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28 それぞれに思うこと

「遅いな……」


 椅子に座りながら、ジェラルドは呟いた。


(やはり、一緒に行くべきだっただろうか?)


 ちらりと竜の子供に視線を向ければ、彼は床板に座り込んで、上機嫌に動物の骨を噛んでいた。

 ジェラルドははあとため息をつく。

 自分が兄である国王に託されたのは、国の創生にかかわる竜、ファーヴニルだ。

 だからその母であるシャーロットは、あくまで護衛対象の付属に過ぎない。

 揃っていれば共に守るが、離れていれば優先順位はあくまで竜にある。

 だから今更森に残った判断を後悔したりはしないが、か弱い女性を一人で出かけさせてしまったという罪悪感が、ジェラルドの表情を曇らせた。


(せめて一人でも、この任務に部下を連れてくることができれば……)


 そう思いながらも、それは無理だともう一人の自分が否定する。

 竜の存在は機密事項だ。

 たとえ信頼できる部下だろうと、安易に話せるものではない。

 そしてジェラルドにとって、王の命令は絶対だ。

 その王が一人で守れと言ったのだから、それはもう絶対なのだ。

 余計な思考は、組織をダメにする。ファーヴニル王国は、短くない歴史の中でそれを学んだ。

 頭がいくつもある獣は滅ぶしかない。

 だからジェラルドはいつだって、優秀な道具でいようと心掛けてきた。

 それが国のためであり、ひいては自分を守ることに繋がるからだ。

 前国王の愛妾の息子、そして現国王の弟。

 生まれた時から、その微妙な立場を生きてきた。

 王位継承権は高すぎるほどに高い。

 一歩間違えば消されていただろうし、一歩間違えば今頃玉座に座っているのは彼だっただろう。

 ジェラルドは只管忠実に、国王への忠義を尽くすことでその二つの未来を回避してきた。

 それはこれからも変わらない。


(だというのに―――)

 

 ジェラルドは頭を振った。

 気が付けば、彼の脳裏にまだあどけない少女の笑顔が浮かぶ。

 しっかり者なのにどこか抜けていて、その過酷な人生の割にちっともすれていない、まるで彼女自身が竜のように希少な少女だ。

 任務に集中しなければと思うのに、気が付けば彼女のことを考えている。

 帰りが遅いと不安に思い、できれば迎えに行きたいとすら思っている。

 そんな自分に、ジェラルドは困惑した。

 彼女とかかわって以来、ジェラルドはもう何度戸惑ったか知れない。

 けれどそれは決して、不快な気持ちではないのだった。


「それにしても、遅いな……」


 窓の外は曇りだしている。

 ジェラルドはそれを見上げて、もう一度彼女の息子に目をやった。

 何かを感じ取ったのか、彼もジェラルドと同じように窓の外を見ている。



  ***



 薄暗い部屋だ。

 シャーロットはぼんやりと考えた。

 かつては自分が使っていた部屋だが、窓のない部屋は相変わらず陰気な印象を受ける。

 今は使う人間がいないのか、部屋は全体的に埃がかって霞んでいた。

 狭くて息苦しい、シャーロットの城。

 彼女はこの部屋が苦手だった。


(もう二度と、戻ることはないと思っていたのに……)


 シャーロットは憂鬱な気分になった。

 新しいシャーロット(・・・・・・・・・)によって連行されたアニス邸は、あまりいい思い出のある場所ではない。

 それに、帰りが遅れればラクスが心配する。


(賢い子だけれど、大人しく留守番してられるかしら?)


 窓も時計もない部屋では、時間の感覚がさっぱり掴めない。


(それに―――)


 シャーロットは、ジェラルドの夕食が気がかりだった。

 ラクスは自分で適当に獲物を捕まえてくるだろうが、ジェラルドは自分一人では夕食の用意などしないだろう。

 彼が馬車に山積みにしてきた不味い保存食で、きっと夕食を終えてしまうはずだ。

 なんとなく、シャーロットにはそれが耐え難かった。

 本当はそんなことを言っている場合ではないのに、夕食どころか本当に解放されるかどうかも分からないのに、シャーロットはそんなことを考えていた。

 息苦しい部屋で後ろ手に縛られ、本当はどうしようもなく不安だがラクスやジェラルドのことを思うと不思議と不安が和らぐ。

 それは「きっと助けに来てくれるはず!」という気持ちから生まれるものではなかった。

 ただ彼らのためには、きっと帰らなければいけないと思う。


「出ろ」


 キイとドアが開いて、不愛想な男が顔を出した。

 見覚えのある使用人の内の誰かではない。

 室内にもかかわらず簡単な鎧を身に着けているので、恐らくは例のシャーロットが連れていた護衛の内の一人だろう。

 その無関心な態度に反して、目には蔑むような色を宿している。

 竜を生んだシャーロットのことを、アニス家の人々は一体どんな風に思っているか。

 まるでそれを体現するような男だ。その視線一つが、シャーロットの心の柔らかい場所にちくちくと突き刺さる。

 シャーロットは縛られたままで不器用に立ち上がった。

 男は特に戒めを解く気はないようだ。


「さっさとしろ!」


 急かされて、シャーロットは足早に部屋を出る。

 今から自分は一体どうなってしまうのか。

 そんなことよりも、今は明日の朝食を考えて気を紛らわせるとしよう。





 

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