25 ローブと街へお出かけ
「街に行く、だって?」
朝食の席で何気なくシャーロットが今日の予定を話すと、ジェラルドは信じられないという顔をした。
その反応を予想していなかったのか、シャーロットは驚いたように肩を寄せる。
「君は、自分達が狙われているかもしれないという自覚があるのか? 兄上はこの森でラクスを外敵から守るようにと仰ったんだぞ?」
怒るのではなく、まるで子供を宥めるようにジェラルドは言った。
「でも、街に行かなければ食糧を調達できませんわ。森の食材だけでは限界があります」
そう言うと、彼は驚いた顔をして食卓の料理とシャーロットの顔を交互に見つめた。
「この料理は、完全な自給自足ではなかったのか?」
「お野菜なんかは野生だったり、私が育てたものもありますけど、流石に小麦粉や調味料は市場へ行かないと……」
ジェラルドはフォークを置いて、申し訳なさそうな顔をした。
「そうか……自分で食べておいて、偉そうなことを言ってすまなかった……」
その姿がまるで叱られた大型犬のように見えて、シャーロットは慌ててそれを否定した。
「いいえ! ジェラルド様には薪割を手伝っていただいてますし、これぐらい当然のことです! それに、一人だと食事は寂しいですもの。ジェラルドさんがいてくださって助かります」
すると、今度はラクスが抗議するように飛んできて、口の先でシャーロットの頭をトントンとつつく。
「あ、そう言う訳じゃないのよ? ラクスと二人が寂しかったわけじゃなくて……」
シャーロットは困ってしまった。
目の前には項垂れる大型犬。頭上には甘えん坊の我が子。
(まるで実家にいた時みたい。大変だけどなんだか嬉しいのはなぜかしら?)
思わず、顔が微笑んでします。
煩わされることが嬉しい。
そんな幸せも世の中にはあるのだ。
「しかし、私が持ってきた食糧もあるだろう?」
なにか策はないかと、ジェラルドが生真面目な顔で言う。
「確かにいくらかは持つでしょうけれど、だからといってこれから何年も森に籠るというわけにはまいりません。それに、私の薬草を待っていてくださる方が街にはいらっしゃるので……」
確かに、ジェラルドの言い分も分かる。
けれど街の子供が、シャーロットの焼いたクッキーを喜んで食べていると聞けば、もっと沢山持っていきたいと思ってしまうのが人情だ。
ジェラルドが薪割を手伝ってくれるおかげで、以前よりも沢山作れるようになったのだから尚更。
既に用意の終わった篭には、山盛りのクッキーと飴、それに朝摘んだばかりの薬草がぎゅうぎゅうに詰められている。
「確かに君の薬草がなければ、困る者がいるだろう……」
ジェラルドが腕を組む。
騎士の鎧を纏っていなくても、そうしていると近寄りがたい威厳のようなものが感じられた。
彼は悩ましげに、シャーロットとラクスを交互に見つめた。
おそらくは、どちらを守ることを優先すべきかということだろう。
それに気づいたシャーロットは、自信ありげにそれを取り出した。
「大丈夫です。私にはこれがあります!」
彼女が広げたのは、黒いローブだった。
少し色が褪せて、深紫のようになってしまってはいるが。
「それは、初めて会った時に君が着ていたローブだろう?」
「はい! 街へ行く時には必ずこれを着ていくので、心配ありませんわ」
ジェラルドは呆気にとられた。
見たところ、そのローブはただのローブだ。
例えば人から見えなくなるとか、そんな特殊な効果は欠片もありそうになかった。
「ええと、なぜ心配ないのか、聞いてもいいか?」
「なぜって、だって顔が隠れますし、今までだって、これを着ていて危険な目にあったことなんて、一度もなかったですよ?」
それは、むしろその怪しさを警戒して誰も近づかなかっただけでは?
ジェラルドは、喉元まで出かかったその言葉を呑み込んだ。
シャーロットが彼を見上げる表情は、悲しいぐらいに無邪気そのものだ。
彼は大きなため息をついた。
「わかった。とりあえず、今日のところはラクスと留守番をしておく」
とりあえず優先すべきは竜だろう。
そう考えての判断だった。
ラクスはと言えば、「えー、こいつと?」とでも言いたげに、不機嫌そうに尻尾をうねらせる。
「はい! お留守番よろしくお願いします」
はじけるような笑顔で、シャーロットは言った。
薬草を売りに行きたいという目的もそうだが、街での買い物自体が楽しみで仕方ないのだろう。
そんなシャーロットに、ジェラルドも仕方ないなという風に苦笑した。
――――後にジェラルドは、この判断を深く後悔することになるのだが。




