押し切って、シャーロットは外に出た。
傍らにはまだ納得いかない顔の幼い王子が、それでもシャーロットの体を気遣いながらエスコートしてくれている。
回廊から中庭に出ると、そこに見覚えのある背中と、そしてまだ慣れない大きな体の竜が立っていた。
「ギュルゥゥ!」
こちらに気付いたラクスが、喜び勇んで飛んでくる。
シャーロットはその元気そうな姿にほっと安堵の溜息を洩らしたが、ぎょっとしたのは隣にいたアレクシスだ。
―――あの巨体に飛びつかれたら、自分達はただでは済まない!
彼は慌てて逃げようとしたが、自分より大きなシャーロットを庇うのは安易ではない。
そうこうしている間にラクスは弾丸のような速さで飛んでくる。
「こら! ちょっと待て!」
そんなラクスを押し止めたのは、ジェラルドだった。
彼が右手を宙に翳すと、その五指から伸びる細い糸が見えた。糸はそれぞれラクスの両手両足、それに頭に繋がっているようだ。
金縛りのように身動きのできなくなったラクスが、悔しそうに唯一自由なしっぽをばたばたと振り回す。
「落ちつけ。今のお前が飛びついたらシャーロットは無事では済まないんだぞ?」
ジェラルドが呆れたように言うと、頭のいいラクスは『そうなの?』とでも言うように首を傾げた。
その様子がどうしようもなく可愛くて、それにラクスが無事だということが嬉しくて嬉しくて、シャーロットは感情のコントロールが上手く効かなくなった。
彼女は身動きのできずにいるラクスに駆け寄ると、自分から抱きしめた。
以前は腕の中に納まった竜は、今は背伸びをしないと首を抱くことが出来ない。
ラクスが落ち着いたのを確認してから、ジェラルドは翳していた手を引っ込めた。
すると体の自由が戻ったのか、ラクスは短い手をシャーロットの体に添えて、尻尾と長い首で彼女を抱きしめるように丸くなった。
「よかった。本当によかったっ」
シャーロットの声は涙で滲んでいる。
熱くなった頬に、ひんやりとした硬い鱗が心地いい。
新連載はじめましたので
そちらもどうぞよろしくお願いします!




