表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/70

33 雨の中の攻防

本日二回目の更新

 ラクスは風を切って飛ぶ。

 顔を無数の雨が叩き、目を空けている事すらできない。

 風の音はまるで化け物の唸りのようだ。

 ラクスはなぜかひどく焦っていた。

 時折苦しげに、キュウイキュウイと鳴く。

 ジェラルドにはそれが不思議だった。

 体が大きくなって自在に飛び回っているというのに、ラクスがちっとも楽しそうでないからだ。


(なにか、理由があるのか?)


 ジェラルドは振り落されないように気を付けながら、その首筋をそっと撫でてやった。

 小さかった頃とは違う。ざらざらとした手触り。

 生えたばかりのまだ柔らかい鱗は、雨風にさらされたせいでポロポロと剥がれていく。

 雨の中に、白い花弁のように散らばるそれ。


「ラクス! やめろ!」


 ジェラルドは叫んだ。

 このまま飛行を続ければ、ラクスの体は鱗が剥げて血だらけになるだろう。

 実際、白いその体からは点々と血が滲みだしていた。

 それでもラクスは止まらない。

 どころか速度を上げたのか、向かい風はどんどん強まるばかりだった。

 雨風に耐えて必死に目を開けていると、瞬く間に街が近づいてくる。

 突然の雨に、慌てて鎧戸を閉める人々の姿が見えた。通りからは人気が無くなり、まるで街全体が縮こまって嵐に耐えているようだ。


「ギュイィィィィィィィ!」


 ラクスは一際大きく鳴くと、ある方角めがけて急降下を始めた。


「やめろラクス! このままじゃぶつかるぞ!!」


 ジェラルドの必死の叫びにも、ラクスは耳を貸さない。

 やがて彼は、頭から巨大な邸宅の天井に突っ込んだ。

 まるで土砂崩れのような轟音。

 ジェラルドは一瞬、自分が瓦礫に埋まってしまったのかと思った。

 しかしそうではなかった。

 ラクスの周りには、ほんのりと膜のような光が浮かんでいる。

 だからなのか、ラクスが頭や首を痛めた様子はないのに、ただ邸宅の天井だけが無残に口を開けていた。


「なぜこんなことを……っ」


 慌てて降りて巻き込まれた者がいないか確認しようとするが、その前にラクスが離陸してしまう。

 そして彼は凄まじい勢いで、今度はその建物を旋回し始めた。

 形を変えつつ、ラクスは何度も円形の軌跡を描く。

 ジェラルドは遠心力と戦いながら、何とかタイミングを見計らって天井の大穴を覗いた。

 そしてそこに、一瞬だけ見覚えのある年恰好の少女がいる事に気付く。

 出掛けた時と同じ、黒のローブ姿。

 緩く波打って広がるのは、キャラメル色の柔らかな髪だ。

 その瞬間、ジェラルドは気が付いた。

 この竜が、己の母を求めてここまで飛んできたのだということを。

 目を細めて、シャーロットの様子を窺う。

 彼女は後ろ手に縛られている様子で、もどかしそうに体を揺らしていた。

 屋敷の天井は、襲い来る風雨で残った部分すらも崩れてしまいそうだ。


「ラクス、シャーロットが!」


 しかし、ジェラルドの叫びはラクスには届かない。

 そうこうしている間に、建物の中のシャーロットが両手を広げた。

 まるでラクスを迎え入れるかのように。

 幼い竜の子供は、母親を求めて飛んでいく。

 速度をおとさず、まるで鋭く飛ぶ矢のように。

 

「やめろ! やめるんだ!」 


 ジェラルドは必死で叫び、ラクスの首筋を叩いた。

 一度の体当たりで、建物の一部を壊すほどの威力があるのだ。シャーロットが受け止めきれるはずがない。

 彼はこれから引き起こされるであろう惨劇を想像した。

 無論、自分だって無事では済まないだろう。

 しかしそれよりもこの幼い親子が、お互いに求めるあまり傷つきあうところを見たくなかった。


「こうなったら、一か八か……っ」


 急降下の最中、ジェラルドはその手をラクスに突き立てた(・・・・・)

 五本の指が鱗の狭間にめり込む。


「ギャァァァァァァァ!」


 ラクスが呻き、苦しげに空中をのたうった。

 しかし構わず、ジェラルドは己の指先に神経を集中する。

 すると指が突き刺さった傷から、血ではなく目のくらむような光が溢れ出した。

 ジェラルドが、低い声で呪文を紡ぐ。

 それは王家にのみ伝わる、竜を使役する術式だった。

 おそらくは始祖である初代シグルズが、己の子孫のために伝え残した物である。

 しかしすっかり竜が姿を消した現代においては、ジェラルドもただ知識として知っているのみだった。


(間にあえ!)


 ジェラルドは己の意志を、指先に込めた。

 そしてシャーロットを押しつぶさんとしていたラクスの体の、その軌道をずらそうとした。


 ドドーン!! ガラガラガラ!!


 その巨大な音を、家に籠っていた人々は神の怒りだと恐れた。

 知識のある人達は、雷がどこかに落ちたのだろうと笑った。

 けれど本当は、そのどちらでもなかったのである。





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ