03 ラクスと山小屋
待望の跡取りが人ですらなかったと知り、義理の両親は怒り狂った。
この赤ん坊がシャーロットの不貞の証だと言って、彼女に離婚を迫ったのだ。
しかしキスで子供が出来ると信じていたシャーロットは、何を責められているのか分からなかった。
ただ、こんなに愛らしい子供なのにどうして愛してもらえないのかしらと、首を傾げていた。
そんな折、今度は愛人の家にこもりきりだった旦那様が、突如帰宅した。
なんと、今度はその愛人が彼との子を身ごもったというのだ。
彼の両親は大喜び。
あれよあれよという間にシャーロットを家から追い出し、彼の愛人を正式に妻として迎え入れてしまった。
爵位は手に入るように、その愛人をシャーロットだと偽装して。
引き換えに居場所をなくしたシャーロットは考えた。
(私が離縁されたと知ったら、きっと家族は悲しむわ。優しい父や兄は、婚家に怒鳴り込むかもしれない。けれどそんなことになれば、援助は打ち切られるし結婚前に頂いた支度金も、引き上げられてしまうに違いない)
結婚支度金というのは名目で、正しくはシャーロットの実家への支援金だ。
このお金があればワイン工房に設備投資して、生活が楽になるぞ!
そう言って喜んでいた家族の姿が、シャーロットの瞼に浮かぶ。
彼女はそんなわけで、家族には知らせず一人(+一匹)で暮らしていこうと決意した。
しかし決心したものの、どこへ行っても彼女の息子はひどく目立ってしまう。
それに、早々に母乳を必要としなくなったので手こそかからないが、ネズミや子ウサギなどの小動物を欲しがって母親を困らせた。
シャーロットは仕方なく、人里離れた北の森で暮らそうと決めた。
王都の北部に鬱蒼と広がる森ならば、ネズミや子ウサギだってたくさん住んでいるだろう。
それに人を喰う魔物が棲んでいるという伝説があり、そこは猟師ですら近づかない森だった。
これならば息子の姿に、誰かを驚かせてしまうこともない。
早速、シャーロットは森で暮らす準備を始めた。
まずは住むところ。
初めは野宿も覚悟していたシャーロットだったが、森に入ると息子が彼女の手からぱたぱたと飛び出し、それを追っていくと驚いたことに湖と一軒の山小屋に辿りついた。
その湖には不思議なことに霧がかかっていて、その全貌は見渡すことが出来ない。
(まるで、あの夢の中の湖みたい)
そんなことを考えながら、彼女は山小屋の中に入った。
うち捨てられたのか埃が溜まり壊れてる箇所もいくつかあったが、掃除して修理すれば十分に使えそうな建物だ。
シャーロットは喜んで、その山小屋で息子との二人暮らしを開始した。
***
結局使えなかった赤ちゃんの靴下を雑巾代わりに、シャーロットは山小屋の掃除を始めた。
息子は楽しげに庭で遊んでいる。
まだ短い距離しか飛べないので、遠くへ行ってしまうこともないだろう。
窓という窓をあけて風を通し、布を口にまいて埃を吸い込まないようにする。
それから、古びた箒で蜘蛛の巣やほこりを払い落とし、家の外に掃き出す。
「ギャァ、ギャァア」
山小屋からシャーロットが姿を見せる度、息子がパタパタと寄ってきた。
頭が重いのだろう。二本足で歩く姿はよちよちと愛敬がある。
けれどこれで生後三か月。
人間と比べれば驚きの成長速度だ。
シャーロットは息子に呼びかけようとして、そう言えばまだ名前を付けていないことに気が付いた。
今日まで翻弄されっぱなしの毎日で、息子には申し訳ないが名前どころではなかったのだ。
(名前をつけてあげていなかったなんて……。これじゃママとして失格ね)
シャーロットは外に出ると、体の埃を払ってから息子を抱き上げた。
まるくパッチリとした目は、シャーロットと同じ淡い水色。身体の表面は柔らかくてつるつるとしていた。撫でるとひやりとしていて、手に吸い付くような肌触りだ。シャーロットはその触り心地が好きだった。
その表面はまるで朝焼けの水面のように、見る角度によって不思議と色が変わるのだ。
「そうだラクス、貴方の名前はラクスにしましょう」
古い言葉で『湖』というその名前を、シャーロットは自らの息子に与えることにした。
「ギャーオ!」
ラクスはシャーロットの腕の中で嬉しそうに、手足をばたばたと動かしている。