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26 薬草売りとコイン

 街へ続く道は、それほど長い道のりではない。

 元々森の近くから始まった国だけあって、森を出ればすぐそこに王都を囲む城壁が見える。

 壁に沿ってしばらく歩くと、そこにあるのは検問所だ。

 特に戦時中ではないので、検問所でのチェックはそれほど厳しいものではない。

 番をしている兵士も慣れたもので、シャーロットを見ると快く街の中に入れてくれる。

 初めこそ不審そのもののローブ姿に色々悶着もあったが、今では街の人もすっかり北の森の魔女を受けていれているのだ。

 シャーロットはそのまま、馴染みの薬草売りの店に足を勧めた。

 まずは持ってきたクッキーや薬草を売って、それをお金に代えるためだ。

 お金がなければ、小麦粉も砂糖も買うことが出来ない。

 薬草売りの店は、マッグウィルト通りの少し奥まった場所にある。

 赤茶色の煉瓦が積まれたしっかりとした造りで、表には薬学のシンボルであるアスクレピオスの杖を象った鉄の看板が吊り下げられている。

 木で出来た重い扉を開くと、中から乾燥した薬草の匂いがした。

 シャーロットはこの匂いが大好きだ。

 少し苦いが、太陽をたっぷり浴びた乾いた干し草のような匂い。


「こんにちは」


 声を掛けると、奥から店主がやってきた。

 のっそのっそという効果音が似合いの大男だ。

 その姿は、薬草売りというにはあまりにも厳つい。

 傭兵か、あるいは冒険者だと言われた方がまだ納得できただろう。

 頭髪は少しさびしいが、口ひげをたっぷりと蓄えた顔は歴戦の勇者にしか見えない。

 そして何より目を引くのが、左目の大きな傷だ。


「おう北の森の、よく来たな!」


 名前を名乗るわけにはいかないので、初対面で北の森から来たと言って以来、シャーロットはここではこう呼ばれている。

 男はそのいかつい顔を和らげた。

 笑うと、一気に人好きのする商売人の顔になる。


「前に売ってもらった薬も、すぐに売切れちまって困ってたんだ。どこよりも高く買ってやるから、今日もあるだけ買わせてもらうぞ!」


 シャーロットはローブの下でくすりと笑った。

 この店主との付き合いは、街に薬草を売りに来てすぐからだからもう二年程になる。


 シャーロットは、その日のことを思い出した。

 二年前、ローブをまとった怪しい少女の薬草を買ってくれる商人は、どこにもいなかった。

 沢山の薬草売りが店舗を構えるマッグウィルト通りだ。

 しかし扱う商品が命に関わるものであることから、薬草売り達は信頼のおける相手としか取引しないと、シャーロットの薬草を買い取ってはくれなかった。

 北の森の薬草だと言えば、何を馬鹿なと返された。

 誰もが、あの森に入れるはずがないと、胡乱な目でシャーロットを見た。


(薬草をお金に代えようだなんて、所詮は無理だったのかな―――)


 シャーロットは途方に暮れた。

 通りに面した店には全て断られ、籠に詰めて持ってきた薬草も、少し草臥れ掛けている。

 そんな時だ。ひっそりとした路地裏に掛けられた、アスクレピオスの杖の看板に気付いたのは。

 ダメでもともとと、彼女は木でできたその扉をノックした。

 中に入って驚いた。だってそこにいたのは、傭兵のように厳つい熊のような大男だったからだ。

 以前のシャーロットだったら、萎縮して逃げ出していたかもしれない。それほどまでに、店主の迫力は凄まじいものだった。

 彼は筋骨隆々の腕を組み、じっとシャーロットを見下ろしていた。

 震える足を、彼女は叱咤する。


(私はラクスのお母さんなんだから、こんなことで怖がってなんかいられない!)


 店主に懸命に薬草の種類を伝え、どんなに安くてもいいから、どうか買い取ってもらえないだろうかと訴えた。

 男はレンズだけのルーペを取り出し、シャーロットの持ってきた薬草を丹念に調べていく。

 息をするのも躊躇われるような沈黙が続いた。


「……分かった。じゃあこれはうちで引き取ろう」


 重々しい言葉を、最初シャーロットは聞き間違いかと思った。

 だってその日はもう十回以上、「買い取れない」という言葉を聞いていたのだ。

 見上げれば、大男が穏やかな笑みを浮かべていた。


「少し時間はたっているが、物はいいし採取の仕方も正確だ。次もうちに売りに来てくれよ」


 その言葉が、シャーロットを勇気づけた。

 彼女が今日まで薬草売りを続けているのも、この店主あってのことだ。

 彼がいなければ今日までの生活はなかったと、彼女は店主に深く感謝していた。


「おお、クッキーの量が増えてるな。前は人手がなくて、大量には作れないと言ってなかったか?」


 籠の中を物色していた店主に話しかけられ、シャーロットの意識は急速に現実に引き戻される。


「あ、ああ。そうなんですけど、薪割を手伝ってくださる方がいて、その分までクッキーづくりができるようになったので」


 彼女は器用に薪割をするジェラルドの姿を思い出し、微笑ましい気持ちになった。

 王弟という地位を持つ彼が、楽しそうに薪割をしている姿が思い出されたからだ。

 最初は彼の申し出を渋ったシャーロットだったが、毎日上機嫌に薪割を始めるジェラルドを見ていると、とてもやめてくれとは言えなくなってしまった。

 今では、朝から響く薪割のカッカッという乾いた音が、シャーロットの朝食づくりには欠かせなくなっている。

 その表情を見た店主は、釣られるように微笑んだ。


「ついにあんたにもいい人ができたのか。よし、今日はお祝いに、めいっぱい色を付けてやるからな!」


「え!? いえちょっとそういう訳じゃ……っ!」


 張り切って硬貨を用意する店主に、シャーロットは慌てて否定した。

 しかし結局は押し切られ、彼女はいつもより重い皮袋を手に、その店を後にしたのだった。


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