30 決戦とイカズチ
肩で息をしてギラギラとシャーロットを睨みつける女は、以前見た時には気圧されるほどの美女だったが今はその面影もない。
容姿は確かに美しく、纏うドレスも豪華な物なのに、なぜそう思うのだろう。
シャーロットはぼんやりと考えた。
「君は少し、落ち着きなさい」
家長である義父が、ようやく重い口を開いた。
彼は藁色の髭を蓄えた威厳ある風貌をしており、大抵の者が彼の前では萎縮してしまう。
怒りに我を忘れかけていたシャロンも、慌てて居住まいを正した。
一代でアニス商会を育て上げた男は、重苦しい溜息をついた。
「とにかく、君のお陰で我が家は大きな損害を受けた。アニス家で化け物が生まれたという風評被害や、その化け物を求めて孫が狙われるという実害がそれだ」
コツコツと、彼は手にしていた杖を床に打ち鳴らす。
足腰はかくしゃくとしているのに、杖を持ち歩くのは不手際のあった使用人を打ち据えるためだ。
シャーロットがまだこの家にいた頃、この家の使用人達は失敗を主人に知られることを何よりも恐れていた。だから失態がばれる前に、忽然と姿を消す者すらいたほどだ。
ゴロゴロゴロ
その時、窓の外から巨大な唸り声のような音がした。
雷だ。
外が暗いので気づかなかったが、どうやら天気が良くないらしい。
(昼間はあんなに晴れていたのに)
全員の視線が、窓の外に向かった。
一筋の光が光っては消え、そのすぐ後に轟音が襲い掛かる。
どうやら気付かない間に、雷雲はすぐ近くまできていたようだ。
蝋燭で照らされた暗い室内を、時折強い光が駆逐する。
「きゃっ」
恐れるように、シャロンがよろめいて夫に抱き着いた。
少し遅れて、ザーーーーーーという強い雨音が耳に届く。
シャーロットは焦燥感を覚えた。
家に残してきたラクスが、気がかりだ。
特に雷を恐れるような子ではないが、それでもシャーロットの不在を心細く思っているに違いない。
(ジェラルドさまがいるから、少しは安心だけれど……)
それでもと、シャーロットは義父をきっと睨んだ。
「それで、あなた方は私にどうしろとおっしゃるのですか? 何をすれば解放していただけるのでしょう?」
「な!」
落ち着いてはいるが、低い声だ。
刃向う様子を見せるシャーロットに、四人は驚きの表情を浮かべた。
この家にいた頃、シャーロットは常に物静かでどんな命令にも大人しく従っていたから。
「私が子供を産んだことで、この家の不利益になったというのなら謝罪いたします。二度と姿を見せるなとおっしゃるのならそうします。事実、私は今日まであなた方の前に姿を見せなかった。お義母さま。私が出て行く日、確かそうおっしゃいましたよね?」
突如話を振られ、彼女は信じられないと言う風に息をのんだ。
「当たり前でしょう! 貴族の娘を娶るのに、こちらがどれだけ金を使ったと思っているの。なのに蓋を開けてみれば、夫の子供でも人の子ですらないものを産むなんて!」
「確かに、私の実家が援助していただいたのは事実です。でも、それに見合うだけの価値をあなた方は手に入れたでしょう?」
「なにを―――?」
「シャロンさんの乗っていた馬車には、公爵家の紋章が彫り込まれていました。私がいなくても、その紋章はあなた方に利益をもたらしたはずです。領地は森のみで名前だけの爵位ですが、何より権威を欲しがっていたあなた方のお役には立ったのではないですか?」
シャーロットは毅然として言う。
「シャロンさんが私の名を名乗ろうと、私の紋章である公爵家の紋章を無断で使われようと、私は今まで何も言いませんでした。訴え出れば、国の保護は受けられたはずですがそうはしませんでした。ですからあなた方も、私たちを放っておいては頂けませんか? 今すぐ返していただければ、今まで通りその件について
国に訴え出たりはいたしません」
シャーロット以外の誰もが、信じられないものを見る目で彼女を見ていた。
十四でこの家に嫁いだ世間知らずのシャーロットは、もうそこにはいない。
そこにいるのは、息子を守るために強くなった気丈な一人の母親だった。
ゴロゴロ……ゴロゴロゴロゴロバッシャーンッ!
ひときわ大きな音がした。
まるで地面が割れたかのような轟音だ。
シャロンは飛び上がり、義母も身を竦ませた。
シャーロットと義父は、ただじっと睨み合う。
その時だった。
応接間の床を、巨大な揺れが襲ったのは。




